「会いたいって思わなかった?」
「父親、か」
執務机に座って、ハワードが呟く。
「そんな年頃になったのね」
室内に設えられたソファに腰掛けて、エリノアはしみじみと口を開いた。
「貴方が父親の情報を根こそぎ盗み出したのは幾つだったかしら」
楽しげに続けるのに、扉から数歩入ったところで立っていたGは、困ったように眉を寄せた。
「……十五です。あの、その話はもう」
あらあら、と口にして、エリノアはにこにこと笑う。
「それで、彼らのことですが。どうしましょうか」
「年齢は十五を超えたからな」
「サー」
真面目な顔で答えられて、Gは目を細めて所長を見つめた。
「大事な理由だ。……エムは、幼すぎる」
「はい」
それには異存がない。
更にその後数分の間会話が続いて、彼らは互いに視線を交わす。
「それでは……?」
Gの促す声に、サー・ハワードはようやく頷いた。
「以上の条件で、〈PARENT〉との面会を許可しよう」
面会日は、エースの休日に合わせて決められた。
朝食を終えて、談話室で時間を潰す弟妹は、一様に落ち着かない様子だ。
「みんなが会ったことないとか、思わなかった」
しぃがぽつりとこぼす。
「どうして?」
「主が、こっちの研究所では、毎日家族団欒だって言ってて……。それで、研究所に逆らえないんだ、って」
「嘘ばっかりね」
呆れた顔で、アイが呟く。
エースが来るようになるまでは、彼らは兄妹としての関係も酷く希薄だったのだ。
そして、父親とは顔を合わせるどころか、名前さえ知らなかった。
自らの能力を高めることだけを目標としていたアイには、それらは不要な情報だったからだ。
「エースは? 会いたいって思わなかった?」
しぃが、自分と同様に、幼い頃に研究所から連れ出された少年に尋ねる。
エースが軽く肩を竦めた。
「ここに来た日に、ちょっとだけ事情は聞いたからな。母親の情報は完全に秘匿されるってことだし、じゃあ、父親も話せないことが多いんだろうとは思ってたよ」
言ってみるもんだ、と、つけ加えてにやりと笑う。
そもそもは、しぃが父親について彼らに尋ねたことが発端だ。
そろそろ家族に馴染み、気を許してきたのだから、自分も会いたい、と。
しかしアイもエースも殆ど何も知らず、エムが父親という概念すらあやふやな状態だということが判明して、彼らはとりあえず情報収集にとりかかった。
最後までGに何も知らせなかったのは、まぁ、ただのなりゆきである。
大人たちに隠れてこっそりと何かを推し進めるのは、エースには慣れた行動原理だった。
そこそこのところでGを引き入れるのも、慣れた故の判断なのだが。
そうやって、ただ漫然と時間を潰し、一時間ほども経っただろうか。
ようやく、Gが姿を見せた。
「待たせたね。〈PARENT〉の医師グループから面会許可が出た。行こうか」
僅かに表情を硬くして、弟妹は立ち上がった。
彼らが向かったのは、研究棟だ。建物の入り口で、改めてのIDチェックやボディチェックを受ける。
「大仰だな」
「最高機密だからね」
エースの感想に、Gがさらりと答える。
そして連れこまれたのは、長い廊下。ただ白いコンクリートの床や壁が続く。
幼いエムは歩くのが遅い。ひょい、とGがその身体を抱き上げた。
斜め後ろから、エースが声をかける。
「Gは、父親に会ったことがあるのか?」
「ああ。写真で見たのは、十五の頃だった。直接、というか、生きている彼を見たのは、研究員になった後だね」
少々歯切れ悪く、青年は返してくる。
廊下はやがてエレベーター室に到達した。
壁に埋めこまれた機械へとGの持つ所員証をかざす。電子音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。
向かうのは──地下。
とある階でエレベーターを降りる。
そこは、今までと変わらない廊下が続いていたが、どこか、つんとした消毒液の匂いが漂っていた。
そして、白衣を羽織った男が一人、待ち構えている。
「お待たせしました。無理を言いまして、すみません」
Gが礼儀正しく挨拶する。
「上の許可があるのだから、気にするな。こちらも、〈苗〉たちに会えて嬉しい」
にこやかに、四十代半ばほどの男はそれに応じた。
「……父親?」
小首を傾げて、しぃが問う。
「の、専属医師の一人だよ。こっちへどうぞ、〈苗〉たち」
にこやかに告げて、くるりと踵を返した。そのまま、廊下を先導する。
「〈苗〉?」
「向こうでもよく呼ばれてた。こっちもだったんだ」
聞き慣れない呼び名をエースが繰り返すと、しぃがほんの僅か、声を暗くして呟いた。
先日まで所属していた研究所では、あまり人間扱いされていなかったのだ、と、彼女は最近ぽつりぽつり話し始めていたのだ。
「〈PARENT〉関係には、まだあまり改革の手が入っていなくてね」
少しばかり申し訳なさそうに、Gが囁き返す。
「どうして?」
アイが、きょとん、として訊く。
彼女は、物心ついた時には周囲から大事に扱われていたのだ。
「君たちには、未来があるから」
そう返して、長兄は、薄く微笑んだ。
先を歩く男が、幾度か認証を繰り返して到達したのは、そこそこ広い部屋だった。
室内には得体の知れない機械が多く並び、合間に数人、白衣を来た大人たちの姿が見える。
そして、壁の一つは、一面ガラス張りになっていた。
そっと、そのガラス窓へと導かれる。
向こう側も、ただ、白い部屋だった。
中央に、繭のような、楕円形の物体が置いてある。
長さは二メートルを超えるほど。何となく、全自動浴槽を思い起こす。
だが、全自動浴槽が縦置きであるのに、こちらは横に長い。また、上半分が透明の素材で覆われていて、中がどうなっているのかがよく見える。
そうだ。中に、一人の男が横たわっているのが。
目についたのは、濃い金色の髪。
肌は白く、彫りが深い顔立ち。
およその年齢としては、三十代にさしかかったところだろうか。
半袖の入院服のようなものを着ていて、露出している腕にはしっかりと筋肉がついている。
そして、身体やこめかみなどには、細いコードが幾本も取りつけられていた。
目は固く閉じられ、身動きひとつしない。
「彼が、君たちの〈親株〉である、イアン・オライリーだよ」
声を出せない子どもたちの間に、得意げな医師の言葉が響いた。
ミーティングルームには、硬い表情の弟妹が揃っていた。
エムの姿はない。
上階に戻ってきた時点で、エムは学習時間になったので別行動だ。
そして、詳しい説明と質問は、全て、彼女のいない場で、とは、父親との〈面会〉の許可が降りるための条件だった。
エムを除く弟妹はそれを飲み、改めてこうして顔を合わせている。
「……じゃあ、詳しい話をしようか」
少しばかり気が重い気持ちを振り払って、Gが口を開いた。




