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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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24/57

「……あれは、駄目だな」

 午後からは、まず学力検査だ。

 無機質な、机が数個並ぶだけの部屋へと案内される。

「ここは、学習室だ。子供が多い時は、授業もしていた」

 懐かしげに、Gは説明する。

「学校みたいなものか?」

「ああ。でも、全学年を合わせて多くても十人ほどがいたくらいだけどね」

 エースの通ったアウルバレイの学校でも、各学年で二、三十人はいた。

 規模が大きいとは言え、一つの研究所ではそんなものか。

「エムはまだ小さいから、今はアイ一人だね。実技の必要がなければ、部屋で授業を受けてる」

 個人授業か、と思ったが、例の立体映像受信機(ホロ・ヴィジョン)で録画されたカリキュラムを見ているのだそうだ。

「じゃあ、試験を始めるよ」

 アイはエースから適度に離れて座る。

 机の上に置かれた大きめのタブレット端末の画面で、カウントダウンが始まった。

 あの小さな街の学校では、未だ黒板や紙の教科書、ノートや鉛筆が使われているというのに。



 斜面地を切り開いて、そのグラウンドは作られていた。

 さほど広くはない。長辺方向に五十メートルのコースが一組あり、幅は三十メートルといったところか。

 だが、古い街には、身近に競技場の類はない。特有のカラフルな舗装を、エースは物珍しげに見渡した。

「まず、五十メートルのタイムからいこうか。そこに立って」

 動きやすい服に着替えたエースとアイは、並んでコースについた。


 体力検査は、半ばゲームのようだった。遠く離れた的にボールを当てたり、逆にこちらに投げられたボールをテニスラケットで打ち返したり。

 山道を二キロほど走るのはさほど楽しくなかったが。

 ひとしきり済んで、兄妹たちが再びカフェテリアに集まる。

 Gが、二人の結果をざっと読み上げていく。

 学力検査ではアイの圧勝、体力検査での優劣は半々に分かれた。

「トータルではあたしの勝ちね!」

 嬉しげに宣言するアイを、やや呆れて見る。

「俺は勉強嫌いなんだよ」

「まあ、アイは慣れた場所で、有利だったからね。今も学習中だし」

 Gが場を収めるように告げる。

「瞬発力では、アイが優位かな。後半エースが巻き返したのは、基礎体力の差か」

「一応肉体労働だしな」

 適当に返して、ミネラルウォーターをあおる。

「で、アイが勝ったら、俺は何をしたらいいんだ?」

 問いかけに、同い年の少女はきょとんとこちらを見る。

「なに、って?」

「いや、だから、勝負だろ? 勝った方は負けた相手に何か要求するものじゃないのか?」

 大家族の末っ子で、結果として最も割を食っていた少年が説明する。

「知らないわよ、そんなルール……」

 なんとなく薄気味悪そうに返される。

「そういえば、どうしてアイは勝負を吹っかけたんだ?」

 長兄が、今更根本的なところを尋ねた。

「何かむかついたからよ」

「アイ……」

 むしろ胸を張って答えられて、溜め息をつく。

「まあ、何もないならいいさ」

 エースがあっさりと引いたのが気にいらなかったのか、アイはばっと手のひらを向けてきた。

「ちょっと待って、今何か考えるから」

「無理するなよ」

 呆れたのか保身なのか判別のつかない言葉を聞き流す。

「んー。そうね……。今度、また何かお菓子を作ってきてよ」

 ようやく決めた要求に、エースは眉を寄せた。

「俺、流石に来週も土産持ってくるつもりはなかったんだが」

「みんなに、とは言ってないわよ。勝ったのはあたしなんだから」

 得意げに言い放たれる。

「……判ったよ。あんたにだけ、な」

 人差し指を唇にあてがい、仕様がない、と言いたげに微笑する。

「ぼくも欲しいな……」

 横から寂しそうにエムが呟いて、アイがはっと我に返った。

「し、仕方ないわね。エムには分けてあげるわよ。内緒だからね」

 一転して、妹は嬉しげな声を上げ、二人の兄は顔を見合わせた。


「とりあえず、今日の予定は終わりだよ。お疲れ様」

 とん、とプリントアウトした紙をテーブルの上でまとめ、Gが告げる。

「全くハードな一日だったよ」

 軽く伸びをしつつ、憎まれ口を叩く。

 とは言え、まだ夕方といった時間帯だが。

「夕食は食べてから帰るだろう? その前に、汗を流してくるかい? また全自動(オート)浴槽(バス)を使ってもいいよ」

