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「あれ、カイカイ。随分お疲れだねー。どしたの?」
「……ただの寝不足なんでほっといてください」
怠い。体が重い。ついでに気も重い。あ、全部同じことか。
今日1日の流れを軽くおさらいしよう。
本日の睡眠時間はまったくなしです。講義でとりあえずふて寝をします。怒り狂う講師は俺を当てます。わかりません。次の科目では抜き打ちテストです。知りません。つまりできません。寝ます。起こされます。寝ます。起こされます。夏休みに補習を受けさせられるかもしれないなどと不正極まりない脅迫を受けます。されどチキンな俺は大人しくします。何が言いたいか、ただ眠いのです。そしてパソコンを家に忘れました。以上。
「ちくしょー……。せっかく徹夜でやったんだから将軍に見せたかったのに」
「あー! もしかして書き終わったの、あの話。だったらメールでファイル送ってよ。家でもう一回通して読むから」
「ほーい……」
今日は厄日だ。それはもう塗り替えようのない事実。そのくらいツイていない日である。なにも、悪いことしているわけではないのに。不快な熱気を放つ太陽はいつまでも元気に空に居座り続ける。なんと、今年の最高気温を叩き出しているそうではないか。太陽よ、今すぐ爆発してくれ。さらに言うならリア充の8倍は爆発して欲しいぞ。
八つ当たりもいいところだとわかってはいるが、それでもそう思ってしまうのが人間と言うものだ。
「ねえ、ところでさ。カイカイ?」
「なんですか」
なんとか現実に戻り、脱力感を振り払いながら将軍のいた方を振り返る。そこには、なんと。儚げな女の子がいた。決して直光なぞと言う名前ではない――――
「失礼な!」
「あんたこそいい加減にそれ止めてくれ! 恐いから。人を信じられなくなりそうだから! ……で、なんです?」
にしても、やはり様子がおかしい将軍を目にため息を零しながら要件を促す。ことによっては相当めんどくさいことになる。善は急げ、臭いモノには蓋をしろ、だ。
すると、つい口元が引きつってしまうような乙女モードの将軍はいつもの声量からは想像できないような小声でこう言った。
「今日バイトとかないでしょ? 途中まで一緒に帰ろ」
「嫌です」
「なんでー! そこは快く引き受けようよ、むしろはにかんで『俺なんかでよければ』とか言ってよ!」
「そんなキャラを壊すことはせん!」
「なにそれ美味しいの?」
「喧嘩売ってるならそういってくれ。格ゲーでいいか、受けて立つぞ!」
誰もゲームかい、などとツッコみはしない。まあ若干悲しくなったのは知らないことにして、もう一度将軍の顔を見る。そうすると断れなくなるのをわかっているはずなのに。正気の沙汰じゃない。
ここまできたらため息をついてうなずくしかないことだ。経験から学ばないということは愚者ではないな、俺は。気休め程度に妙な思案が脳裏を過るが、それも大きなため息と一緒にどこかへ流れ出て行った。
自分がうなずくのを見て嬉しそうに笑う女の子。それを見ている分には悪い気がしないのも確かなのだが。できれば飛び掛かって過剰な感情表現をしないようにしてもらいたいものだ。俺の予想では5秒くらいで足のバネを収縮させるモーションをするだろう。
「カイカーイ!」
――――3秒かからないで突っ込んでくる将軍を薙ぎ払い、帰る支度を始める。こうなると時間の浪費をするのが目に見えているからだ。急いで蓋を閉めないとこちらが悪臭にやられてしまう。
「もぉー、つれないなぁ」
「やかましい、早くしてください。どうせまた男のことでしょう」
いつもそうだった。こちらの女性は自分が男を気になる度に俺に報告、相談をしてくるのだ。遊んでいるようにしか見えないペースで別れ、出会い、付き合うを繰り返すのがこの人の常らしいのだが、なんと全て本人は本気だと言うのだからどうしたものか。
それがこの二年で十六回。一年の後半からこうなったということは、去年で十回男を乗り換えたことになる。呆れるを通り越して尊敬しているのはなにも自分だけじゃないだろう。俺がいなかった一年次の将軍。是非ノーカンで行きたい。
ちなみに俺が知らされていなかった二人は付き合ってそのまま流れで手を出そうとした阿呆らしい。まったく、心配をかけるようなことをして。その二人は速攻フラれるどころかその場で半殺し。と、さっき聞きました。なんまんだぶ、なんまんだぶ……。
