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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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27/57

「頼むから話を聞いてくれよ」

「お前のところ、何やってんだ?」

 ギルバートに問われて、エースは苦笑する。

 アウルバレイは良くも悪くも田舎だ。噂の伝達速度は非常に早い。

「橋の修理だよ」

「橋は一箇所あればいい、って、前にマリアは言ってなかったか? しかも、あれ、かなり大きいよな」

 今までかかっていた橋は、せいぜい乗用車が一台通れる程度の広さしかなかった。架け替えというから、同じようなものかと思っていたが、どうやら工事用車輌が通ることを想定していたらしい。遠目に見ても幅広い。

 詳しいことは姉に聞け、と、このところ口癖になった言葉でエースはやり過ごした。


 だが、それだけでは済まない相手もいた。



「なあ、エース」

「注文は?」

「頼むから話を聞いてくれよ」

「注文なら聞くよ。早くな」

 素っ気ない言葉に、相手は眉を寄せる。

「一日に何度も買えるか!」

「諦めりゃいいだろ」

 見も蓋もない言葉に、男は肩を落とした。

「頼むよ。そろそろ形にしないと、上がうるさいんだ。あそこで何をやってるか、教えてくれ」

 懇願に懇願を重ねるこの男は、この街唯一の新聞社、『アウルバレイ・タイムズ』の記者だ。

 平和でのんびりしたこの街で、大事件などは滅多に起こらない。日々のネタに事欠く彼らは、最近街外れで行われている工事に注目した。

「だからって俺に訊くか。うちは土地を貸しただけだから、訊くなら貸した先か、せめてマリア(ねぇ)だろうが」

 未成年のエースに突撃しても、普通であれば何も得られまい。

「……マリアは怖ぇじゃねぇか……」

 マリア・Bと同年代の記者は、僅かに視線を逸らせて呟いた。

「あんた本当に記者か? ……じゃあ、〈神の(ガー)……貸した先は?」

 不自然に言葉を継ぐが、男は気に止めなかった。

「それって、あそこだろ? あの山の上の」

「ああ」

「あそこに行くのは、ナレインフットに回らないと駄目なんだよ。何時間かかるか判るか? 一日仕事だぞ。ガソリン代だってくうし」

「……あんた本当に記者なの?」

 おそらくこの街の誰よりもその道程を知っているエースは、かなり呆れて呟いた。



『……ああ、もしも新聞記者の類いが取材に来たら、ちゃんと広報が対応するよ。心配ない』

 何となく気になって、夜になってからGに電話をしてみた。兄は軽くそう請け負ってくれて、少なからずほっとする。

 〈神の庭園(ガーデン)〉で何が研究されているか、は、極秘事項だ。表向き、あの場所は医薬品の開発のための研究施設、ということになっている。

 厳密に言えば嘘ではないんだが、と職員の一人は苦笑して言っていた。

『しかし、ここまで来るのが面倒だというのは判らなくもないけど』

 現在、最低でも週に一度はその距離を往復する青年が言葉を継ぐ。

『その人、メールとかでこっちに問い合わせすらしてないのかい?』

「……多分本当の記者なんだけど」

 ニールは昔から、ちょっと億劫がちなところはあったよなぁ、と、エースは昔馴染みの性格を思い返した。



 正直なところ、あの場所に何ができるのか、は隠されていない。

 自治体に建設の為の許可は申請しているし、施工業者は街に寝泊まりする。

 時間の経過と共に、じわじわと話は広がっていくのだ。



「エース!」

 仕事が終わり、自転車で川の傍に出たところで、少年は声をかけられた。

 数人の男たちが、柵にもたれかかるように立っている。

 そちらへハンドルを向け、横で停まった。

「見ろよ。凄ぇな!」

 まるで子供のように瞳を煌めかせ、彼らは川向こうの工事現場を示した。

 巨大なクレーンが、夕焼け空を背景にそびえている。

 アウルバレイは、古い街並みを残している。高層建築物などはなく、大型重機などまず見ることはない。

「近くで見てぇな」

「忍びこむか」

「子供じゃないんだから」

 内心は、エースも少しばかりわくわくしていたりするのだが、持ち前の大人びた姿勢でそう返す。

「だってよー。あのでかさなのに、あんな滑らかな動きとか、信じられねぇだろ。傍で見てみたいんだよ」

 両手を広げ、一人が力説する。

 隣の男が、苦笑してその背を叩いた。

「やめとけ。マリアが怖いだろ」

「……そうだな」

「子供か」

 一言で沈静化した一同に、呆れて呟く。

「見学とか、申し込めばいいんじゃないのか?」

 思いつきで漏らした言葉に、一斉に振り向かれて、少しばかり怯んだ。

「見学?」

「できるのか、そんなの?」

「いや、知らないけどさ。駄目なら駄目で、今と変わらないだけだろ」

 顔を見合わせる男たちに、少々無責任なことを言ったか、と反省しかける。

 が。

「よし、いつがいい?」

「土日か?」

「そこは工事も休みだろ。動いてなかったぞ」

「あんたら四六時中あれ見てんの?」

 一気に活気づいた一同に、エースは呆れつつも小さく笑んだ。



 集合は、八時半に橋の前だ。

 エースが自転車を乗りつけた時は、もう大半が集まっていた。

「よう、エース」

 口々に声をかけられるのに、応える。

