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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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31/57

『そちらで変わったことはないか?』

 アウルバレイへ直通するモノレールができたとは言え、〈神の庭園(ガーデン)〉の生活基盤は、反対側の街、ナレインフットにある。

 買い物や外食などに関しては、圧倒的に品揃えが豊富で、夜遅くまで開いている店も多い。

 〈神の庭園(ガーデン)〉は施設内で暮らしていけるだけの設備を有しているが、家族のいる職員などは、ナレインフットで暮らしている者も珍しくなかった。


 最初の被害者は、そういった者の一人だった。



「通り魔?」


 夕食の席で、エースが告げられた言葉を繰り返す。

「ああ。広報課の、ランディーなんだが。昨日、帰宅途中にショッピングセンターに寄って、その駐車場で切りつけられたらしい」

 眉を寄せて、Gが詳しく話し出す。

「無事なのか?」

「怪我はしてる。が、二週間もしないで完治する程度だ」

「そうか」

 よかった、と小さく漏らす。

 彼とは面識はなかったが、それでも内心穏やかではいられない。

「物騒だからな。エースも気をつけて」

「こっち側は平和そのものだよ」

 祭りも終わり、ざわついていたアウルバレイも、冬を前にして再び穏やかさを取り戻しつつある。

 苦笑して、エースは兄を安心させた。




 ケイト・ファーノンは、重厚な扉の前に立っていた。

 両手を後ろで組み、微動だにしないで。

 やがて、階段の方から足音が聞こえてきて、視線だけをそちらに動かした。

「よう、ケイト」

 姿を見せたのは、大柄な男だ。スーツの上からでも、その盛り上がった筋肉が伺える。

「ゴードンさん」

 しかし、ケイトは緊張を解かずに応じた。

「パーシー坊っちゃんは、中かい?」

「はい。業務中です。お取り次ぎしましょうか」

 彼女の申し出に、男はいやいや、と手を振った。

 彼は、パーシヴァルの兄、クリフォードの秘書の一人だ。普段なら、滅多にこちらには現れない。

「今日は、ケイトに用があったんだ。お前さん、祭りの日に、北の広場に来てたって?」

 ケイトは、眉を動かしもしなかった。

「休憩時間に、少し」

「北側は、クリフォード様の縄張(シマ)だってことくらい、判ってんだろう。休憩時間だろうが、関係あるか」

 それを言うなら、アウルバレイという街それ自体がヒギンズ家の縄張(シマ)である。兄弟は、それを任せられているに過ぎない。

 だが、ケイトは慎ましく瞳を伏せた。

「すみません。知り合いの雇い主が、店を出していたので。挨拶しておこうと」

「知り合いね」

 ゴードンは、軽く身を屈めると、低く囁く。

「ブライアーズの奴らには近づくんじゃない。子供の頃ならともかく、そろそろ分別もつく年頃だろうが」

 なあ、と続けて、片手をケイトの肩に置いた。

「しかし、マリアは……」

 反射的に声を上げかけたところで、すぐ背後に音が響く。

「おや。ゴードン。久しぶりだな」

 扉を開き、明るい声を発したのは、まだ年若い青年だ。

「パーシヴァル、さま」

 流石に気まずそうに、男はケイトから距離を取る。

「兄から何か言伝(ことづて)でも? さあ入ってくれ。今、茶でも運ばせよう」

「いえ、そういう訳では! 通りがかっただけです、パーシヴァル様」

 慌てて、ゴードンは数歩後じさる。

「そうか。残念だ。祭りも終わって余裕もできたろうから、近いうちに食事でもどうかと兄に伝えてくれるかな?」

「勿論です、パーシヴァル様。承りました」

 ではこれで、とそそくさと去っていく男の背を見送る。

「お手を煩わせまして、申し訳ありません」

「構わん。マリアのことだ」

 ケイトの謝罪を、さらりと受け流す。

「あいつら、マリアたちに何かしないでしょうか」

「心配要らん。ブライアーズは、(UNTO)(UCHA)(BLE)だ。我々以上に。少なくとも、クリフォードはそれをよく知っているよ」

 宥めるように、ぽん、とケイトの肩に手を乗せる。

 ゴードンとは全く違う感情を起こさせるそれに、小さく頷いた。




「二人目?」

