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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
アウルバレイの広場

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29/57

「ようこそ、アウルバレイへ」

挿絵(By みてみん)


蒼山様より、イラストを賜りました!

タイトルは『僕らは炬燵ガレットに入っている』です。素敵……!

ありがとうございます!


蒼山様のマイページはこちら。

http://mypage.syosetu.com/143200/

 よく晴れた空が、高い。

 朝の、少し冷えた空気の中で、伸びをする。

 視線の先には、青い空を背景に、白い小さな建物が朝日を反射させていた。


 石畳の道を、自転車で走り抜ける。

 祭りは毎年あるが、そのための飾りつけは、エースの住んでいる街外れの方にまでされることはない。当然、街の中心部が最も華やかで、あとは谷の出入口側が観光客の目に止まりやすいから力を入れられている。

 だが、今年は山の上の〈神の庭園(ガーデン)〉からも人はやってくる。

 生まれて初めて、川沿いの柵に色とりどりの布や旗、花が飾られているのを見て、少年は小さく笑んだ。


 南の広場に到着する。

 日頃は数台しかない露店が、円形を描いてみっしりと並んでいる。

 エースが働いている、バンのようなものは少なく、殆どが木造の、手押し車に屋根がついただけのものだ。そこに、飲食物や花、民芸品などを並べて売っている。地元の店が出店しているのだ。

 正直、祭りという非日常的な場では、こういった素朴さは武器だ。

 内心気を引き締めつつ、エースは自転車をバンに横づけした。




 今日の祭りは、簡単に言うと収穫祭である。

 昔、アウルバレイの産業は農業と酪農だった。

 夏に山の上へ遊牧に行っていた羊や山羊が、冬が迫る前に村に戻ってくる。

 谷間である村では小麦や蕎麦を栽培し、そして山から流れる豊富な水を利用して、川沿いには水車小屋が幾つも建っていたらしい。

 年月が経ち、製粉に水車小屋を使うこともなくなり、今では二軒ほどが観光名所として残っているだけだ。農業も酪農も、規模が小さくなってしまった。

 それでも、長年続いた祭りは住人たちにとって大切なものだ。

 早朝から、わくわくした顔でかなりの人数が歩き回っている。

 朝食がてら、エースのガレットを食べに寄る者たちも多い。

「なんだ、エース。お前、着てないのか」

 呆れた顔で声をかけてきたのは、年配の男だ。

 この日に向けて、普段は敬遠されているこの地方の民族衣装がクローゼットから出されている。黒地に鮮やかな色の花模様が刺繍された上着やズボン、スカートなどが広場に溢れていた。

 尤も、エースのような年代の少年などは、古くさい、と嫌がって着ない者も多い。

 だが、エースは苦笑して答えた。

「親方が遠慮してるんですよ。自分は余所者だから、ここの伝統衣装は着られない、って」

 あー、と、得心したような声が上がる。

「もう三年ぐらいいるんだし、気にするこたぁねぇのにな」

 だが、そう言ってくれる者たちばかりではない。

 各地を渡り歩いてきたという親方は、やんわりとそう理由づけしていた。

「まあいいや、いつもの頼むぜ!」

 あいよ、と声をあげて、エースは熱したフライパンにガレットのたねを流しこんだ。




 兄妹たちが顔を見せたのは、十時を回ったあたりだった。

「エースお兄ちゃーん!」

 幼い子供の、よく通る声に顔を上げる。

 短いストロベリーブロンドの幼女は、背の高い兄に抱き上げられ、人混みの向こうから大きく手を振っている。Gも、顔をほころばせていた。

「よぅ」

 作りかけていたガレットを紙皿に乗せ、客に手渡す。年若いカップルはエムに微笑みかけて、その場を空けた。

「すごいね! いつもより人がいっぱい!」

 平日の午前中には、あまり広場に人はいない。そんな光景しか見たことのないエムは、興奮気味に周囲を見渡した。

「祭りだからな」

 そのまんまの答えに、しかし顔を輝かせる。

 エムは、ピンクのシャツの上にチョコレート色のパーカーを羽織っている。薄い色をしたデニムの膝丈パンツにスニーカーを履いていた。動きやすさ重視だ。

 反面、Gは淡いグレイのシャツに濃い目のピンストライプのネクタイ。暗めの臙脂のスーツを身につける姿は、普段と変わりない。

 そして、彼の身体に半身を隠すように立つのは、長い金髪を二つに括った少女だ。明るい水色のワンピースに、白いジャケットを肩にかけ、三センチほどヒールのある靴を履いている。つまらなそうな表情を作ってはいたが、実際はそわそわと周囲の様子を伺っていた。

 エースはそれに嬉しげに笑いながら口を開く。

「ようこそ、アウルバレイへ。楽しんでいってくれ」


「さて、何か食べるか? 奢るから」

「いやそれは」

 申し出にGが辞退しかけるが、エースは軽く片手を振る。

「親方にそうしろって言われてる。俺の兄妹に何かしたいんだってよ」

 にやり、と笑うのにつられる。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 三人は、揃ってメニューに視線を向けた。

