表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/57

「何でみんないるんだよ」

 こちらの足音が聞こえたのか、互いの距離が十数メートルほどまで縮まったあたりで、前方の人影は足を止めた。

「ちょっと……、あんた!」

 エースの呼びかけに気づいている筈だが、振り向こうとはしない。

 延ばした手が相手の肩に触れて、ようやく視線だけを背後に向けた。

「あれ。あんた……」

 見覚えのある顔に、瞬く。

 短い髪は、淡いブラウン。エースと変わらない年齢だが、やや小柄な身体。白い肌に、鮮やかに映える青の瞳。

 確か、どこかで。

「エース……」

 こちらの名前を知っている、ということで思い出す。

「あんた、祭りの時に店に来てくれた人か」

 あの日には彼女は民族衣装を着ていたが、流石に今はそうではない。細い身体のラインがよく判る、ボディスーツのようなものを身につけている。

 ジョギングでもしていたのか。

「なんで、こんなとこに……。シャッター壊れてたから、入って来ちゃったのか?」

「貴方こそ。こんなに早く戻って来れるなんて、あいつも役に立たない奴ね」

 平坦な声は問いかけの答えにはなってなくて、首を傾げる。

「今、ちょっと、とりこんでるんだ。この辺うろうろしてたら危ない。橋まで送ってやるから、帰りな」

 肩を掴もうとしたが、するりと避けられた。

 僅かにむっとして、進行方向に回りこむ。

「ほら。警報も鳴ってるだろ。侵入者がいるんだよ」

 なだめすかすエースを、表情が乏しいながらも、少女は見つめ返してくる。


 彼らの向かっていた方向から、鈍い地響きが感じられたのは、その時だった。


 随分と暗くなっていた道の奥から、激しい光が浴びせられる。

 低いエンジン音が、彼らの十数メートル手前で止まった。

「……うわ」

 少しばかり頬を引きつらせて、エースは呟く。

 逆光の中でも、それが古風なガソリン車だということは判る。無骨な角ばったシルエットの、容積の大きい、頑丈な、力強い車だ。

 運転席の扉が開く。それは再び閉まることなく、運転手とこちらの間を、障害物のように遮った。

 滑らかな動きで両手をつき出す。ぴたりと、微動だにせずに、こちらへ向けて。

「それから離れろ。エース」

 その、彼女が右手で握り、左手を添えた漆黒の物体。こちらへ真っ直ぐに向けられた銃口のように、震えなど全く感じさせない声で、マリア・Bは命じた。


 彼女は、『部屋着』姿ではない。そして、『通勤着』姿でもなかった。

 長い黒髪を結い上げて邪魔にならないようにしている。緑を基調にした、屋外用の迷彩服の上下を身に着け、無骨な、使いこまれたブーツを履いていた。

 完全武装だ。

「あー……。姉貴。この()、間違って入って来ちまったみたいだから、これから街に送ってくるよ」

 半ば宥めるように、そう声をかける。

 マリア・Bの視線は、二人から離れない。

「侵入者は一体。体高は約百六十センチ。橋にかかった荷重はおよそ四十八キロ。門を破壊された時の監視カメラの映像には、その娘の姿が映っていた」

 淡々と、義姉(あね)は告げる。

「侵入者は、そいつだ。エース」


切り裂け(Cut)


 細い声が、そう響いた瞬間だった。

 防壁のように、マリア・Bの身体を隠していた車の扉が、真ん中辺りで縦にすっぱりと両断されたのは。


 石畳に鋼鉄が落下する、鈍い音が響く。

「きやああああああああ!?」

 悲鳴が、宵闇をつんざいた。

 マリア・Bの悲鳴ではない。彼女は、寸前で身を(よじ)り、後方に倒れこんでいた。

 車体に残った扉の残骸の下から、数発、弾丸を放つ。

 エースは、咄嗟に横に飛び退いた。敷地と道路を遮る、壊れかけの板塀に激突する。

防げ(Cover)

 再度の悲鳴にかき消されるような細い声が、また命じた。しゅん、という、小さな炎を水に落とした時のような音が幾つか発せられる。

 それは、ほんの一瞬のことだった。

 マリア・Bが、片手で、ばん、と車体を叩く。

「そこは安全じゃない。降りろ」

 運転席とは対極の、後部座席の扉が開く。背を低くして車から出たのは、アイと、Gに抱えられたエムだ。

「何でみんないるんだよ」

 状況について行けず、ただ、目の前の疑問を口にする。

「侵入者を確認したい、というからな。ここまで危険だとは思わなかったが」

 地面に伏せたまま、マリア・Bが軽く返す。

「さて、何者だ、貴様」

 この地の、(UNTO)(UCHA)(BLE)とまで称される土地の支配者の問いに、少女は口を開いた。


「私は、C」



「C……」

 小さな呟きが、漏れる。


「私は追跡者(Chaser)。私は捕獲者(Captor)。私は裁断者(Cutter)。私は破壊者(Crusher)


