不思議な事
「朱里、起きなさい」
「ん……んぅ?」
私は目を開けた。視線の先には探偵所の天井が見える。あれ? 私、いつの間に眠っちゃったんだろ?
確かしおなんと一緒に探偵所に来て……それで……
「そうだ、しおなん!」
ガバッと起き上がる。
「大丈夫そうね」
前には瑠璃耶ちゃんが居て、私が起きたのを見て紅茶を飲んだ。
「ルリちゃん! しおなんは!?」
「落ち着きなさい、一回深呼吸して、ちゃんとアタシの名前を呼んだら教えてあげるわ」
「う、うん……」
すー、はー、すー、はー……よし。
「ルリちゃん!」
「ちっがう!」
ダン!!
どこからか取りだした鐘を机に叩きつけた。
「る、ルリ……」
「よろしい」
カップを置いて、鐘から手を話して、足を組んだ。
「もう分かってると思うけど、あの子にもヨクが取り付いていたのよ。今無良が追ってるからもうすぐ導かれると思うわ、今は外に出せないからゆっくり待ってなさい」
「この中で戦ってるってこと?」
「えぇ、ここは元々大きな膜で作られた所だから新たに貼る必要が無いのよ。鍵さえかければ誰も出られないわ、もしも壁や窓を壊しても出れないし、何よりヨクじゃ扉は見つけられないようになってるの」
扉は見つけられない?
「どういうこと?」
「欲求の塊がそんな細かいことには気づかない、って事よ」
よく分からないけど、つまりは不思議な事、ってことだよね? それなら納得だ。
その時、扉が開かれて、無良さんが入ってきた。
「無良さん」
「ああ、朱里ちゃん、起きてたんだね」
「ずいぶんと早かったわね、もう終わったの?」
「いや、ちょっと変わったヨクのようでね、こちらの話を聞いてくれないんだ」
「話を聞いてくれないって、そんなの気にしないで送っちゃえばいいじゃない」
「そうなんだけどね、でも彼女は少しばかり妙な思いを持っているみたいだ」
「妙な思い、ね」
瑠璃耶ちゃんは顔を伏せた。それはまるで、何か悲しい事を思い出しているようだった。
「頼めるかな?」
「……仕方ないわね、この報酬は高いわよ?」
「これで、良いかな?」
無良さんは瑠璃耶ちゃんの後ろに立ち、
「んっ……」
その頭を撫でた。瑠璃耶ちゃんは気持ちよさそうに目を細める。
「あまりほおっておけないから、濃く短めにいくよ」
「えぇ、それで……良いわ……あっ、ん……」
瑠璃耶ちゃんは身をよじって快楽の表情になる。頭を撫でられると気持ちよさそうなのは知ってたけど、これは何だか様子がおかしくも見えた。
「る、ルリちゃん?」
「これはね、大罪の力なんだよ」
応えられる状態じゃない瑠璃耶ちゃんに代わって、無良さんが声を発した。
「僕の中には『怠惰』の罪が宿っているんだ。怠惰とはつまり、サボりや怠けの何もしない事を欲した大罪のことで、その力を少しだけ込めてこうして頭に触れると、怠惰が溢れてとてもだらけてしまうんだ。けどそれがとてつもない幸悦感と快楽感を兼ね備えていてね、とても気持ちよいらしいんだ。僕には分からないけど、ルリがこうなるって事は、事実だろうね」
改めて瑠璃耶ちゃんを見る。
「あくっ……んぅ……やっ……あぅ」
気持ちよさそうではあるけど、身をよじりながら喘いでいるのを見ると、少し妙に感じる。
「今は普段より多めに注いでるからね……ルリ、そろそろ良いかな?」
「んく……え、えぇ……もう良いわ」
無良さんが手を離すと、瑠璃耶ちゃんは深く息を吸い込み。
「……ふぅ、さすがに少しキツかったわね。まぁ報酬として十分ということにしてあげるわ」
深く吐いて呼吸を整えると、いつもの瑠璃耶ちゃんに戻っていた。
「それじゃあすぐに探しに行こう」
瑠璃耶ちゃんは鐘を、無良さんは十字架を手に持って扉へと向かう。それを私が見ていると、
「と、そうだ。朱里ちゃん」
ふいに無良さんが踵を返して私の前へ来て。
「コレ、一応持っておいてくれるかな?」
私にある物を渡した。それを受け取り、観察する。
見た目はペンダント、明るいオレンジ色をした宝石のようなものが似た色をした紐で結ばれている。全体的に明るい色をしていた。
「これは?」
「もしもヨクがこの部屋に来たら、コレを前に掲げれば盾になってくれる。そして同時に僕達に連絡が行ってすぐに駆けつけられるという仕組みなんだ」
「……」
そ、そんな非日常的なアイテムが今、私の手の中に……!
「ど、どうしたの? 手が震えてるけど」
「大丈夫よ無良、とんでもないアイテムを手に入れたって喜んでるだけよ」
「そっか、でもゴメンね、これが終わったら返してもらうから」
「は、はい」
少しガッカリしたけど、仕方のない事だよね。
私は平凡な一般人なんだから、何の役にも立たないのは当たり前だもん。コレだって、無良さんが使うはずの盾を借りてるような状態。つまり無良さんの守る術を使えなくしてるのと同じ、足手まといになってるんだ。
「それじゃあ、なるべくすぐ戻ってくるからね」
無良さんが扉の方へ、瑠璃耶ちゃんが先に出た後を追った。
扉がゆっくりと閉まった。
「よし、二手に別れて探そう。僕は右に行くから、ルリは左から頼むよ」
「分かったわ……ところで無良?」
「なんだい?」
「どうしてアレを朱里に渡したの? ヨクが扉の中に入るなんてあり得ない事、朱里に近づくなんて出来ない筈よ」
「確かに扉の中には入れないかもしれない、でも何かの拍子に入るかもしれないし、そして中の人が外に出る可能性だってあるからね。慎重に越したことはないよ」
「ふーん、結構考えてるのね、あの子の事」
「いやいやルリには負けるさ、あの突風の中真っ先に身を呈してかばいに行ったルリにはね」
「っ! いいからさっさと終わらせるわよ!」
「はいはい」
「……」
無良さん達が出ていってから5分が経った。特にやることの無い私はペンダントを握りながら椅子に座りっぱなしだ。
「無良さんとルリちゃん、大丈夫かな……」
今までに一回した見たこと無いけど、その時に比べたら時間がかかっている。それだけしおなんに宿ってるヨクが強いのか、それとも見つからないのか……
多分だけど、後者だと思う。なぜならさっきからとても静かだからだ。戦ってるなら、もう少し音があっても良いはず。それにこのお屋敷は外見からして広いし、二回目に来た時に迷った迷路みたいに通路がある。いくらここに住んでる2人でも、動くものを探すのには大変だと思う。
「……うん。よーし!」
私は決心した。ペンダントを首にかけて、ダウジングを両手に持つ。
確かに私にはヨクと戦う事なんて出来ない。でも、不思議なものを探すことは出来る。それに今の私には無良さんが貸してくれたこのペンダントがある。ヨクにあって攻撃されても守ってくれるし、それで無良さん達が気づいて来てくれる。
ヨクが見つかって倒すことも出来る、一石二鳥だ。
「待っててね、しおなん」
私は扉を開けて廊下へ、ダウジングを構える。
そして、微かに反応のあった左側へと向かって歩きだした。




