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簡潔に完結する話の予定です
震えが止まらない。
天井のあたり、屋根と壁の間にある細長い窓から差す光は茜色。魔道具の人工的な白の光に追いやられて揺れている。
もうすぐ、あたしが軟禁されてるこの屋敷の主が、ロリコンの変態が帰ってくるのだ!
って、ああ、いきなりこんなこと言われてもわかんないよね。
あたし、長名 路梨は噂の異世界トリップとやらを体験中で、ロリコンに迫られている最中のうら若き25歳の乙女です。
身長が低いのを無しにしたら容姿はそこそこ。家族を早々に亡くし天涯孤独の身になり、早十余年。仕事もそこそこ。執着できるほど何かにつけてのめり込むことはついぞ出来なかったけど、それなりな人生送れてたと思う。
けど、半年前に階段で転んだと思ったら砂漠のど真ん中に居まして。
この砂漠がまた曲者で、真っ白な砂は何処までも細かくまるで水か何かのように沈んでいくんだよ。底無し沼みたいに、ズブズブと。しかも、砂が重くて動けやしないのね。
あまりのことに驚いて「ああ、砂漠の夜は寒いってホントだったのか」とか「砂って重いなー」考えててぼおっとしてたのよ。
目の前に綺麗で神秘的なオアシスが見えてたのも現実味を消してて、どうにかしようなんて思い付かなかった。
そんなあたしを奇跡的に発見してくれたのが、屋敷の主人。この時はロリコンだなんて思いもしなかったし、どうやってるのかオアシスから一直線に重い砂の海を泳いで助けに来てくれたのには素直に感動したし、これ以上なく感謝した。
そのロリコンは「シークゼン」と名乗って、不審者丸出しのあたしに侍女をつけて世話をしてくれたばかりか、言葉を教えてくれた。オアシスにある神殿で身分証も作ってくれた。
シークゼンは40歳を越えたくらいの壮年って言葉がぴったりの男性で、純粋な人ではないらしく鋭い歯がびっしり並んでたり体温が低かったりしたけれど、そんなの気にならないくらい素敵なおじさんだった。
確かに薄灰色の髪は紫外線で荒れてバサバサだったし、年のせいか肌も乾燥してて皺も少なくない。でも、真っ黒な瞳には優しさとか誠実さがはっきり見えるし、たまに見せる遠い故郷を思う時に滲む一抹の寂しさに心を打たれましたとも。
だから、あたしはお世話してもらってるお礼も兼ねて全力でシークゼンに尽くした。いや、尽くしたとは言わないのかな?とりあえず、彼が寂しくないようにといつも話しかけたし落ち込んでる時は慰めた。
娘として!
あたしには年上趣味はないし、いくらなんでも20歳近く年上の人と付き合うのは抵抗がある。
しかも、あたしはこの世界じゃ13歳〜15歳くらいにしか見えないというのだから尚更だ。
シークゼンの使用人からそう聞いた時はびっくりした。だから家事以外の仕事をあまり任せてくれず、外に出るときは「大人と一緒に」なんて言われてたのか!とまさに晴天の霹靂の事実だった。
あたしは実年齢を言おうかとも迷ったが、10歳も差があったのでは信じてもらえまいと黙ってることにした。
とまあ、こんなことがあってシークゼンとは娘と父という風情で親交を深めていたのだ。
だがしかし!
つい、先日、シークゼン氏からプロポーズと熱いキスがあああぁああ!!!
おっそろしい、ことで、あるッ!!!
実年齢でも20歳差、見た目とか共通認識では30歳差の女にプロポーズでしてよ、奥さん!!!
せめてあたしの実年齢を知ってたならあれだけど、確実にロリコンですよ。犯罪です。
中学生の女の子に40歳のおじさんがプロポーズとか、現代日本はもちろん、この世界でも心理的には犯罪有罪贖罪(混乱)だから!!!
あたしは戦慄した。
憧れのシークゼンが、まさかのロリコンだったとは!
しかも、決してリアルの幼女には手を出さない出せない出させないを誓う変態紳士じゃなくて、仲がいいからと断りなくディープキスをしてあまつさえプロポーズする犯罪者だったという。
喫驚したあたしはシークゼンを有らん限りの力を使ってはね飛ばし、『さわるな、ロリコン反対!!!』と思わず日本語で叫んでしまったほどだ。まだこの世界の共通言語に慣れていないから仕方ない。
どんなにカタコトでもこの世界の共通言語を喋ろうとし続けてたあたしの母国語攻撃に驚いたのか、シークゼンは距離を取りつつ頭を垂れてゆっくり謝罪してきた。
「すまなかった、ロリ。焦り過ぎて、いた…本当に、すまない。ロリの気持ちが何よりも大切なのに、私は…」
あまりに悲痛なその声に身体が固まってしまって、何も言えなかった。待っても返事がないからか、シークゼンは唇を噛み締めてから部屋から出ていった。
しばらくして、言葉や習慣を教えてくれる一番仲のよい侍女のアデーラおばさんが入ってきて、呆然とするあたしを慰めた。
ぶっちゃけ、突然の事態に戸惑ってただけなんで傷ついたりはしてないんだけどね?何て言うか、傷ついたのはさ、貴女のご主人様だよ、シークゼンだよ。今、ロリコンっていう嫌疑がかけられてるのは彼だよ!社会的死亡が目前なんだよ!
「オサナ様、 未婚の少女に無断で触れた旦那様の行為は許されないものでしょうが、あの方は不安でいらしたのです。毎日輝かんばかりに成長なさるオサナ様が遠くへ消えてしまうのではないかと…」
アデーラさんんんんん!!!フォローになってないよぉ!!!