「まだ全員揃ってないのか? 俺、仕事に間に合うようにここを出ないと」

「真面目だな、お前は」

「だから、日程はエースの休みに合わせるって言っただろ」

 申し出はありがたいが、彼の休日は塞がっている。

 少年は、曖昧にそれをごまかした。


 配られたヘルメットをかぶる。

 それは微妙に頭にあっていなくて、少し動くとぐらぐらと揺れた。

「はい、では、ご案内します」

 作業服を着た、恰幅のいい中年の男が、見学者たちの前で声を張り上げた。ざわつきながら、彼らは視線を向ける。

「今日は、主にレールの設置作業をしています」

 手で示した先では、作業員が鉄骨にワイヤーをかけていた。長さは十メートル程度、黒光りする、断面がIの字型の鉄骨だ。

 やがて、上空から大きな(かぎ)が降りてくる。

 作業員がそれにワイヤーをかけて、数歩下がった。

 するすると、大した音も立てずにクレーンは鉄骨を釣り上げる。

「おお……」

 小さく感嘆の声が漏れる。

 知らず、息を詰めている彼らの視線を一身に受けて、まるで澄まし顔でもしてるかのように、クレーンはくるりと方向を変えた。全くバランスを崩す様子もない。

 こちら側の山肌は、元々木は殆ど生えていない。黄色い岩の中に、今は純白のコンクリートが縦に一直線に作られている。

「あそこにレールを設置しています。足元に気をつけて」

 案内人が歩き始めるのに続く。

 近づいてみると、コンクリートで作られていたのは、幅一メートル半ほどの溝のようなものだった。その中央に、黒い鉄骨が縦に敷かれている。溝の外には、階段状の通路があった。

 数人の作業員が、レールが途切れたところで待っている。そこをめがけ、クレーンは滑らかに鉄骨を下ろしていく。

 作業員たちは声を上げ、位置を指示している。慣れたように、レールは規定の場所に置かれた。

「これを、ずっと上まで続けるのか……」

 地上で固定作業が始まるのを見ながら、見学者の一人が呟く。

「はい。流石に、山の上まではこのクレーンでも届きませんから、後半は上から下ろしてくることになりますね」

 確かに、クレーンの高さはモノレールの発着点よりも低い。

「もっと大きいのは持って来られなかったのか?」

「莫迦、うちの街の道を通れる訳がないだろ」

「通れますよ」

 アウルバレイの道路は、かなり狭い。納得しかけた一同は、案内人の言葉にきょとんとした。

「最初は小さなクレーンを運ぶんです。それから、必要な大きさのものを、ばらばらにして運んできます。現場で、小さなクレーンを使って、組み立てるんですよ」

 案内人は、今回上と下で分散したのは、コストと工程の兼ね合いですね、と締めくくった。

 まじまじと、そびえ立つ巨大な重機を見上げる。

 その尖塔は、次の作業のために早くも向きを変えていた。




 その日は、よく晴れていた。

 マリア・Bとエース、そして『アウルバレイ・タイムズ』のニールは、モノレールの駅舎前に立っていた。

 敷地内に入ることを許されたのは、彼だけだ。流石に、開通するまでには〈神の庭園(ガーデン)〉に連絡を取ったらしい。

 他の見物人は、川向こうに群がっている。

「みんな暇だな」

 眠そうな目でそちらを一瞥して、マリア・Bは呟いた。

 今日は、〈神の庭園(ガーデン)〉とアウルバレイを結ぶモノレールが開通する日だ。

 流石に、マリア・Bも、仕事の時のようなドレスではなく、深緑色のスーツを着用している。エースは普段着だが。

 大して待つでもなく、山の上に停まっていたモノレールがゆっくりと動き出した。

 わあ、と、川の向こうで歓声が上がる。

 さほど大きな車両ではない。定員十名のものが、一両だけだ。幅が二メートル、奥行きが五メートルほど。床面は、山の勾配(こうばい)に合わせて斜めにしなくてはならないため、横から見ると車体は平行四辺形になっている。

 ずんぐりとしたそれが、するすると下降してくる。やがて、数分も経たずに到着した。

 扉が開き、中から上品な男女が姿を見せる。ハワードとエリノアだ。

「開通、おめでとうございます」

「ありがとう。貴女のおかげですよ、ミス・マリア」

 にこやかに笑んで、マリア・Bはハワードと握手をした。次いで、エリノアと軽く抱き合う。

「おめでとうございます、ハワード所長」

 隣からニールが話しかける。カメラでずっと動画を撮っているため、傍から見ると少々不躾にも見える。

 だが慣れているのだろう、当たり障りのない質問と答えの応酬が続くのをぼんやりと見ていると、背後に人影が立った。

「お疲れ様」

 Gが、深い臙脂のスーツを着てそこにいた。

「よぅ。あんたも来たんだ」

 笑って、エースも応じる。

「一応秘書だからね。形ばかりだけど」

「あれ、どんなだった?」

 ちらり、と視線をモノレールへ向ける。

「快適だよ。揺れないし、速度もゆっくりだ。眺めもいい。よかったらこのあと乗ってみたらいい」

「このあとは仕事だよ」

 さらりと誘うGに、苦笑する。

「仕事と言えば、今日休みを取った職員が、セレモニーが終わり次第アウルバレイに繰り出してくるよ。君のガレットを楽しみにしてた」

「……何人くらい?」

 強張る声で尋ねる弟に、Gは邪気のない笑みを向ける。

「二十人はいなかったと思うけど。宜しく頼むよ、エース」

 普段の仕事の流れにその人数が加わることを一瞬で計算して、エースは深く溜め息をついた。


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