終
最終回です。
あたしは電波系ロリコンをソファーに放置してアデーラさんの元に向かうことにした。
「…オサナ様?」
がちゃ、とドアを開けた瞬間アデーラさんがいた。
「へ…?なんで、アデーラさんがここに???」
明らかに部屋の前で待機していたであろう立ち尽くしっぷりのアデーラさんに思わず疑問を口にする。
彼女の控える場所はここじゃない。
あ、もしかして電波系ロリコンがあたしの部屋に来たって聞いて心配してたのかな?
「何故もなにもごさいませんわ、オサナ様!」
呟いたまま考えていたあたしにアデーラさんが常にない性急さで声を張り上げた。
な、なにが、どうなってやがる。
穏やかなアデーラさんがこんなに大きな声を出したり、険しい顔をしてるの見たことない。
「あ、アデーラさんどうしたの?」
びっくりしておどおど訊けばアデーラさんは呆れたような、悲しいような顔をして息を詰まらせる。それから込み上げる感情全部を押し込めるように目をぎゅっと閉じて深呼吸を一つした。
そして、これ以上なく真剣眼差しであたしを見据えた。
「オサナ様、やはり旦那さまの求婚はお受けできませんか」
は?
…にゃにをいっているでおじゃるか。
っと、意味のわからないキャラが出てくる程度には驚いてしまった。
何をどう思ったのか、アデーラさんはシークゼンがあたしにもう一度求婚をしたと思ってるらしい。
シークゼンならラプーツェからサジェンラまでの間にロリコンを卒業したじゃないか。
だから、あたしとも殆ど口をきいてないじゃないか。
なんだか不意に喉が熱くなってひくついた気がして、誤魔化すように笑顔を貼り付けた。アデーラさんに明るく言う。
「何言ってるのアデーラさんってば!シークゼンが血迷ったのなんか、後にも先にもあの時だけだよ!」
「アデーラさんにはなんでも(年齢は例外ね)話してるし、いつも一緒だったんだから知ってるでしょ?」と続けようとしたけど、今度は彼女が驚愕を顔に浮かべていて思わず出掛けた言葉が引っ込んでしまった。
ちょっとだけアデーラさんが口を動かすのを待ってみたけど驚き過ぎたのか微動だにしていない。
微妙な空気がいたたまれなくて、あたしは本題に逃げることにした。
「あ、そんなことより、アデーラさん。あたしの部屋にシークゼンの息子さんが来てるんだけど、どうにかしてくれない?」
そう言った瞬間、アデーラさんが崩れ落ちるように地に伏した。
「ちょっ、アデーラさん?!」
心筋梗塞?!
嫌な言葉が脳裏を過る。
もし今の話での心労が原因としたら、電波系ロリコンのことをぶん殴ってしまうかもしれない。
あたしがアデーラさんの様子を見ようとしたら、前後左右色々な場所から崩れ落ちる音がした。
「え、何?なんで家人が全員集合して倒れてるの???」
どこに隠れていたのか、あたしとアデーラさんの周り…要するにあたしの部屋の前には全使用人が集合していた。しかも、一様に床と熱い抱擁をかわしている。
夫の庭師に支えられて立ったアデーラさんが遠い目でどこかに哀れみを投げかけながら、震える声でもしっかり断言した。
「オサナ様、旦那さまに息子さまはいらっしゃいません!!!」
倒れっぱなしの皆もコクコク必死に頷いている。
下が柔らかい絨毯だからいいけどさ、顔平気なの???
「え、アデーラさんも知らないって隠し子なの?」
何やってんだシークゼンんんんんんん!とドン引きしながら返せば、全方位から「違います!!!」と悲鳴に近い叫びが浴びせかけられた。
ええええ、何このアウェイな感じ。
ここ最近味わったことない疎外感なんですが。
皆してなんなの、隠し事なの?!
「オサナ様、旦那さまは結婚なさってませんし、お子さまどころか、恋人もおりません!旦那さまのご性格はオサナ様もご存知でしょう?!」
え、シークゼンの性格ってか性癖なら知ってるけど???ついでに肉食系ロリコンだってことも知ってるけど…フォローになんなくね?
