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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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33/57

「動いてないとき、ないわね。あいつ……」

「信じられない。何のセキュリティが万全なのよ」

「建物と敷地だよ。家ん中に鍵なんて、トイレくらいで充分だろ」

「プライバシーのセキュリティは大事なの!」

 どん、と、テーブルを叩いて力説するアイを、エースはかなり面倒くさそうに眺めた。

「心配しなくても、あんたらは客だし、部屋に勝手に踏みこむことはないよ。気になるなら、貴重品は離さないことだ」

「……貴重品なんて、特にないわよ。そもそも、そういうことじゃないのに」

 それでも、勝手に入らない、と聞いて、何とか気を落ち着かせたらしい。

「まあ、いいわ。することもないし、疲れちゃったし、お風呂入って寝ようかな」

 ため息混じりに呟く。

「ああ、風呂場は……」

「来たときに、一階はマリアさんに案内して貰ったから判るわよ。着替え出すから、出てって」

 片手を振って、追い出しにかかる。部屋の壁にもたれて立っていたエースは、軽くそれに従いかけた。

「そうだ。洗濯物は籠に入れておいたら、明日の朝ついでに洗うから」

 戸口で思いついて、告げる。

「せん、たくって……」

 一瞬で頬を紅潮させると、アイは手近なクッションをひっ掴んだ。

「持って帰るから結構よ!」

 ばん、と、そのクッションが壁にぶち当たり、エースは肩を竦めて廊下に退散した。



 厨房でコーヒーを淹れて、一息つく。なんだかんだで、彼はここで時間を過ごすことが多い。

 脱衣場の方でばたばたやっているが、気にしないことにした。エムとは違うのだ、風呂くらい一人で入れるだろう。

 テーブルに頬杖をついて、ぼぅっとする。

 やがて、細く、扉が開いた。

 視線を向けると、長い金髪に縁取られた小さな顔が、こちらを伺っていた。

「どうした?」

「えっと、あの、……Gは?」

「定時連絡するって、部屋に入ったきりだよ」

 エースの答えに、アイは小さく呻く。

「あー……。じゃあ、しばらく手が空かないなぁ……」

「どうしたんだよ」

「うん……。あのね」

 アイは、つい十数分前の剣幕が嘘のようにしおらしい。

 まあ、女の気分がころころ変わるのはよくあることだ、と達観して、エースはその言葉を待った。


「シャワーの使い方、教えてくれる?」


「シャワーくらい一人でできるだろ……」

 小さく呟きながら、廊下を進む。

「だ、だって、ここ、音声認識もしないしコントロールパネルもないんだもん!」

 流石に気恥ずかしいのか、頬を染めて、アイが言い訳してくる。

「なに、そんなシャワーなのかあそこ」

「そうよ!」

 開き直る少女は、バスローブ姿だ。浴室に入ってから途方に暮れたのだろう。

 エースは、〈神の庭園(ガーデン)〉にいる時は、部屋のシャワーを使ったことがない。ちょっと言い過ぎたかな、と思いつつ、浴室の扉を開く。

 壁に沿って一列に、バスタブとシャワーが並んでいる。一番手前のバスタブの横に立った。

「いいか。これが、蛇口」

「蛇口……」

 眉を寄せて考えこんだアイが、ぱっと顔を明るくする。

「映画とかで、確か見たことある!」

「そうかそうか」

 生返事を返すエースに、ちょっとむっとする。

「えっと、つまりこれを何とかしたらお湯が出るのね」

 アイは、じっと蛇口周辺を見つめる。

「判った、押す!」

 そして、そう言い放つと、ハンドルの上面をぐっと押しこんだ。

「やめろ歪む」

 ちょっと面白かったが、とりあえず止める。

「これはな、ひねるんだ」

 膨れたアイが、次の瞬間、シャワーからほとばしる水に目を丸くする。

「赤いのが湯、青いのが水だ。締めたり緩めたりして、温度を調節しな。ひねってから熱さが変わるまで、ちょっと時間差があるから気をつけろよ」

 ぽかんとしていたアイが、慌てて頷く。

「あのね、あと、ちょっと聞きたいんだけど」

「ん?」

 金髪を下ろした少女は、こちらの様子を伺うように、少しばかり上目遣いで続けた。

「映画で見たんだけど、このバスタブに泡をいっぱいにして入るのって、できるの?」

「あー、今日は無理だ」

 記憶を浚って答えると、アイはあからさまにがっかりした。

「専用の石鹸が要るんだが、切らしてる。明日、買って帰ってやるよ」

「……うん! ありがとう!」

 ころころと表情を変える彼女に苦笑して、エースはその場を後にした。