考えるだけで同情する。遊ぼうとして噛まれるとは思いもしなかっただろう。ああ、決して彼らの行動をよしとはしないが、あくまで同情のベクトルはチャラ男諸君に向いている。相手が悪かった。ただそれだけのことだ。
パソコンさえ持っていなければ俺の片づけは早いのなんの。リュックを肩に担ぎ、一応女の子に当たるのであろう将軍の準備を待つ。とりあえずは話を聞かないと逃げようもない。最大級の弱みを握られているからな。
そうして待機すること2分弱。ようやく用意ができた将軍に連れられて大人しく帰路に着く。
時刻はもう夕方。
夏の日は長いが、着実に日は傾きつつある。しかしサークルをしている連中にとっては非常に中途半端な時刻なもので、校門をくぐる俺たちの視界に移る人影はまばらだ。
将軍は電車で少し遠くから大学に通っているので、俺の家より少し歩いた駅から電車で通学している。ここからその駅まで歩くと実質一時間かかってしまうので、これもまたいつも通りなのだが自分の自転車で二人乗り。人けの少ない公園まで走る。
暑いなか後ろに人を乗せて駆け回るというのはなかなかに面倒だ。人がいない。それはそうしたかったからだ。その由は一年生の終わりに同じ講義を取っていたやつに言われた言葉にある。
『小倉って先輩と付き合ってんの? コンパとかよくやるなら俺にもその人伝いに先輩紹介してくれよ、なっ?』
……そのあとのことはよく覚えていない。うん、別に手はあげていないはずだ。若干足をヒットさせただけのような気がする。
「なんでこう、高校や大学生で盛るんでしょうね、人間って。今度は恋愛ものにしましょうか」
「カイカイなんかが書けるの、それ」
その一言に踵を返し、舵を一直線に我が家への道に傾ける。
「うそうそ! きっとできるよ。なんなら私がアドバイスでもする、手取り足取り!」
「あんた好きな男ができたんじゃないのかよ!」
今度は俺の一言で目の前の女が項垂れる。勢いで大声過ぎた気がしないでもないのでバツが悪くなり、ため息をつく。どうもこの人のこういう顔に弱い。
「悪かったですよ。で、次は誰を好きになったんですか」
そう自分が訊くと、将軍はいつも通りに小さなブランコまで歩いて行き腰をかける。背が低めの彼女が座ると実に風景としては違和感がない。
「あのね、先輩なの。四年生。就職活動が上手くいってないらしいんだけどね。しかも一浪で2つ上なんだ、あたしの」
「今度は年上ですか」
「うん。一目惚れに近いかなぁ。カイカイより少し背が低いの。あの人もあたしと同じ風に身長気にしてるみたい。でね、進路の話をせんせーとしてるのをたまたま見かけて。目が合ったらこう、なんていうか。バチィッとくるものがあったというか……わかる?」
錆びている遊具が少し揺れる度に不快な悲鳴を上げながら、将軍を乗せて前後に動く。
この前のは高校三年生だった。好みという概念をもっていないのだろう、こやつは。一目惚れだけではなく、話してみて好きになる場合もなんにせよ結果的に『バチィッとくる』のだ。その表現を必ず用いて、将軍は俺にそれへの経緯などを話す。それがなぜかはどうしても理解できないのだが。ただの愚痴なのか。頼ってくれていて相談してきているのか。せめてそれだけでもはっきりして欲しい。
しかし、結局彼女の一緒に帰ろうという申し出を拒めない。それを知っていてこの女は俺に誘いを出しているのだろうから、将軍は恋煩いをすると魔女になるに違いないと思う。性質の悪い話だ。
「何度も言いますけど、わかりませんよ。さっき言われた通り俺は恋愛経験ろくにないんで」
「……迷惑なのかな、年下に付きまとわれるのって。就職とかで忙しいだろうし」
なるほど。鬱陶しいとは思われたくないと。
「そうですね。俺はその人知らないんでなんとも言えませんけど。人によって、そういう時に誰かについていて欲しい人と、そうじゃない人がいると思いますけど」
「だよねー。どうすればいいんだろぉ」
毎度こうまで悩んでいるのに、飽きないのかな。などと考えてから、失礼だと思い思考を振り払う。
好きでやっている。そう思ってあげないと、見ていられない。うつむく将軍に先輩、と声をかえてこちらを向いた先輩にできるだけ優しく笑って見せる。俺は、こういう時だけこの人を『先輩』と呼ぶ。
「そこを見極めて自分がしたいよう上手く立ち回ればいいと思います。立ち回るって、聞こえは悪いですけどその人が望むことをしたいと思えるのが恋心で、相手とそれを持ち合うのが恋愛でしょ。先輩はそういうの得意そうですから」
