04
四階にある執務室の窓から城の中庭を窺うと、小さな頭が二つ見えた。一つは深い緑。そして、もう一つは白だ。庭には剪定された樹木や花が広範囲にわたって植えられている。しかし、二人はそれらに興味は無いらしく、地面に座り込んでいた。何かに夢中になっているようだ。ここからは詳細を把握することは出来ないが、楽しげにしている様子が見てとれた。
紅茶を片手に持ったままじっと窓の外を眺めていると、後ろから気に食わない声が聞こえた。否が応でも眉間に皺が寄る。
「やっぱり気になってるんじゃない」
「煩い、黙れ。勝手に入ってくるな」
振り向くことなくロネットに罵声を浴びせたが、全く意に介した様子もなくかかとの音を響かせる。そしてぼすりと音を鳴らした。また勝手に人の椅子に座っているのだろう。注意するのも面倒なので、そのまま外を見つめることにした。
「リゼルヴァーン様、最近仲良しの子が出来たみたいよ?」
「ああ、女王陛下から聞いた。ドラゴンの子供だろう」
「私達がどんなに接しても変わらなかったのに。やっぱり、年が近いとそれだけ親近感湧くのかしらね」
「さあな」
近くで姿を見たことはないが、あの深い緑の髪の子供がそうなのだろう。いつの間に仲良くなっていたのかは知らないが、良い変化であるのは確かだ。
ロネットと二人でリゼルヴァーンのお守りを任された日から、幾分か時が過ぎた。
あれからリゼルヴァーンとはまともに話をしていない。正確に言えば、会うことすらしていない。寧ろ避けられているような気さえした。
ミゼリアから、またお守りをしてほしいと頼まれることもあれから一度も無い。また頼まれるのを望んでいる訳ではなかったが、どうにも釈然としない気持ちだけが宙ぶらりんになっているような気がした。但し、それは自分自身の問題であって、リゼルヴァーンがどう思っているかなんて関係ないものだ。
確信できることは、もう会いに来ることはないだろうということだった。ああやって、気の合う友も出来たのだ。誰が好き好んで嫌な思いをしに、この自分に会いに来るだろうか。
貴方には、わからない――最後に呟いた言葉は、限りなく厭悪を抱いていた。
自分を理解することなど、貴方に出来はしない。それはリゼルヴァーンの叫びなのだろう。
その言葉が、意味が、気になってしまうのは、多分――
「……ロネット。どの辺が似ているんだ」
「へ?」
唐突なラースの質問に、ロネットは間抜けな返事を上げた。
「だから、俺とリゼルヴァーン様の似ている点だ」
思わずイラつく声を上げるラースだったが、返ってきたのは沈黙だった。程なくして、押し殺した様な笑い声が聞こえた。
「おいっ」
振り向いた視線の先では、案の定ラースの椅子に座って笑いを押し殺すロネットの姿があった。いちいち癪に障る奴だ。
ようやく笑いを静めると、ロネットはやっと口を開いた。
「まあ、似てるって言っても、昔のラースになんだけどね。ラースとリゼルヴァーン様の似てる点なんて、これしかないじゃない。そんなの――」
ロネットの言葉を聞いて確信した。そして、ようやく納得した。
「……そうかもな」
呟いて、笑っていることに気がついた。
気分は晴れていた。
◇ ◇ ◇
またやっている。
一階にある回廊を歩いていると、中庭で座り込むリゼルヴァーンの姿を見つけた。ドラゴンの姿が見当たらない。どうやら今日は一人のようだ。
既に夜の月が顔を出しているというのに、一体何をやっているのだろう。じっと地面を凝視している様に見える。子供の遊びは全く理解出来ない。
そのまま通り過ぎようとして、ラースの中で何かが引っかかった。
いまが好機なんじゃないのか? 好機? 一体何の?
自問自答を繰り返していたが、やがてそれも馬鹿らしくなった。こんなことで悩むなんてらしくない。
ラースは静かに歩みを進めると、リゼルヴァーンの真後ろに立って口を開いた。
「何をなさっているのですか?」
小さな白髪と肩がびくりと震え、恐る恐る振り返る。
ああ、まただ。また瞳の中に映っている。
見下ろす自分の姿を、リゼルヴァーンの瞳の中で確認する。やはり、彼の緋色の目は澄んでいた。
「あ……」
ラースの姿を確認して、途端に表情が強張った。良い感情を抱いていないのは明らかだ。
「ドラゴンはどうしたのです?」
当たり障りの無い言葉を口にする。もしかしたら、ラース自身構えている部分があるのかもしれなかった。
「ドラゴンじゃない……ちゃんと、ガルフィンっていう名前があるんだから」
「これは失礼しました」
少しだけ驚いた。少なからず、自分の意思を伝えようとしている。それも、その“ガルフィン”のおかげなのだろうか。
「ガルフはいま、仕事中だから……」
確かあのドラゴンはギルヴァーン王が連れ帰ったと言っていた。城に住まうからには、それなりの仕事を与えられているのだろう。
「そうですか」
当たり障りの無い二回目の返事を口にして、ラースはリゼルヴァーンの手に何かが握られているのに気がついた。大事そうに握るそれは、どう見てもただの石ころのようだった。
「それは?」
「……集めてる。青の欠片……」
青の欠片。聞いたこともない。一体どんな物なのか、純粋に興味が湧いた。
「何ですか、それは」
ラースの問いに渋る様子を見せていたが、それでもリゼルヴァーンはゆっくりと言葉を口にした。
「石の中にある、青の欠片を集めて一つの結晶にすると、願いが一つだけ叶うんだ」
「誰に聞いたんですか?」
「……聞いたんじゃない。本に書いてあった」
読書を趣味としているラースは、城にある殆どの図書を把握していた。そして、その内容もほぼ確実に記憶している。青の欠片というものが記載されているのであれば、当然知っている筈だ。
しかし、記憶の中に青の欠片という単語は見当たらない。ラースの知り得る限りの書物の中には存在していないのだ。
ラースの読んだことのない書物。しかし、リゼルヴァーンは読んだ書物。
それは、一つしか思い浮かばなかった。
「童話、ですか」
物言いたげに見つめた後、リゼルヴァーンはゆっくりと視線を下げた。