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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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25/57

「こういうとこ、苦手なんだよ」

 翌週、〈神の庭園(ガーデン)〉を訪れたエースを待っていたのは、五人の男女だ。

「おかえり、エース」

「おかえり!」

 満面の笑みで出迎える彼らに、ちょっと驚く。

「た……ただいま?」

「何で疑問系なの」

 そんなやりとりが終わっても、にこにこと立ち塞がる職員たちに、重ねて小首を傾げる。

「今日はお土産はないって言っておいたでしょう」

 背後から放たれたGの呆れた口調に、抗議の声が上がった。

「えー! やだー」

「一週間楽しみにしてたのに」

「私、一枚しか食べてない!」

「だから、子供にたからないでください」

 Gの手が、庇うようにエースの肩に置かれる。

「え、あ、じゃあ、来週は何か作ってくるから……」

「エース!」

 やったー、と歓声の上がる中、咎めるような声がかけられる。

「大丈夫大丈夫。毎週作るんだったら、一回あたりの数は少なくするよ」

 こともなげに笑んで、エースが返す。

「しかし」

「大丈夫だってば」

「よし、じゃあエース! ゲームでもしようか!」

 過保護な兄の手から、弟の身体が奪われる。

「ゲーム?」


 連れこまれたのは、レクリエーション棟にある一室だった。

 中には、ガラステーブルと幾つかの椅子、そして40インチはありそうな液晶ディスプレイが設置されている。

立体映像受信機(ホロ・ヴィジョン)じゃないんだ」

 半ばほっとして、半ば残念に思いつつ、口にする。

「あー、まだあまりいいソフトが出てないんだよね」

「あるのか」

 思わず素で呟く。

「あと、ヴァーチャルリアリティーのもあるけど、あれ、みんなで一つの部屋でわいわいやるのには向かないからな」

 にやりと笑って、一人の青年が真ん中の椅子にエースを座らせた。

「どんなゲームが好き?」

「いや、俺の家はゲーム機がないから」

 小さく苦笑して告げる。

「やったことないの?」

「子供の時に、知り合いの家で遊んだことは」

 横から差し出されたジュースのグラスを受け取る。テーブルの上に、菓子を広げられた。

「あるじゃん。何やってたの?」

「シューティングとか、レースゲームとか」

 それは、幼い頃に人質として連れ去られたパーシヴァルの部屋でのことだ。彼とその手下たちと、声が枯れるまで遊んでいた。

 あの時ばかりは、門限になって孤児院へ帰るのが嫌だったものだ。

「あ、いいのあるぜ。やろうやろう」

 ディスプレイが、光る。




 長く欠伸をして、廊下を歩く。昨夜はシューティング、レースの他に、パズルゲームや鉄道ゲームなどで盛り上がり、部屋に戻ったのは深夜に近かったのだ。

 そのせいで、少々寝過ごしてしまっている。

 と言ってもエースにとっては、という意味で、起床時間はまだ早朝と言えたが。

「今日は何をするんだ?」

「特には、何も」

 隣を歩くGにそう返されて、不審な視線を向ける。

「職員たちと、コミュニケーションをとって欲しい。私たちは、もっとよく知り合わないと。手の空いてる者たちが話しかけてくるから、よかったら相手をしてやってくれ」

 確かに、ここの職員で顔と名前の一致する者はまだ少ない。必要なことなのだろう。

「判ったよ」

 軽く答えると、兄は更に言葉を継いだ。

「嫌なことは、しなくていい。無理してつき合わなくてもいいから」

「いや、それは」

 言っていることが矛盾していないか。

 しかし、Gはきっぱりと続ける。

