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ロストオブギルティ  作者: 講和 淵衝
パンドラの棺編
11/11

~パンドラの棺編~第十話〈コロシアムと奴隷〉

 コトミとの話もひと段落してから、コロシアムでの奴隷落札オークションが行われるまでに二日ほどの時間があると言うので俺たちはコトミの家でゆっくりすることにした。

 この大陸に来てからも色々なことがありみんな疲れていたのでここでの休憩はある意味、俺自身も含めみんなが喜ぶことだった。

 そんなことを考えていると二日間なんてあっという間に過ぎていった、二日目の夜にコトミは皆を客間に集め再び話を始める。

 「こんばんわ、みなさんどうでしたか?この二日間は、屋敷の中から出なかったとはいえ十分に休むことは出来たでしょうか」

 「そうだな、コトミのおかげで休むことができたよ」

「はい、本当にコトミちゃんのおかげです。私たちの旅は緊張して気を張ることが多いので」

 「そうですね、ひ・・・じゃなかった、ジェ、ジェシカ・・・」

「セレナ、その調子ですよ」

 「やれやれ先が思いやられるね」

「ハルト、意地悪です」

 「事実を言ったまでさ」

「どうやら、全員しっかりと休憩できたようですね」

 昨日、コトミとセレナ、ジェシカの三人が話をしていたがこのことだったのか。確かに俺は初めから気を付けてはいたし、セレナがずっと姫と呼んでいることを注意しようと思ったがタイミングを逃し言えていなかった。

 コトミが言ってくれたのはありがたい、一つ心配なことが無くなったからな。

「皆さんに集まって貰ったのは他でもありません。明日、いよいよコロシアムで戦うことになります。それについて説明しようと思い呼んだのです」

 「そういえば、コロシアムの事まだなんも聞いていたなかったな。細かいルールとかあるのか?」

 「そうですね、基本的にコロシアムでの戦いにルールはありません、ステージの上で一対一どちらかが負けを認めるか、戦闘不能になるまで戦う死闘がコロシアムの売りですからね、使う武器は自由、勝つための手段は選ぶ必要なし」

 「厳しい戦いになりそうだ。そういう戦いはたくさん経験してきたが決して楽なものは無かったからな」

 「あの、コトミちゃん戦闘不能って中にはもしかして・・・その・・死ぬ人もいるのですか?」

 「そうですね、そういった方も多いと聞きます。勝てばその先は天国ですが、負ければその先は死よりも恐ろしい地獄ですから」

 「そんな!そんなことが許されるわけが無いです!」

「気持ちは分かりますが、戦いとはそういうものかと」

 「でも!」

「落ち着けジェシカ、気持ちは分かるがコトミの言うことは正しい。戦いってのは生きるか死ぬかを賭けてするもんだ」

 「それでも・・・納得できません」

ジェシカは手を強く握り、うつむき悲しげな表情をしていた。

 「話を戻しましょう。私たちの今回の目的は優勝です、コロシアムで優勝すると、〈奴隷どれい〉を一人、バスティーユ牢獄に幽閉されている者か、敗北した〈奴隷〉の中から選び主から奪うことができます。つまり優勝すれば父を解放することができるのです」

 「コロシアムは全部で何回戦まであるんだ?」

「優勝するまでには、全部で三回勝たなければいけません。しかし一回の戦いごとに休憩時間もありますから、慎重に戦うことが重要だと思います」

「なるべく安全に戦いが済むといいんだがな」

 「おそらくは、うまくいかないだろうね。戦う相手はほとんどが〈奴隷どれい〉で僕らとはまるで違う本気の覚悟で来るだろうからね」

 「おいおい、俺たちだって勝たなきゃ鍵は手に入らないし、こっちが〈奴隷どれい〉になるかもしれないんだぜ。半端な覚悟じゃできないさ」

 「そうだな、何にせよ気を引き締めないと」

「ああ、じゃあ俺は明日に備えて先に寝させてもらいたいんだが」

 「分かりました。コロシアムの事については大体話終えたので今日はこの辺までにしましょうか。ジェシカ貴方は残ってください、話したいことがあります」

 「分かりました」

「では、ひとまず解散です」

 コトミがジェシカに何の話があるのか気にはなったが、深くは詮索しないほうが良いと思い気にせず自分の部屋に戻ることにした。

                     ・

 「やれやれ、やっと着いた。そうか、今はこんな所に住んでいるんだね」

男がたどり着いたのはとある〈貴族エヴォリアー〉の家だった、家の至るとこに真紅の薔薇があしらわれているこれまた一風変わった家だった。

 男にとってそこは馴染みの深い旧友の住む場所。そしてなんの迷いもなく、〈近錬式呼鈴チャイム〉を鳴らしそこの住人を呼び出した。すると豪華な扉が開き、中からこれまた見事に真紅へと染まったドレスを身に纏った美女が現れた。