「何が美味しいの、エム?」

「全部!」

 変わらずに言い切るエムに、エースは苦笑し、アイは呆れた視線を向ける。

 客がこないのをいいことにしばらく楽しげに揉めた後、Gは特産品でもあるスモークした鱒を、アイとエムは二人で分ける、と、チーズとソーセージのトッピングを選んだ。

 エースが、慣れたように手を動かす。

 じりじりと音を立てて、そば粉のたねが香ばしく焼けていく。火の通り具合を見計らい、その上に特製のラタトゥイユを乗せる。

 一旦紙皿に移すが、スモークした鱒はまだ置かずに、二枚目に移行する。

 別のフライパンでパチパチと油を撥ねさせているソーセージは、食べやすい一口大だ。ラタトゥイユの上にそれを乗せ、ぱらりと刻んだチーズをかけると、素早く畳む。

 そして、先に作っておいたガレットに魚を乗せ、ケッパーを散らしてから形を整える。

「お待たせ」

 プラスティックのフォークをつけて、手渡した。

 きらきらした目の少女たちを、呼び止める。

「アイ。これ、持っていけよ」

 窓越しに渡されたのは、きちんと畳まれた赤いバンダナだ。

「なに?」

「チーズはこぼしやすいからな。そんな綺麗な服に染みとかつけたくないだろ」

 アイは、小さく目を見開いた。

「ぼくは、エース?」

「エムの膝なら、普通のハンカチで足りるだろ。こぼすんじゃないぞ。熱いから」

 Gは、先ほどから近くに置かれたパラソルつきのテーブルを一つ確保している。促すような視線へ誘導しようと、エースは片手を振った。


 秋とはいえ、晴れた空から照りつける日差しは、そこそこ強い。パラソルの影に入ると、少しばかり気温が下がって、ほっとした。

 隣に座り、わくわくした顔でフォークを握るエムに、微笑む。

「ほら、ハンカチかけて」

 ふわ、と二人で膝に布を広げる。

 プラスティックのフォークで慎重にガレットを半分に分けた。断面から、とろりと溶けたチーズが垂れていく。

 ソーセージはエムの注文だ。はみ出たそれを、二つほど妹のガレットの上に置く。

 ナイフがないのがもどかしかったが、一口大にカットして口に運ぶ。

 トマトの酸味に野菜の甘味、そしてとろけた柔らかなチーズが口の中に広がった。

「……あっつ……!」

 思わず悲鳴を上げる。慌てて、Gがミネラルウォーターの栓を開けてくれた。

 かぶりつく直前だったエムが、心配そうに見上げてくる。

「大丈夫か?」

「……火傷しちゃった……もう。エム、冷ましながら食べなさい」

 やや涙目になって、アイが顔を上げた。

 頷き、幼女は真面目な顔でフォークに刺したガレットにふうふうと息を吹きかけている。

 落ち着いたかと見たGが、自分の皿を持ち上げた。ガレットの、はみ出た部分に噛みつく。

「お行儀悪いわよ、G」

 嫌そうな顔で、アイがたしなめる。

「路上で食べるものは、多少マナー違反でもいいのさ。ほら」

 示す方を見れば、若い男女が同じような食べ方をしていた。

「私もああするべきなの?」

 かなり抵抗があって、尋ねる。

「フォークで食べる人も多いよ。だから、エースの店に置いてあるんだし。私のメニューは、少し冷ましていてくれたからね。魚に、火が通り過ぎないように」

 Gの頼んだのは、スモークした鱒だ。そのままでも食べられる。

「二人が頼んだものは、熱い方が美味しいだろう? だから、フォークをつけてくれたんだよ」

 最後に乗せたチーズが、とろりと溶けるように、タイミングを見計らって。

 食べやすいように、フォークとナフキン代わりのバンダナを渡して。

「……結構、いい奴なのね。あいつ」

 ぽつりとこぼされた言葉に、食べ進めていたGが不器用に笑んだ。



「ごちそうさま」

 客が切れたのを見計らって、兄妹が再びやってきた。

「おぅ。どうだった?」

「美味しかった!」

 大きく手を上げて、エムが返す。

 素直な妹に、エースが相好を崩した。

「これから、祭りを回るんだろう?」

「ああ。午後になったら、エムを連れて帰ることになるだろうけど、多分また戻ってくるよ」

 幼い子供には、昼寝の時間が必要だ。当人は少しばかり膨れたが、孤児院にいたときにもエムは午後には家に帰っていた。文句を言うことはない。

「そうか。南の広場にある露店には、話を通してる。俺の名前を出したら、ツケといてくれるよ」

「ほんと?」

「おい、エース!」

 ぱっと顔を輝かせたのは、アイだ。一応、お小遣いを渡されてはきたが、足りるかどうか心配していたからだ。

「この広場だけだぞ! 北は無理だからな!」

「判った! ちょっと見てくる!」

 エムの手を取り、手近な露店に駆け出していく。

「待ちなさい、アイ! ……ああもう」

「いいってば、G」

「しかし」

 苛立たしげに振り向いたGは、少年の真面目な瞳に口を噤んだ。


「俺だって、兄妹(きょうだい)に何かしてやりたいんだよ」


 数秒困惑して、そして大きく息をつく。

「判ったよ。ありがとう。一応、あまり買いすぎないように見張っておくよ」

「心配しなくても、俺もそれなりに顔が利くんだからな」

 小さく苦笑して、彼は人混みに紛れる兄の背中を見送った。


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