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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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36/57

「座られるといい。長い話になる」

 ブライアーズ孤児院へのインターフォンが通じたのは、警報が鳴り始めてから三十分以上が経過した頃だった。

 侵入者は確保したこと、迎えを出すので、所長と副所長に来て欲しい、という連絡を受けて、更に十五分。

 フェンスに近づいてきた相手は、モノレール乗り場に詰めかけた警備員の人数に怯んだ顔をした。

「あー……。お疲れ様です。とりあえず、入ってもらえるのはハワードさんとエリノアさんだけなんだけど」

 困った顔で、エースは口を開いた。

「了承しているよ。ただ、万が一に備えて、いくらかはここに待機させておいても構わないだろうか」

「まあ、ここはお貸ししている土地だから……」

 ハワードの言葉に、まだちょっと困った声で、エースは答えた。

 柵の内側にあるコントロールパネルに、少年がパスワードを入力する。小さな電子音と共に、ロックが開いた。

 〈神の庭園(ガーデン)〉の所長と副所長の前に、初めて、孤児院への道が開かれた。

 彼らが足を踏み入れ、再びセキュリティが作動したことを確認すると、エースは傍に停めていた自転車に手をかけた。

「車が使えないので、五分ほど歩いてもらうことになるんです」

「構わないよ」

「道から外れなければ危険はありませんが、念のため、俺から三メートル以上離れないでください」


 彼らはほぼ無言で夜道を進んだ。

 エースの押す自転車が、車輪が回るたびにきぃきぃと軋む。

 一度だけ、道路の真ん中に放置された、ボンネットの切り裂かれた自動車を目にした時は、二人ともが驚いた声を上げたが。


 手慣れた様子で、自転車を前庭に停める。

 物珍しそうに周囲を見回している来客を、促した。

「お帰りなさい、エースお兄ちゃん!」

 ぱたぱたと廊下の奥から、小さな足音が向かってくる。

 エムは二人の男女に気づくと、足を止めた。

「こんばんは、サー・ハワード、マム・エリノア」

 小さな少女は、礼儀正しく会釈する。

 普段、エムは研究者たちともう少し気安く接していた。流石に、この二人とはそうでもないのか。

「元気そうね。怪我はない?」

「はい」

 少しばかりもじもじして、エムはくるりと向きを変えた。

「エースお兄ちゃん、こっち」

 彼女は、廊下の途中で進路を変える。

「談話室じゃないのか?」

「マリアに追い出されてね」

 厨房から半身を出したGが、苦笑して答える。

「ご足労おかけします」

 上司に向けて一礼すると、ハワードは鷹揚に手を振った。

 厨房に入ると、アイが膨れっ面で椅子にかけていた。

「Gがしつこく怒ってくるからよ」

「あらまあ。何をしたの?」

 しかし、続いて現れたエリノアにそう尋ねられて、ばつの悪い顔になる。

「一通り、お二人に状況を飲みこんで頂くまで来ないように、と言われた。あの子を刺激して起こしたくないんだろう」

「あの子?」

 Gがエースにマリア・Bの意図を説明するのに、横から口を挟まれる。

「こんなところで悪いけど、適当に座ってください。G、先刻(さっき)あったことを話しててくれ。夕飯は食べられました?」

「夕飯?」

 予想しなかった問いかけに、怪訝そうにハワードは返す。

「いい加減、腹ぺこなんですよ。俺はここで夕飯を作ってますから、よかったら一緒にどうですか?」

 その申し出に、〈神の庭園(ガーデン)〉の所長と副所長は顔を見合わせた。



 人数が増えたから、最近、パンは多めに焼いている。

 いつものメニューに、ベーコンとほうれん草、きのこ(マッシュルーム)をバターで炒めて、手早く一品増やすことにした。

 エムが皿の準備をするなど、エースの手伝いをしている姿が微笑ましい。

 だが、話題は、微笑ましさとは無縁のものだった。

「その少女は、確かに、『C』と名乗ったのか?」

 眉間に皺を寄せ、ハワードは問いかける。

「はい。私が見た限りでも、離れた場所からシャッターを破り、銃弾を防ぎ、車を破壊しています」

 ここへ来る途中に見た、放置された自動車を思い出したか、低く呻く。

 上の空でほうれん草を一掬いし、口に含んだところで瞬く。

