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02

 酒を酌み交わすこと数時間。部屋には異様な光景が広がっていた。

 机の上には空になった酒瓶が五本、蓋を開き今まさに飲酒しているものが二本、開封されず残っているのは僅かに一本だけとなっていた。

 顔色を変えず、見た目は普通の様子であるのに何が面白いのか、馬鹿でかい声で笑いを起こしているのはナジであった。その左隣に腰を据えるラースには勢いもなく、頭を垂れ沈黙し、眠っているかの如く静かに居座っている。俯く表情には渋面が覗いていたが、敢えてロネットは気にする素振りを見せず隣のリゼルヴァーンに酒を注いでいた。そのリゼルヴァーンは顔だけでなく、耳や首、手まで真っ赤に染め、いかにも酔っ払いの態を晒していた。喋る言葉も舌が回っておらず、聞き取り難い。しかし機嫌が良いのは笑顔であることからも窺えた。

 この場でいつもの正気を保っているのは、最早ロネットしかいなかった。飲んでいないのではない。この四人の中では確実に一番飲んでいる。三人に酒を注ぎ足しつつ、自分のグラスにも注ぎ、リゼルヴァーンやナジの喋る言葉に耳を傾けながら、自身は酒を流し込む。そんな具合で五本の内の二本、或いは三本をロネット一人で空けたといっても過言ではない。

 酒には強いと自負していたナジも、あの様子では多少なりとも酔っていることだろう。ラースやリゼルヴァーンに至っては問題外である。どちらかといえば、まだ気分の良さそうなリゼルヴァーンの方が酒に強いのかもしれない。ラースなど少ししか口にしていないというのに、もうあのザマである。昔からの付き合いで知っているとは言え、いつもの暴君がしおらしい様は何度見ても面白い光景であった。

 ロネットはリゼルヴァーンのグラスに葡萄酒を注ぎつつ、にやりとした表情へと変化させる。

「ところでリゼル様。アキちゃんのこと、実際のところどう思ってるんですか?」

 ロネットの発言にリゼルヴァーンは反応する。酒を飲む手を止め、僅かに顔を顰めたのは真剣な表情を作っているのか。

「俺は……アキのことを、大切で……大事な存在だと、思っている」

 舌足らずだが、ゆっくりと真実を口にする。分かりきっていた答えであったが、はっきりと口にしたのは初めてではないだろうかと、ロネットは赤い顔のリゼルヴァーンを見つめる。その答えに微笑み、ロネットは更に突っ込んだ質問をした。

「じゃあじゃあ、アキちゃんのことは可愛くて仕方ないんじゃないですか?」

 ロネットの問いに破顔するその表情は先程までの笑顔とは違い、にやけていた。小さく息を吸い込む動作をしてから、リゼルヴァーンは声を大にした。

「可愛く……ないわけがないだろうっ!」

 最後に「あああ」と吼えるリゼルヴァーンをぽかんと口を開いて見つめたのはロネットだけではなかった。先程までいひいひと奇妙な笑いを上げていたナジも、気分が悪く俯いたままだったラースも、目を見開き呆然とリゼルヴァーンを凝視していた。

 しばらくそうした沈黙が続いた後、ロネットは大仰に噴き出した。それに続いてナジも馬鹿笑いを始める。ラースだけが小声で「煩い」と言って不機嫌な面を覗かせていた。

 リゼルヴァーンの内にも中々に溜まったものはあるらしい。何とも“可愛らしい”リゼルヴァーンの煩悶に、ロネットは涙目になる目元を指で拭った。

 と、その騒ぎを咎めるように、部屋の扉がコンコンと打ち付けられた。哄笑しながらもナジが立ち上がる様子を見せたので、ロネットは手でそれを制すると自ら扉に赴いた。

 扉を開くと、顰め面や困惑顔をした術師などは佇んでおらず、部屋の前には長い髪を結い上げた若い女中が待ち構えていた。姿を現したのがロネットだと分かると、見上げる顔に若干の赤みが差した。

「待ってたよ」

 ロネットが微笑むと、女中は明らかに火照る顔を露にしながら「あの」と言葉を発した。

「言われた通り、あの部屋の鍵を持って参りました。あ、あの、このことは……」

「分かってるよ、女中頭には上手く言っておくし、キミのことも内緒にしておいてあげるから」

 女中から鍵を受け取りながら、ロネットは優しく口にする。その言葉にほっと息を付く女中に、ロネットは顔を近づけ耳元で小さく囁いた。

「こっちは俺の私室の鍵。渡しとくから先に行ってて。後で俺も部屋に行くから」

 顔を離して見下ろした女中が、鍵を握り締める手を震えさせ、頬を燃える炎のように赤く染めていた。その様子にくすりと笑ってから、ロネットは扉を閉めた。

 机に戻ると相変わらずの高笑いを続けるナジと、気だるく俯くラースの姿があった。その中でリゼルヴァーンだけが様子を変えている。机に突っ伏し、眠っていた。

「……何か企んでいるだろう、ロネット」

 目線だけを上げ、睨むように視線を向けるラースは気分が優れない為か、言葉遣いが荒い。返答の変わりににっこりと微笑んで返すと、ロネットはリゼルヴァーンの肩を揺すった。

