狼と、双子のお昼寝
シェット&双子の小話。
頼まれた仕事を面倒くさがりつつも午前中に何とか終えて、シェットは二階にある自室に籠もった。
丁度昼の月が真上に来る時刻は、シェットに一番眠気が襲ってくる時間帯だ。ガルフやリゼルヴァーンにしてみれば、シェットはいつ何時でも眠気を催していると言っても過言ではないらしい。しかしシェットにしてみれば、いまの時間帯とその他の時間帯の眠気は、比較するまでもなく度合いは全く違う。
寝過ぎだと言われても、眠たいのだから仕方がない。ただ、本能に忠実であるだけなのだ。他の狼が同じであるかどうかはさて置き。
本日もさっそく眠りに付こうとシェットはベッドに横たわる。柔らかく弾む心地良さに、全身の力が抜けるのが分かる。リゼルヴァーンが用意してくれたこのベッドはシェットのお気に入りの一つであった。
瞼を閉じて、ゆっくりと呼吸を繰り返すうちに、意識が段々と遠のいていくのが分かる。
自分では気付いてないだけで、結構疲れていたのかもしれない。
現実と夢との間で揺れる感覚に、無条件に幸福であると実感する。あと数分もしないうちに眠ってしまうだろう。
まどろむ頭の片隅で僅かにそう思った。その直後だった。
「シェットー!」
ノックもないまま開いた扉から、嫌に耳に付く大声が聞こえた。
確認しなくても相手は分かる。多分、一人ではなく二人だ。双子がやって来たのは言うまでもない。
なんだってこんな時に。こっちは眠りたいのに、相手はいつだって容赦しない。上手く撒いたと思っていたが、最後の最後で鍵を閉め忘れた。何というしくじり。
ガルフが取り付けた錠は簡単に扱うことが出来るよう、シェットの丁度いい高さに一つ、そして通常の位置に一つ、計二つが設置されている。そのどちらか一つでも錠がかかっていたなら入ることは出来ない。
いまとなっては、それももう遅い話だ。二つの足音は一直線にシェットの眠るベッドに近づいてくる。
折角の眠りを妨げられたくない。何としてでもこの眠りを貫き通す!
瞳を閉じたまま、身動き一つしない状態を維持する。眠ったふりを続けて、この場をやり過ごそうという戦法だ。
早く帰って。お願いだから。
祈るシェットの願いも空しく、ルルムンとレレムンの足音はベッドの傍でぴたりと止まる。
「シェット、寝てるの? 一緒に遊ぼうと思ったのに」
ルルムンの窺うような声のあとに「……寝てる」と、レレムンの呟く声が聞こえた。
よし、このまま諦めて帰るんだ。僕は寝る。何が何でも寝てやるんだから。
じっと固まったまま、二人の気配を探る。二人は傍に立ったまま、シェットを観察しているようであった。
バレてないとは思うけど、いつまで二人はここに居るつもりなんだろう。
思わず溜息を吐きかけ、慌てて飲み込む。ここでバレてしまっては元も子もない。
焦れったい思いを抱きながら、二人が立ち去るのをいまかいまかと待ちわびるシェットに、それは突然襲いかかった。
「……っ!」
上げそうになる声を寸前で堪えて、シェットは必死に事態の把握を測る。
もしかして、抱きつかれてる?
身体を覆う腕の感触があるのが分かった。さっきの衝撃は抱きつかれた時のものだったのかと考えるシェットの耳に、ルルムンの声が近くで響いた。
「ねー、レムもシェットをぎゅってしたら? ふわふわしてて気持ち良いよ!」
オイ。僕はぬいぐるみじゃないんだけど。
思わず眉間に皺を作ってしまったが構うことはない。どうせこの二人は気付いていない。
「……でも」
躊躇うレレムンに、「いいからいいから」とルルムンが促す。
良くないってば! もうこうなったら起きちゃおうかな。
立ち上がろうとした瞬間、また衝撃がやってきた。今度はゆっくりと、優しい力であった。
「本当だ……気持ち良い」
間近に聞こえたレレムンの囁きに、嬉しそうに微笑む表情が目に浮かんだ。
二人は楽しそうに笑い声を上げると、抱きしめる腕に力を込めた。これでは立ち上がることさえ無理である。
くすぐったい感触に何事かと驚き、思わず身じろぎする。どうやら二人は身体に顔を埋めているらしい。
ああ、もう。折角の睡眠時間が台無しなんだけど。しかも、抱きつかれて暑苦しい。
寝るに寝られず、起きるに起きれず。どうにもこうにも、八方塞がりもいいところである。
どうしよう。いっその事、声を上げて文句の一つでも言ってみる? ここまできたら、双子の相手でもしようか。適当に相手をして、適度なところで追い返せば不満の声を上げることも、言いがかりを付けられることもないだろう。うん、そうだ。それがいい。
シェットはゆっくりと片目を開く。窺うように覗くと、腹の辺りに結った赤髪の頭が二つ並んで見えた。そして、覚悟を決めて口を開こうとした瞬間――
静かな呼吸音が聞こえた。それは安らかな寝息で、しかも二つ聞こえてくる。
……寝るの早すぎだよ、二人とも。折角、相手をしてあげようと思ったのに。
疲労の吐息をもらして、改めて二人を見つめる。幸せそうな寝顔はどちらも同じであった。
「しょうがない、か」
圧しかかる二つの重さも、纏う腕も、本当は邪魔で仕方がなかったが、振り払うことはしなかった。あんな寝顔を見せられたら、起こそうなんて気にはならない。
午睡の心地良さは、いやでもわかっているから。
シェットは丸くなると瞼を閉じた。静かに響く二つの寝息が、シェットを眠りへと誘う。
ま、いいか。こんな昼寝も、たまには悪くない。
苦笑を浮かべた後、シェットは深い眠りについた。
シェットが、双子の「一緒に遊ぼう」攻撃を受けたのは、目覚めた直後のことであった。




