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あたしとアデーラさん、そしてシークゼンを中心としたお屋敷のメンバーは3年かけて、ようやくサジェンラに到着した。


この3年であたしはただの嫁ぎ遅れになることが確定してしまった気がするけど、シークゼンの病状(ロリコン)には大きな改善が見られた。


旅の道程は行商隊のロリータ達や街で遊ぶロリータとロリータ尽くしだったけど、シークゼンは耐え抜いたようだ。


最初の1年においては、一番手元にあるあたしだけは諦めきれなかったようだったけども、ある事件があってシークゼンは更正した。




その日、あたしはシークゼンのロケットを拾った。


ロケットにはそれはそれは綺麗な絵が入っていて、そこには40歳ほどの美しい夫人と20歳くらいの息をのむほどの美青年がいた。


夫人の黒の瞳はシークゼンやアデーラさんと青年と同じ色で、サジェンラでは最も多い色らしい。夫人の髪の色は鮮やかなオレンジ色だったけれど、青年はシークゼンと同じ淡い灰色だった。色はともかく髪質だけは母親に似たのか、艶々とした髪はシークゼンとは正反対で柔らかそうだった。


そのシークゼンに瓜二つな青年を眺めて暫くうっとりしていたとき、気が付いた。


あ…ああああ!!!


この人、絶対にシークゼンの息子だっ!!!


…なんということでしょう。


シークゼンは、実は結婚していた上に息子までこさえていたようです!


ってか、このナイスバディーな奥さんがいるのになんでロリータなあたしにモーションかけてくるんだ???


