運命
お楽しみ頂ければ幸いです。
「おはよう!」
僕の一日は、この一言から始まる。
僕はいつものように身支度をし、朝食の席についた。僕の目の前には、笑顔の彼女が座っている。
なんて幸せなんだろう。
彼女は手作りの朝食を僕に渡し、笑顔でその様子をうかがっていた。
少し恥ずかしい。
だが、だからといって彼女の特製ごはんを食べないわけなどない。なんといっても、僕は彼女が好きなのだ。
僕が朝食を食べ始めると、彼女も合わせるように食べ始める。
僕はなんという幸せ者だろう。
彼女の作った食べ物は、どんなものでも美味しく感じられ、手が止まらなくなる。本当に美味い。
朝食を食べながら、彼女と他愛ない会話をする。僕の胸は幸せな気持ちでいっぱいだ。
彼女と同じタイミングで朝食を終えると、彼女は僕の方に近づいてきた。肩揉みをしてくれるという。なんて素敵な彼女であろうか。
彼女は僕の背後に回ると、良い香りのするハンカチを僕の口元に持ってきた。
って、ん?
何故ハンカチを僕の口元なんかに?
それにこの香り、何処かで嗅いだことがあるような気がする。う〜ん、なんだっただろうか。仕事か?仕事で嗅いだことがある匂いだっただろうか。
なんだか頭がぼんやりしてきた。え、なんで?
そしてその瞬間、僕はなんの匂いだったかを、ハッキリと思い出した。
これはCHCl3……クロロホルムだ!
……まずい、このままでは気を失ってしまう! 僕は気を失う前に、気を失ったフリをして、倒れることにした。
バタッ
僕は気を失ったフリをすることにより、本当に気を失うという難を逃れることが出来た。……でも、なんで? どうしてあの優しき彼女が僕にクロロホルムなんかを?
僕は目をこっそりと、バレないように開けて、彼女の様子をうかがっていた。
すると、彼女が動き出した。やさしい顔をして、僕の方に近づいてくる。一体なにをしようとしているのだろうか?
彼女は僕に語りかけてきた。勿論、僕が気を失っていないことには気付かずに。
「好きよ。大好き。愛してるわ。だから……だから……貴方をいつか失ってしまうのが恐いの。だから……だから……許して。ごめんね、ごめんね。」
彼女は狂ったようにそう繰り返している。
彼女は、そばにおいてあった小瓶をとった。彼女に気づかれないようにそっと小瓶に目をやると、そこには、
KCN
と、書かれていた。
ええと、KCNってなんだったっけ?なんだかとてつもなく良くないものであった気がするのだが……。
そして、僕は思い出してしまった。それが、シアン化カリウム――通称青酸カリ――という名の猛毒であることを。
彼女は話し掛けてくる。
「これで……ずっと一緒だよ。私はずっと貴方のことを見ながら過ごせるの。腐ってしまっても、絶対に棄てたりしないから。安心して、ね。」
彼女は、僕の口に小瓶から取り出した錠剤を放り込もうとした。
……いや、まて。このままでは僕は死んでしまうではないか。僕は彼女のことが大好きだ。彼女に殺人なんてさせるわけにはいかない。
僕は、目を静かにあけて、彼女に話しかけた。
「君は……優しいんだね」と。
彼女はとても驚いた様子だったが、少し嬉しそうにしていた。僕は話を続ける。
「僕に青酸カリを飲ませて苦しい思いをさせたくなかったんだろ? だからクロロホルムで眠らせた。ただ単に、僕を殺したいんなら、ご飯に混ぜ込むだけで済むのだから。」
「うっ、うっ……」
彼女は泣いていた。
「でもな、人は死んだらそれでおしまいなんだ。死んだらそれはただの器。蝋人形なんかと変わらない。喋ることも出来ないし、表情だって変わらない。二人で一緒に笑ったり、泣いたりすることも出来なくなってしまうんだぞ。僕は君のことが大好きなんだ。心配なんて無用さ。僕はどこにも行かないよ。
だって、僕らは運命で繋がれているのだから。」
「でっ……でも、わたし……貴方にヒドイことを」
「何を気にしているんだよ。僕は、君のそんな一途なところが大好きだよ。今回の一件で、よりいっそう君のことが好きになったんだ。大丈夫。安心しろ。」
「ほ……本当に?」
彼女は、瞳に涙を浮かべながら、尋ねてくる。
「恥ずかしいんだから、何度も言わせないでくれよ……大丈夫ったら大丈夫だ。いつまでも、いつまでも君を愛し続けるよ。」
僕らは笑った。お互いに笑いあった。
良かった……本当に良かった。こうやって、僕らは愛を深めていくのだろう。
僕は、本当に幸せ者だ。
「じゃあ、会社行ってくるよ。なるべく早く帰ってくるから、待っててくれよ。」
僕はそう言って家を飛び出した。
今日もサクサクと仕事を終えて、早く帰宅する予定だった。――しかし。
今日に限って残業になってしまった。なんということだろうか。家には、大好きな彼女と幸せなひとときが待っているというのに……。
僕は焦った。
だから、仕事が終わると会社をダッシュで飛び出した。車が来ていることに気付かずに。
そして、事故は起きてしまった。
ずっと一緒だよと言っていたのに。
僕は、どのみち今日死んでしまう運命だったと言うことなのか……。だとすれば、彼女に殺されたとしても……いや、それでは駄目だ。
やはり、これで良かったのだ。彼女が、過ちを犯さずにすんで良かった。本当に良かった。
本当に良かった……
僕はそう感じながら、そっと息を引き取った。
最後まで読んで頂きましてまことにありがとうございました。
犯罪なんて犯してしまえば不幸な未来が待つことでしょう。
それでは、
GNAHAND!