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勇者、逃げる

 一方その頃、古びた小屋の地下室にて。



 通信機が受信するノイズ混じりの音と機械の駆動音が粛々と鳴り続ける、薄暗い一室。

 唯一室内を照らす光源は、テーブルの中央を浮遊する青白い光の塊――ウィル・オ・ウィスプのみだった。


 この光の塊は自然に発生するものではない。

 魔術によってのみ一定時間、この世界に存在を維持することができる異界の光なのだ。


 そして、その異界の光を現世に発現させた魔術師――エノクは目を閉じて通信機の音に耳を傾けていた。

 正確には、通信機の音の中に紛れている声に。

 しかし、なかなか聞き取れないでいた。


 エノクは通信機のダイヤルに手を伸ばし、少し調整する。


 すると、聞き飽きた無機質な高音とノイズが薄れ、はっきりと会話の音声が聞き取れるようになった。



「……ザザッ……大魔王、だ、とっ! ……はい。……しか……様子見が……ザザッ……」



 大魔王という単語が流れた時、エノクは眉を少し動かした。

 だが、それだけだった。



「ユキ。汝に、その勇者の監視役を……ずる。……そ…な! 無理ですよ! 今年で……一年……なんですから……」



 やがて電話が切られたようで、電波を受信していた通信機からは甲高い機械音のみが発せられるようになった。

 エノクは通信機の電源を切り、目を開ける。

 それから顔を上げて、目の前の光球から顔を背けるように左を見た。


「とうとう本命が現れたようだ。しかし、一体どこで手に入れたのか。いや、それは後にしよう。しかし、ティルファングの所有者を始末しない限り、封印された力が手に入らないことは明確。……どうしたい? ルシファー。いや、ルキウス」


 無表情、無感情の冷たい視線の先――椅子に膝を組み、悠然とたたずむ白銀の長髪と、目を疑うような美貌を持つ男、ルキウスは変わらず妖艶な笑みを浮かべていた。

 それは惹きつけられると同時に、常人ならば足がすくんで動けなくなる程に不気味な笑みであった。 





「ってことで、俺たちにその役割が回ってきたわけだ」

「左様か。して、報酬の程は?」


 抹茶ミルクを飲みながら相方、キリカゼは淡々と質問を投げかける。

 服装はプライベートなだけに、浴衣だ。しかし、年寄りが着ていそうな、地味すぎる色だが。


「ざっと……百億万Gよ」


 ジャラジャラとシルバーアクセサリを首から下げる、プライベートでは物凄くチャラそうな男、ロッシュはニヤリと下品な笑みを浮かべた。


 対してキリカゼは涼しい顔で、首を傾げた。


「む? 百億万Gとは……まさかとは思うが、わっぱの依頼ではあるま――」

「アホッ! 俺がそんなガキの頼みをマジに聞くかよ! 『いらいりょう、ひゃくおくまんごーるどでおねがいします』とか全部聞いてたら、俺らが飢え死にするわ! ……ったく、少しは信用しやがれ」


 キリカゼは不思議そうな顔でロッシュを見る。


「以前、百兆円という依頼を童から受領したのは拙者の見間違いであったか。して、ロッシュ殿。今回、報酬の受け取りはどのように?」


 ロッシュは、みたらし団子を串から一つ頬張り、演奏の指揮をするように二つの団子が付いたままの串をゆっくりと振った。


 もう一方の右手の内には、ユキという女性の顔写真が握られている。


「へへっ。報酬は、始末して目標物を依頼人に届けたら貰えるそうだ。まあ、何かしら罠はあるかもしれねぇが――」


「その時は『貰えるだけ貰う』、であろうな」


 キリカゼは何もかかっていない団子――三色団子の一つを頬張る。

 それを見て、ロッシュは首をかしげた。


「それ、御手洗とか、あん蜜とか何もかけないでウマいのか? 全然味がしねぇけど」

 するとキリカゼは、少しだけ表情を崩した。

「素材の味が一番であると、拙者は思う。しかし……」


 特徴的な細い目に鋭い光が宿る。

 ロッシュは空を見上げ、気付いた。


「くどい甘さは、苦手でござる」


「あ、綺麗なお姉さん。ここに代金置いとくわ。釣りはいらねぇから」


 掃除の時間は、近い。





 一方、勇者はダメージを受けていた。


 パーティメンバーとなった専属ナビゲーター、ユキに引きずられていることで肉体的なダメージを、それと同等にゾンビ集団との戦闘中に聞こえた謎の声が休みなく語りかけてくることで深刻な精神ダメージを受けていた。


 この声はユキの話を聞いて、改めて魔王の力だと意識した瞬間から大音量で聞こえてくるようになったのだが、この謎の声は嫌味なことばかりを言って勇者を悩ますのだった。

 勇者の表情は限りなく暗い。


(ほう、貴様……なかなかの小物だな。他者を蹴落としてでも大金を手にしたいとは)


「……」


(ふむ、これまでの経歴は――これは最早、人の生活ではないな。モンスターでも、こんな悲惨な食生活はできんだろう。貴様ならば、デスマウンテンでも生きられるやもしれん)


 勇者は懸命に無視を決め込む。

 体はユキに引きずられているので、靴の耐久度が低下していることが少し気になるが、引きちぎれそうな腕の痛みさえ忘れられれば、それなりに快適であった。

 あくまで『それなりに』であるが。


(折角の力だ、試しにこの女を斬ったらどうだ? いや、お前の都合に合わせて金を巻き上げるならば、やはり村長辺りだろうか)


