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01

アキが魔界に召喚される前の、屋敷でのちょっとしたお話。

「お疲れ様でした」

 黒の装束のフードから薄い笑みを零すラースに、リゼルヴァーンはげんなりと頷いた。

 薄暗い地下でいつもの訓練を終えたリゼルヴァーンは、どかりと石畳に座り込む。程よく冷たい感触が尻からじんわりと伝わる。

「疲れた……ここのところ、厳しくないか?」

 じとりと据わった目で睨むリゼルヴァーンを、変わらぬ笑みを湛えたままラースは見つめ口を開いた。

「リゼル様がまったく成長しないので、私も焦っているのですよ」

「う……相変わらず嫌なことを言うな」

「本当のことなので、しょうがありません」

 爽やかな笑みはリゼルヴァーンの心をいとも簡単に踏み潰す。笑顔でさらりときついことを言うのはラースの十八番である。

「気晴らしに、どこかへ出かけたいぞ」

 黴と埃臭い地下で訓練をするのは慣れたものだが、たまにはどこか別の場所に行ってみたくもなる。毎日地下で訓練というのも気疲れしてしまう。しかし、出かけるにはまずラースの許しが必要になる。玉砕覚悟で口にした言葉がどう出るか。リゼルヴァーンは内心緊張していた。

「どこへですか?」

 ラースは冷たい瞳で尋ねる。

「山とか、どうだ?」

 思わずラースの表情を窺ってしまう。

「いいんじゃないですか? 一番近くでしたら、屋敷からそう遠くないですし」

「お? 反対しないのか?」

 意外なラースの反応に、リゼルヴァーンは驚いた。普段あまり屋敷を出ることを良しとしない傾向があるラースなだけに、簡単に許しが出ることが意外だった。

「屋敷以外の場所で過ごすのも、悪くはないと思っただけですよ」

「なんだ、たまには良いこと言うじゃないか!」

「常に、の間違いでしょう」

 その黒い笑顔で言われて頷ける奴なんてどこにもいないと思う。心の中で呟いて愛想笑いを浮かべる。常に良いことを言うラースなど、想像出来るはずも無かった。

「よし! じゃあ、皆で山へ行くか!」

 考えただけでワクワクする。そうだ、ガルフに弁当を作ってもらおう。腹がへったら山で飯を食えばいい。皆と一緒だと楽しいだろうな。

 そんな妄想――もとい想像を繰り広げるリゼルヴァーンに、ラースの言葉が降り注ぐ。

「私は結構です」

「……何?」

 予想外の言葉に、リゼルヴァーンの反応が一瞬遅れる。いま、結構とか聞こえたような……

「私は結構だと、申し上げたのです」

 いっそ清々しくさえ見える笑みをラースは惜しげもなく浮かべていた。

「ちょっと待て! さっきは屋敷以外の場所で過ごすのも悪くないとか言っていたではないか!」

「私は一言も行くとは言っていませんが」

「……っ!?」

「そんなことに、無駄な労力は費やしたくありませんから」

 ラースの言葉に唖然とする。これでは折角の楽しい計画が台無しだ。

「ちなみに。解っているとは思いますが、一人では絶対出歩かないで下さい。必ずガルフィンかシェットを同行させて下さい。しかし、彼らが行かないと言うのであれば……」

 意味深に言葉を切るラースに、リゼルヴァーンはこくりと喉を鳴らした。

「ど、どうなるんだ?」

「山は諦めて下さい」

 その笑顔で悟った。ラースは初めから山へなど行かせる気は無かったのだ。ガルフもシェットも二つ返事で了承するような奴らではない。だからあんなに余裕たっぷりなのだ。しかしここで諦めてしまったら、本当に山を断念しなくてはいけなくなる。僅かな望みがあるのなら、それに賭けてみようじゃないか。ラースの思い通りにさせてなるものか。

「分かった。どちらかでいいんだな」

「ええ」

 二人の内のどちらかならまだ希望はある。その余裕もいまの内だからな、ラース!

 リゼルヴァーンは気合を入れると螺旋階段を早足で上った。ラースは相変わらずの笑みを湛えたままリゼルヴァーンを見送った。


◇  ◇  ◇


 まずはガルフとシェットを見つけ出さないといけない。しかし、ある程度察しはついている。ガルフは厨房に居るだろうし、シェットは自室で眠っているはずだ。螺旋階段を上りきり一階へ出る。ここからだと厨房が近い。リゼルヴァーンは迷うことなく、厨房へ足を向けた。

 厨房へ向かう途中、廊下の向こう側から黒に近い銀の毛並みを持つ狼が、のしのしと近づいてくるのが見えた。よく見なくとも項垂れているのが分かる。歩く速度も遅い。リゼルヴァーンはそれを不審に思いながらもシェットに声をかけた。

「ちょうどいいところに居た。シェット、話があるんだが」

 リゼルヴァーンが話しかけた途端、シェットはぎろりと鋭い目を向ける。機嫌が悪いのが直ぐに分かった。仮にも俺はお前の主人だぞ! と思ったが口にはしない。山へ行く為だったらこんなことぐらい我慢してみせる。その決意がリゼルヴァーンの怒りを踏みとどませた。

「何?」

 口調と態度が煩わしさをありありと表現していて、そのふてぶてしさはいっそ気持ちがいいくらいだ。

「シェット、一緒に山へ行かないか?」

「山?」

 案の定、シェットは耳をぺたりと頭につけて面白くなさそうにしている。

 良い返事が初めから返ってくるとは思っていない。リゼルヴァーンはなおも口を開く。

「ああ、気晴らしに。きっと気持ちが良いぞ!」

 意気込むリゼルヴァーンとは裏腹に、シェットの反応は冷たいものだった。

「ヤダ。僕お腹空いてるもん」

「ガルフに弁当を作ってもらって、山で食べるのはどうだ?」

「嫌だよ、面倒くさい。それに、それまで待てないしー」

 尻尾でぺたぺたと床を叩いて文句を垂れる様は、使い魔としてどうなんだ。何でコイツはこうも気分屋なんだ。

 思わず頭を抱えそうになるリゼルヴァーンを無視して、シェットは足を進める。

「おい、どこへ行く」

「決まってるでしょ。ガルフの所だよ」

 なるほど、厨房へ行くのか。こうなったら、ガルフも一緒に説得するしかない。シェットだけではこれ以上話が進まなそうなのは目に見えていた。

「よし、俺も行こう」

「厨房へ行くの? ま、いいけど」

 興味が無さそうに呟くシェットの足は既に先へ向かっている。リゼルヴァーンは後ろを追う形で、シェットと共に厨房へ向かった。

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