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プロローグ/第一話・趣味と愉悦

復帰後初!

未完で、今回だけ切れ目が中途半端でしたのでこんな大量にできましたw

こんな分量は続けられないと思いますw


意見感想、お待ちしております!

 1.


 都内。とある飲み屋の中はごったがえるような人数はいないものの、客の熱気で時間が経つにつれて室温が上がっているような有様だった。

外はもう真っ暗で、時刻は12時をまわっている。

 俺は、なにをどう間違えて今ここにいるのだろうか。

 数十分前からそんな思考に悩まされる中、答えはちらちら目の前を過るに留まってしまう。いや、別にわかりそうでわからないだとかではなくて。それは実際に俺の前を右往左往している。

 呆れた自分の視線の先には、数名の女性にあれやこれやと口実を取り付けてどうにか会話に持ち込もうとする1人の先輩の姿があった。

なにも、その人だけが必死に出会いを求めて血走った瞳でその場にいる女子の四肢を見続けているわけではない。しかし、そいつの眼には明らかに他とは違う、こう、なんていうか犯罪チックな光がチラついているのだ。

 酔いが回るとこうも人は恐ろしい眼力を発揮できるのだと、俺はここ数週間でそいつから教わっている。それに付け加え、自らの父もなかなかに酒癖が悪いものでどうしても酒というのと上手く付き合えない。

 ため息をついて、手元のウーロン茶を大袈裟にあおる。

 ここは居酒屋で、もちろんクーラーは効いているはずだ。だが、周りの熱気にそれは掻き消されつつある。おかげで氷たっぷりなお茶は喉を通って体中に冷気と生気、そして水分を巡らせる。

 なにがあればここまでお祭り騒ぎになれるのかと正直微妙な心境ではあるのだが、ここまで来て異議を申し上げて場の空気をぶち壊すのは自分には無理な話だ。

 最初の「サークル親睦会」を提案され、それから今まで何度このようなことがあったか。現在四年生で絶賛就活中の先輩方が見たらさぞや嘆くだろうに。ちょっと目を離したら自分たちが繋げてきた我らが『文芸サークル』のタスキを血と涙、汗ではなく酒に浸けられるとは。

 とは言え、情けないながらも現三年生だけでなく後輩のほとんどまでノリノリでグラスを交わしているのだから、もう収拾はつかないのかもしれない。それはなんと由々しき事態か。

 しかもまあ。毎度の如く、これは親睦会と言うよりはいわゆる合コンだ。そんなのは勝手にやれば文句など1ミリもない。誓って。だが、これでは全く別の話だ。だって、わざわざサークルの活動時間なにもせずにこんな風にコンパに明け暮れているのだから。

 確かに、大学生になるときの期待といえばほとんどの人がそんなものだろう。海と聞けば青い海と白い雲を連想するように。しかし、実際に来てみればなんとまあ。あるのは打ち上げられた砂まみれの海藻、ビニールや缶などの散らばるビーチにクラゲだらけの海。それと同じだ。

 この場合はあるのは訪れないモテ期、活動をしないサークル。酔いどれの先輩と友達に、酒が苦手で浮いている自分。

すでに思考は酒の悪影響についてのエッセイでも書こうか、などと現実逃避の真っ最中だった。

 そんな中、時間が過ぎるのに連れて新たなものが俺の視界に入りつつあった。

 自分のように居心地が悪そうに、酔いどれたサークル仲間に囲まれている女の子だ。その姿と言えば、他の女性たちとはまったく別のものだった。

女性たちはまず酔った男どもの中で嫌そうな顔をする割には楽しそうに話し、酒を傾けている。彼女以外は。

 どうにも、自分とは違い酒が苦手ではないらしい。さっきから少しずつではあるがジョッキの中身は彼女の胃の中に持って行かれている。が、他の人達に絡まれてもなんだか遠慮するように笑ってすぐに縮こまっているような。

 こんなサークルでもなぜか人数は多い方で名前は覚えていないが。というかまじまじと見てみるのは初めてだろう。話したことも一度あるかどうか。とはいえ、こんな空気の中に静かな雰囲気を醸し出している彼女に興味、大袈裟に言ってしまえば好感と言ってもいいが。なんであれそのようなものを抱いてしまった。今度、まともな活動があれば話してみよう。……できれば酒なしで。

