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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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35/57

「……ごめんな」

 夜道を、ばたばたと走る。

 先頭にいるのは、アサルトライフルを携えたマリア・Bだ。

 アイは瞬発力はあるものの持久力に欠けるし、Gはエムを抱えている。後ろからついていくのがやっとだ。

 だが、あの不思議な少女が追ってくる様子はなかった。

 万が一、車が爆発した場合に巻きこまれないだけの距離はもうとっくに取れている。訝しく思っていたところに、マリア・Bが怒鳴った。

「待機解除だ、エース! プランL! サムおじさん(アンクル・サム)方向から抜けろ!」

 同時に、周辺のスピーカーからその声が響き渡る。

「マリア、一体何を」

「仕切り直しだ」

 Gの問いかけに、苦々しい声が返ってくる。道沿いの、壊れかけた門の中へ、マリア・Bは駆けこんだ。


 真っ直ぐ、玄関に辿り着く。金属製の扉は、鍵がかかっている様子もなく開いた。

 この一帯で人が住んでいる建物は、孤児院だけだという。ならばここも無人なのだろうが、Gは中に踏みこむのを少しばかりためらった。

 一方、マリア・Bは足早に階段を登っていく。薄暗い屋根裏部屋まで入って、ようやく足を止めた。

「暗い……」

 アイが周囲を見回しながら呟く。

「灯りは点けるな。こっちの居場所が知れる」

 振り向きもせずに、迷彩服の女性は部屋の片隅に置かれた木箱の蓋を開けた。埃の積もった床に跪き、掴みだした何かを手早く組み立て始める。

「エースお兄ちゃんは……?」

 今まで、じっと、Gに抱かれるままだったエムが、ぽつりとこぼす。

 幼いが、彼女も非常時の訓練は受けている。保護している大人の邪魔にならないよう、静かにしている、程度だが。

 そう、彼らは常に存在を狙われかねない立場にいるのだ。

 そして、エースは、〈神の庭園(ガーデン)〉において、まだそんな訓練を受けていない。

 まあ、そこまではエムも知っている訳ではなく、単純にエースと離れてしまって不安なだけだろうが。

「大丈夫だよ、エム。心配いらない」

 マリア・Bは軽く答えるが、Gはその言葉に安心はできなかった。

「……襲撃を受けている、と、〈神の庭園(ガーデン)〉に連絡します。警備隊を派遣してくれるでしょう」

「必要ない」

 Gの提案を、マリア・Bは一蹴する。

「ここには、私が認めた人間以外は入れさせない。まして、武装した人間など論外だ」

「しかし、このままでは」

「心配しなくても、貴方がたには傷ひとつつけさせんよ。エースにも、だ」

 ぎゅ、と手を捻ってパーツを締め終わると、マリア・Bは立ち上がった。

 組み立てられたものは、長い銃身を持ち、その先端に短い三脚のついた、狙撃銃(ライフル)だった。

 小屋根(ドーマー)の窓を、僅かに開く。窓枠に三脚を置き、銃床(ストック)を肩に押し当てる。

「一撃で、決める」


「待ってください、マリア」

 静かな声で、Gはそれを止めた。

 マリア・Bは視線を向けようともしない。

 その背中を見つめて、しかし青年は言葉を継ぐ。

「あの子を、Cを、傷つけないでください」

「……やっぱり、何かあるのね」

 彼の言葉に応じたのは、マリア・Bではない。小さな拳を握りしめた、アイだ。

「あの子。あたしたちと似たような名前で、能力(サイ)を使ってた。でも、あたし、あの子のこと知らない。〈神の庭園(ガーデン)〉にいた子じゃないんでしょ? 誰なの?」