 「ガロン!久しぶりじゃないのよ、今までどこに行っていたの」

「やぁ、久しぶりだね〈真紅女帝ローズクイーン〉エリザガレイムローズ、ゆっくりと話をしたいところだけど時間が無い、早く支度してくれ」

 「ついに来たってことね、歴史を惑わせた蛇ちゃんが・・・わくわくしちゃう」

「君も気に入ると思うよ、君好みの良い男だったからね」

 「それはもっといい情報ね、じゃあちょっと待っててすぐに準備してくるわ」

その言葉通り五分と立たず、エリザガレイムローズは旅の支度し現れた。

 「それで、どこに行けばその彼に会えるのかしら?」

「残念だが、その前にもう一人再会する仲間がいる」

 「あら、あいつも呼ぶの?気が乗らないわね・・・」

「そんなこと言うなよ、僕ら三人が揃ってこその〈不可侵域エアリアル魔弾ブレッド〉だろう?」

 「それもそうね、じゃあ先に行きましょうか。〈うつ〉の坊やのところに」

「彼に会うのも楽しみだ」

 彼らの名は、商人ギルド連合のブラックリストの一番上に載っている最も危険な存在、闇商人ギルド〈不可侵域エアリアル魔弾ブレッド〉彼らが何の目的で再結成をしそして、この先何をしようというのかそれはこの先の物語だけが知っている。

                 ・

 次の日、朝早くに屋敷を出るとコロシアムに一直線で向かった。街に出るとそこにはまた嫌な風景が広がっていた。

 貴族たちは豪華な服を纏い、みすぼらしい服の〈奴隷どれい〉達は地をはいずくばりただ命令どうりに動くだけ、怒りを通りこし呆れてさえ来る光景だ。人とはここまで残酷になることができるのか。

 そんなことを考えつつ、俺たちはコロシアムにたどり着いた。コロシアムがこの大陸にできたのは随分昔の話だそうで、外観は今にも崩れそうな石造りだがそれさえもが歴史的価値を生み出しているように見える。

