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第二話・天然と我慢

うーむ。この話どうなのだろうか…

というわけで感想お願いします(; ・`д・´)

 黒く、長い髪。少し大きめな栗色の瞳。身長は女の子にしては高い方なのか、そのくらいの男友達なら多少覚えがある程度の背丈だった。秀でた特徴はないと言ったら失礼だろうが、大人しそうな見た目で割と社交的であり、人に寄っていっても嫌われることのないような人間なのだろうと、俺はすっかり思っていた。

 彼女の名前は()(とう) (ゆい)()。直光先輩(あのときの揉めごと以来呼び方を改めた)曰く、彼女は中学生から2年下の後輩として多少の絡みがあるそうで、地元が同じ由もあり、高校、大学とやたら縁があるそうな。そのうえ同じサークルに偶然なり、現状に至るらしい。そのときの謝罪及び詳細な説明の電話で先輩はこう物語っていた。しかも、若干震えを伴う声で。

『あ、あのね、カイカイ。本当にごめんなさい。あのときの娘はね、中学校からのよしみっていうか。そのくらいから学校は入れ違いばっかりだけどよく同じ場所に立つことがよくあるの。あたしも運命の人かーってくらい偶然が重なるなぁとは思うよ』

 中学のときは同じ委員会。高校のときはトイレにいく度に出会わしたそうだ。接点がありまくるおっとり年下文学女子だそうな。それにしては堂々と口論に突っ込んできたが。

 いや、話を聞けば聞くほどに全容が謎に包まれていくような気がするが、そんなこともあるのだと無理矢理飲み込んである。

 しかし、俺は忘れていない。なにより許容し難いことをポロッと先輩が口走ったのを。

『天然って、怖いんだよー……』

 電話を切る直前にそんな一言を零した人間に、俺はツッコまざるを得なかった。あんた運命の人になにされたんだよ!? 勇戦虚しく通話は終了していたが。

 それにしても、第一印象とはずいぶん違う女性なのかと首を傾げるほかない。これはまた失礼かもしれないが、王族が持つ近づき難い雰囲気と比べるとよくて下級貴族。むしろ農家の1人娘のような雰囲気だったが。あの名高き将軍・岡田直光先輩をあそこまで手懐けるとは。将軍のうえに立つは天皇、魔女のうえに降臨せしは魔王だろうか。そこまでいくともはや詐欺である。

 あれ以来、サークルそっちのけで繰り返されるコンパのせいでしばらく彼女の顔をみていないが、いつかの飲み会のときに気になったのがあの女の子だと気がついたのは先輩との言い合いになりかけた日の帰り道だ。

 年上の口論に横槍をさすとは、変わった娘だなぁと思っていてたまたま記憶に引っかかったようなもので、正直身も蓋ない。

 ちなみに、自分は立て続く『酒を飲む汚れきった会合』のなかで、未だ彼女に声をかけれていないでいる。それどころか、直光先輩にもちょっとした気まずさを感じているのだ。

 あのとき、俺がなぜあそこまでの癇癪を……?

 いまいちピンとこない。その不愉快さにしばしば手を固く握りしめた。

 周りの騒がしさは相も変わらずになかなかのもので、自ら余計なことを考えなければさまざまなことから逃れることができる。それだけが唯一の救いか。

 ただ、どうしても気にかかることがあった。それは――――

「あの、先輩……」

「おや、久しぶりのご指名だね。どったの、カイカイ」

「ここ最近、佐藤後輩が俺を見る度に苦い顔をしたり、物珍しそうな顔をしやがるんですが。あれはいったいなんです」

 それを聞くと一気に先輩の顔色が悪くなる。しかも、この前は場の空気を気に掛けるあまりそれほどとは思っていなかったが、先輩の青ざめ方は普通ではなかった。

 ここ最近、先輩の新しい一面。いや、本当の女の子の姿のこの人を何度か目にした。そのとき、驚きながらも「あの先輩のことだから」と高を括っていたのは事実だ。けれど、目の当たりにした一女性の反応は異常だった。

