02
掃除らしい掃除をしていないにも関わらず、シェットは疲れきっていた。
あのあとも双子達に連れまわされ、今は厨房の隣にある食堂で彼女達が掃除をするのを疲労した表情で眺めていた。所在なく尻尾をぺたぺたと叩きながら、シェットは床に伏せている。
ああ、眠い。僕がここにいる意味ってあるのかな。早く部屋に戻りたい。
内心で文句を洩らしつつ欠伸をする視線の先では、ルルムンが鼻歌交じりに机を布巾で拭いている。そののん気な様子はシェットに更に眠気を催させた。
躊躇いもせず大口を開けて欠伸をするシェットの頭に、突然衝撃が走った。瞬間耳をぺたんと下げる。それほど痛くもなかったが、食らったことに納得がいかない。シェットは目を怒らせて振り向き、小突いた相手に抗議した。
「痛いってば! 暴力反対ー!」
「これが暴力に入るか」
呆れたように口を開くガルフは、どこかに出かけでもするのか、外套を羽織り身支度をしていた。
「今から街に行ってくる」
「買出し?」
「ああ。地下の食料庫に、もう殆ど残ってねえからな」
ガルフが買出しに行くのであれば、必然的にシェットは残ることになる。リゼルヴァーンから留守を任されている以上、二人の内どちらかは屋敷を守らなければならない。
「分かった。いってらっしゃーい。美味しいもの買ってきてよね」
「ったく。屋敷は頼んだぞ」
顰めっ面のガルフに尻尾を振って返事をする。すると布巾がけを行っていたはずのルルムンが飛び跳ねるようにしてやって来た。
「ガルフ、街に行くの?」
興味津々のルルムンに、ガルフは失敗したとでも言う様に表情を引き攣らせた。やや間を置いてから、「ああ」と短く返事をする。
「ルムも一緒に行く!」
輝く笑顔を見せるルルムンに、ガルフは深い溜息を吐いた。頭痛でもしているのかもしれない。こめかみを押さえる仕草から心底煩う様子が見て取れた。
「駄目だっつっても……」
「一緒に行くもん!」
有無を言わさぬルルムンに、ガルフは観念したように口を開いた。
「だったら、ウロチョロすんじゃねえぞ」
「はーい!」
笑顔のルルムンの頭を撫でる辺り、ガルフの甘さが窺える。そして、惑うことなくレレムンを直視する。見つめられていることに気付いていたのだろう。
「レムも行くんだろ?」
当然、ルルムンが行くのであればレレムンも一緒だろうと、ガルフと同様にシェットも思った。いつでも、どこでも、二人は常に一緒であった。個別の部屋は用意されているのに、必ずどちらかの部屋で二人は遊び、眠っていた。従って、レレムンに“行かない”という選択肢は無いはずだ。
それに独りきりで屋敷に留まるのは苦痛ではないし、寧ろその方がよく安眠できるだろうとシェットは考えた。
故に、頷くレレムンを想像していたシェットは、それを見た瞬間びっくりしてしまった。
腕に抱くぬいぐるみに顔を埋めながら、レレムンは静かに首を振っていた。
自分は行かない。そう意思表示をするレレムンに、ガルフも意外に思ったらしく目を見開いた。
「行かねえのか?」
問うように確認するガルフに、レレムンははっきりと頷いた。
「あー……ルム。レムは行かねえって言ってるぞ?」
最後の望みを託すように問うガルフは、もしかしたらこれでルルムンが諦めてくれるかもしれないと僅かながら期待を抱いているのかもしれない。
ルルムンはレレムンの傍に駆け寄ると、窺う様に寄り添った。
「レムは行かない?」
ルルムンの問いに、レレムンはまたこくりと頷く。そして顔を埋めたまま、ぽつりぽつりと呟いた。
「……レムは残る。シェット独りじゃ、寂しいと……思うから」
自分の心配をされていることに更に驚いて、シェットは思わず立ち上がった。まさかそんな理由でレレムンが残るとは思いも寄らなかったのだ。
「僕の心配なんてしなくていいよ。行きたいんでしょ? 一緒に行ってくればいいよ」
近くの街に買出しに行く時間など、高が知れている。ガルフはドラゴンで、今は人型を保っているが、変身さえすればあっという間に街まで辿りつける。帰りは荷物の為にドラゴンのままというわけにはいかないかもしれないが、それでも今日中には帰ってこれる範囲だ。
その間、心細く身を震わせるほど子供ではない。これでも一応は青年期に入っている。ルルムンやレレムンよりはいくらか大人だ。独りきりで寂しいなどと思う時期は、もうとっくに過ぎ去ってしまっている。
シェットの言葉に、それでもレレムンは首を縦には振らなかった。ぬいぐるみの所為で顔が半分隠れていたが、眉間の皺は明らかに異を唱えている。
「……残る」
静かに語る唇からは、強い意思のこもった言葉が漏れる。
その有り様に、シェットは口を噤んでしまった。どうしてそこまでするのか理解出来なかったし、レレムンの意志が固いことにも戸惑ってしまったからだ。
「分かった! じゃあレムはシェットと一緒にお留守番ね!」
反対することも駄々を捏ねることもせず、ルルムンは明るく受け入れた。
「結局、ルムは行くのか」
「行くよー!」
項垂れるように呟くガルフに、ルルムンが元気に頷く。そんな二人のやり取りを視界の隅に置いて、シェットは未だ呆けたまま黙り込んでいた。
一体どういうつもりなんだろう。
考えても、一向にその答えを見出せない。窺い覗く視線の先では、ぬいぐるみを抱きしめるレレムンが、物言わず宙を見つめ佇んでいた。