 「思っていたよりも大きいですね・・・」

「圧倒されるだろう。俺も外見を遠目にしか見たことが無かったが、近くで見ると本当にすごいな」

 「研究材料としても面白い建物だね」

「ジェシカの言うとおり、これは圧倒的な印象ですね」

 「皆さん、驚くのはまだ早いですよ。中はもっとすごいですからね」

「あんまり良い想像はできないな」

 「では行きましょうか。まずはエントリーをしなければなりません。あと、レイル」

「何だ?」

 「この先、私はあなたに無礼な言葉を使うことになります。先に謝っておきます、ごめんなさい」

 「いいさ、それが聞けただけでも十分だ」

「ありがとうレイル」

 そういうとジェシカに連れられ俺たちは、奴隷用入口の門兵の前に行った。

「本日はどのような要件か」

 「今回の〈奴隷落札オークション〉にエントリーしに来ました。シャーネス家が代表となり選出する〈奴隷〉はここにいる、レイルファントムです」

 「シャーネス家か珍しいな、〈奴隷ペット〉を持つことなど今後無いと思っていたが、そもそも〈奴隷落札〉に参加するのも久方ぶりだろう」

「そうですね、祖父が亡くなってから参加はしていないので」

 「ふむ、では家紋のメダルを確認しよう」

そういわれるとコトミは首から下げていたペンダントを開け、メダルを見せた。純金製で出来たそのメダルには家の紋章が刻まれている。

 「確かに確認した。では〈奴隷ペット〉レイルファントムよ、この先部屋に進み準備されよ。他の方は通常ゲートよりコロシアム内にはいられたし」

 「承知いたしました。ではレイル、健闘を祈りますよ」

「大丈夫さ。さくっとやっつけてくるよ」

 「レイル!」

「なんだよ?ジェシカ」

 「いえ・・・その、頑張ってくださいね」

「おう、ありがとうな。じゃあ行ってくる」

 俺はそう言うと奴隷用ゲートの前で四人といったん別れることになった。さて、このゲートをくぐったら生きるか死ぬかの戦いだ。

 そう考えると、俺は心なしか普段よりも興奮している自分がいることに気がついた。

「レイル大丈夫でしょうか・・・」

 「ジェシカ、大丈夫ですよ。彼ならきっとやってくれますよ」

「そうだといいのですが、なんだか胸騒ぎが止まりません。何も起こらないといいのですが」

 「そういわれると僕も嫌な予感がする」

「おい、ジェシカを余計不安にさせないでくれ。大丈夫ですよ、気にし過ぎなだけです」

 「そう・・ですよね、行きましょうか」

この時、ジェシカは物言えぬ不安を感じていた。それが何だったのかこの時は知るよしもなかったのだが・・・

                     ・

 奴隷用ゲートの暗くじめじめした通路の先、差し込む光に向かって歩いて行った光の先、奴隷たちの控室に入ると早速俺は洗礼を浴びることになった。

 全員の視線が集中する。どいつもこいつも視線だけで相手を殺しかねないくらいに強くドスの効いたにらみをしている。

 入口の前で一瞬立ち止まっていると、後ろからピーピーと鼻息だろうか不快な音が聞こえた。

「おい小僧じゃまだぞ、どきやがれ!」

 振り向くとそこには俺の二倍はあろうかという巨漢の男がいた。

 「悪かったな、おっさん」

「見た目のわりに威勢のいい小僧じゃねえか。いいんだぜ、コロシアムの前に一人減るぐらいわけねぇや」

 「やれるもんならやってみな、そのデカい身体で俺の速さに追いつけるのならな」

「へへぇ、良いか小僧、人は見かけで判断しちゃいけねぇんだぜ」

 なんか、すごくムカつくやろうだった。ギルド時代にはこんな奴にいくらでも会ってきたが、その中でも上位に入るくらいムカつくやろだな。

 「やめないか二人とも・・・ここは〈奴隷われら〉の休息の場、無意味な争いをしていい場所じゃない」

 俺と巨漢男が睨み合いをしているとそばに座っていた、虚ろな目をした男が話しかけてきた。

 「なんだと!てめぇ誰に向かって口を聞いてやがる!」

「そんなことはどうでもいいじゃないか、僕は別に思ったことをそのまま言っただけさ。それに、そもそも君はそんなに強いのかい?」

 「ふん、この大陸の裏世界にいてグルービル・ファットピー様の名を聞いたことが無い奴はただのモグリってもんよ」

 「そうか君があの〈鶏男チキンマン〉君か」

「てめぇ・・・もう一度その名で呼んでみな、今すぐに二度とお日様が拝めないようにしてやるぞ!」

 「おい、やめろ。これ以上文句があるのなら、コロシアムの中でケリをつけようぜ」

 「ますますムカつく野郎だ!この俺に・・・」

「いい加減にしないか!三人ともこれ以上騒ぐらなら僕の〈聖書ナイフ〉が君たちをこの場で貫いてしまうことになる」

 また面倒な奴が会話に乱入してきやがった。何なんだ、ここには変人しかいねぇのかよ。にしてもだ、どうやらここに居る連中は全員この大陸か外の大陸では名を上げていた連中ばっかのようだな、数人はギルド時代に見たことある奴もいるし。

 「おっと、自己紹介が無かったね、僕の名前はエンジェル・ノックドアって言うんだ。美しい僕にぴったりな名前だろう?」

 白を基調とした教会にでもいそうな服装のナルシストな男ときたか、こういうのをあれか残念系美男子とでも言うのか、ある意味このデブよりも面倒そうなやつだな。

 「聞いたことがあるぜその名前、もっとも俺が知ってるそいつは元貴族もとエヴォリアーの落ちぶれ野郎だった気がしたがなぁ」

 「僕をあまり舐めない方がいい・・・君を殺すなんて造作もないことだからね、まぁ全身の骨という骨が砕け散っても問題ないだろう?君なんてその程度の価値しかないんだからさ」

