神と悪魔と呪われし農家
クソッタレな炎天下。
その中で俺はつなぎの上半身部分を脱いで、肩からタオルを回している。いくら昨今は機械化が進んで仕事が楽になったからといっても、気温が上がれば意味がない。
何を隠そう、俺は農家だ。
田植えの時期にしては気温が高い。ここ最近、地球温暖化がどうのと騒がれていることをふと思い出した。
「クッソ、太陽死ね!」
我ながら馬鹿みてえな愚痴をこぼす。太陽が死んだら死んだで、今度は農作物が育たなくなるというのに。
「土地神様ー! 牡丹もらえたんで、今晩うちで焼き肉しませんかー?」
畦道から俺を呼ぶ爺さん。土地神なんぞと呼ばれているが、俺はそんな大それた存在ではない。ただ、昔から、本当に昔からここで農家をやっているだけだ。
農家をやっていただけなのに、何故かいつの間にか土地神と呼ばれるようになっていた。いやまあ、軽く千年近くは生きてるが。
俺は元々この世界の人間じゃあねえ。クソが付くほど大昔に、何かいざこざがあって神をぶち殺して、その罰としてこの世界に転生、そんで数えるのも面倒になる数の呪いを右腕に受けた。
その呪いの影響で右腕の見映えがゲロ以下ゴキカブリ以下になっているおかげで、俺の右腕は厨二病全開の包帯仕様だ。
おまけに、神を殺した特典とかで悪魔を名乗る女から不老不死を与えられる始末。
千年前のことなんぞあらすじ程度にしか覚えちゃいねえ。忘れてるってことは、何故神を殺すことになったのかは瑣末事なんだろう。
「じゃあ、俺の家に残ってる桜持ってくわ!」
爺さんに返事をして、俺は田植えの作業に戻る。できれば今日中に終わらせておきたい。こんなクソ暑い中数日もかけることは馬鹿らしいからな。
■
結局、自宅に着いたのは日が沈みかけてからだった。汗を吸いすぎて、もはや拭くという機能を成さないタオルを片手に、毎日の習慣である投函物のチェックをする。
手紙が一通入っていた。
手紙が入っていること自体は珍しくないが、封筒ではなく便箋ってのはここ数年は見ていなかった。奇特な奴もいるものだと、その場で便箋を開ける。
「……もう一回殺してやろうかあのクソッタレ……!」
手紙の内容はただ一文。
「帰って来い」
俺の帰る場所と言えば、この家かあっちの世界しかない。そんで、ここで帰って来いってことは、あっちの世界に帰って来いということだ。
急に帰って来いと言われても、俺にだっていろいろ準備がある。そんな急に帰れるわけがない。
短くため息を吐いて、うちの扉を開けた。
「久しぶりだな、真空」
目の前にクソッタレがふんぞり返っていた。
慌てて後ろを振り向くが、そこは既に見知った田畑ではなかった。どこまでも続く、雲の上のような風景。俺はこの風景を、たった今思い出した。
ここ、転生した時に呼び出された場所だ。
「まあ座れ。今回は罰ではなく、命があったここに呼び出した」
「けっ。呼び出すなら茶ぐれえ用意しとけよ」
相変わらず白が好きな野郎だ。床も白、ソファも白。そこまで自分のイメージカラーが好きかね? ちょっとナルシスト入ってんじゃねえのか。
と、ここで俺は前回見かけたはずの人物――人間じゃねえが――の姿がないことに気が付いた。
「今回は悪魔いねえのか」
「いるぞ」
「どこに」
「こっこにー!」
視界の右端から紅い髪がにゅっと出てくる。千年生きた俺はその程度で驚きはせず、どうやって何もなかったはずの空間から出てきたのかが気になった。
ま、こいつら神と悪魔だし、何ができても驚きゃしねえ。なんせ、数千の即死系の呪いと不老不死の祝福だからな。流石に世界に現界するときは弱体化してるが、フルスペックのこいつらには勝てる気がしねえ。
俺の首筋に抱き着いたまま悪魔は離れようとしない。前回もこんな感じだったはずだから、今回も特に気にせずに神の命とやらに耳を傾ける。
