表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

01

リゼルとラースの出会い。(本編第五章まで既読推奨)

 初めて出会った時のことは覚えている。

 あれはまだリゼルヴァーンが幼子で、ラース自身幾分か若かった頃のことだ。

 女王付きの術士に就任して直ぐのことであった。紹介された目の前の子供は噂通りの白髪で、感情の無い瞳をラースに向けていた。

 ああ、これが“白の災厄”か。

 ラースの感想は淡白なものであった。否応なしに耳に入る噂でリゼルヴァーンの存在、そして世間がどれほどこの王を歓迎していないかは知っていた。

 しかし、ラースにとってはそんな噂など興味の対象ではなかった。はっきり言って、この子供自体に興味が無かったのである。女王の息子であるから尊ぶ。それ以外には何もなかった。

「初めまして、リゼルヴァーン様。ラースと申します」

 会釈すると、リゼルヴァーンは少しだけ怯えたような表情を見せ、女王ミゼリアへしがみ付いた。女王のドレスを握る手は、小さく震えていた。

「大丈夫よ、リゼルヴァーン。怯えなくても大丈夫」

 我が子に声をかけるミゼリアに思わず見入ってしまう。いつもより優しい声音が、彼女が母親なのであることをラースに自覚させる。

「リゼルヴァーン、貴方もご挨拶なさい」

「……」

 促されて少しだけ視線を上げたが、声を発することはしなかった。しがみ付く手を離すと、逃げるように駆け出して女王の部屋から出ていってしまった。ミゼリアの呼び止める声にも振り向くことはなかった。

「どうやら嫌われてしまったみたいですね、私は」

 元々子供に好かれる性質でもない。さして衝撃は受けなかった。

「あの子は、自信がないのだと思う」

 扉の先を見つめたまま、ミゼリアが呟いた。衝撃を受けているのは彼女のような気がした。

「人を信じるという事が、あの子にとってはとても難しいことなんでしょう」

 嫌悪され、蔑まされ続けているのであれば、それは確かに簡単なことではないだろう。リゼルヴァーンのことを理解し、ともに歩んでいるのは多分、ミゼリアとギルヴァーンだけであるのだから。

「あの子をあんなに悲しませる私は、親失格ね」

 さらりと流れるミゼリアの黒髪に、先程まで震えていた小さな白髪を思い出した。白は異端。この魔界では、それが道理である。そんな白い頭を持つ者が、王になるというのだから世間の反発は相当なものだろう。ミゼリアには、常に不安や苦悩が付きまとっているに違いなかった。

 しかし。扉の先を見つめる瞳は、親の色をしていた。確かにミゼリアは、母親なのだった。

「貴女は、立派だと思います」

「え?」

 見つめられる視線を感じながら、ラースは淡々と口を開いた。

「非難の声を浴びているのは、リゼルヴァーン様だけではないのでしょう? 少なからず、貴女もその声を浴びているはずです」

 視線を下げて、ミゼリアが強い口調で言葉を紡ぐ。

「……私が非難を受けるのは当然のこと。もっと苦しい思いをしているのは、リゼルヴァーン自身なのよ」

「それでも。貴女は立派です」

 親になったことなど一度もないラースは、親というものの気持ちを理解することは出来ない。しかし、それでもミゼリアは、女王としての責務も、親としての責務も恥じることなく果たしていると思った。そんな彼女を非難するなど、出来るはずがないのだ。

 不意に、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。見ると、ミゼリアがおかしそうに笑っていた。

「貴方で二人目だわ。そんなことを言ってくれたのは」

 その人物を思い出しているのか、表情は柔らかい。それはまるで、恋する乙女のようであった。彼女をこんな表情にすることが出来るのは、たった一人しかいない。

「王とは気が合いそうですね」

「あら。ラースはギルヴァーンのこと苦手なんじゃないの?」

「……そんなことはありません」

「ふーん?」

 窺うように見つめてから、ミゼリアはにこりと笑った。

「ありがとう、ラース」

 ミゼリアの苦渋になるものは全て排除したい。彼女の為ならば何だってやってみせる。それがラースの信念であるのだから。

 女王の笑顔に、ラースは目礼を返しただけだった。


◇  ◇  ◇


「私が、ですか?」

「ええ。是非、ラースにお願いしたいの」

 リゼルヴァーンと初めて会った日から数日後のことであった。

 ミゼリアに呼び出されリゼルヴァーンの部屋を訪れると、以前と同じく無感情な瞳を向ける白髪の子供が目に付いた。

 ミゼリアの話はこうだ。今から王と至急私用で出かけなければならなくなったので、その間リゼルヴァーンのお守りをしてほしい、ということであった。

 はっきり言って、何故自分にその役目を任せるのか疑問であった。もっと相応しい相手など、いくらでもいるというのに。

「この子ね、貴方の術に興味があるみたいなのよ」

 本当だろうか。女王の言葉であるが、疑ってしまう。リゼルヴァーンには一切そんな素振りは見えない。未だに一度も口を聞いたことなどないのだ。

 もしかしたら、これはミゼリアの希望なのかもしれない。少しでも他人と心通わすようになればいい。そんな親心から出る嘘かもしれなかった。

「分かりました。私でよければ、リゼルヴァーン様のお相手を致します」

 その言葉に分かりやすくほっとした表情を浮かべるミゼリアに、ラースは心の中で苦笑した。

 女王の為なら簡単なことだ。断る理由も見つからない。そんな自分が一番分かりやすいのかもしれないなと、ラースはまた苦笑した。

「それではよろしくね。何かあれば、『言の葉』を送ってちょうだい」

 こくりと頷く視線の先には、不安に駆られるようにミゼリアのドレスを掴むリゼルヴァーンの手が映った。

「リゼルヴァーン、大丈夫よ。彼は貴方を否定しないわ」

 どれ程自分を信用しているのだろうか。はっきりと発せられる言葉には、確信ともとれる強い意志が感じられた。そう言われてしまっては、期待を裏切ることは出来ない。子供に興味はないが、彼はミゼリアの息子なのだ。

「よろしくお願いします、リゼルヴァーン様」

 ラースの言葉に、リゼルヴァーンは空ろな瞳を向けるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