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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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32/57

「何なのよ、これは!?」

 夕闇の迫る中、山から吹き下ろす風は肌寒さを増している。

「冷えるだろうが、姉貴。中で待っていろよ」

 呆れ顔で、エースが声をかける。

「出迎えくらい、大したことじゃない」

 肩を竦める女性の元に、アイの手を離してエムが駆け寄った。

「マリアお姉ちゃん!」

 相好を崩して屈みこむと、エムを抱き上げる。

「この度は、無理なお願いを通して頂いて、ありがとうございます」

「決まりを守って貰えば、構わんよ」

 几帳面なGの挨拶を、軽く受け流す。


「何なのよ、これは!?」


 その、マリア・Bに対して、真っ直ぐに声がぶつけられた。


 視線が、一人の少女に集まった。

 彼女は、顔を真っ赤にしてそれを睨み返している。

 最初に口を開いたのは、エースだった。

「ああ、悪い。これがうちの姉貴で、ブライアーズ孤児院の責任者の、マリア・Bだ。マリア(ねぇ)、あの金髪のが、アイ」

「紹介されてないことを言ってんじゃないわよ!」

「これは随分と威勢のいい子だな」

 うっすらと笑みを浮かべて、マリア・Bが独りごちる。

「慎みなさい、アイ!」

 我に返ったGが、慌ててたしなめる。

「なにを普通の顔してんのよ、G! こ、こんな、はしたない女がいるなんて、聞いてない!」

「アイ!」

 驚愕混じりに、Gは声を荒げる。

 ポーチに立つマリア・Bは、普段の格好だ。肩を晒し、胸元を広く開け、太腿の中ほどまでしか丈のない、黒いレースのキャミソールしか着ていない。

「ここは私の家だ。無防備な服装でいて、何が悪い?」

 しかし、それを恥じる様子もないマリア・Bの返事に、アイは更に激高した。

「男だっているのに、何偉そうに言ってるのよ! 露出狂なの?」

「そう言われても、マリア(ねぇ)は昔からうちではこうだからな」

「マリアお姉ちゃんは、いつもこのお洋服だよ?」

「女性の装いに、文句をつけるものじゃない」

 だが、兄妹から口々に言葉をかけられて、ぐっ、と、小さな拳を握りしめる。

「いいことを教えてやろう、若いの。『露出狂』というのはな、むしろこの上にコートとかを着て厚着するもので」

「ば……ッかじゃないの!?」

 そして、諭すようなマリア・Bの解説に叫び声を上げ、踵を返しかけたアイの手首を、慌ててGが捕まえる。

「姉貴。あんまりからかわないでやってくれ」

 呆れ顔で告げると、背後の騒ぎをよそに、エースはさっさと玄関をくぐった。

 手にしたままの保温容器が、そろそろ重くなってきていたのだ。



「で、何でこっちに来るんだよ。寒いだろ。みんなと談話室にいろよ」

 厨房の大きなテーブルに上半身を投げ出しているアイに、困った顔でエースが勧める。

「嫌よ。あんな人と一緒の部屋にいたくない」

「夕食は一緒に摂るけどな」

 さらりと告げられて、声を詰まらせた。

 一瞬も滞ることなく動くエースの手をぼんやりと眺める。今は細いナイフで器用にジャガイモの皮を剥いていた。

「あの人……」

「マリア・B」

「……マリア、さんって、本当にいつもあんな格好なの?」

 問いかけられて、ため息を漏らす。

「拘るなぁ。ああ、俺が覚えてる限りはずっとだ。外に出るときはちゃんとした格好してるんだから、まあいいだろ」

「あんた、何とも思わないの?」

 剥き終えたジャガイモを、傍らの鍋の中へ落とす。

「あのさ。この孤児院見て、ボロいとか思わなかったか?」

「え……。いえ、そんな」

 逆に問いかけられて、アイはあからさまにごまかした。が、エースは片手を振っていなす。

「うちはずっと貧乏だったからな。マム・マリアは頑張ってくれてたけど、服とかは寄付されたものが殆どだ。子供は多い時で三十三人いて、いくらあっても足りやしない。マリア(ねぇ)は、いつも他の姉貴たちに服を譲ってた。最低限、外に出るだけあればいいからって。あの格好は、そういう名残りなんだよ」

 エースの言葉を聞くにつれて、アイの表情はどんどん曇っていく。

「そんな……。あたし、どうしよう……」

「だけどまあ、自分で稼ぎだしてからは好きに服も買えるんだから、今のあれはもう殆ど趣味なんだろうな」

「ちょっと、エース!」

 一瞬でまた怒鳴りつけてきた金髪の少女に、エースはけらけらと笑った。




 夕食は、親方のラタトゥイユをコンソメスープで延ばし、先刻(さっき)のジャガイモで作ったニョッキを投入した。人数が増えたので、(かさ)増しだ。

「で、何でみんながこっちに泊まるって?」

 ただ一人、事情を知らされていないエースが問いかける。

「うちの職員が、通り魔の被害にあっていることは言っただろう」

 Gが、改まって話し始める。

「ああ。二人だっけ?」

「いや。五人だ。あれから、毎日一人づつ襲われてる」

 少年は眉を寄せた。

 あまり詳しく話して心配させても、と思ったのだろうが、蚊帳の外に置かれていた気分は消えない。

「ナレインフットは、大都市ではないとはいえ、数万人の人口を抱えている。その中で被害にあった五人が、全て同一の組織に属しているとなると、これは偶然だとは考えにくい」

