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01

男四人、夜の語らい。(本編第八章に入る前のお話)

 部屋の壁際まで追い込むと、彼女がどこにも行けないように壁に両腕を付いて遮った。見下ろす視線の先で、まだ歳若い女中が頬を赤く染めていた。上気した顔は期待と不安に揺れている。潤んだ瞳をこちらに向け、エプロンドレスの裾を握り締めていた。

 薄暗い執務室には自分と彼女以外誰も居ない。窓掛けを締め切り夜の月の光さえ遮っているのは、もちろんこの情事を誰にも知られない為にだ。

「あの、駄目です。こんなこと……っ!」

「何言ってるの。キミだって期待しているんだろう?」

 言って覗き込むと彼女は竦み、怯えるように目を伏せた。結い上げた髪のお蔭で白い首元は露に剥き出しである。男はおもむろに顔を近づけると、その白い首筋に唇を這わせた。女中は小さく悲鳴を上げて驚いたが、男は直ぐ様その口を自身のそれを使って塞ぐ。深く口付けて唇を離すと、今度は触れるだけの小さなキスを繰り返した。

「俺のお願い……聞いてくれる……よね?」

 間に言葉を挟みながら、彼女の唇を啄む。男は青い瞳でじっと彼女を観察した。

「お願いを聞いてくれたら……もっといい事、してあげるよ?」

 一層赤くなった頬とうっとりとした目を宿し、女中は黙ってこくりと頷く。彼女の蕩けきった表情を見つめ、男はにやりと含み笑いを浮かべた。

 瞬間、扉を叩く音が部屋に響いた。その音に反応して、女中がびくりと身体を震わせる。最初は静かに叩いていたが、反応がないとわかると今度は強く打ち付けてくる。

「おーい、居ないんすかー?」

 扉の外からくぐもった声が聞こえる。どうやら男を呼んでいるようだ。

「そろそろ時間か……キミ、さっきの約束解ってるよね?」

 首を傾げて確認すると、女中は思い出したように慌てて返事をした。

「は、はい! 失礼します!」

 まだ肌を染めたまま女中は早足で入り口まで駆けると、勢いよく扉を開き、逃げるように部屋から飛び出していった。彼女と入れ替わるようにして、今度は窺うように部屋を覗き込む者があった。

「まーた女の子泣かしてるんすか?」

 呆れた表情を宿して中へやって来るナジを、男――ロネットは肩にかかった金髪を手で払いのけてから見やった。

「やあね、泣かしてなんかないわよ。私が女の子を泣かす時は、寝台の中でだけよ」

「うわーその台詞、なんか腹立つっすね」

「アンタも早く言えるようになるといいわねえ、この台詞」

 からかうように言うと、ナジは「どうせ俺は」と落ち込んでしまった。

 まだまだ若いし、今からへこむようなことじゃないと思うんだけど……そういえばこの子、ルムちゃんに気があるんだったわ。

 そこまで思い出して、ロネットは同情した。あの兄がいる以上、この恋は困難になるに違いない。

 ロネットは暗い影を落とすナジの肩を叩き、声の調子を上げた。

「ほらほら! 落ち込むのは終了! ナジ、アンタ私を迎えに来たんでしょう?」

「……そうでした。もう二人とも俺の部屋に集まってるっす」

「あら意外。アイツもちゃんと参加するのね」

 駄目元で頼んでみた甲斐があった。話をした時点では乗り気では無かったように見えたが、心変わりでもあったのかもしれない。

 久々に集まったこの機会を、ロネットは逃すまいとしていた。リゼルヴァーンは定期的に城へ帰ってはいるが、その期間は短く、ゆっくりする暇もない。ラースに至っては帰城することさえ稀なことだ。そんな二人と、どうしても久しぶりに語り合いたかったのだ。

「私が引っ張ってくる手間も省けて助かったわ。そうと決まれば、今日は楽しむわよー!」

「了ー解っすー」

 軽い返事を上げるナジと共に、ロネットは執務室を後にした。


◇  ◇  ◇


 中央棟から隔たれた場所に、術師の宿舎はあった。ここでは城に勤める大半の術師が寝起きしており、それぞれに個室が与えられている。棟を挟んだ反対側には、まったく同じ規模を持つ兵士の宿舎もあった。術師の宿舎とは正反対の位置に、同様の姿で佇んでいるのだ。

