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リゼルとラースの出会い。(本編第五章まで既読推奨)
初めて出会った時のことは覚えている。
あれはまだリゼルヴァーンが幼子で、ラース自身幾分か若かった頃のことだ。
女王付きの術士に就任して直ぐのことであった。紹介された目の前の子供は噂通りの白髪で、感情の無い瞳をラースに向けていた。
ああ、これが“白の災厄”か。
ラースの感想は淡白なものであった。否応なしに耳に入る噂でリゼルヴァーンの存在、そして世間がどれほどこの王を歓迎していないかは知っていた。
しかし、ラースにとってはそんな噂など興味の対象ではなかった。はっきり言って、この子供自体に興味が無かったのである。女王の息子であるから尊ぶ。それ以外には何もなかった。
「初めまして、リゼルヴァーン様。ラースと申します」
会釈すると、リゼルヴァーンは少しだけ怯えたような表情を見せ、女王ミゼリアへしがみ付いた。女王のドレスを握る手は、小さく震えていた。
「大丈夫よ、リゼルヴァーン。怯えなくても大丈夫」
我が子に声をかけるミゼリアに思わず見入ってしまう。いつもより優しい声音が、彼女が母親なのであることをラースに自覚させる。
「リゼルヴァーン、貴方もご挨拶なさい」
「……」
促されて少しだけ視線を上げたが、声を発することはしなかった。しがみ付く手を離すと、逃げるように駆け出して女王の部屋から出ていってしまった。ミゼリアの呼び止める声にも振り向くことはなかった。
「どうやら嫌われてしまったみたいですね、私は」
元々子供に好かれる性質でもない。さして衝撃は受けなかった。
「あの子は、自信がないのだと思う」
扉の先を見つめたまま、ミゼリアが呟いた。衝撃を受けているのは彼女のような気がした。
「人を信じるという事が、あの子にとってはとても難しいことなんでしょう」
嫌悪され、蔑まされ続けているのであれば、それは確かに簡単なことではないだろう。リゼルヴァーンのことを理解し、ともに歩んでいるのは多分、ミゼリアとギルヴァーンだけであるのだから。
「あの子をあんなに悲しませる私は、親失格ね」
さらりと流れるミゼリアの黒髪に、先程まで震えていた小さな白髪を思い出した。白は異端。この魔界では、それが道理である。そんな白い頭を持つ者が、王になるというのだから世間の反発は相当なものだろう。ミゼリアには、常に不安や苦悩が付きまとっているに違いなかった。
しかし。扉の先を見つめる瞳は、親の色をしていた。確かにミゼリアは、母親なのだった。
「貴女は、立派だと思います」
「え?」
見つめられる視線を感じながら、ラースは淡々と口を開いた。
「非難の声を浴びているのは、リゼルヴァーン様だけではないのでしょう? 少なからず、貴女もその声を浴びているはずです」
視線を下げて、ミゼリアが強い口調で言葉を紡ぐ。
「……私が非難を受けるのは当然のこと。もっと苦しい思いをしているのは、リゼルヴァーン自身なのよ」
「それでも。貴女は立派です」
親になったことなど一度もないラースは、親というものの気持ちを理解することは出来ない。しかし、それでもミゼリアは、女王としての責務も、親としての責務も恥じることなく果たしていると思った。そんな彼女を非難するなど、出来るはずがないのだ。
不意に、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。見ると、ミゼリアがおかしそうに笑っていた。
「貴方で二人目だわ。そんなことを言ってくれたのは」
その人物を思い出しているのか、表情は柔らかい。それはまるで、恋する乙女のようであった。彼女をこんな表情にすることが出来るのは、たった一人しかいない。
「王とは気が合いそうですね」
「あら。ラースはギルヴァーンのこと苦手なんじゃないの?」
「……そんなことはありません」
「ふーん?」
窺うように見つめてから、ミゼリアはにこりと笑った。
「ありがとう、ラース」
ミゼリアの苦渋になるものは全て排除したい。彼女の為ならば何だってやってみせる。それがラースの信念であるのだから。
女王の笑顔に、ラースは目礼を返しただけだった。
◇ ◇ ◇
「私が、ですか?」
「ええ。是非、ラースにお願いしたいの」
リゼルヴァーンと初めて会った日から数日後のことであった。
ミゼリアに呼び出されリゼルヴァーンの部屋を訪れると、以前と同じく無感情な瞳を向ける白髪の子供が目に付いた。
ミゼリアの話はこうだ。今から王と至急私用で出かけなければならなくなったので、その間リゼルヴァーンのお守りをしてほしい、ということであった。
はっきり言って、何故自分にその役目を任せるのか疑問であった。もっと相応しい相手など、いくらでもいるというのに。
「この子ね、貴方の術に興味があるみたいなのよ」
本当だろうか。女王の言葉であるが、疑ってしまう。リゼルヴァーンには一切そんな素振りは見えない。未だに一度も口を聞いたことなどないのだ。
もしかしたら、これはミゼリアの希望なのかもしれない。少しでも他人と心通わすようになればいい。そんな親心から出る嘘かもしれなかった。
「分かりました。私でよければ、リゼルヴァーン様のお相手を致します」
その言葉に分かりやすくほっとした表情を浮かべるミゼリアに、ラースは心の中で苦笑した。
女王の為なら簡単なことだ。断る理由も見つからない。そんな自分が一番分かりやすいのかもしれないなと、ラースはまた苦笑した。
「それではよろしくね。何かあれば、『言の葉』を送ってちょうだい」
こくりと頷く視線の先には、不安に駆られるようにミゼリアのドレスを掴むリゼルヴァーンの手が映った。
「リゼルヴァーン、大丈夫よ。彼は貴方を否定しないわ」
どれ程自分を信用しているのだろうか。はっきりと発せられる言葉には、確信ともとれる強い意志が感じられた。そう言われてしまっては、期待を裏切ることは出来ない。子供に興味はないが、彼はミゼリアの息子なのだ。
「よろしくお願いします、リゼルヴァーン様」
ラースの言葉に、リゼルヴァーンは空ろな瞳を向けるだけだった。