新たな欲
土曜日、私としおなんは探偵所へ向かうことになっている。
学校は休みで授業は無いけど、野球部の練習はあったので、私はその練習が終わるのを見て待っていた。
とは言っても、野球はさっぱり、走ってたりボールを投げたりバットで打ったボールを取ってたり……
「大変そうだなー」
感想はその一言だけだった。
「あれだけ見といてそれだけなの?」
「あ、しおなん」
「お待たせ、さっそく行きましょ」
「おー」
部室が終わり、正門から出てきたしおなんと合流して、私達は歩き出す。
「……て、ちょっと待った」
「ん?」
一歩を踏み出して、呼び止められた。
「どうしたの?」
「いや、あたしは部活終わりだから仕方ないけどさ、何で朱里まで制服なの?」
そう、私は別に必要なかったけど、制服を着ていた。
「ん~と、なんとなく?」
「なんとなくって……」
実は土曜日で授業は無いけど学校に行くからつい着替えてしまって、でもまた着替えるのめんどうだからまぁいっかあ。という理由があるのは内緒だ。
「実は土曜日で授業は無いけど学校行くからつい着替えてしまって、でもまた着替えるのめんどうだからまぁいっかあ。ていう理由じゃないでしょうね?」
しおなんはエスパーだったのか!
「あ、あはは~、そんな訳ないじゃん。本当になんとなくだって」
まさか一字一句同じとは思わなかった。
「そう、ならいいけど」
「それじゃあ改めて、れっつごー」
再び歩き出す。けど、その瞬間。
「おい、七宮」
再び止められた。振り返って見ると、
「あ、浜樫君」
部活終わりの浜樫君がそこに立っていた。あんな事があった日の翌日だけど、ちゃんと部活に来たんだ。
「何か用?」
「ちょっと耳かせ」
歩み寄ってきた浜樫君は私をしおなんから離して耳打ちしてきた。
「昨日、学外で七宮と会ったよな?」
どうやら昨日の事らしい。
「うん、そうだね」
「で、それ以降の記憶が曖昧なんだよ。いつの間にかスーパーを背にして地面に座ってたのは覚えてんだけどよ、あの時何があったんだ?」
浜樫君はヨクという人の中に宿る欲求に体を乗っ取られたんだよ、それで無良さんと瑠璃耶ちゃんがやっつけてくれたの。……とは言えない、秘密にしてくれって頼まれたもん。
「私もよく分からないの」
「本当か?」
「うん」
「そっか、一体何があったってんだ?」
「何があったかだって?」
「そうなんだよ、実は昨日……え?」
いつの間にかしおなんが浜樫君の隣に立っていた。
「アンタは昨日も部活をサボってただけじゃない。そっちこそ何があったのよ」
「う……お、お前には関係ないだろ」
「関係ないですって? 関係ない訳ないじゃない!」
急にしおなんが声をあらげ、私達は驚いた。
「し、しおなん?」
「し、塩波?」
「あたしがどれだけ、アンタの事を……」
後半は急に小さくなった声を聞き取れなかった。
「……行くわよ、朱里」
足早にしおなんが私達から遠退く、
「え? あ、う、うん」
私も慌てて後を追った。浜樫君はショックのせいか、その場に立ち尽くしている。
それにしても、しおなんがあんなに怒るなんて、しかも相手はあの浜樫君。しおなんこそ、いったい何があったんだろう?