気休めだ。俺がこういうタイミングで言うのはたいてい気休めの部類である。しかし、それで目の前の女の子は気が楽になる、ように見える。ならそれだけでいい。
こういう場合人間は臆病になるものだ。そしてやたら正しいことを言って落ち込む。だから、やたら正しそうな屁理屈をこねてその人の理屈をぐらつかせる。そうすればだいたい踏ん切りがつく。
……まあ、できればこの手の話は実際に口にさせないで欲しい。恥ずかしいったらありゃしない。
照れている顔を見せるのが妙に嫌で、そっぽを向いて伸びをする。ブランコに座る将軍もしばらくしてから勢いよく立ち上がり、礼を言いながら走り去った。
恐らく気休めは成功して、駅に向かったのだろう。
今日で何度目かは知らないが、とりあえずこれで最後にしようと深いため息をついて自分も自転車を押す。たまには歩いて帰ろう。ここから10分あまりで家には着く。
と、そこで携帯電話が鳴りペダルを漕ぐ足を止める。将軍からのメールだった。
『ありがと(涙) 書き終わった小説ちゃんと送っといてね』
絵文字がたっぷり入った文は、小さじ一杯ほどの女の子らしさを感じさせるもので小さく笑い、『先輩なら大丈夫ですよ。後悔だけはしないように。』と簡潔だが言いたいことをしっかり電子的色素配置の上に書き綴り、送信ボタンを押す。文章でならなんだって言える気がする。今度からは相談にチャットとかを使わせてもらえないものか、持ちかけてみよう。もちろんメールで。
家に着くなりパソコンのメールで文章ファイルを将軍のアドレスに送りつけた。妙に几帳面と言うか、どうせすぐに返事が来るだろう。いまさらたかが一読者のコメントを待っていても仕方がないことは心得ていて、冷静にルーズリーフを一枚つまみ出して新しい原案を思いつく限りに書き出していく。途中、ポータブルプレイヤーをスピーカーに繋いで音楽を流したりする。これがあると集中力がだいぶ違ってくるのだ。
作家、漫画家を始めとした『物語を作る人』には大きく分けて二つのタイプがいるなどと最もらしいことをよく耳にする。
直感、または無意識の内にある秩序の中で物語を紡ぐタイプ。もう1つが、意識的な計算でウケを取るタイプ。
自分がどっちかはこの話を聞いて数年経つ今でもわかりきらない。
俺の場合は、たいていなにかをしている間に原案ややってみたい描写、物語が断片的に思いつく。これだけを考えると前者のように思えるのだが、そうではない。あくまでそれは断片的な、いわばパーツなのだ。それを意図的に膨らまし、想像し、妄想していく。そうして話のかなり大まかな流れと、骨組みをしっかりと定める。それをとうとう自身の指が指示していくままに肉付けする、というのがいつもの流れなのだが。
最近はそのようなことを気にしてみていない。しかしそう考えると自身の価値がどうでもよくなっているようで変にそれが嫌だったりもする。
女心は複雑だと言うが、それはちゃんと自分の心を理解してから言っているのか。人間の心がやっかいなら女のそれがやっかいなのは当然ではないか。いや、屁理屈は終いにしよう。見苦しい。
こういった自問自答の類は傍から見るとちょっとアレな風景だが、作品作りの大きな糧。またはヒントになる。だから止めようとは思わない。決して癖で治らないなどということはないのだ。それにしてもいいわけが好きな男だな、自分は。
汗で紙が腕に貼りつく。夏とは実に不可解な季節だ。寒いよりはマシだったりするけど。
とうとう鬱陶しくなり、シャワーを浴びようと立ち上がった瞬間だった。携帯がメールを受信して震える。何気ない気持ち。何気ない動作でメールを立ち上げ、内容を確認する。
『先に言っておくね、ごめん!』
将軍からだった。きっと小説に関する話だろう。わざわざ謝ってきたということは相当ひどい言い方でもする気なのか。恐る恐るどういう意味かを追求するメールを送り返した。すると、まるで自分の恐怖心を煽るかのように端末は静寂を保つ。
高鳴る鼓動。手に汗握る、とはよくいったものだ。しかし、いくら待ってもその答えは返ってこない。気づいていないのかはわからないが、何にせよ明後日にも次のサークルはある。そこで聞き出すのは骨が折れるだろうが、この手の事象は好奇心の赴くままに解き明かすのが性分だったりする。無難に生きたいのか、そうじゃないのか。どっちだ、自分。
