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悩める魔王様

本編第四章と第五章の間の小話(リゼル×アキ)

 掃除をすると部屋を出てから随分と経過したが、一体何処まで掃除をしにいったんだ?

 リゼルヴァーンはなかなか戻らぬアキを心配し、考えを巡らせながら広間をぐるりと一回りしていた。

 もしかして、何かあったんじゃ?

 思考はアキの安否のことばかりで、不安が胸いっぱいに広がっていく。

 やっぱり、手伝いなど容易く了承するのではなかったのだ。屋敷の中は人間にとっては有害になるものが沢山ある。もし万が一、アキが呪いの壷にでも触れてしまったら。俺は一生立ち直れない……っ!

 リゼルヴァーンは脱兎のごとく駆け出した。アキにもしものことなどあってはならない。そうなる前に、何とかしなければ。

 行方も知れぬアキを捜索しに、リゼルヴァーンは広間を後にした。



 一階から順に部屋という部屋をくまなく探し、とうとう三階にまで到達した。ここまで来るのに時間はさらに経過しており、リゼルヴァーンの不安はどんどん募っていく。

「一体どこに行ったというのだ?」

 不安からぽつりと零れる言葉を発した直後、リゼルヴァーンは不自然に開いた扉を発見した。

 屋敷には使用していない空き部屋が数室存在しているが、その全ての部屋はきちんと鍵をしており、扉もちゃんと閉まっている。

 限りなく妖しい。もしかしたらこの中にアキが居るかもしれない。

 リゼルヴァーンは躊躇うことなく、部屋の中へと進入した。

「暗いな」

 明り取りも存在しない為、部屋は闇に近い。ゆっくりと進むリゼルヴァーンはふと、足元に倒れている何かに気がついた。正しくそれは人であり、紛れもなくアキであった。

「アキ! 無事か!?」

 直ぐさま跪き、アキを抱き起こす。何度か声をかけると、薄っすらと瞼を開いて定まらぬ視点をゆるゆると動かした。

「……リゼル?」

 呟く声を聞いて、リゼルヴァーンは深い安堵の溜息を吐いた。

「良かった。心配したぞ、アキ」

 何故こんな所に居たのかは疑問に思ったが、とにかく一旦この部屋から出なければ。ここには、異様な空気が漂っている。

 アキを抱きかかえたまま移動しようとしたリゼルヴァーンだったが、次の瞬間失敗に終わった。

「リゼル……好き」

「…………へ?」

 いきなり、何の前触れもなく、アキは熱っぽくリゼルヴァーンに囁いた。余りの出来事に間抜けな声を上げたリゼルヴァーンは、しばらく固まったあと、一気に顔を染めた。

「ア、アアアアキ!? い、一体どうしたんだ!?」

「リゼルが好き。大好き」

 囁きながら、アキはリゼルヴァーンに圧しかかる。驚くリゼルヴァーンはいつの間にか押し倒されていて、視界には部屋の天井と、自分を見つめるアキの憂いを帯びた表情が広がった。

「な、な、なな何をしているアキ!?」

 何がどうなって“こうなって”いるのか。リゼルヴァーンには全く分からなかった。じっと見つめるアキの顔は赤く染まり、悩ましげな切ない表情を宿している。

 一体どうしたというのだ!? アキがこんなことをするはずがない。いや、お、俺はかなり嬉しいが……。ち、違う! そうじゃない! 何かがあってこうなっているに違いない!

 辺りを見渡して、近くにページの開いた本が落ちていることに気がついた。下級悪魔が封印されている、かなり古い書であることが窺えた。多分、アキはあの本を開き、悪魔の術にかかっているに違いないと思った。人間であるアキは、その影響をもろに受けているのだ。

「ねえ、リゼル……キス、して?」

「!!」

「お願い、リゼル」

 更に距離を詰められ、アキの顔が近づく。

 多分、これは願いを叶えなければアキにかかった術を解くことは出来ない。そうなるように仕向けられている。

 しかし――

「ちょ、っと待て! アキ! お、お前は、いいのか?」

 術をかけられているアキに言ったところで答えは分かっていたが、どうしても確認を取りたかった。本当に、いいのかどうか。

「何で? リゼルのことが好きなんだから、いいに決まってるじゃない」

「う、あ……そ、そうか」

 アキ自身の言葉で無いにしろ、アキの姿で、アキの口からそう言われてしまっては堪らない。

 リゼルヴァーンは沸騰しそうなほどの熱を身体中に宿していた。アキと目を合わせていられなくて、リゼルヴァーンは顔自体を横に逸らす。

 こ、これはアキにかかった術を解く為には仕方が無いんだ。だから、やらないといけないんだ。このままアキをこの状態にしておくつもりか。……し、しかし。

 ちらりとアキを横目見て、不意に唇に目がいく。柔らかそうな薄紅の膨らみが、リゼルヴァーンをさらに沸騰させる。

「う……ああっ! もう! 俺は、知らないぞ!」

 アキにか、それとも自分になのか、誰に確認をとっているのか最早分からなかった。

 リゼルヴァーンは意を決して、アキの両肩を掴む。そして、ゆっくりと引き寄せた。

「アキ……お前が悪いのだからな」

 呟いて、顔を近づける。そして、僅かに触れて、離した。

 瞬間――

「全く、潔く唇にすればいいものを。何故額にしたのか、理解出来ませんね」

 入り口付近でじっとこちらに視線を向けるのはラースで、哀れむように溜息を吐いた。

「ラ、ララ、ラース! な、何故ここに!?」

 動揺で慌てるリゼルヴァーンに、ラースはにこりと微笑み口を開いた。

「この部屋の扉を閉め忘れたことに気がつきまして。戻ってくると面白そうなことが起こっていたので、見物していたのですが。それにしても、額、ですか」

 見られていた。唇には出来ないと思い、咄嗟に額にキスをした。それを、見られていた。最悪だ。ラースなら絶対面白がるに違いない。

「呪いは解けたようですが、折角の好機が無駄に終わってしまいましたね。今後、貴方のその意気地なしが、少しでも直るといいですね。リゼル様」

 目を細め、さも面白い玩具でも見つけたかのような含み笑いして、ラースは踵を返す。

「ぼさっとしていないで、さっさと部屋から出てください。このまま鍵を閉めてしまってもいいのですか?」

 唖然としていたリゼルヴァーンは、気を失っているアキを抱いて急いで部屋から出る。鍵をかけ終わった後、ラースはリゼルヴァーンに振り向くと、にやりと微笑み口を開いた。

「私なら、迷わず唇にしました」

 言うと、さっさと廊下を渡ってしまう。反論する間もなく遠ざかっていくラースに、リゼルヴァーンは頬を膨らませて呟いた。

「悪かったな、意気地なしで」



 それから数日の間、リゼルヴァーンはまともにアキの顔を見ることが出来なかった。呪いは解かれたがその時の記憶を一切忘れ去っているアキは、何故リゼルヴァーンがしどろもどろになるのかが分からなかった。そして、それを面白がるラースの揶揄に必死に耐えるリゼルヴァーンの姿も見受けられ、屋敷の住人達はこぞって疑問を浮かべることとなった。

 リゼルヴァーンが悩める日々を送ったことは、言うまでもない。

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