もしかしてシークゼンの隠された性癖を無意識に開拓してしまっていたのかと慌てていると、ご本人から声がかかってきた。


「ああ、私のロケット…!ロリが見つけてくれたのか…ありがとう、助かった」


余程懸命に走り回っていたのだろう。年甲斐もなく頬を赤くして、息切れしている。


そんなに、そんなに大切なものだったのか。


まあ、そりゃあね…息子と妻の大切な思い出だろうしね。


「シークゼンのだったの?」


ずいぶん話すのは上手くなっていたけれど、シークゼンとあまり話すことはなかった。そのせいか、あたしの滑らかになったイントネーションに驚いたみたいだった。


「…ああ、家族の思い出はこれだけだからね。大切にしていたんだ」


シークゼンの髪の毛と同じ淡い色の眉が悲しげに下がった。目尻にシワがよって、いつもより老けて見える。


けれど、彼の雰囲気には母親を亡くした子どもみたいな幼さが混じっていた。


ロケットを返すとオレンジの巻き毛の女性をちらりと見て、すぐに閉じてしまった。


「…この、女の人、もう…?」


ロリコン矯正のために突き放すことにしたあたしが訊くのはどうしようもなく滑稽だった。


それでもシークゼンは苦笑して答えてくれた。


「ええ、4年ほど前に。今思えば、こうしたのにと言う後悔ばかりですけれどね」


シークゼンが口を閉じると沈黙が訪れた。


あたしはそれに耐えられなくて、余計なことを言ってしまった。


「そう…その、隣の息子さんは…?」


おずおずと尋ねると、シークゼンが目を見開いた。


「は…?」


シークゼンの声が掠れてる。


やっぱり触れて欲しくないことだったのか、と焦ってしまいあたしは更に要らないことを言ってしまった。


「あ、あの、ごめんなさい。奥さんや息子さんのことをいきなり訊くなんて不躾でした、ごめんなさい」


案の定、「奥さんや息子さん」のところでシークゼンが固まる。


いつも青白いくらいなのに、シークゼンはもっと青くなって口をぱくぱくさせ始めた。


「ろ、ロリ…」


呂律が回らないほど動揺してるなんて、よっぽどのことだ。あたしだって家族がいっぺんにいなくなった時のことを訊かれたら今でも混乱する。


「…っ、ごめんなさい!」


泣きたくなってもう一度謝って顔を伏せると、シークゼンは慌て取り繕った。


「い、い、いや、違う、そういうことじゃないんだ」


声どころか手まで震えさせているのに、あたしが安心するよう肩に手を置き顔を上げさせてくれた。


シークゼンは暫く深呼吸をして落ち着くとゆっくり語りかけてきた。


「ロリ、これから訊くことに正直に答えてくれませんか?」


その真剣な様子にあたしは息を詰まらせつつ、コクリと頷いた。


「このロケットの肖像画の二人と私はどのような関係に見えますか?」


「親子」


「誰と、誰が…いや、家族関係はどうなっているように見えますか?」


「シークゼンとオレンジの女の人が夫婦で、青年が息子さんでしょう?」


びくびくしながら答えると、シークゼンは糸が切れたみたいに崩れ落ちた。


「シークゼン?!」


あたしが驚いて彼を揺さぶると弱々しく疑問が投げられてきた。


「ロリ…貴女は、私、いくつだと…?」


突然の意味不明な質問に困惑していると、地に伏せたシークゼンが返答を催促してきた。


「え…40歳過ぎてる、くらい…?」


素直に答えると地面にめり込みきそうな勢いで突っ伏してしまった。


あたしがあわあわしてると、この騒動に気が付いたアデーラさんがやってきてシークゼンから何か耳打ちされたあとこっちを見て物凄く驚いてから、なにやら彼に同情の眼差しを向けていた。




この日から、シークゼンはフード付のローブをはずさなくなり朝夕は何やら薬品をいじくり回すようになった。


元から魚人の血が入った彼は雑食より肉食寄りだったのだと主張して、肉を中心的に食べる。一心不乱に。あたしは太ったりしないか不安だったけど、動く量も増やしているのか体質なのか、体型は変わったようには見えなかった…ローブ越しだから微妙だけど。


それはそれで異常にしか見えなかったけど、ロリータへの情熱は失われたようなので結果オーライだった。


…あたしを徹底的に避けるようになったことも、いい傾向の一つなんだと思う。


ぜったいそうだ。


そうじゃなきゃ、やってらんない。


…なんだかモヤモヤしてきた。


あたしは頭をふって、サジェンラについての情報を復習することにした。


一代貴族とは言え、男爵より上の子爵を貰ったらしいシークゼンの本邸はそれはそれは広かった。


魚人の国であるスルブデーラ王国の首都、サジェンラ。水上に浮く街と一般的な港町があるだけではない。世界で唯一の海中都市まであり、三つの街で構成された奇抜な王都だった。


シークゼンは魚人の血がかなり薄い方で水中には3日程度しか潜れないらしい。それでも十分だと思うけれど、水中では暮らせないだろう。


だから、彼の邸宅は陸にある。


この辺りはギリシャみたいに真っ白な大理石で出来てる。


それに対して、陸上の白い街と隣り合う海上に浮かぶ家々は、黄色やオレンジ緑に青と自己主張の激しい鮮やかな色彩をしている。これには理由があって、海上には大理石程重い材料は使えないからペンキを塗らないと使えない木材を多く使っていること、派手な色があれば万一波に流されたりしてもすぐに見つかることから来てるらしい。


ある意味ちぐはぐだけど、真っ青な空と緑がかった海とのコントラストは綺麗だ。


しかも、海が凪いでいて天気がいい日には海底の都市が白っぽく浮かび上がりキラキラと輝くようなのだ。それは夜になればもっと綺麗で、海中の家に光が灯れば丘の上にあるここから見ると海に幾千もの光がたゆたい、筆舌に尽くしがたい美しさになる。


有名な冒険家がサジェンラを「海に浮かぶエメラルドの王冠」と言ったのも納得だ。


手すりさえも純白の洗練されたバルコニーに出て街を眺める。相変わらずとんでもないほど綺麗な景色なのに、心は風も吹き込まない沼みたいに沈殿して停滞してた。


サジェンラに到着して、シークゼンやみんなでお祝いしたときは物凄く綺麗だって感動してたのに。


美人は三日で飽きるって言うけど、そんな感じなのかな?