「よう、後輩―。随分静かだねぇ。どったのー」

「うるせー、戦国武将」

 この回避からのカウンターを習得したのはついこの間である。

「ァんだと、ゴルァ」

 酔いどれの扱いは嫌いだ。ただでさえ面倒な先輩がこうも悪化する。まあ、この絡みにも慣れたもので、最初は無視をしかけてちょっとアレな空気になっていたのが随分丸くなったのだろう。

 決して無愛想なのではない。よく言われるがそんなこと微塵もない。

 当の先輩の方も慣れてきているのだろう。台詞の割には特別怒る様子もなく、ようやく女漁りを諦めて自分の横に腰を落ち着かせた。まさか、自分を狙っているのではないだろう。

 自分の思考に身震いするも、そんなものが吹き飛ぶくらい隣に座るこいつが酒臭い。酒が嫌いならもちろん酒の臭いも嫌いだ。ちなみに、酒は人間をダメに見せる汚洒落(オシャレ)アイテムだと思っている今日この頃。まあここまで言っておいてなんだが、やはりたばこよりはマシな気もするけどね。なんて。

 とりあえずしかめ面をどうにか苦笑いに切り替える。

「で、どうしたんですか。岡田直光将軍。もう女の子はいいんですか」

「しょーぐん言うな。いや、大切な後輩くんが一人でしょぼくれてるから。それに、この前の小説―。気ににゃるんだけど」

 咄嗟に呂律の回らない声――しかもなかなかの大ボリュームで――とんでもないことを言ってくださる先輩を肘で小突く。真っ赤な頬を引っ叩かなかっただけマシであることを理解して欲しい。

「そんな大声で言わんでください! どうするんですか、他のやつらにバレたら」

 かく言う自分もつい大声を上げてしまったもので、声を小さくして将軍の耳元で続ける。とりあえず辺りには自分たちの会話を気にしてそうな人はいない。

「そもそも誰にも言わないからって見せる約束だったでしょーが。酔ってるからってそれだけは許さんぞ、将軍!」

「おぉ、悪い悪い。あたしだって約束破ったりはしないぞー」

 ホントかよ、と顔をしかめて数秒。だる絡みが過ぎてか先輩が自身の腕に絡みついてきた。どうにかそれを振り払うと、ぶちゅーと唇を向けてくる。倫理的に問題があるだろう。

「あんた彼氏いるだろ! いい加減にしてくれっ」

「別れた別れたー」

「通りで女子に絡んでばっかだったのか。あんたこれでなん回目だ」

 記憶している数は四回。

「うーんと、6回かな」

「この4ヵ月でどんだけ乗り換えてんですかっ」

 そう、こいつ……いや。彼女は自分の先輩で、通称「将軍」。口癖は『別れたら忘れる! そいつを好きになった事実以外はごそっとまるごと!』

 視覚的印象としては低めの身長。少々あどけなく映る丸顔。短く切り揃えられた髪の毛に、衝撃的な精神年齢。大学内では男漁りがひどいとの噂あり。

「フラれる度にサークルの女子漁るの止めた方がいいですよ。端から見てると危なっかしいったらありゃしない」

「いいんだよー、あたし男の子も女の子もイケることに気が付いたの!」

「あんたそれ以上踏み込んだらマズイよ、うん」

 どうこうしている内にも周りの連中の騒ぎ具合は酒の量に比例して増していく。静かに始まった第8回文芸サークル親睦会。最初は耳障りな蝉の声がはっきりと聞こえていたのに、今やただでさえ淡い命が自分たちのバカ騒ぎで掻き消されているのだ。申し訳ない限りである。

 それにしても、もう8回目の親睦会。これはもはやそんなものではないのではないか。

というか、その名前以外にも我々の内の何人かが人数合わせに呼ばれること多数。これがバライロの青春なのだろうか。

……だとしたら実に鬱陶しい色に混ざってしまったなあ、などと。自嘲的な笑いを浮かべる自分を知ってか知らずか、嵐は次の標的に目を付け素晴らしい方向転換っぷりでどこかへ飛んで行ってしまった。

颯爽と通り過ぎた暴風を傍目に、隠す様に持ち歩いていた鞄からノートパソコンを取り出して電源を入れる。

すっと周りの雑音が遮断されるこの感覚が好きだった。こんな中でも集中できる。それだけが自身の取柄に思えるのは皮肉なものだが、なにも『趣味』の域を出ようとしないこれに必要以上の完成度なぞ求めていない。娯楽。そう言うのが正しいのかも知れないが。なにより楽しい。そうであればいい。その程度の趣味でいい。

