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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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「荷物をまとめなさい」

 数日は、何事もなく過ぎた。

 エースは仕事に精を出し、好奇心旺盛な街の人々を軽くあしらった。

 マリア・Bはセキュリティの更なる強化と、今回被害にあった物資を補充するため、各種カタログを読みこんでいる。

 孤児院では、いたく平穏な日々が過ぎていった。



 〈神の庭園(ガーデン)〉から、来てくれないかと頼まれたのは、襲撃から五日後のことだった。




 夜になって訪れると、出迎えたのはGとアイの二人だけだった。

「何かあったのか?」

 ロビーは人影もまばらで、声をかけてくる職員もいない。

 見るからに疲れた顔で、Gは肩を竦める。

「相談したいことがある。ミーティングルームに行こう」


 ミーティングルームは、こじんまりとした個室だった。

 統一性のない椅子が、ばらばらと六脚ばかり置かれている。壁際には飲み物が用意できるカウンターが作られていた。

 何か飲むか、と尋ねられたが断る。

 Gの様子が、それどころではないと告げていた。

 彼らは適当に椅子を寄せて座った。

「で?」

 促すと、兄はうかない顔のまま、頷く。

「Cのことなんだが」



 孤児院が襲撃された夜、しぃは〈神の庭園(ガーデン)〉に保護された。

 翌朝には、孤児院に滞在していた兄妹たちも帰っていき、その後のことはエースは何も知らされていなかった。

 まあごたごたしているだろう、と判断し、これ幸いと今まで放っておいた家の作業にかまけていたのも事実だが。


「検査の結果、Cは、十五年前に連れ去られた子供と同一人物だと認定された」

 エースがここに来た当初の検査を、しぃも受けたのだろう。

 まあ、その結果は、違っていた方が不思議だ。エースは黙って次の言葉を待つ。

「それと、半月ほど前から、ナレインフットで起きていた通り魔事件。あれが、Cの仕業だったことも、判った」

「……は?」

 正直、しぃの襲撃によるごたごたで、そんなことはすっかり忘れ去っていた。だが、被害者を抱える研究所は、忘れることなどなかったのだ。

「ラッカム教授から、うちの職員に危害を加えろ、と命令された、と。Cの世話役というか、監視役のような人間が二人いて、襲う相手やタイミングを指示していたんだそうだ」

 夜道で後をつけてきた、程度のことは、その二人がしたことだという。

「や……、でも、それだと、しぃは悪くないだろ? 命令に逆らえなかったんだろうし」

 眉間に皺を寄せて、エースは言ってみる。

 困ったように、Gが溜息をついた。

「切られた人間に、それは言えないよ」

 反論できなくて、少年は黙りこむ。

 エース自身、子供の遊び程度だとはいえ、まだ拉致され慣れていない頃は、怖い夢を見て夜中に目覚めたこともある。

 今回の被害者の負った傷は、その比ではあるまい。

「勿論、全部C一人の証言だ。間違いもあるだろう。誰かを庇っている可能性も大いにある。ただ、近くに誰もいないのに切られた、という状況には、一応説明がつきそうだ」

 それに、と継いで、目を閉じる。

「Cが犯人だった場合、警察には引き渡せない」


「それは、しぃが研究対象だからか?」

 だが、咎めるようなエースの言葉には軽く手を振った。

「立証できないからだよ。超能力(サイ)で切りつけました、なんて、法に触れることじゃない」

 よく判らなくて、首を傾げる。

 意思を持って切りつけたなら、それは事故などではなく傷害罪になるだろう。

「自分が切りつけました。じゃあ凶器は? 超能力(サイ)です、で、警察には納得してもらえないんだよ」

「ああ……」

 ようやく腑に落ちて、呟いた。

「警察には悪いけど、これは迷宮入りだね。被害者にも、被害届を取り下げるように頼んでる。ただ、そこが問題で」

「どこが?」

 Gは、疲れきった笑みを浮かべた。

先刻(さっき)、君が言ったことだよ。研究対象が大切で、職員は切り捨てられるのか。加害者には法の裁きを受けさせるべきだ。簡単に人を、特にここの職員を狙って危害を加えるような人間がいるところでは働けない……」

