三度、探偵所へ
昼休み、私は一人で図書室へとやって来た。
今日は無良さんがお仕事で浜樫君を追うため、お屋敷に瑠璃耶ちゃんだけで寂しいだろうと思って向かおうと考えていたのです。
最初はひかりんを誘おうと朝のホームルーム前に誘ったのですが……なんと、外国に行っていた筈の夜月君が帰って来たのです!
これはもうひかりんを誘う訳にはいかないと思って、私一人で行き方を調べて向かう事にしました。なので図書室には生徒が調べ物をする為のコンピュータが置かれているので、それでお屋敷の場所を検索しよう。
「えっと……」
確か、漆積探偵事務所だよね。
ローマ字でキーボードを打つ…な…な…つ…み…ここで一度文字変換、結構難しい読み方だから細かく直していこうと思ったから。
すると案の定、違う漢字に変換された。
そこには七罪と書かれている。へぇ、これもななつみって読むんだ。
「お? お前がここに居るのは珍しいな」
私の後ろに、一人の生徒が立っていた。
「あ、ガクシも調べ物?」
浜田学、頭が良い事と名前からガクシとあだ名をつけられたクラスメイトだ。
「お前なぁ、俺は図書委員だって前にも言ったろ」
「そういえば」
「はぁ……まぁ期待はしてなかったけどな、お前は興味のないことには記憶力を使わねぇから」
「えへへ、ゴメンね」
「気にすんな、しかし、お前らしいって言えばお前らしいな、その単語」
ガクシはコンピュータのディスプレイを覗き、七罪と書かれたところを指さした。
「これ?」
「七罪、七つの大罪っていう方がよく聞くな」
七つの大罪? えっと……
「強欲とか言うのだっけ?」
「そうだな、他に後は暴食、色欲、怠惰、憤怒、嫉妬、傲慢ってのがある。これらは実際の罪じゃなくて、人の欲望の塊みたいなもんだ」
「ほぇ~」
「よくファンタジー小説のキャラとかに使われてるよな……ま、実際のお前には到底関係ないもんだけどな、罪とか無関係そうな顔の七宮には」
「む、どういう意味?」
「気にすんな」
むぅ、何か引っ掛かるけど、そんな事よりちゃんと事務所の地図を調べないと。漆積探偵事務所と入力して、エンター、すると、
「あれ?」
検索結果は0だった。
文字は間違えてない、私はもう一度検索をかける。けど、また同じ結果だ。
「あれー?」
「どうした? 大罪を調べてたんじゃないのか?」
「ううん、漆積探偵事務所の場所を探してたの」
「なな……何だって?」
「漆積探偵事務所」
私はもらった名刺をガクシに見せた。
「探偵に依頼でもするのか?」
「私じゃなくてしおなんが頼んだの。昨日は頑張って行ったから次はちゃんと地図を調べてから行こうと思って」
「へぇ、でも名刺にも住所なんて書かれてないぞ?」
「でも行けたんだよ?」
「ふーん……調べて出ないなら前と同じ方法で行けばいいんじゃないか?」
うーん……それしかないかな。
「という訳で、私一人でダウジングを使って来たよ!」
「……」
扉を開けた瑠璃耶ちゃんは私の話を聞いた後、扉を少しずつ閉めていった。
「えぇ!? ちょっと待ってよルリちゃん!」
「うぐ……だからちゃん付けやめてって……で、でも今は我慢して鍵を閉めてしまえば……」
「我慢しながら扉を閉めないでよ! ルリちゃん! ルリちゃん!」
「だーーーーー!」
名前を連呼したら我慢の限界に達した瑠璃耶ちゃんは、扉を勢いよく開けて外に出てきた。
「アンタって子はこう何度も何度も! 少しは学習しなさいよ!」
「ご、ごめん……」
「ったく……つか何の用で来たのよ? また依頼持ってきたなら無良は出てるから聞くだけよ?」
「依頼は無いよ、ただ遊びに…」
「遊びに来た。とか言ったら怒るわよ?」
「……」
先に言われてしまった。
「……はぁ、ここは遊び場じゃないのよ? 無良は言ったろうけど今居ないし、アタシは依頼を持ってきたなら入れてあげるって言ったわよ」
「うん……ごめん」
私のワガママで2人を巻き込む訳にはいかないよね。2人にだって、2人の生活があるんだから……
「……」
「……あーーもぅ! 仕方ないわねアンタって子は!」
「ほぇ?」
落ち込んでいた私に、瑠璃耶ちゃんの声が聞こえた。