「あ、エース! ぼくが入れてあげる!」

 全自動(オート)浴槽(バス)、と聞いて、エムが手を挙げる。

「ちょっと何言ってんのエム」

「彼は昨夜にも入っているよ」

 横から口を挟まれて、むぅ、とエムは膨れた。

「今度はぼくが教えてあげる番だったのに」

「……ねぇ、本当に何言ってんの?」

 冷ややかな目をエースに向けて、アイが低く問う。

「……あれは、駄目だな」

 だが、エースはただ一言、そう呟いた。

「え?」

「エース、あのお風呂、嫌い?」

 兄妹の視線を受けて、小さく首を振る。

「あれは、人を駄目にする風呂だ」

 エースは特に入浴に多くを望む(たち)ではないが、あの快適さを経験しては、自宅の旧式な浴室に失望するのもごく自然ななりゆきだった。

「……なに言ってんの」

 物心つく頃にはもう全自動(オート)浴槽(バス)があったアイは、軽く引いている。

「ああ、まあ確かに」

 しかし彼らよりも十年ばかり年長のGは、気持ちが判る、と苦笑いしていたが。

「そういえば、あんた、シャンプーの匂い、Gと一緒ね」

 ふと気づいてアイが零した。

 エースが、問いかけるようにGへ視線を向ける。

「……うわぁ気持ち悪い」

 思春期の少女が僅かに身を引いた。

「待ちなさい、アイ! これは、エースは初めて使うから、私が薦められるものを選んだだけで、つまり私がよく使うものだったというだけで」

「いいじゃねぇか。兄弟なんだし」

 焦りを見せつつ(たしなめ)めるGをよそに、けろりとエースは返す。

「兄弟でもないわー……」

「女ってのは、大体自分個人のシャンプーとか持ちたがるよなぁ」

 姉貴たちの小遣いはそれに使われてなくなるのが多かったもんだ、と、しみじみと暴露する。

全自動(オート)浴槽(バス)だと、専用シャンプーしか使えないから、結局誰かとは被るんだけどね」

「余計なこと言いすぎよ、G!」

 兄の身も蓋もない言葉に、アイは声を荒げた。



 夕刻になると、食堂には職員たちが詰めかける。

 兄妹の姿を認めて声をかけてくる者は多かった。

 そして、エースに対しても。

 手土産を持ってきたことで、話しかけやすくはなったのだろう。

 食事が終わりかけるに従って、エースは周囲を見回すことが多くなる。

「どうかしたのか?」

「いや。……ハワードさんとエリノアさんはいないのかな、と思って」

 やや上の空で、エースは答える。

「あの二人は、普段はこんな場所には来ないわよ。トップですもの」

 そんなことも知らないのか、と言いたげにアイが告げた。

「そっか」

 少しばかり寂しげに、少年は弱く笑む。

「明日には報告に行くことになるから、話があるなら伝えておくよ」

「いや。いいよ」

 Gの申し出に、しかしエースは首を振った。






 闇の中に沈んだ扉を開く。

 今日は、マリア・Bは仕事に行っている。誰もいない夜は慣れているけれど。

 彼女と、日に一度も顔を合わせないことは、初めてだった。

 自分には、〈神の庭園(エル・ガーデン)〉の兄妹たちがいたが。

 気遣われ、食事の支度も掃除も何もしない生活だったが。

 しかし。

 頭を振って、余計な思考を振り払う。

 明朝になれば、義姉(あね)は帰ってくる。

 自分の仕事もある。

 今までと、同じ。

 よし、と小声で気合を入れると、エースは台所へと足を向けた。

 この二日で変動したであろう食料の備蓄を把握するために。





「二日間、ご苦労だったね、G」

 翌朝、所長室へ呼び出されたGは、部屋の主から鷹揚に労われていた。

「大したことではありません。エースは、実に協力的でした」

 渡されたファイルをぱらぱらと捲りながらハワードは頷く。

「チームのミーティングがあるのだろう? 私も参加しよう」

 それは珍しいが、しかし対象は十五年振りに見つかった能力者候補だ。不思議はない。

「手配しておきます」

 そつなく、助手としての対応を続ける。

「エースの様子はどうだった? 強行軍だ、疲れを見せていたか?」

「いいえ。彼はまだ若いですからね」

「お前は?」

「この程度で疲れはしませんよ」

 冗談混じりで返したのだが、ハワードは指先でとん、と机の天板を叩いた。

「疲れても構わんよ。この先何週間も続ければ、疲れてもくるだろう。むしろ、疲れて、音を上げて貰わなくては都合が悪いのだ」

「サー……?」

 訝しげに呼びかけるGに、〈神の庭園(エデン)〉の長は意味ありげな視線を向けた。



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