「リゼル様ー? おーい、リゼルヴァーン様~?」

 ロネットの問い掛けに、リゼルヴァーンは全く反応しない。これで最後にと、ロネットはリゼルヴァーンの背中を強めに叩く。それでも、聞こえてくるのは安らかな寝息だけだった。

 ロネットは口元を歪め、目を細める。明らかに怪しく悪い笑みを浮かべているであろうその表情を見て、深い溜息を吐いたラースが、視界の端に映る。しかし愉快でならないロネットは表情を緩めることが出来ない。ラースに声をかける時でさえそれは変わらなかった。

「ね、ラース。これから面白いことしようと思うんだけど、乗らない?」

「断る。俺はいま、無性に気分が悪い。お前の遊びに付き合ってられるか」

 即答して椅子から立ち上がるラースは、微妙に身体を揺らしながらゆっくりとした足どりで扉へと向かう。

「あれ、どこに行くんすかー? ラースさーん」

 明るく邪気の無い、しかし無遠慮なナジの問いかけに、ラースは目を怒らせて睨み返した。

「私室に帰る!」

 ぴしゃりと言い放ち、ラースは扉を強く閉めた。派手な音を響かせた扉を見つめてから、ナジは懲りずにまたもや笑いを上げる。

「……仕方ないか」

 軽く溜息を吐いてから、ロネットはナジの頭を引っ叩く。「痛い」と声を上げ叩かれた頭に手を置きながら、ナジは泣きそうな表情を宿してロネットを見つめた。

「こうなったら、ナジ。アンタにも手伝ってもらうからね」


◇  ◇  ◇


「寝てる人をこうやって抱えるのは、結構大変っすね」

 ようやく正気に戻ったナジと一緒に、ロネットはリゼルヴァーンを抱えていた。ナジの反対側で、リゼルヴァーンの片腕を自分の肩に乗せ、背中を支える。術師の宿舎から城の中央棟までは距離もあり、途中リゼルヴァーンが起きてしまう可能性もあったのでそこは術を使った。城の上部、客室が並ぶ一室の前までやってくると術を解き、リゼルヴァーンを抱えながら廊下を歩く。

 時刻は深夜、そんな時間にこの廊下を歩く人物は居なかった。目的の部屋の前までやって来るとロネットは女中から預かっていた鍵を取り出し、鍵穴へ差し込み回す。軽い音を響かせて簡単に開錠すると、ゆっくり扉を開き慎重に部屋へ足を運んだ。

 個室である部屋は宿舎のそれとは随分と作りが違っていた。石畳であることは同じであるのに、置いてある家具のことごとくが全く異り、一目で上質であるとわかる。客を迎える部屋であるが故に当たり前ではあったが、豪華で豪奢な作りの家具と広い部屋にはナジも驚いたようであった。

 部屋の奥へと進むと、猫足付きの寝台が目に付く。シーツに包まった塊が乗るその寝台には、この部屋を使う主が寝入っていることだろう。ロネットはナジと目線を合わせて頷く。リゼルヴァーンを寝台の上にそっと乗せると、ナジと二人してほくそ笑んだ。

 静かに扉を閉め、廊下へ出てからもロネットは興奮していた。明日の二人の反応が楽しみでならない。これがきっかけにでもなり、二人の仲がもっと進展して欲しいとさえ願っていた。

「リゼル様、アキさんに叱られないですかね」

「そりゃ怒るでしょうね。勝手に人の部屋に入ったとあっちゃ」

 え、と驚き、では何故こんなことをしたのかと尋ねるナジに、ロネットはにんまりと微笑んだ。

「面白いからに決まってるじゃない」

 答えにぽんと手を打ち「なるほど」と納得するナジに、ロネットは踵を返してひらひらと手を振った。

「あたし明日は早起きするからもう部屋に戻るわね。ナジ、アンタも早く寝なさいよ」

「……これからまだ一仕事あるくせに」

 ナジの呆れた呟きも何のその、ロネットは廊下を進み私室へと戻った。



 翌朝、ロネットは再度アキの客室前へと赴いた。情けない表情を宿して扉を開くであろう王を、楽しみに待ち構える。扉が開くと満面の笑みを湛え、問いかけた。

「おはようございます、リゼル様。夜はお楽しみだったみたいで」

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