大罪の力
長い廊下を、無良さんの後について走っている。かれこれ何分か走ってるけど、全く疲れてない。
しかも、さっきまで開いていた穴がいつの間にか埋まっていた。服までしっかり直っている。
さすが不思議、謎が多いなと思っていると、無良さんが走りながら説明してくれた。
「朱里ちゃんに宿ったのは『強欲』の大罪。元々僕の中にあった内の一つで、欲する事の大罪なんだ。大罪をその身に宿した者は皆死ぬことが出来なくなり、痛みと疲れを知らなくなる。死に近い傷を負っても、時間が経つか欲を得れば完璧に治ってしまうんだ」
なるほど、だから穴が埋まったんだ。
「それで『強欲』が身に宿った朱里ちゃんは、ルリと同じような技を使えるようになった筈なんだ」
「技ですか!」
目がきらきらしてると思う。
「『強欲』は僕に宿っていた事があるから分かるんだけど、土からあらゆる物を造り出す事が出来るんだ。僕は身を守るための壁とか、高いところに上がるための足場とかを造ってたよ」
あらゆる物を造り出すって、なんだかすごい技のような。
「でもね、土が無い場所では使えないという条件付きだから、あまり使う時はなかったんだ。朱里ちゃんが見ていた僕が戦ってた時も、下が土じゃなかったら使えなかったんだ」
「え? ということはですけど、今は…」
ヨクはこのお屋敷の中、もちろん下は床、土は無い。それで外に出ることは出来ないとなると。
「うん……室内だからね、今は使えない……かな?」
がーーん!!
せっかく手に入れたのに、いきなり使えないとは……!
「それに、まだ朱里ちゃんが慣れてないからさ、今回はゆっくり見ててくれるだけでいいよ」
「はい……」
うぅ……確かにそうだけど。
その後、無良さんは自分に残った大罪について説明してくれて、
「この先だ」
少し先に曲がり角が見える場所で止まった。この先に、ルリちゃんとヨクがいるんだ。
「準備は良いかな?」
無良さんが十字架を握り直し、訊ねる。
「はい!」
私はダウジングを構えた……何だかおかしいかな?
「よし、行くよ!」
無良さんの後に続いて角から飛び出した。そこには、
「……」
『フフフ……先とは立場が逆転したかの』
ルリちゃんがヨクの前で膝をついていた。互いに所々傷があるけど、ルリちゃんの方が多く見える。
「ルリちゃん!?」
名前を叫ぶと、
「え……今の声、まさか」
ルリちゃんがこちらを振り向く。
『隙ありじゃ!』
しかしその隙をヨクは逃さなかった。
炎の槍が放たれ、ルリちゃんに迫る。
「危ない……!」
振り向いているルリちゃんには避ける事も防ぐ事も出来ない。槍はそのまま直進して…
パチン!
瞬間、突風が吹いた。
風はルリちゃんを通り、後ろに迫っていた炎の槍を吹き消した。
「危なかったね、ルリ」
「ふん……わざとよ」
カラン
ルリちゃんが鐘を鳴らした途端、火の玉が空中に浮かび上がってヨクの方へと飛んでいった。
『ぬぉ……』
ヨクが怯んだ隙に、ルリちゃんは私達の方へ駆け寄り。
「朱里!」
私に飛び付いた。その力に押されてしりもちをついてしまう。
「ルリちゃん……」
「アンタ……どうして、確か、あの時……」
言葉が途切れ途切れだ。顔は俯いて見れないけど、泣いてるのかもしれない。
「残しておいてくれてありがとう、ルリ」
そのルリちゃんの頭を数回撫でた後、無良さんはヨクに向かった。
「ルリちゃんどうしたの? さっきはあんなに強かったのに」
「そんなのどうだっていいわよ! 今は朱里が……!」
そこでルリちゃんは顔を上げた。炎のような赤い瞳で私の瞳を見て、目を丸くした。
「朱里……それ、まさか」
私は頷いた。
「うん、私もルリちゃんと同じようになったの、無良さんが持ってた『強欲』が宿ったんだって」
「そう……いったいどうして、でもそんなのどうでもいい、今は朱里が生きていたことに喜ばないと……朱里、本当に、良かったぁ……」
泣きながら喜んでいる、普段のルリちゃんからは想像も出来ない姿だ。それだけ私のことを心配してくれてたんだ。
「ありがとう、ルリちゃん……あ」
また言ってしまった。
「ぐす……もう良いわよ、呼び方なんて、好きに呼んでいいから……」
「……うん」
私達は互いに抱き合った。それが少し続いてから、
「さて、サポーターとしての仕事をするわよ朱里」
いつものルリちゃんに戻っていた。目の周りはまだ赤いけど。
「うん!」
私は気合いを入れ直した。
「オレンジって事は強欲ね……ねぇ朱里? 無良から使い方は聞いた?」
ルリちゃんが申し訳なさそうに聞いてきた。
「うん、土からあらゆる物を造り出せるって」
「他には?」
他には……は!