成長に、不安、を覚える、とか!!!
身体が成長しきっちゃう前にってことなの?!
残念ながらこれで成人じゃボケぇ!!!ってのは置いとくとして、やだー!真性のロリコンじゃないですか!
てか、この貞操観念が冗談みたいにキツイ世界で未婚の少女に手を出そうとする40歳って大変おヤバイのではなくって?!
むしろ、成長する余地があると思われている以上、その前に無理矢理手込めにされる可能性があるってことなの?!
だったらいっそ、年齢を明かすべき?
いや駄目だ!
もう成人してるのに見た目は立派なロリを見逃すはずかない。とりあえず欲情できる側室とかにされかねん。
うっわあ…シークゼンに拾われてあたし異世界トリップものでは勝ち組とか思ってたけど、こらアカンわ。
シークゼンと書いてロリコンと読むのか。
まじか。
詰んでるのか。
というのが、只今の現状。
んで、プロポーズ&ディープキス事件から一週間。今日の夜にシークゼン改めロリコンとの今後を話し合う会議が開催されるのだ。
ふと天井付近の窓を見ると、茜色の暖かい光りはとうに消えて、冷たいほど白い魔道具の光を切り取ったような真っ暗な窓があるばかりだった。
眼前のロリコン、後ろにはアデーラさん。
もう、前なんて向きたくない。後ろを向いて生きていきたい。
第一回、長名 路梨の今後を話し合う会議。が開催されようとしていた。
ロリコンがあたしの自室に入るのを一週間前からひたすら拒否しているため、一番信頼できるアデーラさんに付き添ってもらい応接間にての面会となった。
心のなかではもうロリコンとしか呼んでないが、シークゼンをこれ以上重度のロリコンにしないため接触を避けているのだ。
だって、もう40歳なのに独身を貫いてる美丈夫で渋い殿方がロリコンなんですよ?
なんでこんなに格好いい上に優しくて仕事もできるのに結婚してないの?って思ってたら欠陥があるからですよ、ロリータじゃないと愛せない一夏のアバンチュールしか出来ないような御仁だったからですよ!!!
あたしの命の恩人で、ここに来てから…いや、多分家族が死んでから初めて親しくしたいと思った特別な人である。なんとしても、幸せに生きてほしい。
「…ロリ、本当に、本当に、すまない…何度も言ったが、許してとは言わない。けれど、今後をどうするか、もう一度話し合わせてくれないか…?」
ぐえっ、ってなるくらい罪悪感とか悲壮感に満ちた声色。
でも、油断したら駄目だ。
ロリコンの為なのだよ、これは。
一定の年齢しか愛せないなんて不幸過ぎるもん。
「うん、話し合う、する」
リスニングはともかく、上手く話せないからカタコトになる。
だが、絶対に目は合わせないッ!!!
発案実行共にあたしのロリコン矯正プログラムでは、とりあえず好感度を上げないことを念頭に置いている。
命の恩人という最高のステータスをもってしてもロリータの心を動かせないと学べば、馬鹿ではないどころか頭のいいシークゼンのこと。きっと学習するだろう。
「…ありがとう、ロリ」
安堵のうちに落胆が見え隠れする声に振り向きたくなるが、なんとかこらえる。ロリコンを治療できるのはロリータなあたしだけなのだ。
「オサナ様…」
アデーラさんの辛そうな声もしたが、気にしたら負けなんだよ。シークゼンの人生がね!
「アデーラ、いいんだ。私が…悪い。
では、ロリ…まず言わねばならないのは、私はここを離れなければならないということなんだ」
え、ここに来てポイ捨てフラグなの???と怯えたあたしの肩をアデーラさんが優しく支えてくれた。
「ロリは私がこのラプーツェに大使として派遣されていることは教えていたよね?その任期が終わったんだ。だから、私はこのシフナース砂漠と海を越えてサジェンラ…私とアデーラの故郷に帰らねばならないんだ」
所々わからんとこがあるけど、要するにロリコン達は帰郷するのか。
「それでね、ロリ…せっかくここの生活に慣れたばかりなのに、悪いのだけれど…私達とサジェンラへ来てくれないかな?もちろん、此方に残りたいならば然るべき所に推薦状を送るよ」
横目でロリコンを見てみるともんのすごくすがり付くような目で見てた。
こわっ!!!
お前はそんなにロリータを手放せないのか?!
とも思ったけど、こないだの異常行動にさえ目を瞑ればただ拾った子供が心配なだけに見える。そりゃそうだ…見知らぬ人でも溺れてたら助けちゃうお人好しだしね。
正直、このロリコンとは別れた方がお互いのためにな…ならない、いや、ならないよ!!!
本物のロリータなら、間違って落とされちゃうかもしれないじゃんか!
それならあたしが興味を引きつつ、袖にしていた方がマシだろう。
…もしかしたら、あたしが単にシークゼンと別れたくないからなのかもだけど。
今は、今はいいや。
「…行く、アデーラさん、一緒」
保険のために、アデーラさんにしがみついてロリコンなんざお呼びじゃねぇオーラを出しておく。
…なんか本気で幼く見られるとあたしが嫁ぎ遅れるだけな気もするけど、命の恩人の為である。
アデーラさんは主たるシークゼンを見てちょっと悲しそうにしてたけど、あたしに抱き締め返してくれた。
「…ロリ、出発は1ヶ月後の予定だ。アデーラとしっかり準備をするんだよ。旅には3年ほどかかるからね」
喉が渇いて引きつれた時の様な声にはやっぱり罪悪感を感じるけど、どうしようもないのだ。
あたしはアデーラさんと自室に戻った。