「我々が知りたいのは、君が何を好きで、何が嫌いかだ。君が我慢できるかどうかじゃない。思い切り、我儘を通していいんだよ」

 そして薄く笑んだ青年から、視線を逸らす。

「それは……できるかどうか」

「気にしなくていい。断られても、こちらは気を悪くはしないよ。君の我儘を諌めるのは、次の段階だ」

「そりゃどうも」

 肩を竦めて、いなす。


「しかしややこしい手順を踏むんだな」

「生まれてからずっとここにいれば、しなくていいんだけどね。マリアさんは、君のことをよく知っているだろう? そういうことだよ」




 朝食後、まずエースが応じたのはバスケットボールの誘いだった。

 グラウンドへ向かう一行から、Gが離れる。

「G?」

「ちょっと用事があるからね。楽しんでおいで」

 片手で小さな紙袋を掲げて、促す。

「やっぱり、俺も」

「いいから」

 穏やかだが、反抗しづらい口調で止めて、Gは廊下を進んだ。


 と言っても、着いた先はすぐ近く、グラウンドを臨む一室だ。

「お待たせ」

「別に待ってないわよ」

 やや不機嫌な口調で返してきたのは、長い金髪を二つに分けた少女。アイだ。

「朝食を一緒に摂れば、直接貰えたのに」

 はい、と、手にした紙袋をソファに座るアイの膝に乗せた。

「朝は食べないもの。それに、みんながいる中で貰っても……」

「内緒だからね」

 Gの言葉に、僅かに顔を赤らめて睨みつけてきた。

 この紙袋は、先週賭けに負けたエースが作ってきた菓子だ。

「開けないのか?」

「……エムと、分けるから」

 ふい、と視線を逸らせた先には、グラウンドに向いた窓がある。

 エースが、頭一つは大きな男たちとボールを争っていた。

 周囲には、野次馬が十数人いる。

「バスケットは、ちょっと不利だな」

「断ればいいのに。できなかったんでしょ」

 確かに、エースは一番最初の誘いに乗っていた。

 本気で嫌なら、断ってはいただろうが。

「そういうとこ、Gと似てるわよね」

「え」

 アイが、ぽつりとそう漏らして、青年は虚を衝かれた。

「そ、そうかな」

「莫迦みたい」

 しかしすぐにそう返されて、長兄はやや肩を落とす。

 今日、エースに対して行われる調査は、彼の為人(ひととなり)を知ることだ。

 何を好きか。何を嫌いか。

 ルールを遵守するか。

 スポーツマンシップがあるか。

 他者に対する気遣い。

 社会に対する態度。

 あらゆる面から、彼は観察されている。

 良い、悪いではない。それは問題ではない。

 どのような性格の、思想の持ち主が扱えば、能力(ちから)はどのように働くのか。

 サンプルは、全く足りていない。

 エースは未だ能力(ちから)を発現させていないとは言え、発現させてからでは遅い調査である。

 時間はない。全く。

「……莫迦みたい。ホント」

 頬杖をつき、視線を外へ向けたまま、アイは呟いた。


 小一時間バスケットボールにつきあった後、エースはフットサルにも参加した。

 アームレスリングは断っている。手を痛めたら、仕事ができないから、と。

 体育会系の趣味を垣間見せたエースに、昼食後、一人の女性が近づいた。

「あの、エースくん。図書室に行きませんか」


 その言葉に、少年はやや眉を寄せた。

「んー……。ごめん。やめとく」

「え? あ、あの、え?」

 しかし、その女性は、明らかにうろたえた。

「Gさんー……」

 そして、黒縁の眼鏡越しにも判る涙目で、傍らに座るGを見つめる。

「ああ、あれ、今日でしたっけ?」

「今日ですよ! ちゃんと予約入れてたじゃないですか」

 言い募る相手に、すみません、と返して、エースに向き直った。

「ごめん、エース。昼からは図書室だ」


「こういうとこ、苦手なんだよ」

 僅かに閉口した様子で、エースは書棚の並ぶ室内を見渡した。

 ええー……、と、彼を先導した女性は呟いている。

「まあまあ。孤児院にも、図書室はあっただろう?」