 『金を巻き上げる』という言葉にピクリと反応し、勇者は鞘に収まったままの剣――ティルファングを顔の前まで引き上げた。


「……村長から金を巻き上げるっていうのは、どういうことだ」

 小声で話してはいたが、苛立ちは隠せていない。


(やはり、こんな小物でも勇者は勇者。村長には逆らえないか。まあいい、最初から期待は――)


「いいから詳しい話を聞かせろ。村長ってそんな金持ちなのか……!?」


 ユキに聞かれないよう小声ではあるが、ギラギラと輝く目は心の声をはっきりと告げていた。


 ――“金が欲しい”


 だが幸か不幸か、ユキは恨み言を呟くことに夢中で、後ろの勇者の様子には気づいていなかった。


(ん? 貴様、何を言って……)


「い・い・か・ら!」


 勇者の脳内は「金」という金色の文字でいっぱいだった。


(よくわからんヤツだな。まあいいだろう)


 すると謎の声は村長について話し始めた。


(この村の村長についてだが、奴は貴様の考えている以上に途方もない金額の金銀財宝や巨額の金、果ては世界に七つしか存在しない神器の一つさえ溜め込んでいる。こんな村の村長なのに、だ。実は奴の背後には貴様の前の我の所有者さえ、なかなか手を出せないほどの恐ろしい――)


「マジで!? じゃあ、早く行かないと他の奴に取られる……そうとわかれば」


(おい、話を聞け。それに貴様、“死罪”が嫌ではなかったのか?)


「あ……」


 勇者は先程ユキから告げられた死罪宣告(仮)の恐怖を思い出した。

 引きずられて振動する足が、さらに震える。

 が、勇者はにやりと笑った。

 そう、勇者は世界の絶対的で覆るはずのない真理――世界の法則を思い出したのだ。


 それは――『“金があれば何でも叶う”』。


 謎の声は勇者の脳裏に出現した言葉を読み取ったのか、呆れたようにため息をついた。


(愚かな。たとえ大金を手にしようとも、生死を問わない賞金首にされれば毎日が地獄になるのだぞ? やめておけ。我のかつての所有者の一人に、そうやって破滅した愚か者が……)


「そう、俺は……愚かだ」


 唐突に勇者は何やら言い出す。

 その様子は明らかに中二病を患った患者の症状であった。

 だが、謎の声は不思議そうに問う。


(理解していたのか。ならばこれ以上の愚行は繰り返さないことだ)


「だがな、勇者って奴はな……」


 勇者は話を聞こうともしない。

 自分の世界で独壇演説を続ける。



「命捨ててでも理想を追い求める、愚か者なんだーーっ!」



 天秤は死罪よりも金に傾いた。 

 ユキは勇者の突然の絶叫にビクリと全身を震わせた。


「うるさっ」


 勇者は自由の効く右手で鞘に収まったままのティルファングを強く握ると、思い切りユキの背に柄頭を叩き込んだ。


「馬鹿じゃなカハッ!」


 すると勇者の左腕がユキの手から解放された。

 勇者は一目散に走り出す。

 とにかく追っ手を撒けるように狭い路地へと。

 

「……本当、馬鹿は嫌い。あら、そうだわ。ナビゲーター本部には事故で死んだことにすればいいのよ……だから、殺す!」


 ユキの叫びを背に、勇者は狭い路地へと入る。

「捕まったら死ぬ、捕まったら死ぬ」と自分に言い聞かせ、つまずき転びながらも全力で走る。

 角を曲がり、積み上げられたゴミを崩して追えないように障害を作り、そして角を曲がって駆け抜け角を曲がり――

 延々と逃げ続けて、角を曲がる自分しか想像が出来なくなった頃、突然無人の通りへ出た。

 まだ追ってきているかもしれない、と後ろを振り返り、耳を澄ます。


 ……にゃっ、にゃあぅ。


 が、通りすがりの黒猫が勇者に声をかけて通り過ぎて行ったことを除いては、追ってくる気配や足音、物音は一切聞こえてはこなかった。

 つまり……


「に、逃げ切った……のか? よっしゃあっ、俺は自由だぁー!」


 勇者は両方の拳を天に突き上げて叫んだ。

 が、その刹那


「な、なぁに? 今の声……」


 誰かの声。

 勇者の全身に強い電撃が駆け抜けた。


 まずい……。


 勇者は隠れる場所がないか辺りを見回し、足元に潰れた大きなダンボール箱を見つけた。

 咄嗟の閃きでダンボール箱を素早く組み立て、中へ隠れる。

 すると、


「にゃあ?」


 かなり近くから聞き覚えのある声がした。

 ダンボールの穴から声の主を探そうと見回すと、見覚えのある黒く艷やかな毛並み――通りすがりの黒猫が哀れむような目をこちらに向けていた。


「お、おい……そんな目で見るんじゃねぇよ。どっか行け、シッシ!」


 すると黒猫は何かを悟ったように妙に温かな目を向けて、身を翻した。


「にゃ……」


 そして、走り去っていった。


 勇者にはその言葉の意味が理解できた。

 それは――


「知ってる? 村長さんの家に、世界中を騒がしている怪盗から予告状が送られてきたんですって!」


 そう、大金を溜め込んでいる村長の家にとうとう怪盗からの予告状が――……え?


 村長の家に……怪盗!?


 勇者は先程の黒猫のことをすっかり忘れ、怪盗について噂している誰かの声に耳を澄ました。

 頭の中には、一つの考えしか巡っていなかった。



 ――“財宝は、勇者のものだ”

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