表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

勇者、失望する

「な、なんだってーーーっ!?」

 駆け出し勇者は物凄い勢いで「ゆうしゃになるには」のガイドブックをめくりながら絶叫した。

 その様子は傍目からは驚いたというよりも、気が狂った不審者に見えるのだが、駆け出し勇者にはそんな体面を気にしていられるほど、火花を散らす思考に余裕はなかった。

「何をそんなに驚いているのかしら。ここはスコット村。通称“はじまりの村”よ? その程度の知識もなく、勇者を名乗ってのこのことやって来たわけ?」


『“勇者専属ナビゲーター”。

 それは右も左もメニューの開き方も分からない超新米勇者に対し、親切丁寧にAボタンの位置から十字キーの位置、さらには武器屋での武器の買い方まで教えてくれる、序盤の村に必ず一人はいる、サポートするために存在している人物である。

 上手く機転を利かせれば、そこそこの金銭を巻き上げられるので、資金不足の超新米勇者はできる限り利用しよう!

 注意:Gを使用するナビゲートは一人の勇者につき、一生に一回のサポートであるから、慎重にことを運ぼう。

    ナビゲーターによっては金銭を巻き上げすぎ――……』


 駆け出し勇者はガイドブックから顔を上げ、ユキをまじまじと見た。

 揺れる瞳に見つめられたユキは驚いたように目を大きくしたが、次の瞬間には困ったような、呆れたような笑みで優しく駆け出し勇者に微笑みかけた。

「まったくもう、毎回毎回あなたみたいな人ばっかりが来るんだから。ほら、新米さん。勇者のいろはをしっかりナビゲートしてあげるから、来てくださいな」

「は、はいっ!」

 ふわりとシルクのワンピースを揺らして優雅に歩いていくユキを勇者は追いかける。

 途中、強く右手に抱いたガイドブックを見て、駆け出し勇者は口の端を釣り上げて声もなく笑った。

 ガイドブックに書いてある通りだった。

 きっとこのガイドブックの通りに行動していれば富も名誉も、そして世界さえも全て手にできるに違いない。

 駆け出し勇者の心は湧きあがる歓喜でいっぱいだった。

 富が、成功が――明るい未来が目の前に落ちている。

 この女の家の全ての財産を手にできれば、俺は……。

 シルクのワンピースに包まれた細い背を見ながら、“希望”を胸に抱いて駆け出し勇者は足取りも軽く、勇者専属ナビゲーターの後ろを歩いて行くのだった。




「はいっ、ここが村で唯一の武器屋です。品揃えはそれなりですから、大抵の物はここで手に入ると思っていいですよ。まあ、先に行ったところにある街には負けますけどね」

「はあ……」

 まず最初に訪れたのは、見るからに寂れた武器屋。

 いや、本当に武器屋なのかどうかすら怪しい。店内には何十個もの樽や折れた武器が無秩序に転がり、立っている樽が幾つかあると思えば、その中には中古品と思しき刀剣斧槍槌………。

 しまいには魔力が封ぜられているために扱いに慎重を要するはずの杖まで乱暴に放り込まれていた。


 これが本当に武器屋なのだろうか……、と、故郷に建っていた、超がつくオンボロ武器屋――駆け出し勇者が今日という日まではボロ倉庫と蔑んでいた店――を思い出し、不景気の波という災厄は栄えた村の商店さえも、ここまで落ちぶらせるということに衝撃を受けた。

「これ、店の人とかいるんですか? そもそも扉も腐ってたみたいですけど……」

「ん? あー、ここの職人達って変わってるから、そういうデザインが好きなのよ。近所でも「臭い」ってクレームが村長タワーに寄せられているのだけど、腕はいいから放置されていて……。まあ、とりあえず武器を見てまわりましょうよ」

 ユキは廃墟のような室内を慣れた様子で歩いていく。

 駆け出し勇者は信じられないように頭を振りつつ、その後ろを仕方なくついていくことにした。

 奥へ進むと、ユキの言葉が嘘ではなかったことを嫌でも理解した。

 武器が樽の中に無造作に放り込まれていることには変わりないが、素人の駆け出し勇者が見ても明らかに武器の質が、装飾が、放つ雰囲気が、これまで見たものとは異質なものであることが分かる。

 手を伸ばし、一本の輝く剣――光剣ティルファング――を掴む。

 無論、素人である駆け出し勇者には、その希少性と価値はまるで分からないが「なんかスゲー高そう」ということは分かった。


「ウゥゥぅうぅぁあああ……」


 突然の空気の振動に、駆け出し勇者はビクリと反応する。

 背後で、犬の唸り声がしていた。

 番犬がいたことには気付かなかったが、泥棒と思われているのならマズイ。

 光る剣を掴んだままで、刺激しないよう慎重に、ゆっくりと振り返った。

 そこには――

「う、わ、うわ、うわああああああ……!」

 無数のゾンビが部屋中に蠢いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