 「てめぇも今は俺とおんなじ〈奴隷ペット〉だってことを忘れんなよ。おい、いいかてめぇらよく聞けよ!」

 次にグルービルは、この場にいる奴隷どれい全員に向かって言葉を放った。

「どんな奴が相手でも構わねぇ、この場にいる全員コロシアムの中でぶっ殺してやるからよ!今のうちに死ぬ覚悟をしておくんだな!」

 俺を睨みつけた時以上に全員が奴を睨みつけた。分かりやすい挑発ではあったが、怒りを買うには十分に効果があったことだろう。

 「そこまでだ!〈奴隷ペット〉共、うるさいったらありゃしない、躾がなってない〈奴隷〉ほど喚くというものだが、うるさすぎるぞ」

 現れたのはこのコロシアムの兵士だ、きっちりとした兵士服を纏い、雰囲気は一見真面目で普通の人間が見れば立派に見えるだろう、しかしその言葉遣いは間違いなくこの場の全ての〈奴隷〉達を人間以下だと完全に決めきっている言葉だ。たく、胸糞わるいってのはこのことだな。

 「さぁ、〈奴隷〉たちよ!〈奴隷落札〉の時間だ。ご主人様の為に死ぬ時間だぞ、光栄に思うんだな」

 正直、俺はこの言葉にすごくムカついた。殴りかかってやりたいという気持ちが心の壁を突き破って俺の意志より先に殴りかかりそうな勢いだ。

 怒りを抑えきれないもどかしさを感じているそんな時、後ろから俺の心を見透かしたような言葉が飛んできた。

 「やめておけ、〈朱眼の死神〉よ君はそう簡単に拳を振りかざす愚かな人間ではないだろう。まぁ、その槍で貫くと言うのなら止めはしないと思うが、賢明な判断とは思わないな」

 「確かに、俺の性には合わないだろうな。ありがとう」

「何、礼ならいらないさ、お返しはコロシアムでの戦いで見せてもらうことにするよ」

 「それならお安い御用さ。ところで一つ言っておきたいことがある」

「なんだい?」

 「俺の名は〈朱眼の死神〉じゃない、レイルファントムだ」

「覚えておくことにしよう・・・私はザンジバル、またの名を〈ホロウアイ〉と言う」

 〈ホロウアイ〉のザンジバル、なんだこの感じは、単に虚ろな目をしてるだけじゃねぇあの目は俺以上に殺しを知っている目だ、もしかするとこの大会で一番の要注意人物はあいつかもしれないな。

 「俺も覚えておこう・・・」

その言葉を最後にその場で言葉を放つ者は誰一人いなかった、これ以上の言葉はコロシアムでの戦いが代わりとなる事を知っていたからだろう。

                       ・

 ジェシカたち残りの観戦メンバーはこのコロシアムの雰囲気と空気に怒りを覚えつつも、あまりの異常さに逆に冷静さをもっていた、特にジェシカはそんな自分が不思議で仕方がなかった。

 「さぁ、今回も始まりますこの大陸で最大の娯楽にして最高のショー〈奴隷落札〉です!戦闘実況はこの私ハルバートがさせていただきます。さてお時間を無駄にするわけにはいきません!さっそくではありますが第一回戦Aの対戦カードの選手たちが現れます!それがこちら!」

 コロシアムの決闘場を円状の形の観客席で覆い、まさに戦いを見世物にするかのように設計されたこの場に〈貴族エヴォリアー〉達が放つ、禍々しく吐気のする空気が蔓延している。

 その空気を吸い込まんとばかりに対に構えられた門がゆっくりと開いていくのが目に入った。

「右ゲートより現れますはこの大陸切っての残虐男まさかこいつがこの〈奴隷落札〉に現れるとは誰が想像したでしょうか、〈鶏男チキンマン〉と聞けば誰もがその名に身震いをする!グルーーービル・ファットピーだあああああああ!」

 彼の登場と共に、観客席は更なる狂気をみせた。

殺せー、なんて汚らわしい〈奴隷おもちゃ〉なの目の毒だわ、ゴミにはお似合いの姿ね、など人間が人間に対して放つのにはありえない言葉がここには当然のごとく存在した。

 「さてぇ、続いて左ゲート、こちらもまさかの参戦!どうして奴隷になってしまったのかぁ?それより意外なのはこいつがシャーネス家の奴隷だということかぁ!〈朱眼の死神〉レイルファンムだああああ!」

 シャーネス家あの呪われた一家がコロシアムに参加だと?我々を侮辱する気か、ふざけるな!死ね!