 Gから電話がかかってきたのは、彼と夕食を共にした翌日のことだった。

『ああ。昨夜、ナレインフットで、またうちの職員が被害にあった』

 苦々しげな表情が浮かぶような口調だ。

『暗がりで、死角からいきなり刺されてる。物は取られてないし、怪我で済んではいるが……』

「犯人を見たのか?」

『いや。意識を失っていて、見てないらしい』

 見ていたら殺された可能性もある。無事と言えるだけ、まだましか。

『そちらで変わったことはないか?』

「全然。いつもの通りだ」

『夜になって外にでかけたりするんじゃないよ』

「心配症だな。ナレインフットとどれだけ離れてると思ってるんだよ」 

 そう言って、エースは一笑にふした。


 二つの街の間には、険しい山が横たわっている。

 だが、それはほんの数時間車に乗れば行き来できる程度の距離なのだ、ということを、数ヶ月経験しなかった彼らはうっかり忘れていた。




 被害者は、次の晩、その次の晩と、増え続けた。

 ブライアーズ孤児院に、〈神の庭園(ガーデン)〉の最高責任者、サー・ハワードから直接電話がかけられたのは、最初の被害から五日後のことだった。




 帰りに、モノレールまでお前の兄弟を迎えに行け。

 マリア・Bから端末にメッセージが送られてきていて、エースは一人首を傾げた。

 エムとGは、彼らだけで孤児院まで通うことができるのに。

 不審に思いながら、夕闇の中、新しい橋を渡る。

 所在なげにモノレール乗り場をふらふらしていた人影を見て、ようやく得心した。

「あんたか。アイ」

「……何よその言い方」

 僅かにむっとした顔で、金髪の少女は返してくる。

「うちに来るのが初めての奴がいたな、と思っただけだよ。あんたはパス持ってないもんな」

 柵にもたれ、川の流れを見ていたエムとGが、こちらへと歩いてくる。

「お帰り、エースお兄ちゃん!」

 満面の笑みを浮かべる妹に、手を振った。

「別に、来たくて来た訳じゃ……」

「アイ」

 長兄が、窘めるような声を上げた。

「歓迎するよ」

 気にしていないと軽く返し、ナップサックの中を漁って、予備に持たされていたパスケースを取り出す。

「なに?」

「セキュリティを無効化するパスだよ。俺がついてたら大丈夫だが、まあ、離れることがあるかもしれないからな」

 念のためだ、とアイに差し出した。

 Gたちには、モノレールが完成した時に既に渡してある。アイは、今まで誘ってもこちら側には来ようとしなかったので、まだだったのだ。

 孤児院からの遠隔操作でも、一時的な無効化はできる。普通の来客にはそれで対応している。

 だが、彼らはエースの兄弟だ。安全を期したかったのだろう。

「職員が持ってるやつみたい」

 ぽつりとこぼして、ネックストラップを首にかける。

 Gが、僅かに眉を寄せた。

「で? みんな揃って、今日はなんの用事だ?」

 自転車を押して、孤児院に通じる出入り口に向かう。エムとアイは手をつなぎ、Gと共にそれに続いた。

「いや。私たちは、しばらく、ブライアーズ孤児院に泊まらせて貰うことになったんだ」

「……は?」



 前庭に自転車を停めた。

「わぁ……」

 淡い黄色の石で作られた建物を、アイが見上げる。

 彼女は、ここに来るまでの間も、空家となった沿道の家々を物珍しそうに見ていた。

「どうして、建物がどれも同じ色なの?」

「〈神の庭園(ガーデン)〉だって全部白いだろ」

 素朴な疑問に、肩を竦めて返す。

「あれはコンクリートの打ち放しだからじゃない」

 やや得意げにアイは言い返した。

「この街の建物は古いだろう。この近辺の山から切り出した岩から作られてるんだ。黄色いのは、その岩の色だよ」

 丁寧なGの説明に、へぇ、と呟いて、少女は再び建物に見入った。

 窓枠のペンキが剥げかけてるのが、少々きまりわるい。

「冷えてきたな。入ろうか」

 荷物を手に、促す。

 全員が玄関に向き直ったところで、前触れなく扉が開いた。

「連れて来たか、エース」

 堂々と立つその姿に、小さく息を飲む音がする。

「ようこそ、ブライアーズ孤児院へ。歓迎しよう」


 長く艶やかな黒髪を流し、白い肌も露わな「普段着」姿のマリア・Bが、自信に満ちた笑みを浮かべて、そこにいた。

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