 ただこの感覚と、いつしか覚えた「自らが自らだけの世界を創造できるこの時」がある。それだけで今自分は酒臭い友人、先輩、後輩たちへの不快感から離れて悦に浸れるのだ。

そんなものをふつふつと感じ始めた中三の夏。末恐ろしいものだ。……老けているのか、俺は。

 なんとなく。本当になんとなくだった。キーボードを叩く指が止まり、なんらかが自分の集中力を阻害しているような気がした。

 顔を上げ、視線をぶつけてくる人間と目が合う。それは、ええと。名前はわからなのだが、さきほどから周りの連中に遠慮してる風な……

――――名前、なんだっけ。


 ・・・・・


 小説。それは古来から伝わる風習で、自分などが簡単に語れるものでは決してない。

そも近いからという不純な理由でこの大学に進学した自分においてはやはり娯楽。それにより自らの心を満たし、慰めるもの。

 一般的な見解で言えば、小説とは本に書いてある膨大な文章のかたまり。それはあくまで読む側としての暇つぶしのための『道具』、だろうか。つまりそれが指すのは究極的に読者にとっての娯楽であることを指すが、恐らく大多数の書き手にとってはその見方は芳しいものではないだろう。いや、読者に楽しんでもらいたいのは当然なのだが。

少なくとも自分の価値観で言えば、自己主張の場。それはただの文字群などではなく、己が己足り得ると証明するもの、自分の心の奥底を強く示すものであり、自分にとっての悦である。

いわゆる小説家。または作家は自身が楽しく描き、それで読者に楽しんでもらう。それでお金がもらえる。それが彼らの理想的な形態だと俺は思うわけだ。まあ要するに、自分みたいなものは大人しく趣味で書いているべきだということに行き着く思考なのだが。

しかし、そんな自己哲学をぶち壊しにかかった女がいた。

我がサークルの現部長、岡田直光である。例の将軍めは親睦会2回目から一人キーボードを叩きまくる自分を不思議に思い、声をかけてきたらしい。そこが穏便な生活が綻びだした決定的ポイントであると俺は思っている。事実、一方的かつ自己満足でしかなかった執筆活動は一転。そこには読者が生まれてしまったのだ。

自分にとって小説を書くことの初期衝動は中学三年生の夏前で、今までろくに人には見せたことがなかった。その衝動というのも実に浅はかなものであって、思い出すだけで身悶えするレベルである。なにも、バレるのがあの女でなければこうも事態が悪化することはなかっただろうに。今になってそう思うのだが、それを金属バットを使わん勢いで跳ね返したのも将軍様であった。

『ねえねえ、小倉(おぐら) (かい)くんだっけ。君、なんでそんなに恥ずかしがるのに小説なんか書き出したの? っていうかカイカイって呼んでいい?』

 それをサークル中の教室。しかも愛を叫んでも不足はないくらいのど真ん中で叫んだのだ。部長様々である、まったく。ほとんど接点のないただの先輩に軽く殺意を覚えた自分が恐ろしい。


 講義――といっても夏休みに入ってからは夏期講習なぞという名前のものになっているが――が終わり、何人かの友人に声をかけてからそそくさとサークルの活動場所である会議室に移動する。記憶では今日はバイトなのでありがたいことに、飲み会に誘われても断ることができる――いや、いつでも断れないことはないのだが将軍の握るあまりにも強大な圧力を恐れて断れないでいる――。

 ということは今日の活動での疲労は7割軽減だ。非常に助かる。

 脳内に物語の構図を広げて歩く。これをやっておけばパソコンを前にして踏みとどまることなく、素早く脳を切り替えられるのだ。それにしても講義中からずっとそうなのだが、微かに頭痛がする。昨日の二日酔いだろう。久々にかなり遅い時間まで飲み明かしていたし。主に友人たちが。

 まあ自分は臭いだけでも長時間その中にいればこうまで頭を痛まされるのだ。情けない限りである。苦手でも、簡単に酔わなくはなりたい気がしてならない。結局飲みはしないだろうから大いに矛盾しているようだけれど。

 部屋に入るなり、一言挨拶をかけてから窓際。しかもなるべく日が当たらない場所を取り腰を掛ける。風はある方で、日陰ならなんとか生きていけそうだ。すっかり慣れた手順でパソコン、ファイルを立ち上げて頭を『生活』から『創造』にシフトする。

 今書いているのはSFもので、単純で誰でも入り込めるのをコンセプトにしたような作品だ。これでもう12作目になる。正直、自分でも能力の向上を実感していた。文を書く能力、話を進める能力、物語を頭で動かす能力。