 そもそもこの人の声が震えていたこと自体おかしかったのだ。

 俺にはわかりかねることが多すぎる。だが、それが興味本位で聞き出していいようなものなのかは全く見当がつかない。

 少し顔色を悪くしてうつむく先輩を見てからため息をつく。なんでこう、情緒が不安定なのだ。これでは自分がいじめているみたいではないか。

「あーもういいですよ。自分で聞きますから。それと、普段うざいくらい元気なら、いつも元気でいてください。男にモテませんよ」

 きょとんとする先輩を傍目に、たまたまポケットに入っていた紙切れに文字を書き殴ってまるめ、手に握る。

「それ、どうするの?」

「じゃ、俺帰りますわ。酔って絡まれる前に抜け出したいし」

 鞄を肩にして立ち上がる。この際、先輩は無視の方向で。

「たしか明日から2日間? 施設点検でサークル活動禁止ですよね?」

「うん。だからいっぱい飲んでいこーよー」

「酒嫌いなの知ってんでしょが。それじゃ」

 空元気だろうか。しかしそれでもいい。いつものように駄々をこねる先輩に僅かに笑みを返して、酒臭い居酒屋の人を掻き分け例の女の子のいるところまで速足で歩み寄る。

 近づく俺を見てあのとき人の言い合いに首を突っ込んだにしては謙虚に逃げようとした後輩を呼び止め、最小限のボリュームで話しかける。

「おい、佐藤後輩」

「……なんでしょうか」

 背後から遠巻きにこちらの様子を窺う先輩の視線が痛いほど感じられる。

「あまり、先輩をいびるなよ」

 それだけいうと俺は踵を返し自分の分の会費を置いて店を出る。……あの人混みなら、先輩にはばれなかったはずだが。

 すぐさま携帯電話が鳴り、慌てて画面を開く。期待した相手ではなく、先輩からのメールだ。

『唯名ちゃんとなに話してたの。なによ、あの女。カイカイのなんなの!?(怒)』

引きつる頬を無理矢理笑いに変えてメールを返す。俺も訊きたい。あんたが一体俺のなんなのか。

だいたい虚勢も張れないほど精神衛生上弱っていた女がいうな。それをいうなら俺の台詞である。あんたらはお互いになんなんだ。それも直にわかるだろうが。

店を出てすぐに停めておいた自転車に乗り、蒸し暑い夜の道路を駆け抜ける。生暖かい風が髪を揺らして、ジワリとした湿気と少しばかりの汗で前髪が貼りつき、鬱陶しくそれを手で払う。そんなことを繰り返しているうちに自宅に到着。

さっき以来我が携帯端末は完全に静寂を保っていた。予想と少々違う展開にややたじろいでしまったが、まあ想定通りに物事が収まってもなあと頬を掻いて部屋に向かう。

時刻はもう11時を過ぎていた。

別に明日から夏期講習もサークルもしばし休みなのだ。のんびりと連絡を待とうじゃないか。

色々な思惑が渦巻くが、今はできることなどない。

ふと、頭痛を感じてこめかみを擦る。また酒のせいか。それとも妙な頭の使い方だもしたか。なんにせよコーヒーでも飲もうとキッチンに向かうが、なにかを忘れていたような気がする。こう、なんというか。フラストレーション?

そんなことで首を傾げた瞬間。神の悪戯か。机の上にある鞄からファイルが滑り落ちた。やかんを火にかけてそれを手にとり、驚いたというか。茫然とした。

俺は、ここ数日小説を……書いていない。

そう気づいた途端に手が震えだした。これはもはや禁断症状だ。なによりも自分が愕然としている。通りで最近の鞄が軽いと思ったら、パソコンを入れてすらなかったなんて。しかも、因りによって他人との人間関係のせいでこんなことになるとは我ながら思いもしなかった。

 軽く鳥肌まで立つような事態だったが、なんとか持ち直して拳を握る。

「あの話がはっきりするまで……。それまではぁ、堪えるんだ!」

 妙な決意を拳を同じく固めて、人生において最も優先してきたことを期間限定とはいえ手放す。受験のときでさえ多少は手をつけていたものだが。結局自身の中の驚きは冷めなかった。

 ――そういえば、あの将軍はいっていたな。これがいい機会になれば……

『あたし、いつも変に話聞いてもらったりしてるから、せめて。せめてカイカイがこのサークルでもっと笑ったりできればって』


 電話が鳴る。端末を開くとそこには非通知の文字があった。どうやら、待ちに待った彼女からの連絡である。いや、これは比喩などではない。本当に待ちに待った。そりゃもう待った。2日ある休みの2日目。時刻は夕方。赤い太陽が眩しいぜ。ちなみに紅い血をぶちまけそうなくらい俺は衰弱していました。

 なにが不味いって。なにげに自分の覚悟が固かったことからだ。事実、気づいてからも未だに小説というものに触れてすらいない。変に真面目だったらしい俺は読んですらいないのだ。その類のものにはまったくのノータッチを貫いていた。