 この場にただ一人、凛と立って、少女は名乗りを上げる。


「私はC。(マスター)の、虜囚(Captive)だ」



「C……」

 目を見開いて、Gは車の陰から身を乗り出しかけている。アイが、必死にその腕を引いていた。

「なるほど」

 マリア・Bが、手の中で操作した電子錠が作動し、トランクが開く。身軽に立ち上がり、彼女はそこから更なる脅威を取り出した。

 アサルトライフルだ。

 軽く足を開き、慣れた手つきでそれを構える。

「私の名はマリア・B。血塗られた(ブラッディ)マリアだ。不埒な思いでこの土地に足を踏み入れた罪、その血で(あがな)え!」



 銃声が、軽快とさえ言えそうなリズムを刻む。

 しかし、Cと名乗った少女の肌に、銃弾は傷一つつけることはなかった。

 彼女の五十センチほど前方で、小さな火花が立て続けに弾けている。

「エース。後ろに来て。そこじゃ護れない」

 少女はちらりと視線を向けて、声をかける。

「え? いやそれは」

 状況を掴めていないまま、道の隅で座っていたエースが更に混乱する。

「ふうん」

 呟くと掃射を止め、アサルトライフルの上部の取手を左手で掴み、マリア・Bは右手を太腿のポケットに突っこんだ。やや小ぶりの手榴弾を取り出し、ためらいなくピンを引き抜き、高く放り投げる。

 少女が僅かに目を見開いた先で、放物線を描いたそれは頭上を通り過ぎ、すぐ後ろに落下し、爆ぜた。

「C!」

 Gが、叫ぶ。

 半身を捻っていたCは、両腕で顔を庇い、爆風に数歩よろめいた。

「あんたの防御は、完全じゃないね。全方位、好きな位置で防げる訳じゃない。なら、何とでもなるさ」

 この隙に、トランクからアサルトライフルの新しいカートリッジを取出し、交換し終えたマリア・Bが声をかける。

「教えてやろう、お嬢ちゃん。武力っていうのは、物理力だ。殴って殴って殴って殴って殴り抜いた方が、勝つんだよ」

 そして、銃口が、向けられる。


「待ってください、マリア!」

 が、その腕を、Gが掴んだ。

「何の真似だ」

「どうか、どうか抑えてください! あの子は」

「あれは侵入者だ。許可のない侵入者は、全て叩き潰すのがブライアーズの掟だ。あんただって、それを承知でここに来たんだろう」

 最大でも、三十五人の住人のためにしては、大仰なセキュリティを。

 頑なに、他者の立ち入りを拒む姿勢を。

 それを体現したかのような揺るぎない視線に、Gは僅かに手の力を緩める。


切り裂け(Cut)!」


 叫び声と共に、がん、と聞き慣れない音が響く。

 車のボンネットが、先端から三十センチばかりの深さで切れこみが入っていた。

 再度、Cの声に応じ、もう数十センチ、亀裂が深まる。

「……まずい。離れろ!」

 エンジンは止めていたから、今はまだ大丈夫だった。だが、次に切られた時には、ガソリンに引火するかもしれない。

 マリア・Bの罵声に背を押されるように、兄妹は身を翻し、駆けた。



 ふぅ、と吐息を漏らして、少女は視線を横に向ける。

「立てる?」

 短く問われながら手を差し伸べられて、瞬く。

「あ、ああ」

 流石にそれには頼らずに、立ち上がった。気を悪くした風もなく、少女は油断のない視線を敵の消えた闇へと向けている。

「あのさ、あんた」

「動けるようなら、早く逃げましょう」

「は?」

「もっと簡単に済むと思っていたのに、予想外だわ。あっちは次の機会でもいいけど、貴方は今すぐ助け出さないと」

「いやあの、あんた」

 噛み合わない会話に焦れていると、少女は不意に視線を合わせた。

 表情の乏しい顔に、鮮やかな青の瞳がきらめいている。

「しぃ、よ」

「あー、C。だから」

「違うわ。しぃ。もっと、柔らかい発音で呼んで」

 エースの手を掴むと、はにかむように笑んだ。

「マスターだけの、私の呼び方なの」


「しぃ、あんた、何でここに来たんだ」

 手を強く引かれながら、エースは尋ねる。

「貴方を救けによ。勿論」

「勿論?」

 こんな、同年代の少女に救出される覚えはさっぱりない。

「マスターは、ずっと貴方を待っていたの。邪魔な奴らは殺してもいいって言われたけど、ちょっと手強かったから……。まあそれは今度ね」

 エースは、その瞬間、力任せに小さな手を振りほどいた。

「エース……?」

 きょとん、とした表情で、少女は見返してくる。


『待機解除だ、エース! プランL! サムおじさん(アンクル・サム)方向から抜けろ!』

 警報の鳴り響いていたスピーカーからの司令官(あね)の指令に、一瞬肩を落とした後、エースは踵を返して走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