メモをクリアファイルに押し込んで風呂場に向かう。
夏もピーク。容赦なく流れて行く時間。夜に向かうにつれて気を遣ってるように蝉たちが静かになっていく。それはまるでいつも通りの感覚で、自身の胸に耳を当てて、その鼓動を耳にしているような心地よさを感じる。
ああ、今日はいいことを……した? ここは是非とも疑問符など付けないで胸を張りたいものだ。しかし、それは将軍の脳みそと同調しろというのと同じくらい無理難題である。
誰もを巻き込むあの性格を羨ましく思う。誰もに囲まれ、それをなんとも思わずにただ楽しそうに笑う彼女が恨めしく映る。だからこそ自分は将軍の泣き顔を見捨てられない。自分より上の人間がこちらを向くのが嬉しいのか。自分より秀でた人間がこちらを頼るのが誇らしいのか。
それを考えてみたこともなかった。恐ろしかった。自分のエゴイズムを追求するようで。
なにより、気が付いたらそんなことばかり考えている。それこそ自信が利己的な意思に囚われていることの証明であるように思えるのだ。いや。むしろそうである風にしか思えなくなっていた。
そうだな。とりあえず前向きな将軍がなによりも羨ましいのかもしれない。
ため息をつく。それは自己を嫌悪して出たものなのか。はたまた対象を妬み、羨む嘆息なのかももちろん俺が知るところではないのだ。結局は言いわけ。
蛇口をまわして勢いよく出てきたぬるめのお湯を体で受け止めて、一日の疲れを汗と共に流していく。本当は湯船に浸かりたいものだが、億劫なことから目を背けるのも自分らしさだと思い、自重。
なんとか気持ちを切り替えて風呂場を出ると、また新たなメールが来ていた。やはり将軍からで、そこには『カイカイは年下の女の子ってどう? 苦手??』といつもより絵文字の少ない文面で簡潔に述べてあった。いや、まったく意味不明だが。
一応普通に返信しておく。この手の心理戦は苦手だからな。
『なんです、急に。別に苦手でも得意でもないですよ』と俺。
『そっかー! ならよかった』と将軍。
『だからなんなんだよ!?』と俺が即返しすると、やはりメッセージは戻って来なかった。
もはやどうでもよくなってきていた。まさか、「いつものお礼に私の2つ下の後輩紹介してあげるよー! これでカイカイも男の子だね! なにかを卒業する時だね!」などと言い出すわけではない……よな。そこのところを真正面から否定できない自分がいる。
期待などしていない。いや、本当に。そもあの将軍が連れてくるにはどうも頼りない……じゃないか。ええと。
今日は疲れた。あまりになにかを考え過ぎたのかもしれない。両目の間を指でつまんで備え付けの固いソファにへたり込む。もはや新しい話が思いつかないほどだ。職業病を覆すほどの心疲労は洒落になっていないのではないか。
身震いをしてベッドまで急ぎ、ためらうことなく眠りへと落ちていく。うなされる余裕もなくぐっすり眠れたのは幸運だった。あとから考えると、この日に夢なんて見ていたらもう起きれなかったかもしれない。
ふと思ったのだが……。
「俺。若いのにハゲたりしないよね……?」
そんな小さな不安が無理矢理頭から排除されたのはここだけの話である。
夏も折りを返し過ぎて終わりへと向かうばかり。若干の寝苦しさも日に日に増していく。薄れていく意識の中で願うことがある。それは、やはりリア充と太陽の爆散であった。
そうして訪れた2日後。無論、サークルがある日である。
いつも通り聞き流す程度に退屈な講義を乗り越え、中途半端な人数ががやついている部室。その日の文芸サークルの始まりは将軍の激動の発言からだった。
「今なんて言ったか。もう一度いいすか、将軍?」
「だから、ある人に一昨日のファイル誤送信しちゃってねー」
固まる。どうしようもない憤り。それを通り過ぎてもはや言葉がない。頭の中が一瞬真っ赤になったのだが、それを通過してピンクになった感じだ。ギリギリ真っ白にはなってない。しかし、その微妙な思考の残り具合が顔色を青に変えていく。
笑いごとではない。最低限あんただけは笑うな、将軍よ。
「あんた、一体どこのどいつに流しやがった……」
しばらく頭を抱えて、ようやく掠れた声でそれを言うことができた。
もう頭が働かない。って、これはもうすでに真っ白だな。などと自嘲的な思考が過る脳内はお花畑だった。
とにかく必死に今までの出来事を想起する。ああ、俺はなにか悪いことしたのかなーなんて。と、そこで我に返り、全力で苦笑する。