 レイルにも、当然のごとく罵声が飛び交った、いや正確にはコトミたちシャーネス家にたいしてだろうか、それにしてもやはり異常だ。

 「レイル・・・」

「信じましょう、彼を・・・」

 「大丈夫さ。レイルは強いからな」

「私は、奴が戦っている所は見たことが無いが本当に強いのか?」

 「ああ、僕の見立てではね、ただ・・・」

「ただ、なんだ?」

 「怖いんだよ彼の戦い方はね」

「どういうことだ?」

 「見てれば分かるさ」

ジェシカにはそれ以上に気になっていることが一つあった、それはジェシカがレイルにどうしてもしてほしくなかったこと。

 「レイル・・・どうか、相手を殺さないで」

                     ・

「ほぅ、一番最初に死ぬのは貴様か、小僧」

 「何の冗談だ?おっさん、寝言は寝ていいな」

「戦闘の始まりを告げる鐘が鳴ったとき、その時がお前の最後だ。その時までいきがってるといいや」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォオォオオオオオオオン

その言葉と同時に戦闘の合図になる鐘がコロシアム中に鳴り響き、戦いが始まった。

 ―試合開始のゴングが鳴ったぁ!おっと、最初に動いたのはグルービルだぁ!なんだあの素早さはあの巨漢のどこにそこまで動く力が備わっているというのか―

 「じゃあな、小僧!」

グルービルはその見た目がゆえに、鈍足だと思われがちだが実は違う、その体の脂肪と思われる部分は全て筋肉、だからこそその素早さをグルービルは実現できるのだ。

 普通の人間なら間違いなくそのスピードに驚き、そして驚いている瞬間にはその筋肉に押しつぶされているだろう。普通の人間ならば・・・

 「なんだ、早いだけかよ面白くねぇな・・・」

瞬間、グルービルには何が起きたのか分からなかった、おそらく会場の全ての人間が理解できなかっただろう。

 いつ移動したのかも分からない状況で、レイルはグルービルを飛び越えその上にいた。「どうせ、その脂肪に見えるのは筋肉だろう?くっだらない芸当だ」

 「何、いつの間に・・・!?」

「一撃で沈めさせてもらうぜ!夜幻流第六の陣〈地獄雨ヘルスコール〉」

 それはまさに言葉の通り地獄に降り注ぐ真っ赤な雨のようだった、この技自体は第三の陣〈激流突撃リバーブレイク〉という技の上位互換となる技で、相手の上を取り攻撃しなければならない時にしか使わない特殊な技だった。

 「ぐぉおおおおおおおおおおお!!」

槍の先端がグルービルの身体に刺さり続けたそれは地に落ちきるまで続きコロシアムをえぐるくらいの勢いでもあった。

 「あんまり使いたい技じゃなかったが・・・きまったな」

綺麗な動作でレイルは地面に着地、グルービルはドスンッという地響きを鳴らしその場に崩れ落ちた。

 ―おっとぉ、これは一体何が起こったというのか!どう見ても優勢だと思われたグルービルがあっという間に串刺しにされてしまった、これは早くも勝負あったかぁ―

 レイルも、この時勝ったと感じた。しかしグルービルはその巨大な身体を起こし立ち上がったのだ。

 ―いやまだだ!グルービルは何事もなかったかのように起き上がったぞ!―

「ほう、やるじゃねえか頑丈なのは見た目だけじゃないってか」

 「ふへへ・・・驚いたぜ小僧、やるじゃねえか・・・だがなぁ、この完璧な肉の壁に防げないものは無いんだよ!いいだろうお前はきっと上質な肉に違いない、食べてやるよ骨の髄までなぁ!」

 「悪いな・・・もう遅い」

「何言ってやがる、虚勢をはるのもいい加減に・・・!?なんだ、体が崩れて・・・」

 「お前、馬鹿だな・・・そんなことも俺が分からないと思うのかよ?それも予想通りの技に決まってんだろ」

 第六の陣〈地獄雨ヘルスコール〉は、身体の重力を使う技なのだ。それゆえに第三の陣よりも強力な技と言われている。槍にのった重力と身体に乗った重力その二つをあわせることにより、グルービルの肉の壁をぶち破り脊椎に損傷を与えたのだ。

