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その頃のお屋敷では。(本編第六章番外)
朝の月が顔を出すのとほぼ同時に、リゼルヴァーン一行は城へと出発した。
それをガルフ、双子と一緒に見送ってから、シェットはもう一度床に就こうと自室へと足を向けた。
本来なら、皆が起きて数時間後からがシェットの活動時間である。従って、このように早朝から起き出すというのはシェットにとって苦痛以外の何物でもなかった。
顎が外れそうなほどの大欠伸をしながら、シェットは自室の前まで歩み寄る。
予定の時間までにはまだまだ時間はたっぷりある。それまではゆっくり眠ろう。起きてからガルフに飯でも作ってもらおうかな。
幸せな予定を立て、いざ部屋に入ろうとした瞬間、廊下の奥から呼び立てる声が響いた。
「シェットー! 待ってー!」
ルルムンが笑顔で駆けてくる様を眺めて、安眠計画は失敗に終わったのだと確信した。
ぎゅっと尻尾を掴まれたままルルムンに引きずられた先は一階の広間で、そこには既にレレムンが赤い肘掛け付きの長椅子の上に小さく畏まって座っていた。腕の中にはお気に入りのぬいぐるみも一緒だ。
結局、こうなるんだよねえ。
屋敷での留守を任された時から薄々気付いていた。いつもの遊び相手であるアキは居ないし、ガルフも率先して双子の遊び相手になるような奴ではない。双子が頼めば聞き入れるだろうが、彼女達は多分無理強いはしない。ガルフに気を遣っているのかいないのかは分からないが、その付けがシェットに回ってくるのだ。
「本当に、いい迷惑だよね」
ぼそりと呟くシェットの表情は不機嫌そのものであった。折角の睡眠を邪魔されたのと、ガルフに対しての怒りがシェットの機嫌を損なわせる。
「シェット、何でそんなに怒ってるの?」
首を傾げるルルムンの様子に益々怒りが込み上げたが、ここはぐっと堪える。見た目は大人でも、所詮中身は子供なのだ。真剣になって怒る方が疲れるに決まっている。
「それより二人とも、仕事はいいの?」
彼女達の主な仕事はこの屋敷の掃除である。アキが手伝うようになってからは、随分と楽しそうに働いている様子を見るようになった。以前が退屈そうであったというわけではないが、アキの与える影響は大きかったようだ。
尋ねるシェットにルルムンは明るく笑う。その笑みに嫌な予感がした。
「いまからするんだよ。シェットも一緒にね!」
予想通りの的中に、耳も尻尾も垂れ下がるぐらい落胆してしまった。
冗談じゃない。何で掃除なんてしなきゃいけないんだ。僕の仕事じゃないし、第一面倒くさい。
鼻の頭に皺を寄せて不快を露にするシェットに、それでもルルムンは気付く様子も見せず、無邪気な笑顔を振り撒いた。
……良いよねー、子供は。単純でさ。
深い溜息を吐いて、シェットは重い腰を上げると扉へと歩いていく。
「ほら、早くしなよ。掃除するんでしょ?」
振り向き見つめたルルムンの表情は、分かりやすいくらい嬉しそうな笑みを浮かべていた。対してソファーに座っていたレレムンは、いつの間にか立ち上がりシェットをじっと見つめていた。目が合っても表情一つ変えないレレムンには慣れたもので、シェットは気にせず広間を後にした。
後ろに続く足音二つを確認しながら。
◇ ◇ ◇
掃除を手伝うと決めて廊下にやってきてからも、シェットは不貞腐れた表情を浮かべていた。
簡単に納得出来るのであれば苦労はしない。これはどう考えても掃除ではない。
座り込んで床の塵を払い除けるのは自分の尻尾で、これでは掃いているのかゴミを飛ばしているのか分からない。それを見て声を上げて笑うルルムンと、無言だが微笑するレレムンの二人の様子に、何も言えない自分が余計滑稽に思えて仕方なかった。
確かに、この姿じゃ掃除なんて出来ないんだけどさ。
狼の姿である以上、人と同じように手を使って箒を握るなど出来ない。どうやって手伝うのかと思えばこれだ。しかしそれにしても、尻尾を使って掃除(という名の遊戯)をする羽目になるとは思いも寄らなかった。これを閃いたルルムン自身は大変気に入っているようではあるが。
あの時無理やりにでも逃げればよかったな。
ルルムンに捕まった時のことを思い出して落胆するシェットは、ふと自分を凝視する視線に気付き目を向けた。厨房から姿を現したガルフが歩き出そうとした体勢のまま、珍しいものでも見るような目付きでこちらを窺っていた。
威勢よく尻尾を振っているにも関わらず、その表情は機嫌悪く歪んでいるのだ。相当珍奇に見えるはずである。
止まったままのガルフはしばらくシェットを見つめ、顔を顰めてから口を開いた。
「お前……何やってんだ?」
「遅いよ! もっと早く突っ込み入れて!」
「いや、意味分かんねえよ」
もっともな意見のガルフを無視して、シェットは盛大に尻尾を振って見せた。
「見て分かんない? 掃除してるんだけどっ」
最早やけくそなシェットの状態に、ガルフは益々眉根に皺を寄せたが、シェットを取り囲む双子の楽しそうな様子に何となく理由を察したのか、僅かに口角を上げて苦笑してみせた。
「ルム、レム。掃除すんなら、ちゃんとやっとけよ。コイツじゃ埃を散乱させるだけだからよ」
シェット自身も分かりきっていることを口に出され、やっぱりこれは掃除ではないのだと改めて実感した。
「はーい! ちゃんと掃除するー!」
手を挙げて返事をするルルムンの隣では、箒を握り締めて深く頷くレレムンの姿があった。
ちくしょう。やっぱり手伝いなんてするんじゃなかった。
尻尾を振り回すシェットの表情は一層不機嫌なものになった。




