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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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26/57

「始めなくては成功はせんよ」

「お前大丈夫なのか?」

 最初にそう尋ねてきたのは、親方だった。


「何が?」

 思い当たらなくて、問い返す。

「いや、ここしばらく、お前、前より何分か遅れて来るだろ。自転車をこぐ速度もちょっと遅いみたいだし。エムが乗ってない分、速くてもいいぐらいじゃないのか?」

「そうだっけ?」

 家を出る時間は、ずっと変わらない。

 親方の言うことが本当なら、道行きに時間がかかっているのだろう。

 だが、心当たりがなくて首を傾げる。

 まあ数分の遅れ程度、特に理由のあるものでもない。

 親方の繊細さを揶揄して、その場は終わった。



「眠いのか、エース?」

 朝食の席で、マリア・Bが問いかける。

「え?」

「よく欠伸をしているだろう。溜め息も聞く。何かあったか?」

「いや。普通に寝てるけど」

 夜間、マリア・Bは不在だ。それを確かめる方法はない。そのせいか、納得し難いという視線を向けてくる。

「お前も年頃だからとやかくは言わんが……」

「いや全く関係ない」

 きっぱりと否定すると、義姉(あね)は訳知り顔で笑う。

 わざとだ。

 彼女由来の溜め息を大きくついて、その件はうやむやになった。



「少し痩せたか?」

 パーシヴァルにだしぬけにそう訊かれて、エースは瞬いた。

 マリア・Bが広場に滅多に来なくなってからは、彼も日参しなくなっている。

 それでも、ここはパーシヴァルに任せられた場所だ。週に一度ぐらいは顔を出していた。

「そうですか?」

「頬がこけた感じがするぞ」

 そう評されて、なんとなく、ごし、と頬を擦る。

「お前が倒れたらマリアが心配する。医者にかかりたいなら、口を利いてやろう」

 下心満載の理由を正直に告げられて、苦笑した。

 この街には、個人医院しかない。大病院といえるものはナレインフットまで行かなければないし、そもそも医療費がばかにならないため、あまり縁がないのだ。

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 しかし彼は今、その気になれば、一週間以内に専属の医者に診て貰える。