 レイルのとっさの判断力にグルービルはなすすべもなかったと言える。

「あとついでにもう一つ教えてやるよ、この技は刺す技じゃねえんだ。相手に直接負荷を与える技で、お前がダメージを負ったのに気がつかなかったのはそのせいだ。脊椎にたいしての強烈な負荷でお前は一瞬は立ててもずっと立つことはできないだろうよ」

 「ちく・・・しょう」

グルービルは今度こそ完全に崩れ落ちた。そして、その瞬間レイルの中で目覚めてはいけない闘争心が目覚めることになる。

 ―やはり勝負は決まっていたようだ!勝者レイル・・・おっとぉ、レイルファントムはまだグルービルに何かをしようとしているみたいだ―

 「なんだよ小僧、笑いにきたのか?」

「いや、そんなつもりは無いさ。ただ・・・さっきの俺に対する暴言の分を与えるのを忘れていたと思ってよ」

 「なに?」

「知ってるか、人間には数か所だけ絶対に鍛えることができない場所があるんだぜ。その一つがここだ」

 レイルは何の迷いもなく、自らが持つ槍をグルービルの目に突き刺した。

 「ぐあぁあああああああああ、目がぁ!」 

それはその場の誰もが想像しなかったことだ。その時、レイルの赤い片目がより強い光を帯びていることに気づく者はいなかった。

 「レイル・・・そんな・・・」

ジェシカの悲痛な声も今のレイルには聞こえていない。それはきっと距離だけの問題じゃないだろう。

 ―な、なんということだ!戦う前までは優しいただの青年に見えた彼が〈死神ゴースト〉に見える!これが彼の名前の由来だとでもいうのかぁ―

 その後も数分間の間、レイルはグルービルの悲痛な声も聞かずその両目に槍を刺し続けた、グルービルの身体が動かなくなるまで・・・

 「フフフフ、フハハハハハハハハハハハ!どうだ、見たか!これが俺の力だ!恐れるがいい、その恐怖こそ喜びだ!」

 その禍々しい狂気に、セレナは物言えぬ怒りと恐怖を感じた。

「こんなの試合じゃない・・・ただの殺し合いだ!おいラインハルト、これは止めないとまずいぞ!」

 「どうやってだい?僕は無理だよ、今のレイルは誰にも止めることができないよ。僕だってできることなら止めたいでも無理なんだ」

 そう、誰にももう彼を止めることができない。全員がそう感じた、そして波乱と狂気の第一回戦Aは終了した。

 その後の試合は最初の試合に比べると平凡な普通の試合ばかりだった、その試合を見ている限りいかにしてあの試合が異常だったのか、はっきりと分かった。

 そして誰もが思った、あの試合がレイルファントムの何かを目覚めさせてしまった、目覚めさせてはいけないなにかをと・・・

 ―さぁ、恐ろしい始まり方をした第一回戦も順当に終わりました!そして、休憩も終りいよいよ第二回戦です―

 休憩中、レイルは先ほどのように殺気立った目で見られることはなかった、一人の目線以外は全てが恐怖の眼差しだった。それは、今のレイルにとって更なる快感を生む材料となる。

 「良い目をするようになったな」

「ありがとうよ、最高に楽しいぜ。やっと思い出したんだ、戦いにより人を殺す感触をな・・・」

 「ふ、今の君と戦うのが楽しみだよ。できれば決勝でね」

「お前が運よく決勝にこれれば相手してやるよ。ただし、死ぬ気できなじゃないと俺は倒せないし殺せないぜ」

 その言葉覚えておこう。そういってザンジバルはレイルの元を離れた。そして一足先にザンジバルの戦いが始まる、しかしそれはあっさりと終わってしまう。

―おっとぉ、ここで勝負あったか!勝者、〈ホロウアイ〉のザンジバルだ。決勝に名乗りを上げたのはやはりこの男だったぁ―

 どうやら早くも決着はついたようだな。レイルは無言で立ち上がる。

再びコロシアムへと続く門の前に立った。今度はさっきとは心持ちが完全に違う、とにかくレイルは楽しみで仕方が無かった。

 早く開け、そう思うばかりであった。

―さぁ、いよいよ初戦で強烈なインパクトを与えた彼の登場!〈朱眼の死神〉レイルファントムだぁ!―

 門が開き、目に光が差し込んだ。そして先ほどとは違いレイルには歓声が送られた。

残虐なショータイムをまた頼むぞぉ!いいぞ、最高の〈奴隷〉だぁ!殺せ、殺せ!