「でも、シークゼンの持ってるロケットには女の人―」「ご母堂様ですっ!!!」
物凄い速さの切り返しだった。
いつものんびりしてるのに、アデーラさんってこんなに早口で畳み掛けるみたいに話せるのね…。
てか、あれがシークゼンのお母さんってことは…うわすご…あの若さでお祖母ちゃんなのか。
何も言わないあたしに思うような反応がないと焦れたのか、アデーラさんは捲し立てた。
「旦那さまは3年半前から、オサナ様一筋でいらっしゃいます!文化は違えど人は変わらぬはずです、20代の若い身で他の女性に脇目も振らず操を立てるのが殿方にとっては如何ほどの苦難かはお分かりでしょう?!」
んぁ?
なんか、聞き捨てならぬワードが…あったような。
「え、ちょっと待って、誰の話だっけ?」
「オサナ様、惚けないでくださいッ!このアデーラが旦那さまと言えばシークゼンさまの他にはございませんわ!!!」
「は、え、じゃあ、さっきのってどういう意味なの?!」
「どうもこうもありませんでしょう!」
いい加減興奮しきって顔に血が上ってきたアデーラさんにも伝わるよう、きっちり本題を言うことにした。
「違うの待ってってば!誰が、何歳なの?!」
「旦那さまのシークゼンさまは、御年28歳でございます!!!」
打てば響くというように即座に返ってきた答えは予想だにしないものだった。
「ぃ、いやいやいやいや!アデーラさん、それはないよ」
お、おなじとし、同い年はありえないから!
どー見ても40代でしょう?!
ぶんぶん首を横にふって否定する。
あの小ジワと肌ツヤで20代だとしたらシークゼンが…シークゼンがあまりにも…。
「オサナ様はまだそのような事を仰ってるのですか?!たった今、ご本人にお会いしたばかりでしょうに」
呆れたような、ってか滅茶苦茶呆れたアデーラさんが顔をしかめた。
「ええ?!まだ会ってないけど…」
いつの間にシークゼン帰ってきたの?
「お会いになられています!!!」
きっぱり言われてしまった…。
「うそ?!いつ、ねえ、いつの間に?!」
「っーーー!先ほど、オサナ様のお部屋に向かわれたでしょう!!!」
アデーラさんは卒倒しそうになるのを改めて支えてもらい、大声で言った。
「来てないよ、来たのは息子さ…あ、違うんだっけ。えっと、シークゼンと同じ種族の人なら」
「その方です!シークゼン様は、鮫族とクマノミ族、その他人族と血が混ざっておられるので間違えようもありませんでしょう!」
…どの血が入ってるかなんかわかんねぇけど。
かろうじて鮫なら歯並びでわかるかもしれないけど、初耳だし知る由もないわ!
「いやだから、アデーラさん、シークゼンはそんなに若くないじゃない。アデーラさんだってずっと一緒にいたし、シークゼンが20代というのはどう考えてもおかしいですよ。そうでなかったとしても、人があんなに変わるなんてあり得ませんよ!」
あたしがラプーツェで出会ったシークゼンは絶対にあんなキラキラしくなかったし、同じ顔という認識が阻害されるくらいにシワを含めて身体的特徴が異なる点があるのだ。
特殊メイクも無しに20歳も年齢を偽るなんて無理でしょう。
魔法もそういうのは意図して発展させられなかったらしいし。
「…オサナ様。今、わたくしはこの壮絶な思い違いの根源を見た思いでございます」
肺の中の空気を全て吐き出すように、アデーラさんは深い深いため息をついた。
は?
思い違い?