「つ、土が無いと造れないとも……」
「あぁ……じゃあここでは何も出来ないわね」
がーーーーん!! ついさっき聞いたばかりなのに忘れてたー!!
「うぅ……いきなり役立たず宣言ですかー」
床に手をついて、項垂れる。
「ん? ちょっと待って、ひょっとしたらコレ、使えるかもしれないわ」
「え? コレ?」
顔を上げて、手に持っていたコレを顔の前に持つ。
「ひょっとしたらだけど……やってみる価値はあるわ」
……このヨク、明らかに強くなっている。
人の体を奪ったばかりならまだそれほどではない筈だけど、ヨクが成長して技を巧みに使うようになっている。
そりゃルリも苦戦するさ、元々時間稼ぎのために手を抜いていたんだから、尚更だ。
「おっと」
ヨクが炎の槍を飛ばした。その数六本、あれが成長の証だ。
けど、炎では僕に当てるのはいささか難しい。
右手を前に出し、指を擦る。
パチン、と音と共に風が吹き荒れ、槍を吹き消した。
『ぬぅ……厄介な風じゃ』
僕に宿る大罪、『怠惰』の技がこれだ。何処でも風を吹かす事が出来るだけだけど、大部分だが軌道も操れ、風圧も自由なのでこうした防御に最適だ。
加えて『強欲』のような条件が無く、使い勝手が良い。僕は基本的にこちらを多用していた。
しかしさっきからこのやり取りだけだ。互いに一撃も入れられていない。
せめてもう少し通路が広ければ、風に乗って相手の後ろに回り込めるんだけど。
横には幅が足りず、上には僕自身の跳躍力が足りない。
その時、ヨクが再び炎の槍を飛ばした。
「なんどやっても同じ…」
指を構えて風を起こそうとする。
その時だった、
「今よ朱里!」
「おーぅ!」
ズバン! そんな音と共に床から壁が現れた。土で出来た、長方形の壁だ。
僕と槍の間に現れた土の壁は、僕がきょとんとしてる間に炎の槍を全て受けとめた。特にひび割れることも無くそこに健在している。
「これは……」
僕は後ろを振り向くと……
「やった! やったよルリちゃん! 成功したよ!」
「そうね、やっぱり予想通りだったわ」
私は無良さんの向こう側に現れた土の壁を見て喜んだ。土が見当たらないお屋敷の中で、ルリちゃんの予想は的中したんだ。
お屋敷の床の下には土がある。でも今は見えないし、取ることも出来ない。
そこで、私が持っていたダウジングの出番。コレは本来、土の中の物を見つける道具、手作りではあるけど、つまり土から物を出すために使われる道具。
ルリちゃん曰く、技は自分で考えたように動いてくれるらしい。そこで私は、ダウジングを床に向けて壁を造るイメージをした。
床の下の土を思い、壁の大体の形を思い、出現場所を大まかに思い浮かべる。
後はルリちゃんの合図と共に、それらをちゃんと思い浮かべる。
すると、ダウジングが目に見えるぐらい震えた後、大きな音が鳴って。土の壁は現れた。
「うわぁー! うわぁー! うわぁーー!」
興奮のあまり叫びそうになるのを、両手をぶんぶんと振るのと声量を下げて喜ぶことに抑える。
「落ち着きなさい朱里、喜びたい気持ちは分かるけど今はそれどころじゃないわよ」
そういえばそうだった。
「朱里ちゃん、ルリ」
無良さんがこちらへ来た。
「あの壁、朱里ちゃんが造ったの?」
「はい!」
「朱里の道具が役にたったのよ」
「なるほど……朱里ちゃん、アレを出す場所は大体目星が付けられる?」
「はい、大体は」
「何か思いついたの?」
「まぁね、上手くいけばヨクを導くことが出来る。二人とも、手伝ってくれるかな?」
「もちろんよ」
「もちろんです」
「ありがとう、じゃあ作戦を説明するよ」