―そして、相対するは先ほど華麗な戦いで観客を魅了した男、〈白堕天使ホワイトルーチェ〉エンジェル・ノックドアだ!―

 「大人気じゃないか羨ましいよ。怖いくらいにね・・・」

「お前も一瞬だ。雑魚に用はない」

 「言ってくれるね、私はあの〈鶏男チキンマン〉ほど簡単には死なないさ、おっと死ぬつもりは始めからないよ。殺すつもりはあるけど」

 「ほざけ・・・」

確かに、こいつの言う言葉は嘘じゃなさそうだ。間違いなくあいつよりも強い、だが今の俺の相手にはならないだろう。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォオォオオオオオオオン

そしてまた、死への鐘が一つコロシアムに鳴り響いた。運命とは残酷というものなのか。

 「行くよ、僕の〈聖書ナイフ〉君に避けきることができるかな!最初から全力だ木っ端みじんになりなよ。第八章〈終剣〈エンド)の死祭サークル〉!」

 エンジェルの放ったナイフは、何か魔術が施されているのかただ垂直には飛ばず、意志を持っているかのように動き無数に放たれたナイフがレイルを囲んだ。

 さすがのレイルもこれでは動きようが無い。

「ほう・・・これは中々」

 「僕が指を鳴らせば一斉にこの〈聖書ナイフ〉達は君を貫くよ。僕は嬉しい、こんなに早く決勝に行けるとはね」

 エンジェルはその美形の顔を歪ませるような形で笑みを浮かべ、そして指を鳴らした。

止まっていたナイフが一斉にレイルに向かい飛び、一瞬のうちにしてレイルは串刺しになってしまった・・・かのようにみえたが、今のレイルにとってこの程度のナイフの量はたいしたことではない。

 「第五の陣〈地獄周ヘルトゥヘル〉」

槍を片手で縦横無尽に回しまくる、敵味方関係ないしに特定範囲に入ってきた者全てを倒すある意味この流技の中で一番危険な技であった。

 暴れ馬と化した槍が突っ込んでくるナイフを片っ端から吹っ飛ばし一本たりともレイルに近づけようとしない。

―さすがレイルファントム、奴にはもはやどんな技も通じない―

 「そんな、馬鹿な・・・あの技がいとも簡単にそれも槍一つであしらわれるなんて、いや先ほどの彼を見ていたらそれも納得できるか」

 それを見てもなおエンジェルには多少の余裕があった。この攻撃が相手に当らないのもある意味では計算の内だったからだ、それにこういった大技には必ず隙が生まれる瞬間がある。

 「そこを狙うことができれば!」

ナイフを直接手に持ち接近戦に持ち込もうとした、レイルはナイフの処理でこちらが動いていることにはおそらく気がついていないだろうとエンジェルは考えていたからだ、彼にはあの技の後必ず動きが止まる瞬間があるという自信があった。 

