表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/57

「急に言われてもな……」

「ABSTRACTION?」

 首を傾げつつ、読み上げる。

 個人の特性としては、それこそ文字通り抽象的だ。

「ほら! ほらほら、私の言った通りでしょ? 面影があるもの」

 が、突然エリノアが大声をあげたのに、びくりとする。

「む……。しかし、他人の空似と言う言葉もあるし」

 ハワードは、渋面を作りながらも、慎重な構えを崩さない。

「そんな偶然があるものですか」

 しかしぴしゃりとそれを断じると、エリノアは嬉しそうに来客を見つめた。

「ああ、本当に、もう一度会えるなんて。夢のようだわ」

「あの……」

 この状況に、全く要領を得ないまま、一同を見渡す。

「そうね、お約束ですもの。説明をしましょうか」

 副所長は居ずまいを正す。

 Gは、何とも言えない顔をしていた。


「あなたは、超能力(サイコキネシス)というものを知っている?」

 いきなり、そんな言葉をかけられて、首を傾げる。

超能力(サイ)? 映画とかにでてきたのなら、何度か見ました。空を飛んだり、物を動かしたり、声を出さないで話をしたりするんですよね」

 エースの返事に、この場の関係者はそれぞれ苦笑した。

「まあ、大体そんなものだと考えてくれていいわ。〈神の庭園(ガーデン)〉は、簡単に言うと、その超能力を研究する機関なの」

「……え?」


 意外な点は幾つもあった。

 アウルバレイほどではないにしろ、ナレインフットも充分田舎である。そんなところに、研究機関などというものが存在するのか、という点。

 そして、そもそも超能力(サイコキネシス)というもの自体の信憑性(しんぴょうせい)だ。

「超能力そのものへ科学的アプローチが始められてから数十年経っているが、未だはっきりと解明されていない。一般の人々が、胡散臭く思うのも、無理はない状況だ」

 知らぬうちに表情に出ていたか、ハワードがそう説明する。

 自分の狭量さを少しだけ恥じて、エースは続きを聞くことにした。



 この研究所ができたのは、ざっと四十年前。

 その頃に研究対象だったのは、一人の男だった。

「彼の能力は、トリックなどではとても再現できないものでね。それをどのような理論で解明できるか、また、他の人間にも使えるようになるか、というのが命題だった」

 だがそれは果たせなかった。困難な研究だったのは言うまでもなく、更に、その被験者がひどく非協力的だったのだ。

「彼は利己主義で、刹那的だった。何より粗暴に過ぎた。研究者たちは生傷が絶えない有様だったよ」

 溜め息をつきつつ、ハワードは回顧する。

 先ほど、エントランスで遭遇した研究者たちを思い返す。どう見ても、力仕事に向いているようではなかった。

 四十年前も似たような人たちだったら、まあ無理もないな、とエースは思う。

「十年近く経って、当時の所長は彼の研究を一時凍結した。次の世代に引き継がせることに方向を変えたのだ」

「次の世代?」

 エースの言葉に、研究者たちは頷く。

「彼の血を継ぐ子供だ。成功率は、そう高くない。大半の子供たちは、その機械に何も映さず、何の能力(ちから)も持たずに去っていった。勿論、彼らは我々が責任を持ってきちんとした養父母の(もと)で充分な教育を受けさせ、独り立ちするように導いている」

「はぁ」

 気のないエースの返事に、エリノアが小さく首を傾げた。

「その、モラル的にどうとか怒ったりしないの?」

 おそらく、今までそういった反応は珍しくなかったのだろう。

 そう思えば、ハワードの口調は少々弁解じみていた。

 だが、エースは軽く笑う。

「聞いてるかどうか知りませんが、俺は孤児だ。孤児院には、両親のことが全然判らない子供は珍しくない。貧乏で服や靴は誰かのお古を寄付で貰う。食料も足りないから、野菜を育てて少しでも足しにする。屋根が雨漏りしたら、マムや年長の姉たちが修理する。十六になったら、孤児院から出ていくことになる。仕事に就くか、結婚するか……。進学はできない。金がないからな。十六を越えてもあそこにいられたのは、俺とマリア(ねぇ)くらいだ」

 淡々と話す内容に、三人の大人たちはやけに真面目に聞き入っている。

「それに比べれば、その子供たちは恵まれてるだろう? エムの話からすれば、ここの衣食住はハイレベルだ。学ぶこともできる。俺がとやかく言うことなんて、思いつかないね」