「そんな……」

「今日、人が少ないと思わなかったかい? 何人かはもう離職してる。あとは、Cが怖くて、セキュリティのしっかりした場所に籠もっているんだ」

 流石に、エースも絶句する。

「……しぃは、今どうしてるんだ?」

「それがまた問題でね。女子寮には、反対が多すぎて入れなかった。今は、ゲストハウスにいてもらってる」

「ゲストハウス?」

 聞き慣れない名前に、問い返す。

「外部からの客や、関連企業の社員が来たときに泊まって貰う建物だよ。直接こっちとは繋がってない」

 この研究所は、幾つもの建物を廊下や階段で繋いでいた。例外は教会や新しく建てたモノレール乗り場ぐらいかと思っていたが。

「俺はそこに行かなかったよな」

 ゲストとして招かれた時、男子寮のGの隣の部屋に通された。それからずっと、そこで寝泊まりしている。

「君は信用があったからね」

 その言葉が気恥ずかしい反面、しぃが信用されていない、ということを見せつけられる。

「CはCで、我々に心を開かない。マム・エリノアは、人を懐柔するのに長けているが、四六時中Cと職員の間を取り持つのは不可能だ。そもそも、それは我々の仕事だから」

「我々?」

 エースが繰り返すのに、苦笑する。

「職員だよ。私は、Cの担当ではないけれど……」

「いや、俺たちだろ。兄妹なんだから」

 さらりと続けたエースを、二人はまじまじと見つめる。

「そう言って貰えるとありがたいよ」

「当てつけがましいわね!」

 今まで完全に無言を貫いていたアイが、我慢できない、と言うように叫んだ。

 少しばかりびっくりして、視線を向ける。

「アイ。だから、あれは君が行き過ぎたって納得しただろう」

「だけど!」

「エースへの説明に口を出さない、とも言った筈だ」

「判ってるけど、予想した通りなんだもん!」

「……何の話だ?」

 エースの言葉に、二人は口をつぐむ。

 妹を軽く睨みつけて、Gは仕切り直した。

「アイも、何とかしようと思ったんだよ。Cを捕まえたのはこの子だし、ここに連れてきて回りに馴染めないことに、責任を感じたらしい。ただ、それがちょっと裏目に出て」

「何をやったんだよ……」

 やや呆れ顔で呟くが、アイはつん、と視線を逸らせた。

 説明に口を出さない、という約束を悪用している。

「女性の間のことだからね。あまり詮索しない方がいい。だが、それで、Cは一層殻に籠もってしまったし、女性職員は歩み寄らなくなった」

「あー……。何があったかはともかく、どうなったかは判った」

 数年前まで、エースの住む孤児院には思春期の少女たちが三十二人いた。正直、その手のトラブルは日常茶飯事だ。

「まあ、いい。つまり、それで俺が呼ばれたんだな?」

 苦笑して訊くと、十近くも年上の兄は、面目なさそうな顔で頷いた。




 軽やかな電子音が響く。

「しぃ。俺だ。入るぞ」

 返事も許可もなかったが、扉を開く。管理者からの許可は出ているのだ。セキュリティとしてはどうかと思うが、しぃのコンディションの方が問題なのだろう。

 リビングは無人だった。寝室の扉を軽く叩く。

 返事はないが、拒絶されないだけましだ。

 エースはためらいなくそれを開けた。

 淡い照明の照らす中、ベッドのシーツが盛り上がっている。

 ベッドの縁に腰掛けて、肩の辺りに手を置く。

 ゆっくりと、ぽん、ぽんと触れていると、少女の身体から緊張が抜けていった。

「……何も言わないの」

 やがて、ぽつりと呟きが漏れた。

「言わないよ」

 穏やかな声で、そう返す。

「……私が何をしたか、聞いた?」

「いや」

 ゆっくりと、穏やかな時間。

 辛抱強く寄り添ってくれる相手。

 こういう時にはそれらが必要なのだと、エースはマム・マリアから学んでいた。

「……ここに、いたくない」

 かなりの時間が経ってから、細い声が発せられた。

「そうか。帰りたいのか?」

「そうじゃない、けど」

 夜の薄闇の中に、想いが溶けていく。

「エースと、一緒に、いたい」

「いられるだろ」

「そうじゃない。ずっと。毎日」

 んー、と唸って苦笑する。

「しぃは孤児院(うち)に出入り禁止になってるからなぁ」

 他の兄妹には快く許可を出していたマリア・Bだが、孤児院を襲撃してきたしぃには、流石にそれは拒絶したのだ。

「入れる。大丈夫」

「武力行使は駄目だ」

 抜け目なくエースが釘を刺す。

 図星だったのか、むくれたように沈黙した。

「謝ったら、許して貰える?」

「どうかな。あの日マリア(ねぇ)がいなかったら、しぃは命令通りに兄妹を殺して、俺を連れて行っただろう。未然に防げたとは言え、そんな脅威だったしぃを、口先だけで許せるとは思えないね」

「じゃあ、無駄なの」

 ぽん、ぽんと、ゆっくりと触れ続ける。

「口先だけじゃないって、判って貰えばいいだろ」

「無駄だもの」

 拗ねたように繰り返す。

「本当に心底信用してないなら、姉貴は俺をここに来させないよ。しぃが、命令にそのまま従ったこと、自分で考えて行動しなかったことを止めて、〈神の庭園(ガーデン)〉のみんなと協調していけば、姉貴だって聞く耳を持つようになるさ」

 身体の強張りが溶けて。

「姉貴も、俺やGから話は聞くしな。謝罪を受け入れられると思えば、お前はうちにも来れるよ。俺だって、こっちに頻繁に来るようにする。だからな。ここで、生きていこう」

 背を向ける格好だったしぃが、寝返りを打つ。

 エースの腰に、両腕でぎゅっとしがみついた。

「一緒に?」

「一緒に、だ」




「……待て!」

「止めないでよ!」

 夜が明けてしばらくした頃、遠くで争う声が聞こえてくる。

 それはすぐに寝室の扉を勢いよく開いた。

 断固とした顔のアイと、それを止めようとしていたらしいGが、ベッドを見つめたまま固まる。

「……何してんの」

 ベッドに腰掛け、その膝の上にしぃの頭を乗せた姿で、エースは肩を竦めた。

「泣き疲れて寝ちまったんだよ」

「足、痺れてないのか?」

「慣れてる」

 兄弟の呑気な会話に、アイが大股に部屋へと踏みこんだ。

「起きなさいよ!」

 しぃの肩を掴んで怒鳴る。

 のそり、と身を起こしたしぃは、黙って相手を見返した。

「おい、アイ」

 また険悪になりそうな空気に、エースが口を挟みかける。

 が。


「荷物をまとめなさい」

 迷いのない口調で、アイはそう言った。


「あんた、これから、あたしと同じ部屋で暮らすのよ」


「………………は?」



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