「お前ら……俺に何をしやがった」
「え……、ハワード? それにエリノア?」
思い切り叫んだ男は、唖然として目の前の男女を交互に見比べていた。
「親か?」
「違う」
僅かに眉を寄せ、ハワードは返す。
「じゃあ、親戚か……じーさんたちか?」
「違う。何でそんな関係者がここに来ると思うんだ」
ばっさりと否定した隣で、エリノアが溜め息を漏らす。
「本当に、予想はしていたけど、相変わらず配慮のない方ね、イアン」
立て続けに非難されて、ふい、と拘束された男は顔を背けた。
その間に、所長と副所長は対面する簡素な椅子に座る。
「さてと。気分はどうだね?」
「最悪だ」
「そうか。じゃあ、まだ大丈夫だな」
「は?」
拗ねたような顔をしていたイアンが、眉を寄せて睨みつける。
「これから、おそらくもっと悪くなる」
「サー……」
疲れた表情で、Gが呟いた。
「まずは一つ訊きたい。君が目覚める前の記憶はどういったものだ?」
部下の反応に促された訳でもなかろうが、淡々とハワードは問いかけた。
「記憶?」
イアンが更に訝しい顔になる。
「何でそんなこと訊くんだよ。通用門手前まで行ったところで、撃たれたんじゃねぇか」
「撃たれた?」
口を出さないように、と言われていたが、思わずエースは言葉を零す。
「麻酔銃だった」
簡素にハワードが説明する。
「そういや、痛みがねぇな……」
首だけを動かして、男は肩の辺りを見る。
「そこまでか?」
「それがどうしたよ」
鼻を鳴らして、目の前の男女を睨めつける。
「イアン。君が脱出を試みたのは、八月。夏の盛りだった。今は十一月。もうそろそろ、冬になる」
「なに……?」
イアンの表情に、怒気が混じる。
目を覚ましてからずっと、彼は空調完備の屋内にいる。エースたちに一旦気絶させられたこともあり、窓の外を目にする機会はなかった。
しかし、ハワードの言葉を疑う様子はない。
「お前ら……俺に何をしやがった」
静かに、研究者たちは被験者を見つめている。
「君の推測している通りだよ。君はずっと眠らされていた。ざっと、二十九年と三ヶ月ほど」
「……は?」
どうやら、その事実は想定外らしかった。
「待て。いや、ちょっと待て」
唖然として、ハワードとエリノアの二人を交互に見、そして首を回して背後のGとエースに視線を向ける。
「二十九年……?」
「ああ」
「ええ」
「そうですね」
「らしいぜ」
明らかに十代のエースは伝聞だが、その場の全員から肯定されて、イアンは呆れた顔になる。
「いや、ないだろ。何の冗談だ?」
「私達はそれだけ歳を重ねていると思わないかね?」
以前に見かけた時は、まだペーペーの研究者だった二人を、目を眇めて睨む。
「……特殊メイクか?」
「どうしてそこまで疑ってかかるのかね」
「お前らのやることで何か一つでも信用できることがあったかよ!」
呆れたような言葉に、吠えかかる。
「ろくなことしてなかったのか?」
「昔の話だ」
エースの推測に、ふい、と所長は視線を反らす。
「そもそも、どうやって三十年近くも俺を眠らせられたんだ。鏡は見てないが、手足はぴちぴちだったぜ」
微妙に死語が混じっている。それが世代のせいなのか、元々そのような性格なのか。エースは背後で、少しばかり顔をしかめた。
「冷凍睡眠を利用した。君の肉体の老化は、完全に止められていた筈だ」
「冷凍睡眠?」
胡散臭そうに、イアンは繰り返す。
「君が目覚めた部屋に、冷気を発する装置がなかったかね?」
「舞台装置にしちゃ手がこんでいたな」
嘲るような口調に、ハワードが溜め息をついた。
「私の説明を信じていないと?」
「先刻も言ったぜ。一体どこに信用できる要素があるって?」
不毛に睨み合う二人の傍で、エリノアが軽く手を触れ合わせた。
「G。彼に、カレンダーを見せてあげて」
その指示に、青年はジャケットの内ポケットを探るが。
「そんなもん、幾らでも偽造できるだろ」
すぐさま、イアンの疑わしげな言葉に拒絶された。
「これは、世界基準で制御されているのだが」
「だから、その根拠が信用できねぇ」
頑固な男に、エースは肩を竦めた。
「じゃあ、あれは? 立体映像受信機とか、エア・カーとかさ。見せれば、時代が違うって判らないかな」
それらが発売されたのは、ここ数年以内だ。イアンは知らないことだろう。
だが、男は嘲るように口を開く。
「それだって、発売時期やら、ひょっとしたら発売前だってことすら、ごまかせるだろうが」
「性格悪いな……」
猜疑心の塊となっているイアンに、頭上からぽつりと漏らす。
「あァ!?」
首を捻り、柄の悪い顔と声を向けられた。
それに怯まないのは、エースが田舎とはいえマフィアの一家と付き合いがあるからだ。決して、今までお上品に生きてきた訳ではない。
「大体、何なんだよお前! こんなガキがなんだってここにいる?」
「俺は……」
「その二人は被験者だ」
うっかり素直に返事をしかけたエースの言葉が遮られる。
「はん。新しい犠牲者を見つけたって訳か。ご愁傷さまだな。お前らもまた、一生ここで飼い殺しされるって訳だ」
自分をも含む嘲りと、ほんの少しの同情と、そして多大な敵愾心をこめて、イアンは吐き捨てる。
しかし。
「いや、俺、通いで来てるから」
あっさりとした反論に、幾度目か、イアンは絶句した。
「通い……?」
「ああ。自宅はアウルバレイにあるんだ。仕事も続けてる。前は週一で来てたけど、今はほぼ毎晩かな」
ゆっくりと、視線が隣のGへと向けられる。
「私はここに住んでいますけど。まあ、仕事はしていますよ」
その仕事が自分たちの研究であることは秘したが。
無意識に詰めていた息を長々と吐いて、イアン・オライリーは前に向き直った。
「なるほど。かなりの年月が過ぎたのは本当らしい」
「そこで」
彼が実感したポイントに呆れて、Gは小さく呟いた。
 