「端的に言うとだな、貴様の故郷に転生させた者を殺してもらいたい」
「何でだよ。ほっときゃいいだろんな奴」
「そいつが所謂イカレ野郎でな。今は人間を滅ぼそうとしているだけだが、引いてはあの世界のすべての生命を絶やそうとしている」
そいつはまた大層な野望をお持ちで。転生者ってことは神からの呪い、じゃねえ祝福を受けてるだろうな。
で、これは俺の勝手な予想だが、多分そいつは現界した神を殺している。それも複数回も。でなければわざわざ俺を呼ばないだろう。
「できれば貴様にも祝福を授けてやりたいのだが、不老不死という特性上それができん。祝福や呪いの付加には、一度死んでもらう必要があるからな」
「ええー、いいじゃんかよ。ほら、俺たち友達だろ?」
「あの友情は貴様の勝手な押し付けだろう」
じゃあ俺はこのままでチート魔王モドキさんをぶち殺さなくちゃいけないわけ? 無理ゲー甚だしいだろおい。いくら俺が魔王を倒し、神を殺した大英雄だからって、魔術の使い方もろくに覚えてねえのに勝てるわきゃねえだろうが。
唯一覚えてんのが固有魔術の〈我が身映す姿違えし鏡〉だけだぞ。それも前回の転生の時に、神から制限食らって発動条件が追加されてるしよ。
前回の魔王もかなりのチートだったが、今回の魔王モドキは力が未知数だ。なんせ、俺は俺以外の転生者を知らねえ。転生した時にたまたまいた土地に引きこもって農家やってただけだし。
ぶっちゃけ、今の俺はただの不老不死の呪われた農家だぞ。
「それでもできるだけのバックアップはしてやる」
「そそ。〈我が身映す姿違えし鏡〉の条件の撤廃とかね」
「バックアップじゃねえだろそれ。昔の俺に戻るだけだろ」
条件の有無は使い勝手に密接に関わるだろうから、そりゃあ、ない方がありがてえけどよ……もうちょっと目に見えた強化が欲しいところだ。
「俺としちゃあ常識ぐらいの知識が欲しい。全知まではいらねえが、最低限必要な分ぐらいはくれ」
「それぐらいなら簡単だけど、他に欲しいのないの?」
「祝福レベルに強いのが要求できるなら数十はあるんだがなー。どっかの誰かが俺を不老不死にしたからなー」
「……む、むう。でも、あたしが不老不死にしなかったら、真空君は即死だったんだかんね!」
悪魔とかいうおどろおどろしい名前のクセに小学生みたいな奴だ。千年前のことなんざ事細かに覚えてねえが、確かこいつは千年前もこんな感じだった。
見て分かる通り、悪魔は神を殺したとかいう理由で俺のことをいたく気に入っている。だったら複数回神を殺してそうな魔王モドキはどう思ってるのか気になるが、嫌な予感がするのでその質問はやめておく。
「要求はそれだけか?」
「んー、まあ、そんだけだな。ああ、あっちの世界に送るなら、俺が昔いた村に送ってくれよ」
俺の苗字の元になった村だし、結構思い入れも思い出もある。俺が未だに覚えている数少ない故郷での記憶だ。
逆に言えば、それぐらいしか覚えてねえが。
「こちらで必要と判断したものを適当に与えておく。あちらに着いたら確認しておけ」
「りょーかい」
俺が返事をしたことが合図だったのか、神の背後に仰々しい扉が現れる。前は呪いの付加があったせいか、気持ちの悪い扉だったが今回の扉は普通に豪奢な雰囲気を出している。
ため息を吐きながら立ち上がると、俺を抱き締めていた悪魔が離れる。いくら気に入ってるといっても、節度を弁えられる程度のものらしい。
「頼んだぞ、小金村真空。貴様が頼りだ」
「いってらっしゃーい!」
クソ真面目な神とあっさりしすぎている悪魔。この二人だからこその対照的な激励を受けながら、俺は扉の向こうに踏み出した。
「そんじゃあ、ちょっくら世界を救ってきますか」