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勇者、シベリアになる

それは勇者○○歳、誕生日の日の出来事。


「起きて、『』。朝だよぉ」


ああ、幼馴染の女の子の声が聞こえる。

頼む。後5分と2時間だけ寝かせてくれ。


「ダメだよ。村長様が『』のことを呼んでいるもん」


仕方ない、起きるか。


そう思い、重たいまぶたを開けると、40代のオッサンの姿が見えた。


「うあああ!?」


そのオッサンは満面の笑みを湛え、くちびるを突き出してくる。


「やっと起きたね『』。目覚めのチュウを……」


「やめろぉぉぉ!!」




間一髪のところで目が覚めた。


辺りを見回すと、何だかちょー豪華な建物の中にいた。


「おぉ、勇者よ死んでしまうとは情けない」


低い声のするほうへ顔を向けると、長方形の箱のような帽子を被り、ラージサイズくらいの大きさのローブをまとったオッサンがほのぼのとした顔でこちらを見下ろしていた。


その瞬間、猛烈な寒気と貞操の危機を覚える。


なんとそのオッサンは夢の中でみた満面の笑みを浮かべて最悪な行為をしてくれようとしやがったあの目覚めのチュウのオッサンだったのである。


あまりの吐き気に口許を両腕でバツを作るようにガードしながら、俺は全力で恐怖を押し殺して睨みつけた。


 目を閉じれば夢の中のオッサンの分厚くて気持ち悪いことこの上ない唇が迫ってくる最悪の情景が蘇ってきそうである。


「な、なんだ!? 俺に何をする気だ! むしろ何をした、言え! いや、言うなッ!」


「おぉ、勇者よ頭も死んでいるとは情けない。私は神のちからで蘇生をほどこしただけですぞ」


「その蘇生ってのは……いや、そもそもここはどこだ!? 俺は確か、訳わからんお花畑で草を食べていたはずなんだが。いや、花を食べていたのか? ともかく花畑にいたんだぞ!」


すると唇が分厚いオッサンはかわいそうなものを見るような目で俺を見下ろした。


なんだこの扱いは。


「まったく、あなたはどうやら新米勇者のようですな、勇者様。あなたがどこにようと、復活テレポートの手から逃れることなどできませんぞ?」


ん? なんかよく分からないが、変な単語が出てきたぞ。


しかし悪夢のこともあるがオッサンに馬鹿にされると気持ち悪さを通り越してイラついてくるな……。


勇者はしかし、大人になることを心がけて話を聞く。レベルが上がったのかもしれない。


「だから復活テレポートってなんだよ? 初めて聞いたぞ」


「これだから新米勇者は……」


イラッ。勇者の怒りのボルテージが上がっていく。


「復活テレポートというのは、あまりに馬鹿な特攻をして死んでいく勇者たちに呆れ果てて我らが神、女神カステラ様が素晴らしい奇跡を起こして死んだ勇者様達を強制的に最寄りの教会へと転送し、復活させるシステムなのです! どうです、素晴らしいでしょう!」


「え、じゃあ寿命とか病気で死んだらどうなるんだよ?」


素朴なタブーの疑問を抱く勇者。


しかし唇の分厚い神父は平然と答える。


「当然、最寄りの教会へと転送されて復活します」


「……怖すぎだろ!? つか、そしたら世界中年寄りの勇者だらけじゃねぇか!」


「ええ、確かに勇者の平均年齢は女神カステラ様の奇跡以降、年々上昇の一途を辿っておりますが、老齢とは言え彼らも何らかの結果を残してきた勇者。実績相応の年金を勇者協会から毎月支給されているので、我々教会もきちんとお布施をいただいております」


そこで勇者は直感的に懐に手を入れた。


無い。


背中にも手を伸ばす。


無い。


それから身につけている服のあらゆるポケット、隙間を探って、衝撃の事実に気がついた。


「ちょっと待て。いや、一応訊いておきたいんだが、そのお布施っていうのは俺は持っていないわけなんだが?」


「いえ、既にお布施は頂戴しております。ご安心ください」


…………。


勇者の怒りのボルテージはさいだいだ! これ以上はあがらない!


「なぁにがご安心下さいだあ! 俺の所持金どころか財布ごと取りやがって! しかも俺の所持品、あの変な剣ごと全部没収してんじゃねぇかーー!」


「いえ、お代が足らないようでしたので現物の押収で補わせていただきました。もうお代は結構です。勇者様のご無事を――」


「何がご無事だ!? 勇者が所持金どころか所持品ゼロで、武器もないとか初期装備よりも劣化してんじゃねぇか! 俺の一億円と所持品を返せー!」


「いや、返せも何もあなた一億どころか百ゴールドも――」


「うぉりゃああああ」


勇者は怒っている。勇者が襲いかかってきた!


勇者の先制攻撃! パンチ!


「まったく、これだから最低ランクの勇者はタチが悪い」


唇が分厚い神父のトラップカード発動!


「"我は告げる。我は女神カステラの代弁者。我は宣告する。汝、我に触れること能わず"」


――神聖魔法『"Siberia of Justice"(正義のシベリア)』


「!?」


神父が刹那の詠唱を終えた瞬間、勇者と神父の間だけを空けて二枚のお菓子のカステラのような巨大な物体が現れた。


勇者は一瞬、あまりの意味不明さに動きを止めかけたが、一発ぶん殴ってやらないと気がすまないとばかりに唇の分厚い神父の顔面を拳で殴りつける。


しかし勇者の攻撃は外れた!


「な、何が……うおわああああ!?」


彼我の距離は二メートルもなく、拳も余裕で届く距離だった。その上、唇の分厚い神父も動いていない。


だというのに拳が神父の頬に触れようとした刹那、拳は止まってしまった。


それもそのはず、勇者はカステラの間にブラックホールの如く出現した大量の液体状の巨大な餡子あんこに捕縛され、瞬間的に固形化されたために動けなくなってしまったからである。


つまり、二枚のカステラで餡子をサンドした冷たくて甘くて美味しい昔ながらの今では珍しい庶民のお菓子、『シベリア』の餡子に勇者は混ざった上に固められてしまったのだった。


ちなみにシベリアは冷やすと美味しいお菓子であるためか、固形化した断面の美しい餡子は冷えひえであり、勇者は非常に寒い思いをしている。


「さ、寒っ! というか、なんじゃこりゃ!? くそ、風邪ひいたらどうしてくれるんだ!」


「これぞ女神カステラ様の奇跡の一端、"Siberia of Justice(正義のシベリア)"。まったく、これで少しは頭を冷やしなされ」


唇の分厚い神父はやれやれと教会の奥の扉へ去っていこうとする。


「ちょ、なにうまいこと言ったみたいな顔してんだ!? 頭じゃなくて体が冷えてんだよ! お、おい、一人にすんな、というかこのへんちくりんな魔法を解いてからどこかに行けよ!? おい!?」


シベリア勇者の静止の声は届かず、唇の分厚い神父は扉の奥へ去っていってしまった。


体は餡子の温度との均一化でどんどん冷たくなっていく。


とうとうシベリア勇者は一人になってしまった。


「……まあ、金銀財宝の風呂とか札束風呂とかいろいろ夢見てきたよ? でもさ、シベリアって……」


しかしシベリア勇者は動けない!


シベリア勇者の体力がシベリアに奪われていく!


「誰か、誰かたすけてくれえーーー!!」


荘厳な静寂に包まれた教会に、シベリア勇者の絶叫が虚しく響き渡っていった……。

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