「父親って、どういうものなの?」
「父親って、どういうものなんだ?」
うららかな午後。
秋も深まって、肌寒い日が続く中、珍しい小春日和に、広場には人の姿も多い。
いつものように顔を出したところで、突然そんなことを尋ねられて、パーシヴァルとケイトはきょとんと数度瞬いた。
目の前の少年が孤児だということは、この街では知られた事実だ。
「えー……と。そうだな。厳しい人だ。家族の前でも、気を抜いた姿を見たことはない。笑顔を見られるのは、仕事の付き合いのある相手ぐらいじゃないか」
戸惑いながらも、当たり障りのない情報をパーシヴァルが伝える。
彼の父親は、この街を牛耳る男だ。あまり露骨な話はできないのだろう。
救けを求めるような、促すような視線を向けられて、ケイトは肩を竦めた。
「私の父は、ヒギンズ家の執事です。こちらも厳しい、と言えば厳しいですね。家族よりも主人を優先するような人間ですよ」
「ああ、ケイトさんの真面目さはお父さん譲りなんですね」
腑に落ちた、と言うようにエースが呟くと、主従である男女は揃って首を傾げた。
「真面目か?」
「少なくとも主人を敬って、ではないですね」
表情だけは生真面目に返すケイトに、少しばかりパーシヴァルは眉を下げた。
「そうか……。父親ってのは、厳しいものなのか……」
「父親か?」
閉店準備をしながら、親方が繰り返す。
車の扉のところからその背中を眺めて、うん、と短く返した。
がちゃん、と音を立てて、手早くアルミの器を重ねていく。
「親父なぁ。……仕事は、料理人をしている」
「へぇ。じゃあ、親方もそれで料理人に?」
問いかけに、数秒の間が空いた。
「親父はイギリス料理専門だ」
「……へぇ」
微妙な空気が流れるのに、男は苦笑する。
「いや、腕は良かったと思う。だが、頑固でな。俺が他の国の料理や菓子に手を出そうとしたら、凄まじく怒って……、それで、まあ、故郷を出てきたんだ」
「やっぱり厳しいんだ」
納得したような呟きに、親方はまた考えこんだ。
「厳しい、か。妹にはかなり甘かったが。まあ、父親ってのは娘には甘いもんだ」
しかし、ケイトの父親は厳しいと言われていた。
小首を傾げるエースに、親方は笑う。
「人それぞれだろうよ」
「そう言われちまうと、もうどうしようもないんだけど」
「私の父か?」
夕食後、コーヒーカップを片手に、マリア・Bが問い返す。
この義姉と両親の間には、悲しい想い出が多いだろうことは推測できる。
だが、先日、他人に事情を淡々と話す姿を見て、二人の間ではさほどタブー視せずともよいのかな、と思い直したのだ。
駄目なら駄目で、はっきり拒絶するだろう。そういう人間だ。
実際、彼女はためらう様子もなく、口を開く。
「優しい人だったよ。仕事で世界中を飛び回っていて、自宅に戻ってくるのは月に数度ぐらいだったが、その度に土産を欠かさなかった。私の話は全部聞いて、何かできるようになる度に大袈裟に褒めてきた。自慢の娘だ、と、事ある毎に他人に自慢した」
穏やかな目で、懐かしむように告げる。
彼女を不快にさせなかったことに安堵しつつ、しかしエースは不審に思う。
「……その割に、姉貴、俺たちを褒めて育てなかったな?」
記憶を探っても、マリア・Bは弟妹に厳しく当たっていた。
どちらかと言えば、褒めていたのはマム・マリアの方だ。
何故か得意げに、義姉は胸を張る。
「褒めて甘やかして育てたら、どうしようもない甘ったれに育つと判ったからな」
「ごめん俺が悪かったからそういう言い方は止めてくれ」
自虐とも取れる答えに、エースは即座に要請した。
不思議そうな相手に、苦笑する。
「……姉貴には、いつだって自信満々でいて欲しいんだよ」
小さく笑って、マリア・Bは僅かに身を乗り出した。テーブル越しに、エースの短い黒髪を撫でる。
「お前はいい弟に育ったな」
「褒めて育てる気になったのか?」
さり気なく逃げようとすると、無造作に髪の毛を掴まれた。諦めて力を抜くと、すぐに満足したように離れていく。
「そうか。父親ってのは……」
「厳しくて、仕事熱心で、娘には滅茶苦茶甘いらしい」
まとめて告げた言葉に、三人の少女はそれぞれ眉を寄せた。
「曖昧ねぇ」
アイがまず苦情を言い、
「仕事熱心……。主に似てる……」
しぃが複雑な表情で呟き、
「怖いの? 優しいの?」
エムが混乱して尋ねてきた。
「あ、あと、子供は大体父親の仕事を継いでいるな」
そんな妹たちに、更に情報を投げこむ。
エースは親しい人たちの他にも、街での顔見知りにも訊いてみている。だが、さほど職種が多彩ではない田舎町では、家業を継ぐものが多いのだ。
マリア・Bと親方は、少し素直でない方向性だが。
「父親の仕事って何なのかしら……」
この中では一番古株のアイが、考えこむ。
「俺にばっかり報告させるなよ。そっちはどうだったんだ?」
頬杖をついて、問いかける。
ここは、〈神の庭園〉内部の、幾つもあるミーティングルームの一つだ。
使用の申請をすれば彼らでも使えるし、人は入ってこない。
今のように、密談をしていても。
まあ、机の上には持ちこんだ菓子やジュースが並んでいるのだが。
そんな中で、アイは肩を竦め、しぃは首を振った。
「研究者たちは、私たちの事情を知ってるもの。父親について、なんて訊いて回ったら、そんなの〈PARENT〉について調べてるのが見え見えじゃない」
「〈親〉ねぇ」
頬杖をついた手の、中指の爪をがじ、と噛む。
「じゃあもう、一番判ってそうな奴に訊くしかないんじゃねぇか?」
彼は、訪いを告げて開かれた扉の中を一瞥して、眉を寄せた。
「……ミーティングルームは綺麗に使いなさい」
はーい、と気のない返事を返されて、溜め息をつく。
彼は、この場に集まっていた少年少女たちの異母兄だ。
ぐるり、と弟妹の顔を見渡すと、少し離れた場所の椅子を引く。
「それで、ここしばらくこそこそしていた理由を、やっと話してくれるのかな?」
「こそこそって……、人聞きの悪い」
悪戯っぽくにやりと笑んで、エースが返す。
「事実、こそこそしてたじゃないか。仲間に入れてくれなくて、ちょっと寂しかったよ」
「う……ごめんなさい……」
エムが身体を小さくさせて、謝る。他の妹たちも、少しばかり居心地が悪そうだ。
「だから言ったじゃないの!」
アイが小声で責めながら、エースの肩をつつく。
「俺も言ったぜ。さっさと話して、説明して貰おうって」
どうやら、こそこそしたがっていたのは、妹たちらしい。
「何を知りたいんだい?」
Gの言葉に、彼らはちらちらと視線を交わし合う。
「最初に訊き始めたのは、しぃだ」
あっさりとエースに売り飛ばされて、まだここに来て日の浅い少女は、意を決したように長兄を見上げた。
「父親って、どういうものなの?」