もう地球で言う19時頃なのに夏のサジェンラはまだまだ昼間のように明るい。シフナース砂漠ほどじゃないけど、この高く上がる白い太陽は嫌いじゃない。


ふと空からバルコニーの真下にある庭園に目を向けると、サジェンラに着いてから一月ずっと外に出掛けていたシークゼンの馬車が帰ってきた。


捨てられたんじゃないかってヒヤヒヤしてたせいか、力が抜けるほど安心してしまった。バルコニーの手すりに身体を預けながら馬車を凝視していると、軽い足取りで銀髪の青年がおりてきた。


シークゼンの知り合いかと思っていると、彼はつかつか屋敷に入ってきた。待ってみてもシークゼン本人はおりてこないし、馬車は車庫へと踵を返してしまった。


家主がいないのにも拘わらず迷いない足取りで門をくぐる青年に開いた口がふさがらない。この屋敷にはシークゼンの好みであまり使用人がいないから、突然の訪問にはお出迎えができないことがある。


でも、それなら静かに待っているべきだ。


あの銀髪の青年は何を考えているんだろう?


顎に手を当ててぽんやり考えていると、ノックする音が聞こえた。アデーラさんだと思って「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのは青年だった。


「久しぶり」だのなんだの言ってるけど、さっぱりだ。


あたしはこんな綺麗な青年にお目にかかったことない。


スルブデーラ出身らしい上等な黒真珠のような漆黒の瞳に、ツヤツヤ光る貝殻の内側みたいな様々な色の光に揺れる灰色の髪はサラサラで。日の下では銀髪に見えたけど、部屋の中では柔らかな緑の内装のせいか、薄く緑が入ってた。


肌もみずみずしく、大人びた顔立ちと身長がなければかなり幼く見られてしまうのではなかろーか。


未だに10代に見られてるあたしの言うことじゃないけど。


見たこともないはずの、爽やかに微笑む芸術品のような美貌の青年。


…見たことないはずなのに、物凄くデジャヴが。


ドアの手前で手を後ろにやって姿勢よく立つ青年を暫く見つめてしまった。これ以上見続けたら無礼うちされても文句が言えないんじゃないか、と思えてきたころパッと閃いた。


「あっ…」


思わず口から驚きの声が漏れる。口に手を当ててそれ以上声が出るのを食い止めるのに精一杯だ。


この人、シークゼンの息子さんだー!!!


絵姿よりずっとキラキラしてて綺麗だから気付かなかったけど、息子さんに間違いない。


だからシークゼンの屋敷に迷いなく踏み込んで、居候してるあたしのとこに来たのか。


「やっと、気付いてくれましたか!」


シークゼンから一体何を聞いていたのやら、満面の笑みで歩み寄ってくる。


近付くほど彼に似ているとわかる。若い頃はこんなにキラキラしかったのか…穏やかに目尻にシワを浮かべながら笑うシークゼンと同じ表情なのに、与える印象が違う。


印象は違っても、顔のつくりが全くと言っていいほど同じで初対面には感じないほどの親近感がある。骨格が似てるからか声もそっくり。初めて会った人には思えないくらいに。


あたしがシークゼンと重ねて青年から目が離せなくなって立ち尽くしてる間に、彼は目の前まで来ていて、その上膝まずいた。


ん?と思って唖然としていると、シークゼンそっくりに優雅な動きで後ろに隠していた一輪の花を差し出してきた。


黄色味のある白い花弁が幾重にも重なった特徴的な形状。


セリアの花。


この世界に初めて来たときにオアシスに生えていた思い出の花で、ラプーツェの屋敷にたくさん咲いていたからいつも身近にあった 。


だから、花言葉も知っている。


その花言葉は、「何度でも貴方を想う」と「影から支える」。


「ロリ・オサナ、改めて(・・・)結婚を申し込ませていただきたい」


穏やかな口調の裏に込められた熱情は狂おしいまでの愛を伝えてくる。鈍いあたしでもわかるんだから、相当だ。


…や、やばい。




こ、これは…ストーカーだッ!!!




会ったこともねぇ相手に影から支えるってうわあああああああああああああああああ!!!


シークゼンの息子さん病んでますよ?!


ロリコンな上に、病んでるんです?!


なんでこんな危険人物に情報を横流ししたんですか!


求婚断った仕返しですかァアアアアアアアァアアアァアアアア!!!?


大人気ないにも程があるでしょう!


恐怖ちょっぴり涙を浮かべて硬直したあたしに何を思ったのか、狂気の息子さんが近付いてきた。


あたしは思わず、日本語で叫んでしまった。


『ひぃいいぃ、ロリコンが来たぁ!!!』




瞬間。


シークゼンの息子さんが凍りついた。




次回、ヘタレ警報発令

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