「それは……」

 兄は、アイへと向き直る。強い意志で見上げてくる視線を、受け止めた。

「話さないでくれ。少なくとも、侵入者を仕留めるまでは。決意が、鈍る」

 彼らの間の空気を破るように、マリア・Bは声をかけた。視線は、ただスコープを覗いている。

「なによ、それ。事情を聞く気もないの? 問答無用で殺すって言うの? 最低。人でなし!」

 苛立って怒鳴りつけても、その細い肩は動きもしない。アイは、ぷい、と顔を背けた。



 夜道を、一心に駆ける。

 方角は、孤児院とは逆。モノレール乗り場に向かう道だが、途中で、ある家の庭へと方向を変える。

 サムおじさんの家。この家の裏口で、エムと初めて出会ったのだ。

「待って、エース!」

 背後から迫りつつ呼びかけてくるのは、勿論エムではないが。

 乱雑に積まれた木材を乗り越える。

 着地する時に少しばかり肝が冷えたが、声を押し殺し、更に走った。

「きゃあっ!?」

 同じルートを取ったのであろう、しぃが突然悲鳴を上げた。

 木材の山を超えた先の地面は、その手前よりも一メートルほど低くなっていたのだ。

 数秒の沈黙のあと、もう、と、苛立った声が聞こえた。

 その間に、少しでも距離を稼ぐ。

 あの少女はさほど足が早くはないが、それでも、彼女に何ができるのか、エースには判っていないのだ。



 尻餅をついた体勢から、立ち上がる。追っていた少年からは、二十メートルほど離れてしまった。

 できれば、無傷で一緒に来て欲しい。そう思っていたが、いっそ、動けない程度に傷つけるのもやむを得ないか、とちらりと考えた。

 しかし、それももう少し近づかなくては、無理だ。

 しぃは、枯れ草の目立ち始めた地面を蹴りつけ、再び走りだす。

 数メートルも行かないうちに、その足元が、爆ぜた。



「対人地雷!?」

 Gが驚愕の声を上げる。

「あの窪地全体に設置してある。爆発するのは、上から荷重がかかり、私やエースのような、あらかじめセキュリティに登録してある人間が巻きこまれるほど近くにいない時だ。だから、そのパスを絶対に身から離さないようにと言ってあるだろう」

 兄妹が孤児院に厄介になると決まった時に渡されたパスを思い出す。それは今、彼らの首から下げられていた。

「しかし、それではCは」

 冷汗を滲ませながら、問い質す。

「なに、威力は大したことはない。足元で爆竹が鳴るのと大差ないさ。少なくとも、地雷原の周辺部は。あの侵入者は、銃弾さえ防いだんだから、大した怪我はしないだろう。だが、全てがその程度の威力とは限らないし、用心で動きは鈍る筈だ。そこを、私がここから狙う」

 マリア・Bの構える狙撃銃(ライフル)。ものによっては、一キロ離れた的を撃つこともできる。尤も、彼女の銃はそれほど射程は長くなかった。五百メートルいけばいい方だろう。