秀でたものがなくても、ものは慣れだ。


 シュンは左手に握られた彼女の手を優しく握り返した。

 彼女の頬には一筋の涙が伝わり、その視線の向こうには宇宙船の窓を通して見える淀んだ惑星があった。その星は我々を作り、我々を育み、我々の手により破壊されたのだ。

 これが。これが人の在り方なのだろうか。だとしたら、カイカイの腕に握られ――――


「は?」

「――――無視するなよぉ、カイカイ」

 振り向くと液晶画面を覗き込む将軍がいた。

「だから将軍言わないでよー。男っぽい名前で本当に気にしてるんだから」

「あんたのどこにそんな乙女チックな感性があるんだ。ていうか言ってない、俺まだ言ってないからね?! 心を読むな、心を!」

「そんなことより、読ませて読ませて。カイカイの話読むと、こう、なんか創作意欲掻き立てられるってゆーかね。毎度お世話になります」

 あんたが勝手に見たんだけどね。

 とは一応言わずに、パソコンを少しずらしてやって大人しくしておく。次こそはと反抗の意志を掲げるが、こんなことがすでになん回目かわからない時点で情けなくて死にそうになる。というか人に自分の作品を見せるだけでも死にたくなる。

 非常に形容し難いのだが。あえて言うのなら小学生が教室で独り立たされて作文を読まされる感じ。画面に向けられる視線はまるで自身に向けられているような錯覚を引き起こし、バカにされればそれは自分を罵倒されるのと同じ感覚なのだ。その羞恥心を知っているくせに、この女は堂々と本人の目の前でそれを読み漁る。どうなのだ、それは。

「またゲームの原作に応募するんですか、将軍」

「うんー。もうすぐ書き終わるんだよ? 今度は格闘ゲームのシナリオだったかな」

「今度は格ゲーですか。前はRPGに恋愛ゲーム。その会社もよくそんなに募集できますね。まあそれ全部に送っちゃう将軍にも色々言いたいことはあるけど」

 まったくである。目の前の先輩は2か月ごとにジャンル別で募集をするゲームシナリオコンテストにほぼ毎回応募しているのである。酒癖が悪くてもそこだけは否定できない。まあそうじゃなきゃこのサークルの部長にはなれないだろうというのが一般論だろうが。

 やり場もない力をこめて握った拳に気がつき、慌てて自制する。

「なんでも言ってごらんよ。いつでもウェルカムだよ?」

「常識より日本語通じなさそうなので結構です」

 軽口を叩きながら窓の外に目をやる。たまに奇声を上げる女がいるが、それ以外は静かな部屋だった。いや、それは錯覚か。自身が作り上げた壁の中にいるからこそ、今俺はなにも聞こえない。そこには蝉の声、人の声。いくつでも邪魔をしようとするものはあるはずなのに、聞こえたってそれらはそのまま自分を透過していく。

 黙りこくった将軍を傍目にため息をついてパソコンを自分の目の前まで戻す。それを見た女先輩はもう雑談は終わりだと静かに納得したようにふっと笑い、視界から消えていった。また女子にちょっかいでも出してないといいが。

 目の前で世界は進行していく。

 息継ぎに周りを見渡せば、もうすっかりみんなお帰りモードだった。集中してると時が過ぎるのは早く感じるものだ。そこで、自分もバイトがあるのをなんとか思い出してパソコンをしまう。

 通りで人が少ないと思ったら二日酔いで思いのほか被害を受けたらしい。そんな話を小耳にはさみながら挨拶をして会議室を出る。

そういえば、昨日気にかかった娘に声をかけ忘れた。まあわざわざ戻ってすることでもないだろう。とりあえずケータイで時間を確認して足を速める。

 アルバイトと言っても別になんの変哲もない、一般的なコンビニでの小遣い稼ぎである。

それをやっていなければ今頃手元にはあのノートパソコンはなかっただろうし、創作に向ける根気やインスピレーションを養うための資料として買ったたくさんの本たちと、それらから得た間接的知識は得ることができなかった。

まあ、それほどは続けているのだが。正直今はそこまで稼ぎが必要なわけではないので、半ば惰性でダラダラ引きずっているような感覚である。


 そうして終わる一日は結局いまいちなにかが欠けているようなものだ。見事なMobっぷりだと自らを嘲笑するも、どうしたって残るのは虚しさやらそう言う類の感情である。それは決して変われないのではない。そう自覚しているからこそ、変わらない自分がこうも気に入らないのか。