「旦那さまが、魚人の血を引いてるのは最早前提として正しく認識されていますよね?」
「あ、はい…」
「そして、あの歯並びをご覧になればわかるかと思いますが、旦那さまは雑食よりも本来肉食が適しております」
「はぁ…」
「以上を踏まえた上で、わたくしの話を最後まできっちりお聞きくださいね?」
「は、はい」
いつの間にか一人ですっくり立っていたアデーラさんが目配せすると、後ろの方にいた執事のカタルさんがすっと消えてパッと戻ってきた。
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『執事が消えたと思ってたら、次の瞬間には目の前にいた』
な…何を言っているのかわからねーと思うが、 あたしも色々わからん。
とりあえずあの名言の一部がこうして浮かぶくらいには混乱させられた。
「ありがとうね、カタルさん」
そう言ってアデーラさんは水晶で出来た薄い板を受け取った。
「まずは、こちらをご覧ください」
すっ、と差し出されたプレートはこの世界での戸籍証明…ゴテル神殿が発行する魔法の粋を集めた偽造不可の身分証明書だった。
言われるがままに目を落とすと、しっかりとシークゼンの名前が長ったらしい名字やらミドルネームやら込みで書いてあり、性別等の基本情報が記されていた。
――――――――――――――
シークゼン・サヴァ・アルマリア・ガインズァル
性別 男
年齢 28歳
――――――――――――――
年齢のところまで読んで固まる。
「まずは実年齢の方ですが…納得して、いただけましたか?」
アデーラさんは一応疑問系で言ってるけど、このプレートにそう書かれてるならそうとしか言えない。
数百年前にジュリアン大帝が大陸統一した後の政策として、時視の魔女とその弟子で彼の養子…後の現代魔法体系の祖と呼ばれたアイル公爵が作り上げたとするシステムは今でも絶対の信頼を寄せられている。
それは一重に、今の技術では不正行為ができないからだ。
そして、それで28歳と言われているなら一も二もなく事実ということになる。
「一応、オサナ様のはこちらです」
――――――――――――――
長名 路梨
性別 女
年齢 28歳
――――――――――――――
振り仮名はこちらのものだけれど、久々に漢字で書かれた文字を見た。
年もそうだけど、名前は漢字でなんて誰にも教えてないし、そうでなくともこんなに綺麗に漢字を書ける人がいるわけがなかった。
…どうやら、疑うことはあたしにもできないらしい。
「…じ、じゃあ、なんで、シークゼンは」
別に言う必要はなかったけど、頭がこんがらがって、何か喋りたかった。
「今から説明させていただきます」
アデーラさんはゆっくりと説明を始めた。
「まずは、旦那さまが爵位を賜った折りになぜシフナース砂漠にあるラプーツェで大使をするようになったのか、軽くご説明させて頂きます。
魚は水が無ければ生きれません。魚人であろうと、水の欠乏や乾燥は生きるのに多大な悪影響を及ぼします。しかし、旦那さまは生粋の魚人ではありませんから、比較的乾燥にはお強いのでございます。
わたくしたち使用人も旦那さまのような魚人の血が薄い者ですから、シフナース砂漠へ行くことが可能でした。
そのような事情から、爵位を賜った際に旦那さまは時を同じくして任期を終えた前大使に代わり、ラプーツェへ赴くことになったのでございます。
ですが、当然、乾燥が苦にならない訳ではございません。シフナース砂漠の強い日に髪は焼かれ、強い乾燥に肌は荒れます。魚人は水の豊富な場所、もとい水中にて生活しますから、多くの場合水分を体内に留めておくための機構を持っておりません。
ですから、砂漠においては魚人は人相が変わるほどに乾いてしまうのです」
ほ、ほぅ?
魚人だから、乾燥してシワが出来ていたということなの?
「え、でも、それにしては頬の弾力とか肉のつき方とか…」
肉付きから見ても確実に20代とは言えなかった。
「それに関しては、栄養面の問題でございます」
「栄養面?毎日ご飯はきちんと食べていたけど…?」
「ラプーツェでも食事は毎食出させていただいていましたが、先程も申したとおり、旦那さまは肉食系の魚人の血を引いてるのです。つまりは、たんぱく質中心の食事でなければ、肉体を健全に維持できないのでございます」
シフナース砂漠では家畜を飼うほど草が生えない為、貴重な水は効率のいい果物や食用のサボテン等に使われていた。
砂漠に住む魔物は人には毒になるものが多すぎて食べれないものが殆どなので、ラプーツェの生活はほぼ菜食と言っていいものだった。
鎖国前に日本に来ていた宣教師達も肉食中心の生活から日本のたんぱく質の少ない食事に変わったことで、驚くほど老け込んでしまっていたと聞く。
だとしたら…確かに、あり得る、かも。
「それは本当だって思うけど…その状態から、元に戻れるものなの?」
ポロリ、と口から疑問が溢れた。
「普通は戻れません。ですが、旦那さまはこの2年間ひたすらに努力をなさいました。水分をお肌に留めておくために多くの香油や化粧水を試し、新陳代謝を高め身体を元に戻す為に食事計算をなさって運動やマッサージも手当たり次第に挑戦したのでございます。旦那さまがやり遂げたことをまとめて本にすれば、世界の美容史は大変革間違いなしでございます」
…シークゼン。
あたしを徹底的に避けてなにかしてると思ったら、美容だったの。
思い出せば、そうだったのか…と納得できることばかりだ。
「あ、オサナ様」
アデーラさんは尚もだめ押しする。
「それを始めた切欠はもちろん、オサナ様が旦那さまに『40歳』と仰った時からでございます」
にっっっっっこり。
アデーラさんがにっっっっっこり笑った。
つまり。
つまり、シークゼンは、あたしが求婚を断った理由が年齢が離れすぎてると勝手に勘違いしてるから、と知って年齢が釣り合ったら…と思って2年間、努力してたってことですか???