 Gは、まだ降りてこない。

 アイが長風呂になりそうなのは予測しているし構わないが、彼女が出てきたらGを待たずに先に入ろうか、などと薄情なことを考える。

 ぼんやりとテレビなど眺めていると、談話室の扉が開く。

「あ、いた、エース。髪の毛乾かしたいんだけど」

 上気した顔のアイが更なる頼み事をしてきた。


「ドライヤーは? 使ったことあるんだろ?」

 流石に、高級品のドライヤーでも、基本的な使い方は変わらない筈だ。

 だが、アイは伏目がちになった。

「あんまりない……。髪洗う時は、全自動浴槽(オート・バス)に入るから」

「いつも?」

「だってあれ、艶も出るし、頭皮マッサージもあるし、乾かし漏れもないし、顔とか乾燥しないし」

「あれはなー……。本当に人を駄目にするよなー……」

 しみじみと呟きながら、エースは棚の中からドライヤーを取り出した。

「ほら、座れよ」

「え?」

「いきなり自分でやったら、髪を吸いこんだりするぜ。その長さだったら」

「吸いこむ……の?」

「ああ。焼けてチリチリになって、切るより仕方なくなる」

「えー!?」

 バスタオルで包んだ髪に、庇うように手を添えるアイに、だから座れ、ともう一度促した。


「言っとくけど、色々教えるのは今日だけだからな」

「判ってるわよ」

「明日からは自分でしろよ」

「判ってるってば」

 長い髪をタオルで拭い、温風を当てていく。この辺り、昔義姉(あね)たちに仕込まれたこともあり、まずまずの手際だ。

「……あたしが言うのもあれだけど、ここまでしなくてもいいんじゃないの?」

 鏡の向こうに映る少年を見つめて、尋ねる。

「俺が〈神の庭園(ガーデン)〉に初めて行った頃は、Gとかに色々世話して貰ったからな」

 できることはするさ、と、エースは小さく笑う。

 ふうん、という呟きは、ドライヤーの轟音にかき消された。





 翌朝、生欠伸しながら、アイは二階から降りてきた。

「おはよう」

「おはよう!」

「おはよ……」

 談話室に座る兄妹と挨拶を交わす。

「エースは?」

「お洗濯してる!」

 とすん、と椅子の一つに座りながら尋ねると、エムが何故か得意そうに返した。

「動いてないとき、ないわね。あいつ……」

 半ば呆れて、呟く。

「マリアさんは?」

「朝に帰ってきた。今は休まれてるよ」

 ならば、今は近くには誰もいないということだ。

 アイは、やや声を低めた。

「どうだったの、向こうは」

「……今朝方の連絡では、被害は確認できていない。定時連絡は、街に住んでる全員からちゃんとあったらしい。ただ、後をつけられたような気配を感じた、というのが三件ほど」

「三件?」

 眉を寄せた妹に、安心させるかのように青年は微笑みかける。

「気のせいかもしれない。みんな、警戒しているからね。このまま何もなく、犯人が捕まればいいんだが」

 不安げな表情で、アイは頷いた。




 朝、エースが出勤するのに合わせて兄妹も孤児院を出る。

 昼間は〈神の庭園(ガーデン)〉で過ごし、夕方近くにまた孤児院に戻る。

 仕事から帰ってきたエースが夕食を作り、入れ違いに出勤するマリア・Bを見送る。


 そんな生活が、五日続いた。

 対策が有効だったのか、通り魔の被害はぱったりと無くなった。職員も、それ以外の人々にも。

 孤児院に慣れた子供たちは、少しづつ危機感が薄れてきている。


 そんな、夕方だった。




 エースは、懸命に石畳の上で自転車を漕いでいた。

 今日最後の客が、外国人観光客なのか、注文の要領が悪く、時間がかかってしまったのだ。

 後半、合流した親方が強引に一品焼いて押しつけ、ようやく収まったようなものだ。

 早く帰らないと、みんなが腹を空かして待っている。

 知らず、小さく笑みを浮かべた時に。

 藍色に染まる空に、耳障りなサイレンが響いた。


 アウルバレイの空気が、ざわりと騒ぐ。

 だが、それだけだ。それ以上は、動かない。

 エースは血の気が引く感覚を抑えこんで、全力で自転車を駆った。

 川にかかる橋の中ほどで、自転車から転がり落りる。

 彼の視線の先で、鉄の棒を組み合わされたシャッターは、中央で縦に真っ二つに切り裂かれていた。


「侵入者……?」

 慌てて、中に入りこむ。どちらに行こうか一瞬迷ったが、すぐに孤児院へ向けて走り出した。

 警報は、もう、五分は鳴っている。

 マリアは、まだ家にいる時間だ。

 兄妹たちも。

 夕闇に沈みかけた道路に、先を歩く一人の背中が、見えた。



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