「しっかたないわね全く! 今日この後ちょうど買い出しに行こうかなと思ってたから、荷物持ちとして着いてきなさい!」
「え……それって……」
「勘違いするんじゃないわよ! 無良が仕事で居ないからちょうど荷物持ちを探してたところなだけなんだから!」
……素直になれない子なんだな。
「うん! 任せてよルリちゃん!」
「……今、何だって?」
目を細めて笑った。そりゃもうおっそろしく。
「る、ルリ…」
ちゃんと言いなおしました。
「それで、何を買いにいくの?」
「第一目的は茶葉ね、後はお茶菓子かしら、でも良い荷物持ちがいるから重い物も買おうかしらね」
「まっかせてよ!」
「……とは思ったけど、やっぱりそういうのは男手がある時にするわ」
「えー」
私と瑠璃耶ちゃんは駅前の商店街を歩いていた。
それにしても、
「じー」
「なによ? アタシの顔に何かついてんの?」
「ううん、けどね」
「だからなによ」
「なんというか……とっても目立つなー、と」
ゴスロリという格好だけで珍しいのに、瑠璃耶ちゃんは更に日傘をさしている。通りすぎる人達が明らかに瑠璃耶ちゃんを見て驚いていた。
「フン、だからなんなのよ、アタシはアタシ、どんな格好しようが自由じゃない」
「うーん、そうだけど」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くわよ」
「はーい」
とは言っても、さっきから商店街を歩いててもお店に入るな雰囲気が無いんだけど、
「どこまで行くの?」
確か目的は茶葉の筈、でもこの辺りでお茶の専門店なんて見た事ない。
「スーパーよ」
「えぇ!」
私は思わず後ずさった。
「どうかしたの?」
「いや、似合わないなー、と思って」
「……あのね、まず商店街にこの格好がそぐうとでも思ってるの? それとも、アタシがスーパーに行ったらおかしい?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだけど、ごめんね」
「謝るぐらいなら言うんじゃないわよ、ったく……なんでアタシはこんな奴を気にいったんだろう……」
「何か言った?」
「な、なにも言ってないわ。ほら、ついたわよ」
私達は並んでスーパーへ入った。ここはこの辺りに住む人なら一度は使った事があるだろう場所で、私も何回か来た事がある。瑠璃耶ちゃんはカート置場のカートにカゴを2つ置き日傘をかけてカートを引いていった。私はその後に続く、辺りを見回さずに茶葉の置いてあるコーナーに直行した。
私の背丈以上の棚に、上から下まで色々な茶葉が置いてあった。瑠璃耶ちゃんはそれらを一通り眺め、
「コレと……コレ……後は…」
次々とカゴに入れていった。カゴの中に入った袋を見ると、書いてあることが違うから全部違う茶葉みたいだ。
「こんなに買うんだ」
「最近買ってなかったから……ね、いい機会だから……無いものを揃えて……っ」
「……取ろうか?」
一番上にあるのを取りたいんだろう、瑠璃耶ちゃんは手を伸ばしてつま先立ちになっている。
「っ! 分かってるならさっさと取りなさいよ!」
「はーい」
手を伸ばし、袋を一つ取る。
「コレ?」
「ありがと、今度はもう少し早く気づきなさい」
「いや~、なんだか頑張ってるルリちゃんがかわいくて」
「なっ!」
瑠璃耶ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
「あああ、アンタね!」
ビシッ! 指をさされた。
「えへへ~、ごめんね」
「ったく……もう茶葉はいいわ、結構数買ったからこれで帰るわよ」
「はーい」
カートをレジに持っていき、会計を済ませた。
「じゃあ頼むわよ、荷物持ち」
「まっかせとけぃ!」
買った物の入ったレジ袋を私が持ってスーパーを出る。
その時、私の通う学校の制服を来た生徒が前を通った。
「あれ?」
あれは確か……
「なにしてんのよ、早く帰るわよ」
「うん……?」
私に気付かずにその生徒は駅の方へ歩いていった。私達はそちらとは逆方向に歩いていくと、
「あれ? あそこに居るのは……」
少し前の電信柱の影に、一人の男の人……
「無良さんじゃない?」
「ん? あ、本当だわ」
今まさに尾行中なのかな……とっても探偵っぽい!