そ、そういや…あの事件のあとアデーラさんに「あのロケットに描いてあった人、綺麗だねぇ!」とかなんとか言ったような…?
あれ?
なんか退路が…と思って視線を手元に落とすと、自分の身分証明書が目に入った。
毎年更新される実年齢がしっかりと記されたそのプレートをあたしは手に入れた記憶がない。
「ま、まさか、この身分証明書って…?」
恐る恐る尋ねれば、血色がよくまぁるい顔に笑みを広げたアデーラさんがきっぱり言った。
「はい、旦那さまがオサナ様と出会って即日神殿にて発行して頂いたものです」
アデーラさんの言葉を理解した途端、脳内であらゆるパーツが組合わさってトンでもない結論が出た。
「んのほぉおおおおおおおおおおおぉおおぉおおおおおおぉおお?!」
自分の口から間抜けない悲鳴が流れ出るのを止められなかった。
そんな、馬鹿なっ!!!
口から迸る悲鳴を遠くに聞きながら膝が崩れ落ちるのを感じた。
今まで、あたしはシークゼンとどう接していたか?
まず、挨拶はラプーツェで言うところの、愛情のキス(頬にする)をしてました。
普通は親子か夫婦でしかやらない挨拶らしいっす。けど、街中で親子がやってるのを見まして。
お隣のフィカティアちゃんもお父さんにやってたし?
10代半ばに見られてるなら、結婚が早いこの世界では40歳で孫がいてもおかしくないし?
シークゼンと親子として仲良くなろうと必死だったあたしは「ろ、ロリ…アユディは家族への挨拶だよ」となるべく簡単な言葉を選んで言う彼に「シークゼン、すき、かぞく、だめ?」と覚えたての言葉で返したような。
ふぉああああああっちゃあ!!!
年齢差があると思ってた挙げ句、自分が中学生くらいのお子様だと思われてると思ってたから!
それだけ、それだけだったの!
フィカティアちゃんもやってたし、しょうがないでしょう???
ね、親子なら普通なの。
あたしはシークゼンしか頼る人がいなかったし、どうあってもお世話になるなら仲良くなって何かを与えられる関係になりたかっただけなのだ。
だがしかし!
それが、見た目が幼かろうと同い年の相手のしたことであったらどうであろうか。
どう考えても、
「私、貴方が好きなの。結婚…考えてくれる?」
くらいにはなったのでなかろうか。
しかも、シークゼンはあたしの命の恩人である。本人からして、自分に命を救われた女性がそう言ってきたのならば「これは、惚れられたのかッ?!」って思う。絶対思う。
さらに質が悪いことに、親愛の情を示す行為だってことでシークゼンが落ち込んだときは側に引っ付いてちゅっちゅっしてました。
くどいようだが、隣のフィカティアちゃんがやってたんだもん仕方ない!!!
もうダラダラとダラダラと冷や汗が出てきて止まらない。心あたりが恐ろしいほどにあった。
あたしがふと感傷に浸って地球の話をすれば必ず聞いてくれることに気をよくして、向こうの服を再現したのを見せびらかしたりもした。
はい。
ぶっちゃけこっちの服が動きにくかったのでそれを口実に膝丈のワンピース着たり、短パンがはきたかっただけですよ。
中世みたいな常識が根付いたこっちではかなり破廉恥でしたね…ええ。
今考えたら、思いっきり誘ってるじゃないですかハハハハハハハ!!!