 言い切ったエースは、正面に座るエリノアにいきなり手を掴まれてぎょっとした。

「苦労したのね……」

「え、いや、俺は一番年下だったから、さほどでも」

 ちょっとばかり腰を引けさせながら、答える。

 所在なげに、所長は一度咳払いした。

「話を戻そうか」

 エリノアが、薄く浮かんだ涙を拭いつつ姿勢を正す。

 内心胸を撫で下ろして、エースはハワードへ向き直った。

「結果、〈神の庭園(ガーデン)〉は、十数人の子供たちを得た。そのうち、今もここにいるのは、三人だ」

「……つまり、そのうちの一人がエムって訳だな」

 ここまで内情を話した以上、エムが無関係な訳はない。

 そう問いかけた相手は、それぞれ真面目な顔で頷いた。

「私もだよ。エース」

 しかし、軽い口調で、隣に座るGは告げる。

 いつの間にかその右手に持たれていた、例の名刺大の機械には、新たな文字列が映し出されている。


 GRAVITY


真面目さ(GRAVITY)か。あんたらしい」

 茶化すように言うが、Gは静かに首を振る。

重力(GRAVITY)だ。これを、見ていて貰いたい」

 彼が左手に握っていたのは、掌に隠れるほどの、木彫りのオブジェだ。Gは、そっと、手を開いた。

 その濃いブラウンの物体は、ふよふよと浮き上がる。

「………………は?」

「重力はやや弱めに加減してる。方向は上向き。あれは、浮かび上がってるんじゃない。天井へ向けて、落ちているんだ」

 かつん、と小さな音を立ててオブジェは天井にぶつかった。ごろり、と安定する面を上に転がると、停止する。

「判ったかい?」

「……いや。いやいやいや、何かのトリックかもしれないだろ。磁石とか、そういう」

「磁力で引きつけたのでは、あれほどゆっくり動かないよ。エース」

 やんわりと、Gがエースの言葉を否定した。

「何か、細工をしていない、と君が確信できるものを貸してくれないか。それの重力を操作しよう」

「急に言われてもな……」

 困惑して、ポケットを探る。ハンカチを一枚、取り出した。もう何年も使っている、くたくたになりかけた代物だ。

 それを示すと、Gは頷いて受け取った。

能力(ちから)を浸透させるのに、三分ほどかかるんだ。ちょっと待ってくれ。どっちの方向に〈落とし〉たい?」

「じゃあ、あっちだ」

 エースが示したのは、ガラス窓だった。何かが仕込んであるようには思えない。

 判った、と返して、彼は黙りこんだ。ハンカチは、ただ、掌の上に置かれている。

「じゃあ、その間、エムのことを聞こうか」

 二人の責任者に向き直ったエースの目は、真剣だ。


「エムに示された能力は、〈MEMORY〉だよ」

「〈記憶(MEMORY)〉?」

 眉を寄せ、エースは繰り返した。

「その……能力(ちから)は、どういうものなんだ?」

 それを尋ねるのは、実際ひどく勇気が必要だった。

 エムが今までここで、何不自由ない生活をしていたこととは、また別の問題なのだ。

 だが。


「それを知りたいと、我々も思っているよ」

 苦笑いを浮かべながらハワードに告げられて、瞬く。

超能力(サイコキネシス)については、まだまだ不明点ばかりだ。この単語が何を意味するのか、どのように能力(ちから)が働くのか、参考にできる前例は殆どない。能力名が判明しても、それを発現することもないままだった者たちも、多い」

「そう……なのか」

 少々毒気を抜かれて、呟いた。

「判らないことだらけなのよ」

 肩を竦め、エリノアが微笑む。

「あの日、エムがいなくなった時に、一番懸念されたのは、能力(ちから)が働いたのではないか、ということだ。能力(ちから)は、大きく心が動いた時、感情を抑え切れないときに発現することが多い。怒りや苛立ち、悲しみや絶望。そして、それを制御できないまま、自滅していく者もいる。……マム・レイラが亡くなって、あの子はひどく打ちひしがれていたようだったから」

「エムが無事で、本当によかった。独りにならなくてすんで、よかった。あなたのおかげね」

「いや、俺は何も」

 まっすぐに感謝を伝えられて、怯む。

「君たちと一緒に暮らしている間、あの子にそういった違和感などはなかったかね?」

 尋ねるハワードは、真剣だ。

「……いや。むしろ、少し気持ちの切り替えが早いな、と思ったことは、ある。それでも、個性の範囲だと思うよ」

 あの小さな子供は、激しい感情を抑えようとしていたのではないか。

 ふと、そんなことを思って、目を伏せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