  「つまらない小細工だな。ナイフに術をかけて多くの数を同時に操る技、俺にとっては遊び相手にもならない」

 「だったら、僕が遊んであげるよ!」

「ほう・・・そう来たか」

―しかし、エンジェルも負けてはいない!レイルの懐に入り込んだ!これは万事休すなのかぁ―

 レイルはエンジェルが自分の懐に忍び込める距離まで来ていることに気づいていなかった。いや、気づく必要もなかったのかもしれない。

 それほどに彼にはそれを避けるという確かな自信があったのだ。

「これで・・・終わりだ!」

 エンジェルがレイルの懐に入りナイフを突き立てた。エンジェルの手にはナイフを突き刺した感触、目の前には鮮血が飛び散る。

 勝った!そう確信した瞬間、背中に激痛が走り勢いよく決闘場の端まで吹っ飛ばされた。

 「どっちを向いている?」

―我々は先ほどの試合のように再び信じられないものを見ている、レイルファントムは魔術を使っているようには見えないがいったいどういうことだ!―

 「危なかった。後一歩お前の行動が早ければ俺を殺せてたかもな」

「な・・・なんだ・・・今間違いなく俺の前に居たはずなのにどうして!」

 「まぁずっと隠しておくのも面倒だしそろそろネタばらしと行こうか。そっちの方が早くケリがつくだろうしな」

 瞬間、レイルとエンジェルの距離が一瞬にして縮まった。そしてエンジェルの首に槍が突き立てられた。

「な!?」

 「チェックメイト、これでさすがのお前にも理解できただろう?」

「なるほど・・・〈縮地シュルツ〉か!」

 「そう、まぁ俺の使う〈縮地シュルツ〉はただの〈縮地〉じゃないがな、夜幻流にいうとだ〈幻想縮地ナイトメアシュルツ〉ってやつだな」

 「ふふ、まいったね・・・僕にはまるで勝機がないじゃないか、認めたくないけどね、それに悔しいよ僕のお気に入りの一張羅をこんなに汚されるとは・・・君みたいなゴミにね」

 「諦めな、お前が弱かったわけじゃない俺が強すぎるだけさ」

「それはなおさら悔しい。とんだ屑に負けたもんだよ・・・」

 「こっから先は天国で悔やむといい、まぁ行ければの話だがよ・・・じゃあな」

レイルは指に力を込めて槍を首元に食い込ませようとした。また、レイルの手によって死人が出てしまう。

 「レイルもうやめて!勝った相手に必要以上の攻撃をしてはいけません!お願いです!これ以上・・・これ以上人を殺さないで・・・」

 ジェシカの叫びも涙も結局はレイルには届かない。こうして再びレイルの手が真っ赤な血で染まるかと思われたその時、意外な人物が決闘場に現れた。

 「もうそれくらいにしておくといい。これ以上君がこの場で人を殺すというのならば私が許さない」

 完璧に近い精密な剣さばきで槍と首の間に剣先を入れ槍を止めた。

「なにしてくれやがんだザンジバル、ここからがいいとこじゃねえかよ。じゃましないでくれよ」

 「いいや、元々今回の〈奴隷落札オークション〉に出る〈奴隷(どれい)〉全員を解放するのが私が主から授かった役目だったが、一人を助けることが出来なかった。これは私の完全なるミスだ一度のミスならば挽回はできるが二度目のミスを主は許さない。それに私もプロとしてそうミスばかりしていられない、だから止めるんだ」

 「いいぜ面白い、それだけの信念がどれほどの力になるか見せてもらおうじゃねえか。そいつには刺された借りがあるが今すぐ返す必要はないからな」

 レイルは意外にもあっさりと槍を引いた。こうして、間一髪のところでエンジェルは助かることができた。

 「レイルが、殺さずにすんだ・・・良かった・・・本当に」

 「た、助かった・・・」

―コロシアムに予想外の乱入者〈ホロウアイ〉のザンジバルだぁ!彼がまさかのエンジェルを助けたぞぉ―

 おい、どういうことだ!邪魔するなよ!、そうだそうだ!血だ、もっと残虐なもの見せやがれショーの邪魔だ!

 観客からザンジバルにヤジがとんだ。しかし彼は一切それを気にしてる様子はなくただレイルから一切と目を離そうとしなかった。

 「エンジェルといったな、立てるか?」

 「あ、ああ・・・背中が痛むがこれくらいなんともないさ。それより、助けてくれてありがとう」

 「いいさ、それよりもここを離れて早く逃げろ休憩室にここから逃げるのを手助けしてくれる奴がいる、無事逃げることができれば奴隷から解放されるだろう」

 「何だと!しかし、ただ逃げるだけでは〈契印サイン〉は・・・」

「問題ない、逃げきれればそれを解く方法もその彼が知っている。さぁ早く!」

 「すまない・・・何から何まで」

そういうとエンジェルはゲートに向かって走り出した、その姿はすぐに見えなくなる。

 「さて、これで僕らの邪魔をするものは無い、やろうか決勝戦」

「ああ良いぜ、この程度の傷どうってことないからよ。精々あいつら以上には楽しませてくれよな」

 「約束しようレイルファントム、さぁ死なないように覚悟しなよ」

「その言葉そっくり返すぜ、おい早く鐘を鳴らしな!決勝戦の始まりだ」

―おっとぉ、怒涛の急展開だぁ!まさかこんな展開で決勝が始まるとは・・・いいでしょう。さぁ鐘を鳴らしましょう!決勝戦の始まりです―

 実況の声と共に、激戦の火ぶたが切っておとされた・・・

ゴォォォォォォォォォォォォォォオォオオオオオオオン

          ―決勝戦スタートです―

             

              第十話終

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