惰性に続けるバイトに適当に聞き流す講義。どこか満足していないにも関わらず趣味のまま中途半端な想いで描く自分だけの世界。なにもかもがただ過ぎ去っていく。

人は印象に残ったことを忘れることでそれぞれの思い出を生み出していくが、俺は今の生活で経過していく時間を忘れてしまうのが無性に怖い。こうもなにもない人生の1ページ1ページ、1行1行まで、忘れてしまえば残るものがない気がして。

勉強も中の下。特別得意なスポーツもない。できることと言えば若干まとまった文が書けるだけ。それも大したものではない。今までろくに自分の趣味に関しては話さなかったが、知った友人たちは自分を褒める。しかしそれはただ小説を書いているということに感嘆されただけだろう? そうじゃない。俺はただ褒めてもらいたいのではなく、認めてもらい、おもしろいと言ってほしい。

そんな醜い感情が残って、楽しい思い出も悲しい思い出もとりたててない日々の記憶なんてごめんだ。

気が付けばそんな考えをしていて、辺りを見渡す。別に不審な表情でこちらを見てるような人はいない。それどころか目に入ったのはバイト先のコンビニだった。さすがに第一の志望理由に近さを選んだだけあって、自転車で大学、自宅、バイト先を数十分で行き来できるのは大きなメリットだろう。ちなみに実家は都内ではなく新潟。高校から憧れ半分で絶賛独り暮らし中である。

深呼吸をして気持ちを切り替える。ただでさえ中途半端にやっているバイトで、仕事先の人やお客にまで迷惑をかけるわけにはいかないだろう。ギリギリ二日酔いのような頭痛から脱することができてよかった。

8月の頭。蒸し暑い空気を掻き分けて涼しい店内に入る。迷惑をかけてはいけないとはもちろん思っているが。本当に。しかし、心配事がないわけではない。

今日には今書いている話が終わる。

――――どうしたものか……。


 結局、その日は家に帰りパソコンを開くまで書き途中の小説のことを考えっぱなしだった。レジに立って客に笑顔を振りまこうとするも頭の中の思考は一瞬たりとも止まりはしなかった。

 普段はここまで病気っぽくはならないのだが、どうしたって話が終わりに近づくと歯止めがきかなくなるものだ。気分としては職業病の域だと自負(?)している。さっきからキャラクターたちが脳内を駆け回っているのだ。

 人にこの感覚を説明するとき、自分はそれを「マンガ」や「アニメーション」と表現する。形容し難いのには変わりないのだが、要するには自分が創り出した世界の中で作中の人物などが実際に動いている、というか。しかも、まったく違うメディアであるもののようにだ。

それはまあガキの頃からマンガを嗜んでるせいや、一昔前に参考がてらネットで調べたアニメを見たりしたせいなのかもしれないが。自分としてはそれが短所とは思わない。おかげで書き出してしまえばなかなか手が止まることはないのだし、イメージが組みやすい。

まあ、その特性がありがたいだけでは決してないのだが。

「……おっと」

 あらかじめ火にかけておいたヤカンの水が吹きこぼれそうになり、我に返る。これでブラックをすすりながら執筆に励めば格好もつくのだろうが、生憎淹れるのはココアである。決して苦いのが苦手ではない。断じて違う。糖分を取った方が脳の働きを促進させてくれるからだ。本当に。飲めるのだ、コーヒーくらい。

 であるからして、胸を張ってココアを口にする。夏場。どんなに暑くたって飲むのはホットに限る。暑い。そして熱い。だがそれが体の中に何かをもたらすのだと俺は信じている。そうじゃないとやっていられないというものだ。あの黒い液体め。今度チャレンジしてみよう。

 無駄な闘争心をココアで押さえつつ、どうにか頭を回転させる。

今日中に完成させて明日のサークルでは次の話を考えねば。と言っても、現在夜中の0時過ぎ。あと一時間あれば楽勝でゴールの予定である。

ラストスパート。間近に迫る終焉。そこからさらに一転、二転。終いには空中三回転半の妙技の如く話が続いていく。そうして、ようやく思い描いたエンディングに辿り着いた。思っていたより長く時間がかかってしまったような気がして、気怠さに大きく伸びをする。あとどのくらい寝ていられるかなーなどと安直なことを思考した瞬間。携帯電話が激しく振動し出した。何事かと手に取ってみると、それはハルマゲドン級の通知だった。

 ――――これ、目覚ましだ……。


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