「ちょっと、朱里」
「え? あ、あぁえっと、何かな?」
「急にどうしたのよ、朱里が考え事なんて、また何か不思議でも見つけたの?」
その口調と表情に先ほどまでの怒りは無かった。良かった、いつものしおなんだ。
「ううん、何でもないよ」
「そう、そういえば、さっき浜樫が朱里に会ったとか何とか言ってなかった?」
今度はしおなんか。
「うん、昨日浜樫君に会ったよ」
「いつ会ったの? その時朱里は何してたの?」
「ルリちゃんと一緒にお買い物に、その帰り道にすれ違ったの」
ウソは言ってないよね。
「ふぅん……そう」
ごまかせたみたいだ。
「朱里、あの子と仲いいんだ」
仲いい……のかな? 無良さんいわく気に入られているらしいけど。
「とにかく、さっさと探偵所に行って浜樫が何やってたか聞きに行くわよ」
「おー、それじゃあ早速、コレの出番だ!」
じゃきーん! ダウジングを交差して掲げた。
「またソレ……しかも今何処から出したのソレ」
「細かいことは気にしな~い、早速れっつごー」
ダウジングを構え、反応した方向に進む。右に曲がり、次を左、また左、そして右、更に右へ曲がると。
「とうちゃ~く」
「本当に入りくんだ場所に建ってるのね、このお屋敷」
目の前にはあのお屋敷、私達は庭を歩いて玄関へ、扉を叩く。
しばらくして、扉が開いた。
「ようこそ漆積探偵所へ、お待ちしていました」
出てきたのは無良さん。
「無良さん、こんにちは」
「こんにちは朱里ちゃん、塩波さんを連れて来てくれたんだね」
どうぞ、と促されてお屋敷の中へ、無良さんの後についていくと、いつもの応接間についた。
「さぁどうぞ」
「失礼しま~す」
中へ入ると、瑠璃耶ちゃんがカップを机の上に並べていた。
「ルリちゃんおはよ~」
「っ……」
ピクッと反応した背中に若干の怒りを感じた。おっと、そうだった。
「おはよ、ルリ」
「おはようございます。お茶の準備はすでに出来ていますよ」
最初はその言葉使いに驚いたけど、そっか、しおなんが居るから猫を被ってるんだ。
「どうぞ掛けてください」
私としおなんが並んで座り、しおなんの前に無良さん、私の前に瑠璃耶ちゃんが座った。
無良さんが話し始める。
「昨日、ご依頼通り浜樫さんの後をつけました。彼は特に何かをする訳ではなくただ時間を潰しているだけのようでした」
「何でそんな事を……」
「これは自分なりの予測なのですが、彼はレギュラーになりたかった訳では無かったのではないでしょうか?」
「レギュラーになりたくなかった?」
「はい、レギュラーになれた事は誇りに思っても良い事です。ですがそれは同時にレギュラーとしての役目を背負う事につながります。彼はその重荷に耐えきれなくなったのでしょう」
「……」
昨日の浜樫君も、そんな事を言っていた。
そして今日、さっき練習前に顧問の先生に言われて浜樫君はレギュラーから下ろされてしまったのだ。
けれど宣告された浜樫君は、あまり悔しそうな顔をしていなかった。
夢が叶ったというのか、それとも、欲求が満たされたというのかな?
「おそらくレギュラーから外されれば、このような事は無くなると思います」
「でしたら大丈夫です、今日外されましたから」
「そうですか、もしそれでも今のような行動が続くようであれば、またこちらへお越し下さい」
「はい、ありがとうございました あの……それで、依頼料のほうは」
「それならば結構です。自分は未成年者からは依頼料をもらわないようにしていますので」
「そうですか……ありがとうございました」
「良かったね、しおなん」
「うん……」
あれ? 何でかしおなんは、少し悲しそうな表情をしていた。
「どうかしたの?」
「え? あ、ううん……大丈夫よ、心配しないで」
「何か気になる事がおありですか?」
無良さんもしおなんの表情に気づいていた。
「……」
「悩みならば、誰かに言う事で少しは気持ちが晴れるものですよ」
「……いえ、本当に、大丈夫ですから」
しおなんは慌てたようにカップを持ってお茶を飲み始める。
「……やっぱりね」
ふいに、瑠璃耶ちゃんが猫を脱いだ素の声を出した。そして、瞳の色が変わりあの時のような赤みを帯びた。
「る、ルリちゃん?」
「覚えておきなさい朱里、ヨクは一つより多数を好む、一ついたらその近くも一ついる可能性があると、ね」
瑠璃耶ちゃんに続いてしおなんを見る。そのしおなんは、何故かカップを傾けたまま動いていなかった。中のお茶が横から漏れだし、しおなんのスカートにシミを作っている。
『そうか、バレてしまったのなら仕方ない』
声が聞こえた、この中の誰でもない、でも、しおなんの声を低くしたような感じの声が。
カチャーン!
しおなんの手からカップが落ちた。
『くくくっ……こやつの欲は中々に深い、最初にここへ来た時は気づかれなかったほどにのぉ』
「し、しおなん……?」
これって、もしかして……
『しかしな、こやつにはまだ欲が満ちている……ここで倒される訳にはいかないのだ!』
瞬間、突風が部屋に吹いた。