「分かってるわよね?」
「もちろん」
私は頷き、無良さんのところへ近づいた。
「無良さ~ん」
私が手を振ると、
「おや、朱里ちゃん」
無良さんも振り替えしてくれた。
「ばっ! 違うわよ!」
瞬間、瑠璃耶ちゃんが叫んだ。
「ほぇ?」
立ち止まって瑠璃耶ちゃんの方を向くと、大股で近づいてきた。
「仕事の邪魔しちゃ悪いから声をかけずに行くわよってことよ! それぐらい分かりなさいよ!」
「あ! そっか!」
そういえばそうだ。
「今なら少しぐらい大丈夫だよ。この商店街は駅まで直線だから」
「なにバカなこと言ってんのよ、それで前に一度見失ったの忘れたの?」
「でも、アレは当たりだったよね」
「当たり?」
その時だった、
「おい、アンタ達」
さっきの生徒が、私達の所まで戻ってきていた。顔を正面で見たことで、ようやく誰だか分かった。
「浜樫君」
今まさに、無良さんに尾行されていた浜樫君だ。
「ん? 七宮じゃねぇか」
「こんなところでどうしたの? まだ部活の時間じゃない?」
「……お前には関係ないだろ」
一瞬口ごもった。やっぱり何かあるんだろう。
「そんなことより、お前」
浜樫君はこちらを指さした。多分、無良さんをだ。
「さっきから俺の後付けてただろ? 何か用でもあるのか」
「いいえ、後を付けてなどいませんよ」
「ウソつけ、俺は後ろへ気をはるのが得意なんだ、ずっと前から付いてきてたのは分かってたんだよ」
「ふむ……では仕方ない、認めるしかありません」
「で? 何の用なんだよ」
「まずは自己紹介を、僕は探偵の逸見といいます。今回は依頼を受けて貴方を尾行させていただきました」
帽子を胸の前に持ってきて一礼した。
「依頼? いったい誰に」
「しおなんだよ、浜樫君」
「!」
「最近部活に出ない生徒が心配なので何をしているのかを調べてほしい、との依頼です」
「いったい何をしてたの、浜樫君」
「っ……」
鞄の紐を握る手に力が入った、
「お前に何が分かる!」
途端、浜樫君は叫んだ。思わずビクリとする。
「帰宅部のお前には分かる訳がねぇよ! レギュラーになったプレッシャーなんて……」
なるほど、二年生でレギュラー、それは凄い実力があると同時に、他の二、三年生からのプレッシャーもある。帰宅部の私にその気持ちは全く分からない。
「だからこうしてサボって、レギュラーから下ろしてもらおうと思ったんだよ」
浜樫君が、そんなこと考えてたなんて……
「バッカじゃないの?」
「!」
途端、今まで何も言わなかった瑠璃耶ちゃんが喋った。
「なにがプレッシャーよ、そんなのただの逃げる口実じゃない、アンタみたいのがレギュラーなんて部活の力はたかが知れてるわね」
「お前に何が分かるっていうんだ!」
「分からないわよ、でも、アンタみたいなバカが簡単に欲に溺れるのよね」
「よ、欲…?」
その時、
『ほぉ……バレていたか』
「え……?」
低めの声が聞こえた。今この中にそんな声が出せる人はいない筈、けどその声は確かに浜樫君の方から聞こえた。
「な、何だ今の……」
けれどその浜樫君も声に驚いている、じゃあ今の声はいったい誰が?
『キサマは少し黙っていてもらおう』
「な……」
するといきなり浜樫君は膝を付き地面に倒れ込んだ。
「浜樫君!」
「待ちなさい」
慌てて駆け寄ろうとした私を、瑠璃耶ちゃんが止めた。
「でも!」
「大丈夫よ」
私を見た瑠璃耶ちゃんの目は、あの時の、表情が分からない目だった。
「無良、枠は作ってあげるから後は一人でやりなさいね」
「了解、枠と朱里ちゃんをよろしくね」
「はいはい、朱里、私の隣から動くんじゃないわよ」
「う、うん……」
「怖がらなくても大丈夫だよ、朱里ちゃん」
名前を呼ばれ、無良さんの方を見る。すると、無良さんの手に何かが握られていた。
長さは150センチぐらいの――――十字架のようなもの。
いったいどこからあんな物を出したんだろう……
『なるほど……お前が解放人か』
倒れていた浜樫君が立ち上がった、けどその口から出たのは、あの低い声。
「貼るわよ」
カラン
「?」
音が聞こえた。何だか、何かが鳴ったような音が。
瞬間、空気が変わった。
「え!」
辺りを見渡してみても、何も変わった様子は無い、けれど確かに何かが変わった気がする。
「ねぇ……ルリちゃん」
瑠璃耶ちゃんの方を見ると、無良さんのようにその手に物を持っていた。
アレは、何だろう? 見た目だけで言うと……
「……鐘?」
鐘だった。60センチぐらいの黒っぽい鐘、無良さんの十字架同様、どこから出したんだろうか。
「ルリちゃ…」
「いい、朱里」
言葉を遮られ、瑠璃耶ちゃんが言葉を続ける。
「もしもアンタがアタシの後ろから離れなかったら話してあげるわ」
「な、何を?」
「アンタが大好きそうな、不思議について、ね」




