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03

「黒にして。出来る……でしょう?」

 初めて視線を合わせた気がした。間近で見るリゼルヴァーンの瞳の中に、見下ろした自分の姿が見えた。それくらい、リゼルヴァーンの瞳は澄んでいた。

「黒、ですか」

 尋ねなくとも分かる。白髪を黒髪にしてくれと言っているのだと、直ぐに察しがついた。

 確かに、髪の色を変えることは可能だろう。試したことは無いが、術で髪の色素を変化させれば色を変えることは可能なはずだ。ラースの腕前なら、それくらい容易いことだ。

「ええ、確かに可能です。可能ですが……」

 ただ――

「リゼルヴァーン様は、それで満足なさるのですか?」

「……え」

 虚を衝かれたかのように驚き、リゼルヴァーンは目を見開いた。それを気にすることなく、ラースは淡々と言葉を口にした。

「そんなことで、貴方の心は晴れるのかと、訊いているのです」

 術を唱えて髪色を変化させるなど簡単なことであったし、断る理由も見つからない。それが望みだと言うのであれば、黒髪にするのも反対しない。

 ただ、それで本当に満足が、納得がいくのかどうか知りたかった。仮の姿で受け入れられたとして、それで素直に喜ぶことが出来るのかどうか知りたかった。

「リゼルヴァーン様まで白髪を否定なさるということは、自分でもそれを厭わしいと、疎ましいと、思っているのですか?」

 自分自身を、本当にそう思っているのか知りたかった。尋ねた理由など、ただそれだけだった。

「ちょっと、ラース」

 ロネットが「そんな風に言わなくても」と後ろから口を挟んだ。それは黙り込み俯くリゼルヴァーンを気遣ってのものであろう。

 リゼルヴァーンを一瞥してから短く溜息を吐いて、ラースは視線を窓の外に移した。

「私は、貴方に説教をしているのでも、諭しているのでもありません。はっきり言って、貴方に興味はありませんので」

「ラース!」

 鋭い声を上げるロネットを無視して、ラースは言葉を紡ぐ。

「しかし……女王の息子である以上、貴方を無視することは出来ない」

 ラースの言葉に、ゆっくりとリゼルヴァーンが顔を上げる。泣きさえしていないが、その表情は戸惑いに揺れていた。

「いま直ぐにと言うのでしたら、黒髪にしてさしあげます。貴方が、本当に望むのであれば」

 唇を噛み締め、痛みを堪えるような表情を浮かべるリゼルヴァーンは、じっとラースを見つめていた。

 何か言い返したいが、言葉が出てこないのか。それとも言葉にすることすら無理なのか。薄く開いた口から、言葉が発せられることは無かった。

 リゼルヴァーンはしばらくラースを見つめていたが、程なくして視線を逸らした。そして扉へ足を向ける。部屋を出ていこうとしているのだと分かると、ロネットは慌ててリゼルヴァーンを止めにかかった。

「リゼルヴァーン様! どこへ行くつもりですか!」

「……」

 ロネットの問いには答えず、リゼルヴァーンは取っ手に手をかける。そして、ぽつりと呟いた。

「貴方には、わからない……」

 言い残して、リゼルヴァーンは静かに扉を閉めた。それが余りにも寂しげで、哀感が漂っていて、まるでリゼルヴァーンの心を表しているような気がした。



 貴方には、わからない――

 それは、“この苦しみは”ということか。わかる筈もない。自分はリゼルヴァーンではないのだから。どれ程の悲しみを、痛みを抱え込んでいるかなんてわかるものか。いくら高度な術を扱えるからといって、他人の心まで完璧に読み取ることなど出来はしない。

 わかってほしいと思うのなら。せめてもう少し。もう少し、心を開いてみたらどうなんだ。無表情ばかり見ていたので、確かに今回は少しばかり感情を吐露したようには見えたが、それにしては言葉数が少なすぎる。少しくらい意見なり、反論なりしてみせればいいものを。

 どかりと、近くにあった椅子に腰を降ろした。リゼルヴァーンのものであろうか。幾ばくか小さいようだが気にしない。本を引き寄せると、ぱらぱらと素早く頁を捲った。

「そんなに気になるんだったら追いかければいいのに」

 後ろでのん気に紅茶を啜りつつ、ロネットはラースの様子を窺っていた。

「……誰が誰を気にしているというんだ。と言うか、それは俺の紅茶だ。勝手に飲むな」

「ラースが、リゼルヴァーン様を。気にしてるって言ったのよ」

 ラースの忠告など無視して、ロネットはカップに口を付けたままにやりと笑った。

「追いかけるのはお前の仕事だ。第一、あんな子供のことなど気にする訳ないだろう」

「ふーん? そうなの? 何だかイライラしてるように見えるんだけど?」

「お前がふざけたことを言うからだ」

「私はいつも真面目だしー」

「いいから、さっさと連れ戻してこい」

 ぎろりと睨むと、ロネットは大袈裟な身振り手振りで「きゃー、怖ーい」などと口にした。そして去り際に振り向くと、楽しそうに微笑んだ。

「リゼルヴァーン様、似てるわね。ラースに」

「……は?」

 似ている? あの子供に? この俺が? 一体どこが?

 怒りというより疑問が沸き起こったが、尋ねる前にロネットは軽やかな足取りで部屋を出て行ってしまった。尋ねる時機を失ったのと、あまりにも唐突な発言に、ラースは重い溜息を吐いた。

 何だって言うんだ、一体。去り際に置き土産をしていくのが最近の流行なのか。

 それにしてもあんな子供の、どこが似ているというのだ。昔からロネットは変わった奴だと思っていたが、こうも思考が意味不明な奴も珍しい。誰がどう見たって、似ている箇所なんてありはしない。

「似てなんていない」

 声に出して、それを更に実感する。全然、全く、一つも、似てなどいない。

 それに――

 気にもしていない。女王陛下の、ミゼリアの息子だから尊ぶ。ただそれだけだ。それ以外には何もない。

 何もない筈なのに――どうして、この胸は一向に晴れない。

「くそっ」

 どいつもこいつも、嫌な置き土産を残していきやがって。

 頁を捲る手の速度が速くなっていることに気付いていたが、最早読書はしていなかったのでどうでもよかった。

 それよりも、この胸に立ち込める靄の原因を探ることに、ラースは必死になっていた。

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