 だから、エースは余裕をもってそれに答えた。




「疲労は増しているようです。往復の間、眠っている時間が増えました」

 Gは、感情を混じえずにそう報告する。

 それは、当初ほど、エア・カーでの移動が魅力的ではなくなったからでもある。

 慣れは、片道二、三時間のドライブをやがて退屈へと変える。

「そろそろ、仕掛けてもいいだろう」

 重々しく、ハワードは口を開いた。

「ミス・マリアが承諾されるかどうか」

「始めなくては成功はせんよ」

 気遣わしげなGに、さらりと返す。

「彼女は、情を軽視してはいない。だが、それに左右されないように自らを律している。そして、金に目が眩むこともない」

 エースのことを重視しても、利益をちらつかせても、彼女は動かない。

 ハワードはそう判断している。

「ならば、どうすれば」

 まだ若いGは困惑を隠せない。

「人を動かすのに必要なのは、メリットと、そしてリスク回避だ。何を望んでいるか、それをよく見極めなくてはならないよ、G」

 そして、それが何か、ということを考え、ハワードは僅かに憐憫を覚えた。







 約束の時間ちょうどに、彼は橋の上に現れた。

「ようこそ」

 門を開き、招き入れたのは、普段着のマリア・Bだ。

「お時間を取って頂いて、ありがとうございます」

 生真面目に、Gは会釈する。

「電話では、詳しいことは判らなかったからね。具体的な話をしてくれるんだろう?」

「勿論です」

 青年は、手にした分厚いファイルを軽く動かしてみせた。




「あれ」

 孤児院の前庭に見慣れた車を見つけて、エースは呟いた。

 今日は土曜日だ。Gが迎えにくる予定はない。

 何かあったのかな、と思いながら玄関を開ける。

「姉貴? G?」

「エース! 食堂だ」

 大声で呼ぶと、即座に返事があった。

 大テーブルのある食堂は、人が減った今では殆ど使われていない部屋だ。みっともなくなってないかな、と心配しつつ、踏みこむ。

「お帰り、エース」

 幸いなことに、思ったほど埃の匂いはしない。

 二人は、テーブルの、広い天板の上に何枚も紙を広げていた。

「今日はどうしたんだ、G?」

「マリアさんにお話があってね」

 青年は、その褐色の指を、紙の上に走らせた。

 視線を落とすと、それはこの近辺の地図のようだった。

 エースは、まず孤児院の場所を確かめ、そして研究所の位置を探す。

「あれ?」

 何やら、覚えのない線が目に入って、周辺を見回した。

 場所は間違えていない。のに。


「喜べ、エース。副収入だ」

 にやりと、マリア・Bは人の悪い笑みを浮かべた。


「副収入?」

「〈神の庭園(ガーデン)〉が、土地を借りたいと言ってきてね」

 研究所の名前が出て、視線をGへと向ける。

「うん。実は、山の上から、ふもとにかけて、モノレールを作ろうって計画があって」

「は?」


「ほら、ここ。山の近くに、橋があるだろう」

「ああ……。でも、壊れかけてるぜ?」

「建て直すのは、すぐだ。川幅はそんなに広くないからね。で、そこからこちらの敷地に入ったところに、発着場を作る。屋根と壁があれば足りる程度のものだね。で、こう、斜面を登って、今駐車場にしてるここまでモノレールを敷く。ここから、研究所の中央センターまで、歩いても五分程度。まあ、山道だし、体力のない人も多いから、電気自転車でも使うことになるだろうね」

 滑らかに続く言葉は、これが既に入念に練られた計画であることを示していた。

「いや、でもなんで?」

 その問いに、ふ、と、兄は笑う。

「これだと、君の家から研究所まで、二十分ほどで来ることができる。君に、負担をかけないでよくなる」


「俺の、せい……?」

 エースの言葉に、二人の保護者は揃って首を傾げさせた。

「せい?」

「いやだって、これ、凄く金がかかるだろう? うちにはそんな金、ないし」

「すっぱりと言い切るな」

 少しばかり気分を害した顔で、マリア・Bがエースを小突く。

「ええと……。確かに、君がここにいるから、持ち上がった計画だ。毎週、往復六時間のロスは、我々に取っても痛いし、何より君を疲弊させては意味がない」

「俺は、別に」

「疲れてない、なんてことはないはずだよ」

 柔らかな口調て言い切られて、エースは口ごもった。

「ただ、他に理由もなくはない。研究所から、ナレインフットの街まで出るのに、車で三十分はかかる。あちらは傾斜が緩やかな分、道が長いからね。簡単な用事ならこっちでも済ませられるし、元々、アウルバレイに行ってみたいと言う職員も多かった。ただ、日帰りではどうしても遠くてね」

 ナレインフットに比べれば、アウルバレイは見劣りすると思うが。

 まぁ、観光という意味でいい街なのは、常日頃よく知っている。

「週に一度以外にも、何か急な用事があっても、ちょっと寄ることができる。エムが遊びにくることもできる。モノレールと建屋、橋の建設費用と維持費はこちらで持つし、借地料もお支払いするよ」

「……それで、副収入か……」

 エースが色々と考えた挙句の溜め息を落とす。

「姉貴は、それでいいのか?」

 腕を胸の前で組み、レースのキャミソールの膨らみを存分に強調する義姉(あね)は、不敵に笑う。

「条件はつけた。発着場の周囲にフェンスを立てて、こちらへの立入りは禁止する。セキュリティの権限はうちが持つ。基本的に、うちの方へ入ってきていいのは、お前の兄弟だけだ」

「それに関しては、持ち帰りで責任者の判断を仰がなくてはなりませんが、まぁ、大丈夫でしょう」

 Gがにこやかに請け負う。



「彼女が望むものは、あの土地の安全だ」

 僅かに同情のようなものを滲ませ、ハワードが告げた言葉を思い返しながら。



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