「あ、バレたね」
「サークルの後輩ですか。やってくれましたね、将軍。まあ知らん三年生よりはマシですけど」
一昨日のメールの内容。年下の女子がどうとか言ってたということは、後輩の女子。しかもあの言い方は俺が絡む可能性があるというはずだ。つまりはこのサークルの後輩。
ここまで生きてきて過去に『彼女』がいなかったわけではない。だから、決して女の子に免疫がないだとか、その手のお約束は皆無。それはそうなのだが、なんでまた苦手でも得意でもない生物にこのような絡み方をせねばならん。と思わずにはいられなかった。
パニックに陥っているくせにやたら冷静な思考で、頭を抱えざるを得ない。
「あんたはなにを企んでやがる……」
「ほらー、もっとサークル仲間と仲良くしなきゃだと思って」
「だからって人の秘密にしておきたいことを暴露ですか。ほんと、最高すぎ」
目の前で将軍は一瞬ひるんだものの、そこでめげないのが『将軍』の名に恥じない根気を物語る。
どうにか言い訳を考えながら話しているのだろう。途切れ途切れに、言葉を選びながら将軍は続けた。
「あのね。まず、わざとその子に送っちゃったんじゃない。それに、あたし、いつも変に話聞いてもらったりしてるから、せめて。せめてカイカイがこのサークルでもっと笑ったりできればって」
その将軍なりの優しさが俺のなにかを強く刺激した。
「……もういいですよ、あんたはわかってるんだ。俺にそういうのを言えばなんでも許されるって思ってるんでしょ」
「違うよ!」
「その気持ちはありがたく受け取れても、あんたがやってることは俺を上手いように使ってる。そうだとしか思えないんだよ!」
机に叩きつけた拳に握られた想い。それがどんなに虚無で、理不尽なものかもわかっていた。しかし、目の前の才能が俺の頭の中をどうしようもない気持ちで一杯にしていく。
「なにがこんなにイラつくのかもわかんねえよ! でも、都合のいいとき尻尾振ってこれかよ。仲良くもクソも俺は必至に」と、一度大声を上げた見栄でぶちまけるもの全てをぶちまけようとしたそのとき。
「あのぅ」
自分の横に一人の女の子が立っていた。
長い黒髪。別に目立つ特徴はないが、あえて言うなら栗色の大きめな瞳からの視線が真っ直ぐ俺の眼に飛び込んできていることだろうか。
その人を振り返った拍子に周りの人間の注意を惹きまくっていることにいまさらながら気がついた。冷水を浴びせられたというのはこんな感じなのか、などと場違いな思考が駆け巡る中、隣の娘がほっとしたように息をついているのが新たに目に入る。
「先輩はあんな大声出せちゃうような人だったんですね」
場違いなのはどうやら俺だけではない。辺りの静けさに女の子もはっとしてから口を両手で塞ぎ、今度はなにごともなかったかのように照れくさそうにうつむく。しかし、すぐに真面目な顔に戻って微笑をしながら、
「ほら、ナオ先輩に言うことないんですか」
ナオ先輩とは誰のことなのか、すぐにわかった。憤りはすっかり冷めていて、余計なことはなにも考えず潔く将軍に向き直り、謝った。
「……す、すんませんでした」
すると、将軍は怒っているだとか、泣きそうだとかではなく、ただ冷や汗びっしょりといった様子で首をぶんぶん振る。それに対して首を傾げる俺を中継して、将軍と飛び入り娘の視線が交差していた。事情有りげなのかと一瞬疑念を張り巡らせかけるも、その娘もすぐに首を斜めに傾けてから俺と再び目を合わせる。
「知り合い、なんですか?」
さきほどまでの怒りはどこへやら。俺がそう将軍に尋ねると向こうもさっきまでの空気などすでに頭にはないようで、すっかり丸くした目で突如現れた女の子を見てゆっくりと頷いた。
これまた初めて将軍の乙女モードを見たときと同じ気分だ。なにかをこんなにも恐怖している、敬遠しているような彼女を、俺は見たことがない。
「あの、将軍? なんでまたそんな」
「ホントです、ナオ先輩。中高同じの縁じゃないですか。この前だってわたしに秘密のしょ――――」と、そこで将軍がここぞというスピードでその娘の口を塞ぐ。
「いやぁ、カイカイ。今日はごめんね! あたしもう帰るよ、この娘も一緒に!」
とだけいって、漫画のように人間一人を連れ去った将軍だったが。俺はしばらく呆然としていることしかできなかった。少ししてやっと口にできたのは、
「そういえば……あの娘。前の飲み会のときに――――」