「そりゃまあ」

 児童書というのは、寄付されやすいものだ。子供が成長して、読まれなくなった本は、街の図書館、学校の図書室、そして孤児院に流れてくる。

「今までに読んだ本で、好きだったもの、嫌いだったものを教えてくれないか。ここにないものはどんな話だったか教えてくれれば、彼女が探し出すよ」

 へえ、と、感心したような視線を向けられて、女性職員は慌てて背筋を伸ばした。

「こちらで司書を務めています。モニカ・ファーナムです。よろしく、エースくん」

「よろしく」


 その後三時間ほど、彼らは図書室で過ごした。

 最初は気乗りしなかったエースも、懐かしい本を目にし、その思い出を語ることが楽しくなってきている。

 Gは微笑ましげに、モニカは目を輝かせてそれを聞いていた。

「私は、本が好きだから……。本を好きな人も、好きなの」

 照れた顔で説明されて、ああ、とエースは呟く。

「判るよ」

「判ってくれる?」

「俺も、親方の料理を美味いって食べてるのを見てると、嬉しいからな」

 へへ、と相好を崩す。

「そうか、エースくんは料理人さんになりたいんだっけ」

「ああ」

「じゃあ、料理の本とか、読んでみる?」

 きょとんとして、エースは相手を見た。

調理法(レシピ)の本とか、料理の成り立ちの本とか、あと、普通の小説だけど、料理の説明が凄く美味しそうなのとかあるよ」

「へえ」

 彼の料理の知識は、孤児院で作られていたもの、そしてここ数ヶ月で親方から少しづつ教えて貰っているもののみだ。

 元々、勉強や読書など、頭を使うことをあまり好まなかったエースだが、それらの本には心惹かれるものがあった。

「見てみようかな。あまり、難しくないのって、ある?」

 その少年から尋ねられて、司書は、満面の笑みで頷いた。



「エースお兄ちゃん!」

 早めの夕食を摂っていると、エムが駆け寄ってくる。

「おー。元気だったか?」

「うん!」

 今週は、会うのは初めてだ。全身で嬉しさを表しているエムの後ろからは、不機嫌な顔でアイがやって来る。

「……いらっしゃい」

「おう」

 アイの言葉に、気を悪くしたようでもなくエースは返す。

「お菓子。ありがとう」

 声を潜めて、そう続けた。

「約束だからな」

「美味しかったよ!」

 少年は素っ気ない返事を返したが、エムの言葉には笑みを浮かべる。

「そうかそうか。エムはいい子だな」

 わしわしと髪を撫でられて、幼い少女はきゃあきゃあと声を上げた。

「……やっぱ、俺の作ったやつを美味いって言ってくれるのが一番嬉しいな」

 呟きに、Gが口を挟む。

「マリアさんが言ってくれるだろう?」

「姉貴は遠慮がないんだよ。せいぜい、一週間に一回くらいか」

 それでも増えた方だ。腕が上がったせいもあるだろうが、全面的に料理がエースの担当になったせいでもある。

「エースのごはんは、いつも美味しいよ」

「よしよしよし」

 じゃれあう二人の前の椅子に、がたん、と音を立ててアイが座る。

「……美味しかったわよ」

 頬杖をついて、そう漏らす。

 一瞬、きょとんとしていたエースは、嬉しげに笑った。

「ほら、いい子いい子」

 そして無造作に髪を撫でられて、アイは反射的に身を引く。

「な、何をするのよ!」

「いや、褒めてくれたから」

「撫でられたかった訳じゃないわよ! もう、髪が崩れちゃったじゃない!」

 両手で見事な金髪を庇いながら立ち上がる。これみよがしにヒールの音を立てて立ち去るアイの耳は、遠目にも赤くなっていた。

「ちょっと前進かな」

「いや、後退してね?」

 Gの呟きに、首を傾げながらエースは応じた。




 翌週、約束通りに菓子を作ってきたエースは、待ちかねていた職員たちにそれを売りつけていた。


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