「美味いな」

 小さく呟いたのに、エースとアイが笑みを含んだ視線を交わした。

「複数の能力(サイ)を使い、『C』と名乗り、十代半ば、ですか」

 不安げに、エリノアが情報をまとめる。

「心当たりが?」

 エースの問いに、しかし年長者たちは顔を見合わせる。

「本人を見てもいないのに、憶測でものは言えんよ」



 簡単に食事を終わらせて、一同は場所を変えた。

 エースが、小さく扉を叩く。

「姉貴。いいか?」

 数秒して、中から扉が開かれた。険しい顔だったマリア・Bが、エースの持ったトレイに目を止めて、少しばかり和らぐ。

 エースの明日の昼食になるはずだったサンドウィッチと、コーヒーを持ってきたのだ。

 静かに、と警告されて、彼らは談話室に入った。


 長椅子に、少女が一人横たわっている。

 淡いブラウンの、短い髪。

 華奢な肢体を包む、ボディスーツ。

 しかし、彼女の手足は拘束され、目隠しまで施されていたのだ。

 二人の来客は、軽く息を飲む。

「意識は戻っていません。おそらく脳震盪だと思われます。そのうち目を覚ますでしょう」

「この格好は、どうして?」

 エリノアの問いかけに、マリア・Bは肩を竦めた。

「奇妙な能力(ちから)を持っていましたからね。目が見えなければ、こちらに攻撃しようにも、照準も合わせづらいのではないかと思ったんですよ」

「妥当な判断ね」

 非難するかと思いきや、あっさりとその説明に同意する。

「ところで、お心当たりはおありですか?」

 ハワードとエリノアは、そっと少女に近づいた。眉を寄せて見入る中、マリア・Bは長椅子の正面に置いた椅子に座り、サンドウィッチを頬張った。

「……きちんと検査をしなくては、確実なことは言えない」

 ややあって発せられたのは、そんな言葉だった。

 続きを待つように、若者たちの視線が集まる。

「だが、能力(サイ)を使う、十五、六歳の、『C』と名乗る少女の心当たりなら、ある」

 ハワードは、痛ましげな視線を、少女から引き剥がした。


「おそらく、彼女は、十五年前に、セオドア・ラッカムとマリア・エインズワースによって連れ去られた、二人の子供のうちの一人だ」


「連れ去られた子供……」

「君と一緒にな、エース」

 名前を呼ばれて、びくりと身体を震わせる。

「『C』が、君に執着していたのも、頷ける。産まれたばかりの彼女が示していた能力(サイ)は、〈具象化(CONCRETE)〉。君の、〈抽象(ABSTRAC)(TION)〉と、対を成すように産まれてきた。実際、ラッカムは、君たち二人に酷く執着していたよ」

 未だ発現しない、自分の能力名は、ついつい他人(ひと)事のように感じてしまう。

「でも、どうして今、ここに?」

 アイが、複雑な視線を、意識を失った少女に向けたまま呟く。

「それは判らない。彼らが姿を消してからの足取りは、我々には全く掴めていないのだから。多少なりと、知っているとすれば」

 ハワードの視線が、動く。

 自然、その場の皆が、それを追った。

 いきなり注目されて、食後のコーヒーを飲んでいたマリア・Bが、口角を僅かに上げる。

「かいつまんで話した方が?」

「できれば詳しくお願いしたい。彼女が起きるまで、することは何もないからね」

 苦笑して、マリア・Bは、手を広げた。

「座られるといい。長い話になる」



「さて。貴方がたは、コヴィントン商会、という名前を聞いたことはあるか?」

 話の切り出し方に、首を捻る。

「そりゃまあ。有名だからな。食品やら日用品やら、医療機器まで、手広く扱ってる会社だろ」

「あとね、〈神の庭園(ガーデン)〉の上位組織なのよ」

 エースに続けて、アイが得意げにつけ加える。

「そうなのか?」

 予算が潤沢だと思ってはいたが、それなりの資本がついていたのか。

「うん。その会社だ。ではそれが十五年前までは、コヴィントン&ブライアーズ商会、という名前だったことは?」

 エースとアイが、目を見開く。

「おうちの名前と一緒!」

 エムが、無邪気に兄姉の真似をして言い当てる。

「そうだな。ここは、昔、そのコヴィントン&ブライアーズ商会の関連施設だったんだ」

 僅かに優しい目になって、マリア・Bは説明する。


「私は、マリア・ブライアーズ。当時、コヴィントン&ブライアーズ商会の最高経営責任者(CEO)だった男の、一人娘だ」


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