孫がいてもおかしくない年齢の人だから自分になど眼中にないだろうと思って、少しでも気に入ってもらえるようにシークゼンには過剰なくらい抱きついてたし。
てかむしろ、最初の頃はアデーラさんを除いたらシークゼン以外の人には警戒心バリバリでいっつも後ろに隠れてたわ。
ほ、ほら、自分しか頼る人がいないって思ったら無下にできなくなるじゃん?
それを狙うしか生き残る算段がつかなくて…ええ、最低ですとも!
それにこれは言い訳になっちゃうけど、家族をいっぺんに亡くしてから当然「家族」として甘えられる人なんていなかったわけで。
年甲斐もなく舞い上がったあたしは、幼く見られてるとたかをくくってやりたい放題だった…。
あたし、痴女じゃん。
小悪魔系とか悪魔とか通り越して、痴女!
周囲もドン引きなレベルでシークゼンにアピールしてるよね?!
…あー、一回目のプロポーズされた時…例の地球のデザインの服だったな。
その上、あたしの私室に訪ねてきたシークゼンをアユディで迎えて、話の流れで好きって言った気もする。
もういつでも来て状態やんけ。
てか、これで一度も手を出さずにいたシークゼンの忍耐力すごいよね?
ディープキスとプロポーズのコンボ食らうまでそんなの全然わからなかったし…そして、あたしはその我慢の上に我慢を重ねて遂に感極まったシークゼンをあんな形で袖にしたのか。
『さわるな、ロリコン反対!!!』
あたしが吐いた理解不能の異世界の毒。
きっと意味はわからなくても、どんな感情が籠ってたかなんて誰にでもわかる。
…我ながら、最低だ。
身体能力の高い魚人の血が入ってたって、溺れた人間をシフナース砂漠から引き上げるのは命懸け。
その後に身寄りがない無一文の、それも言葉も文化もわからないお荷物の世話をするのはどれだけ大変だっただろう。
自分だって、肉体的に過酷な砂漠で命を削るように働いてたのに。
それでも、シークゼンはあたしを助けてくれたのに。
そんな彼にあたしがしたことは何だ。
自分の思い込みでシークゼンの心を弄んで、何も返さずに奪うだけ奪って、毒を吐いて傷付けた。
見捨てたっておかしくない、いや、斬り捨てられたって文句は言えない。
なのに、また考えなしに言ったあたしの戯れ言の為に2年間も必死に、頑張って。
そして、その努力もあたしはドブに捨てたのだ。
前と同じ、異世界の毒を浴びせて。
どんな。
一体、どんな気持ちだったんだろう。
視界が歪んで、喉があつくなりひくついた。鼻はツンとして、胸が苦しくなった。
でも、あたしが泣くのは筋違いだ。
泣いていいのは、そう、シークゼンだけ。
びっくりするほど泣いていたシークゼンを思い出して、後悔が押し寄せてきた。
拭いきれなかった彼の涙で濡れた服の冷たさが身に染みる。
「オサナ様…」
騒いだ後、急に黙りこくったあたしの肩にアデーラさんのふくよかで温かな手が乗せられた。
大分、自分の世界にのめり込んでいたようだった。
アデーラさんを始めとする、家人の皆が心配してるのが伝わってくる。
「…大丈夫。自分が大馬鹿だって、やっと気付いただけだから」
ちょっとだけ微笑んで言う。
あたしは心配してもらう価値のないあたしではいられない。
これだけ心配させて、シークゼンを悲しませるだけの価値あるあたしにならなければならないのだ。
あたしの軽率な行動の結果をそれだけで終わらせてはならない。
今からでも。
シークゼンが惚れて振り回されてもやむ無しと言える女…痴女王にあたしはなる!!!