 直光先輩から最近どーよ、なぞとメールで訊かれたものだから、素直にこう答えた。

『最近? 自分がバカだって気づいたよ、コノヤロー☆』と。その後は返信がくる前に先輩を着信拒否にしてやりました。

 とまあ、ここしばらくの単純な流れの想起を終え、固唾を呑みながら受話器を側頭部まで運んで応答する。

「もしもし? 小倉です」

 ほんの少しの沈黙のあと、低く呻いてから彼女は実に嫌そうな声で挨拶をしてきた。

『…………はい。飲み会で先輩みたいな素敵な男性の電話番号を手に入れるなんて素晴らしすぎです。ただ、そこは男から電話するのが筋じゃないです? ついでにいうと番号の渡し方も最悪極まりない』

おっとり天然系文学女子にしてはあまりに皮肉じみたもの言いだが、それを流しなんとかいいわけを試みる。

「思いつきだったんだ。怒らないで、許してくれよ、後輩」

 嘘ではない。思いつきで飲み会の帰り際、人目につかないように電話番号を書き込んだレシートを投げ渡した。てっきり遅くても飲み会を抜けたらすぐ、それか次の日には連絡をくれると思っていたのが唯一の誤算か。意外と策士だぜ、俺。

『あんなくしゃくしゃな紙、わたし捨てちゃってたらどうするつもりでした?』

「いや、誤算2つ目あったわ……」

 誤算どころか計算にすら至っていなかったのはナイショだ。

「そんなことより、思ったより連絡くるの遅かったな? すまん、忙しかったか」

『謝るなら他にあるでしょ、先輩……。それにわたし』

「わたし?」

『キカイ、ニガテ、です』

「なぜに片言だよ。え、てかなに。機械音痴で俺に電話するまで2日かかったの、マジで」

『マジです。わたしが怒ってるのはそれですよぅ。そうまでして話したいことあるなら、ふつーに話せばいいじゃないですか、面と向かって。キカイも電話もニガテ、です』

 ろくに話したこともないが、なかなかに子供らしい怒り方をしているように聞こえた。受話器の向こうに膨れた頬があるのでは、と想像して笑う。しかし、自分は変態かとすぐに青ざめた。

 それに、自分は対照に面と向かうよりこちらの方がいい。チャットなどならなおいい。まあこれ以上を求めるのは我が儘というものだ。すでに充分それに当るだろうが。

『まあいいですよ。それで、なんでわざわざ電話なんか』



――幕間――


 ある日、昔からよく繋がりがある『先輩』からメールが一件届いた。

 その『先輩』から連絡を寄越すなんてものは珍しい限りだ。そもそも、たぶんわたしはあの人から嫌われてしまっている。

そのメールには1つのファイルが添付されていた。

どう扱っていいのかもわからず、傷の少ない携帯電話――大して使いもしないから――をまじまじと見つめた。ファイル以外に本文などは一切なくて、もしかしたら大切な内容のものなのかもと思い、なんとかして見なければと強張る指であちらこちらをいじり倒した。

 格闘すること数分。

ようやく目の前には細かい文字が大量に並びだした。表示されているのは果てしない数の文字だ。つい首を傾げて、『先輩』からのメッセージとかではないと気づく。そのうえこの文章にはまったく見覚えがない。数行読んでもそれがわかる。数行、だけではダメということだろうか。

「むむむ……」

 ……とりあえずすべてに目を通してしまった。

 しかし一回たりとも自分の名前は出てこないし、ただの人間であろう『先輩』からのメールにしてはスケールが大きすぎるような。世界とか、なんだかもの凄いことが書いてある。まるで、《小説》のように。

 とてつもない容量の割にはあっさり読み終えてしまったのでいまいち断言できないが。なんにせよ自身が関係ないのはよくわかった。

 どうしようもないので『先輩』に聞こうとメールを返すことにした。

『なお先輩、サッキノメールなんですか!』

 送信ボタンを押す直前に変換ミスに気づいたものの、直し方がいまいちわからない上にもうすでにメールは相手の携帯電話まですっ飛んでしまったに違いない。そして、今度お母さんから「?」の打ち方を教わろう。

 ため息をついて端末を机に置くと、なんとタイミングのいいことか。一階にいる母からの呼び声が聞こえる。夕飯だろう。

今日は料理の支度の手伝いができなかったから、片付けくらいはしよう。


 これがどこへどう繋っていくかを、わたしはまだ知らない。


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