 ナジはこの術師の宿舎に入っていた。ロネットやラースは城内に執務室と私室を与えられているが、役職のない下っ端は宿舎の個室で過ごすことになっている。もっとも、殆どの者がこの宿舎で寝泊りしているのだが。

 ナジの部屋は四階の一番隅にあった。上の階ほど半人前の者が部屋を割り当てられている中、ナジの部屋位置は中途半端としか言いようがなかった。

 部屋の前までやって来ると、ナジは合図を送る為に扉を数回軽く叩き、それから開錠する。あとに続いてロネットも部屋へ足を踏み入れた。

 扉を開けば全貌が把握出来る程の広さしかない部屋には、質素な木の机と椅子、寝台に戸棚といった家具が並んでいた。皺だらけの服や、術に使う為の道具などと一緒に、古書が散乱した状態で部屋の隅に追いやられていた。

「遅いぞ、ロネット。主催者のお前が一番の遅刻ではないか」

 部屋の真ん中を占領する机に両肘を付き、椅子に腰をかけるリゼルヴァーンは唇を尖らせ、据わった目で睨んでいる。長い足とは相性が悪く窮屈なのだろう、机と身体の距離が幾分か開いている。その姿勢がリゼルヴァーンの子供っぽさを余計際立たせていた。隣に腰かけるラースは案の定、満面の冷笑を浮かべ腕を組んでいた。

「人を無理やり誘っておいて、自分は悪びれもせず遅れるとは。一体どういう神経をしているのです?」

「ラースには言われたくないわね、絶対に」

 にっこり微笑んでラースに反駁を返すと、ロネットは持ってきていた布の袋を床にゆっくりと下ろした。ナジに持たせていた分も一緒に下ろさせる。

「何だ? これは」

 尋ねるリゼルヴァーンの視線は袋に釘付けになっている。隣のラースは小さく「まさか」と呟いた。

「何だも何も、お酒に決まってるじゃないですかリゼル様。さあ、今日は飲みますよー!」

 はしゃぐロネットを呆れた顔をして見つめ返したのはラースのみで、最初は驚いていたリゼルヴァーンだったが、次第にゆっくりと笑みを深めていく。最後には満面の笑みを湛え、大きく頷いた。

「そうだな。思えば皆とこうやって騒ぐのも久しぶりのことだ。……今日は飲み明かすとするか」

 嬉しそうな顔にほっとする。思いつめたような表情を宿していたリゼルヴァーンに心配していたが、笑う姿を見ることができ安心した。誘う理由の一つが達成されたことに、ロネットは大いに喜んだ。悲しい顔は、リゼルヴァーンには似合わない。

「そんなリゼル様の為に、珍しい酒を用意しましたよ」

 一袋の中には瓶を二本入れており、ロネットとナジが持参した分を合わせると合計八本になる。ぐるぐるに巻き付けられた布を外し、割れないように注意して酒瓶を一本取り出す。この中で一番値の張るものである。

「これなんか、滅多にお目にかかれるものじゃないですよ」

 持ち上げる酒瓶の中には、赤紫色の液体がゆらゆらと揺れている。人間界ではかなりの年代物らしいが瓶には傷一つ無い。貼り付けられた紙片も真新しく、文字もきちんと読み取れ染みも無い。状態は良好であると言える。但しこれが術の為によるものだということは承知の事柄である。人間界の葡萄酒は魔界の葡萄酒とは味も匂いも格段に違い、驚くほど美味らしい。人間界の物はなかなか手に入りにくい為、この酒の価値は相当なものだろう。

「ん? この酒……どこかで見たような……」

 顔を近づけじっと凝視するリゼルヴァーンは、しばらくして思い出したのか大声を張り上げた。

「分かった! 確か、ディルクの部屋に置いてあった……!」

 リゼルヴァーンの言葉に、ラースとナジも驚きに目を瞠る。一斉に視線を浴びるロネットは、可愛らしく身を捩り猫なで声を上げた。

「えへ、くすねてきちゃった」

「うわー。よくやるっすねー」

 呆れというより、感心した声を出すナジとは反対に、リゼルヴァーンは表情を引き攣らせていた。

「なんてことをしているのだ、一体……」

 焦りの色をみるみると宿すリゼルヴァーンの隣で、ラースは肩を揺らしていた。笑っているのだ。

「面白いですね。なかなかやるじゃですか、ロネット」

「でしょー? もっと褒めていいのよ」

 ロネットとラースのやり取りを耳にして蒼白になるリゼルヴァーンを、ナジがぽんぽんと肩を叩いて慰めていた。

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