「狙われてるのか?」

「心当たりなら少なくない」

 ある意味で非人道的な研究を続け、そしてある程度成功している組織だ。色々な感情を向けられているだろう。

「今日から、職員はできる限り施設に寝泊まりしてもらい、街に出るのは昼間だけにするようにと通達を出した。全員がそれに従える訳ではないが、少しは自衛になるだろう。施設全体のセキュリティはしっかりしている。だが、万一のことを考えて、サー・ハワードは、私達〈被検体〉を夜間だけこちらに避難することを決定した」

「夜だけで大丈夫なのか?」

 予想したよりも冷静に、エースが問うてくる。

「今のところ、襲撃があったのは夜だけだ。モノレールが〈神の庭園(ガーデン)〉からアウルバレイに通じたことは知られているが、私達がブライアーズ孤児院と縁を持っていることは、あまり知られていない。ナレインフット側なら、尚更だ。朝になったら向こうで仕事をして、夕方こちらにお邪魔する。このまま何事もなければ、一週間ほど」

 マリア・Bに話は通っているのだろう。静かに頷いている。

「しばらく迷惑をかけるが、宜しく頼む」

「部屋なら空いてる。気にしないでくれ」

 Gの言葉に、エースは軽く返した。



 夕食後、ばたばたと支度をしていたマリア・Bは、やがて厨房に姿をみせた。

「では行ってくる。後を頼むよ」

「おぅ。気をつけてな」

 不機嫌な顔のまま、視線を戸口に向けたアイが、ぽかんと口を開けた。

 長い黒髪を結い上げ、群青色のイブニングドレスをまとい、ゴールドのネックレスとイヤリングを光らせたマリア・Bがいたからだ。

 Gが軽く立ち上がり、マリア・Bに歩み寄った。

「車庫までお送りしましょう」

「ありがたいが、ちょっと時間がない。気持ちだけで充分だ」

 しかし、貴方に比べると、うちの小僧はまだまだ女の扱いが判ってないな、と義姉(あね)は笑う。エースが皿を洗いながら鼻を鳴らした。

 ヒールが勢いよく床板を踏み、玄関ドアが軋みながら閉まる。

「……ねぇ、マリアさんて、何のお仕事してるの……?」

 視線が少年の背に刺さるが、彼は振り向きもしなかった。

「俺は、このあと朝飯の仕込みなんだよ。話す余裕はない」

 つれなく断られて、アイはGを睨め上げた。

「ええと……。確か、『夜の仕事』と言っていたような」

「はぁ!?」

「アイ、先刻(さっき)から失礼だよ。職業に貴賎はないんだって、授業で習っただろう」

「だって、そんな人、周りにいなかったし……」

 いつになく賑やかな厨房で、エースは一人、浮かんでくる笑みをかみ殺した。



 椅子の中でエムが眠気に負けそうになっているのを、Gがそっと抱き上げた。

「寝かせてくるよ」

「え、お風呂は?」

 少し驚いて、アイが尋ねる。

「エムは普段、朝に、姉貴と入ってる」

 答えながら、エースも立ち上がった。

「部屋の案内もしとこう。来な」


 軋む階段を上がり、二階の廊下を進む。

 薄暗い照明に、アイは少し不安げだ。

 Gが、慣れたように一つの部屋の中に入った。

「あんたの部屋は隣だ」

 無造作に扉を開けて、エースが呼ぶ。

 そっと戸口から覗く。

 中には、壁に押しつけられたベッドが二台。他には小さな箪笥と、一人用のテーブルがあるだけだ。窓には、淡いオレンジのカーテンが下がっている。

「……ここ?」

「ああ」

「テレビとか、ゲームとかは?」

「テレビなら談話室にあるだろ」

立体映像受信機(ホロ・ヴィジョン)じゃないじゃない!」

「当たり前だ。ここをどこだと思ってる」

 流石に呆れて、突き放す。

「我儘を言うんじゃない、アイ」

 エムをベッドに入れてきたGが、背後から口を挟む。

 ぶつぶつ言いながら、アイは中に入った。小さな鞄を床に置く。

「Gはあっちの部屋だ。他はベッドが小さくてさ」

「ああ、迷惑をかけてすまない」

 男たちが廊下に出ていくのに合わせて、アイが扉を閉めた。

 次の瞬間、ばたんとそれが開く。

「ちょっと! 鍵は?」

「ねぇよ。孤児院を何だと思ってる」

 眉を寄せて即答するのに、年頃の少女は酷くショックを受けた顔をした。


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