 しかし、この屋根裏からあの窪地を狙うのなら、それで充分だ。

「マリア……」

 もう一度、何とか狙撃を思い留まってもらえないか、と声を上げかけたGは、ぽつりと漏れた言葉に口を閉じた。

「足を撃ち抜く程度で、戦意を喪失してくれることを願うだけだよ」




 山の(ふもと)で、大音響の警報が鳴り響いていることは、勿論〈神の庭園(ガーデン)〉にも知らされていた。

 孤児院の電話に誰も出ない、という報告を、三分毎に聞かされて、ハワードが苛々と眉を寄せる。

「Gに連絡を取った方がよいのでは」

 警備課長が進言するのに、手を振る。

「もしも、何者かから隠れている場合、その信号で居場所が判ってしまう。あくまで、公式回線で連絡をつけろ」

「もうすぐ、警備隊の出動準備が整います。万が一には、突入もありえますか?」

「駄目だ。招かれないうちに敷地内に入っては、向こうとの信頼を崩す。降りたらインターフォンで呼びかけろ」

「しかし、彼らに何かあれば……!」

 気弱とも取れる指示に、警備課長が声を荒らげる。

「そうなれば、全て私の責だ」

 断言した所長に、警備課長は口をつぐんだ。

 傍らのソファに座り、静かに話を聞いていたエリノアは、小さく眉を寄せる。

「これは、〈上〉からの命令だ。我々は、ブライアーズ孤児院と事を構える訳にはいかんのだよ」


 あれは、(UNTO)(UCHA)(BLE)なのだから、と、壮年の男は呟いた。




 足の下で地面が爆ぜて、びくり、と身体を震わせる。

 爪先までを包む耐衝撃スーツは、僅かな痺れを伝えただけだった。

 だが、その耳を覆わんばかりの爆発音と、数センチの深さで抉れた地面に、ぞっとする。

防げ(Cover)……」

 小さく呟く。

 先ほど銃弾を防いだ時は、前方五十センチほどのところに〈防壁〉を構築した。身体から充分離れた位置で脅威を止められることは、安心と余裕を与えてくれる。

 しかし、地雷の爆発を防ぐのは、足の下と地面の間、距離などないに等しい位置に〈防壁〉を構築しなくてはならない。

 震動はあまり和らぐまい。爆発時の、飛び散る土や石、地雷の金属片を防げるだけでも意味はある。

 念のため、進行方向にも〈防壁〉を巡らせて、足を進める。

 だが、明らかにびくびくしている歩みでは、そう早くは進めない。

 エースは、全く気にしないまま、どんどんと遠ざかっていく。

 彼は、一度も地雷を踏んではいないようだ。

 先刻(さっき)爆発したのは、たまたまだったのかもしれない。数メートル進んで気が大きくなり、足を早めた。

 その矢先に、再び足の裏で爆発する。

 じわり、と冷汗が滲んで、足を止めた。

「行かないで、エース!」

 遠くで、少年が振り向いた。しぃが立ち止まっているのを確認して、ゆっくりと戻ってくる。

 だが、用心のためか、十メートルほど離れたところで止まった。

「降参しないか?」

「降参?」

 かけられた声に、眉を寄せる。

「あんたがここに来た目的を全部諦めて帰ってくれるなら、危害を加えないように、マリア(ねぇ)を説得するよ。俺としても、こんな騒ぎはとっとと終わらせたい」

 腹も減った、とぼやきをつけ加える。

「目的を、全部?」

「そうだ」

「貴方を(たす)け出すこと?」

「俺は、ここが好きだし、他のどこにも行きたくない。ここの生活に満足してる。正直、迷惑だ」

「迷惑……?」


 先ほど、マリア・Bがエースに指示を出すため、スピーカーを使用した時に、警報は鳴り止んでいる。

 二人の会話が途切れると、傍らの、一メートルほど高くなった地面に生えた草を、風が揺らす音さえ大きく響いた。

「でも、だって、貴方はここに囚われてるんだって。望まない生活を強いられているんだって。だから、私が貴方を救けださないと、って、マスターが」

「囚われてる人間が、毎日街で働くかよ」

 呆れた声に、しぃは声を詰まらせる。

「だけど、貴方は私の片翼だって。運命の相手だって。私と貴方が一緒にいることが当然で、あいつらはそれを引き裂いた、悪人なんだって」

「みんな、俺の家族だ。そんなことは、あり得ない」

 少女の声が、僅かに震える。

「……私が救けにきたら、貴方は、凄く喜んで、一緒に来てくれる、って」

 エースが、大きく息をついた。

「……ごめんな」


 ざっ、と、大股にしぃは足を進めた。

「嘘よ、全部。私と帰れば、判る」


 エースは、一歩も逃げ出さない。


 マリア・Bが、スコープの中心に、標的を収める。


 Gは、エムをしっかりと抱き、沈痛な、祈るような表情でその後ろ姿を見つめている。


 しぃの、傍らの崖の上の草がざわり、と騒ぎ。



 そして襲撃者は、突然強く突き飛ばされた。


 何かが飛びかかって来たかのような、衝撃。

 完全に不意を衝かれて、しぃはなすすべもなく、地面に横ざまに倒れこんだ。

 のしかかってきた重みは、ぱっと消え、土を蹴立てる音が小さく遠ざかる。

 瞬間、しぃの身体の下で、地雷が爆発した。


 〈防壁〉は、構築してある。地面と身体の間の、殆ど無いと言っていいような空間に。

 耐衝撃スーツが、身体を覆っている。頭部以外の、全身を。

 しぃは、ほぼ顔の真横で爆発の震動を受け、意識を手放した。




「なんだ……?」


 義姉(あね)が、兄が、弟が、異口同音に呟く。


「やったぁ!」

 窪地に、勝ち誇ったような声が、響いた。

「おま……、アイか?」

 ただ一人、その声を聞き取れたエースが、驚きの声を上げる。


「妹はどこだ!?」

 ほぼ同時に、マリア・Bが屋根裏部屋を見渡した。

 慌ててそれに(なら)うGの視界にも、金髪の少女の姿は映らない。

「いつからいなくなったんだ……?」

 呆然として、青年が呟く。

 侵入者の対応に気を取られ、文字通り彼女が〈姿を消した〉ことに気づかなかったのだ。

「やってくれた……。合流したら、説教だな」

「全くです」

 二人の保護者は、奇妙に明るい笑みを浮かべて、決意した。




「なあ、アイ、お前……。髪の毛、見えてきてるぞ」

「ちょっとやだ、あっち行ってよ!」

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