表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

05

 青の欠片を集めて結晶にすると、一つだけ願いが叶う。

 確かに童話に出てきそうな、何とも“可愛い”話である。子供にとって、それは興味をそそるに十分な文句なのだろう。リゼルヴァーンやドラゴンの子供が夢中になるのも無理はないと思った。

 しかし、問題はそんなことではない。“願いが叶う”というそれを集めて、リゼルヴァーンは一体何を願うつもりなのだろうか。

 ラースの脳裏に、以前の言葉が蘇る。

 ――黒にして――

 リゼルヴァーンの苦悩が全て消え去るこなど、無いのかもしれない。もしかしたら、黒髪にすることで、リゼルヴァーンの気持ちも変わるのではないか。前を向いていくことが出来るのではないか。だったらあの時、素直に願いを叶えてやればよかったのではないか。

 そう思った瞬間、後悔に似た感情が押し寄せていた。

 故に、リゼルヴァーンの手中の石ころを取り上げ、呪文を唱えたのは単なる気紛れからではなかった。手に力を込め、石ころを変化させる。開いた掌には、夜の月の光に輝く、青い小さな結晶が出来上がっていた。

「あ……」

 リゼルヴァーンは目を瞠り、結晶に釘付けになる。それを目の前で翳し、促した。

「貴方の望んだ物です。それで、願いを叶えればいい」

 躊躇う様子を見せながらも、リゼルヴァーンは結晶を手にとった。喜び、笑顔を見せるかと思ったが、表情は変わらなかった。

 実際、あれはただ術を使っただけで、石ころであることに変わりない。完全に結晶化したのではなく、結晶として見えるよう、細工を施し形を騙しているに過ぎない。いくらリゼルヴァーンが子供だからといっても、騙されることはないようだった。

 しかし、それでも。嘘だと知りつつ、それでもなお、リゼルヴァーンが願うというのであれば。

 今度こそ、叶えてあげたいと思った。躊躇うことなく、聞き入れようと。

 ラースはただじっと、リゼルヴァーンが声を上げるのを待ち続けた。

「……願いは」

 目を逸らすことなく、ゆっくりと紡がれる言葉に耳を傾ける。

「願いは……僕の願いは……母上を、元気にしてほしい」

 予想していた言葉と全く違ったことに驚き、ラースは咄嗟に返事を返せなかった。

 リゼルヴァーンの瞳は真っ直ぐラースを見つめている。それは、本心で願っているのだと簡単に分かるほどの、真剣な眼差しだった。初めて見るその眼が、ラースを痛いくらいに突き刺す。逸らすことは出来なかった。

「最近、また、体調が悪いみたいだから……だから、良くなるように」

 ミゼリアは元々身体が丈夫では無い。近頃は起き上がり、ギルヴァーンとともに業務をこなしていたが、倒れることも度々あった。女王が寝込むのは“白の災厄”の所為だと、噂する声を聞いたことがある。しかし、実際はそういう声を上げる側に問題があるのだと、当事者達は考えもしないのだろう。

「それが、リゼルヴァーン様の願いなのですか?」

 ラースの言葉に、深く頷く。それを見て、許されたような気がした。

 だからなのか、口を衝いて出る言葉に驚きながらも、ラースはそれを止めなかった。

「女王陛下を元気にする為には……貴方と“ガルフィン”が仲よく、時には喧嘩をしながら、遊ぶこと。それに、貴方が女王とともに泣いたり笑ったり、時間や想いを共有しながら日々を過ごすこと。それが一番の良薬になるのだと、私は思います」

 ミゼリアが健やかでいられる理由は、王以外にはリゼルヴァーンしかいないのだから。リゼルヴァーンが幸せであることが、彼女の一番の望みなのだから。

 我ながらこんなことを口走るのはどうかしていると思いつつも、ラースは後悔していなかった。一番の理由はミゼリアの為を思ってのことであったが、少なからず、リゼルヴァーンを案じる気持ちがあったのも嘘ではなかった。それはロネットの言う、似た部分があるからかもしれないと思った。

 ――だから、気になっていたのかもしれなかった。

 リゼルヴァーンが手の中の結晶をしっかりと握り締めるのが分かった。気付くと、笑っていた。初めて見せる、そのぎこちない笑顔が返事の代りなんだろうと思った。笑い返すのは何だか癪に障るので、ラースは目線を逸らしただけにとどめた。

「……黒にするのは、もういいのですか?」

 結局気になって、これだけは聞いておこうと思った。

 もう、本当に望んではいないのだろうか。もしもまだ、それを願っているのなら――

「いいんだ、それは。……解ったから」

 思わず視線をリゼルヴァーンに戻す。

「ちゃんと解ったから。白髪でも……母上と父上は僕のことを嫌わないって」

 リゼルヴァーンの悩みや苦しみがどれほどのものなのか、窺い知ることは出来ない。それはリゼルヴァーン自身にしか知りえないことだからだ。まだ、彼の心の闇は深くて暗いのかもしれない。簡単に消え去るようなものでないことだけは、確かなのだから。

 それでも。それでも、リゼルヴァーンは見失っていなかったのだ。思い至ったのだ。彼は困難を乗り越えようとする力を、いつの間にか会得したようだった。いや、それは初めからリゼルヴァーンの中にあったものなのだろうと、ラースは改めて思い直した。

「……貴方が言ったから、気付いた」

 俺が言ったから?

 思わぬ台詞に驚いた。そんなことを言われるなんて、思いも寄らなかった。

「僕は、独りぼっちなんかじゃないんだって」



 ラースとリゼルヴァーン様の似てる点なんて、これしかないじゃない。そんなの――

 自分が孤独だって、思い込んでるところよ。



 思わず笑ってしまっていた。

 まさか、本当にロネットの言う通りだったとは。それに、こんなにむず痒い気持ちになるのも、全くもって自分らしくない。

 こんなちっぽけな子供に興味を抱くなんて、本当に、らしくない。

「……貴方も、笑うんだね……そんな風に」

 二回目に見た笑顔は、もうぎこちなさは消えていた。細められた瞳はやはり、澄んだ色をしていた。

「これ……ありがとう」

 掌を広げて見せる結晶は相変わらずの偽物だったが、リゼルヴァーンは大切そうにそれを上着のポケットに仕舞いこんだ。そして立ち上がり、服に付いた埃や砂を払う。

「もう、行くよ」

「部屋まで送りましょうか?」

「ううん……一人で帰れるから」

 そこまで言って、リゼルヴァーンは躊躇うように口を開いたり閉じたりを数回繰り返した。

 何だ? まだ何か言いたいことでもあるのか?

 そう思ったと同時に、リゼルヴァーンは回廊に向かって駆け出した。そしていくらか離れたあと、僅かに振り向きラースに声をかけた。

「またね。ラース」

 今度こそ振り向くことなく、足を止めることなく、リゼルヴァーンは歩廊を駆けていった。

 後に残されたラースは立ちすくんだまま、リゼルヴァーンの背中を見つめていた。

「……また、置き土産か」

 ぽつりと呟き、苦笑した。

 今度の置き土産は嫌な気はしないなと、真上に傾く夜の月を見つめながら思った。

 また、お守りを頼まれるかもしれないなと、淡い期待を抱きながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