あ、いや、痴女は違うか。
えっと、なんてか、あれ、あれ…こほん。
ま、まあ、表現はいいとして。
…やっぱりね、今からキャラを変えるのは無理だと思うんだよね。
「ロリ、何処、何処にいるんだロリっ!!!」
決意を新たに固めたところで、背後からシークゼンの悲鳴に似た叫び声が響いてきた。
どうやら薬が切れて目覚めたらしく、ずっと一緒と言ったあたしがいないことに驚いたらしい。
あたしはアデーラさんたちに目配せをして自室に引き返した。
「っ、ロリッ!!!」
部屋に入ってすぐシークゼンに痛いほど抱きしめられる。
どれだけ彼が不安だったのか、あたしなんかを想っているのか、が嫌でも伝わってきた。
あの日から執着を捨てたあたしには、なんでこんなにシークゼンがあたしに執着してくれるのかさっぱりわからない。
こんなに何かに執着するなんて無理だ。
わからない、けれど。
シークゼンのことを、わかりたい、と思う。
この気持ちが少しでも彼の執着に通じるものであるように願いつつ、そっと抱きしめ返した。
その僅かな動きにさえシークゼンはびくりと身を震わせて驚いていた。
それだけのことをした。
「ごめんね、シークゼン」
また断られるとでも思ったんだろう。
シークゼンが後退ろうとした。
それをあたしは全身全霊をかけて抱きしめることで留めた。
「今のごめんはね、けじめだから。悪いけど、謝罪じゃないんだ」
まだ動揺してるけど、いつもと違うあたしの様子に呑まれたのかシークゼンは黙って聞いててくれた。
「あたし、決めたから」
怯えるシークゼンの腕をほどいて、手を掴んだまま彼を見上げる。
息を整えて、ぎゅっと手を握った。
「今までの責任全部とるので、結婚してくださいっ!」
思ったより声が出て、部屋に音が尾を引いた。
シークゼンは事態が飲み込めないのか、唖然としてる。
「年齢とか年齢とか年齢とか勘違いしてたせいで大分遠回りしたけど、『ライク』よりは『ラブ』…えっと、好きは好きでも恋人の好きって言うのかな?ああもう、とりあえず、シークゼンのこと好きになるので結婚してください」
キリッ、といつもより真剣に言う。
「惚れただけある、いい女になるよう頑張りますよ?」
ちょっとおどけるようき微笑んで握った手に力を込める。
そこから少しでも気持ちが伝わるといい。
「ああ、と、その、ロリ…?」
急に泣き腫れて赤かった顔を更に真っ赤にさせたシークゼンは視線を泳がせはじめた。
「なんですか?」
相変わらず目を合わせないシークゼンの目を追いつつ、問いかける。
「ど、どういう、心境の変化が…?」
まあ、至極当然の質問だわな。
「説明はきっとアデーラさんが上手くやってくれるから後で。とりあえずは、勘違いが全て氷解して、あたしはシークゼンと結婚したくなったの。それじゃ、駄目?」
また自分の痴女っぷりを思い出すような説明は今だけ見逃してほしい。
今思い出すのは駄目だ。
もう許容量がいっぱいいっぱいなのだ。
それなのに、肉食電波のくせしてシークゼンはもじもじ照れるばかりだった。
埒が明かん!!!
二度もプロポーズしてきたのに!と後で考えたら逆ギレも甚だしい苛立ちのままに口が動いていた。
「シークゼン、まだあたしが好きなら結婚してください」
もうこの短期間で三度目のプロポーズだ。
シークゼンより回数が増えてるではないか。
ってか、ロールキャベツじゃなくてベーコンアスパラガスなの???
草食なの???
それともプロポーズトラウマなの???
…こ、後半はやっぱなし。
「シークゼン、返事は?」
脳裏を過るタイガーホースな可能性を振り払うため、語気が強くなり、さらには冷たい目で見てしまった。
しまった!と思った瞬間、
「は、はいぃ…っ!」
シークゼンのヨロコビMAXな首肯が返ってきた。
冷ややかな視線を浴びてるのにも拘わらず嬉しそうに目を細め、顔を赤く染めている。
…今さらながらに、色々と間違ったのかもしれないとあたしは本気で思った。
それなのに、なんでか顔が緩むのは止められなかった。
暖かいサジェンラの夜が更けていく。
簡潔にとは言えないですが、終わりました。
お読みいただき、ありがとうございました。