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ハイエナ  作者: RK
パラフィリア編
1/2

―カニバリズム―

 連載することにしました。前回アップした短編と同じ内容です

カニバリズム、カニバリズム。

 あの子を食べたのだぁれ?

 カニバリズム、カニバリズム。

 あの子を食べたのわぁたし!

 カニバリズム、カニバリズム。

 あらあら鍋が煮えた音!

 急いでおうちに戻らなきゃ!

 鍋がこげちゃうその前に。

 『食人鬼』が帰ってくるわ!



 身も凍えるような季節が来た。

 吐き息は霧のように濃厚な白を作りだす。

 肌を突き刺すような冷気は体の芯から凍えさせ、生きる者を拒絶するかのようにも思える。

 冬。

 日照時間も短く、雪に閉ざされるこの地方は雪の白と夜の黒のモノトーンに支配される。

 人々はそこに言いようのない不安と恐怖を見出す。

「噂を聞いた?」

 凛とした声が耳朶を震わす。

 そちらを振り返ると腰まで伸ばした蒼髪と雪よりも白い肌をもった少女が腕を組んで立っている。整った顔は美しい美少女と言うに相応しいが…、見た物を突き刺すような鋭く睨む瞳が彼女の幼さを打消している。

「…いや」

 少女の問いかけに、振り向いた青年は首を横に振る。

 生気の感じられない青い肌。乱雑に切られたくすんだ赤髪。死んだような胡乱な瞳。身長は高く、少女の頭は胸くらいに位置している。

 顔も、肌も、髪も、性別も、身長も、鏡で映したように正反対。

 共通項は無いに等しい。

「そうよね、確認した私が馬鹿でしたね」

 少女は青年の答えに嘆息する。青年はいつもこうだ。何事も。すべてが万事。死んだような生活だ。

 体の活動を停止させないために呼吸をし、食事を取る。生きるための努力と言う者はせず、問いかけなければ口を開くこともない。まるで、機械のようだ。

「どうやら、人が行方不明になる事件が起きているようです」

「ほう」

 話を聞くに、隣街で起きている事件の噂のようだ。

 話を聞くに、人を喰う化物が出没しているのだと。

 人が人を食べるのであればそれは食人趣味の変態だ。倫理的に許されるものではないがそれは不可解な事件とは言い難い。彼らは人間を殺して調理する。人間の肉はあまりうまいとは言えないらしく、そこには性欲と倒錯した食欲、卓越した調理スキルが必要だ。だから彼らは人間の範疇だ。

 だが、人を食べるのが既に死んでいた人間なら?

「つまり、既に死んだ人間が蘇り人を貪り喰うと?」

「はい。どうやらそうみたいね。ただ噂話程度の曖昧な情報だわ」

 少女は肩を竦めて小さく息を吐く。その動作は曖昧な情報しか仕入れられなかった自分に対してではない。この後の青年の反応を見越した行動だ。

「行くぞ」

 彼らは掃除人。

 死体の匂いに集う狩人。

 死を蹂躙し、冒涜するその様を見て、人々は彼らをハイエナと呼んだ。


 街に着く。

 踏み固められた雪の道を歩く馬車の歩みはスリップを警戒していた為に遅く、でこぼこに凍った道の為に揺れも激しかった。

 だから、少女は降りた時にはぐったりと疲れ切っていた。

「よくあんな激しい状況だったのに何でもない顔をしていられるわね…」

「どうでもいい」

 青い顔をしている少女を一瞥し心底どうでもよさそうに返事をする青年。

「流石にそんな対応を取られると私だって怒りますよ、アードルフ!」

 アードルフと呼ばれた青年はめんどくさそうに振り返る。

「吐きたければ吐け、すっきりするぞ」

「それが女性に掛ける言葉かッ!?」

 つまらなさそうに鼻を鳴らすと、アードルフは目の前にある門を見据える。

 行方不明者、しかも食人鬼が出没すると言う噂が立っている割には活気にあふれている。

「食人鬼が出たと言う噂がたった街には見えませんね…」

「突っ立っているな、行くぞ。パルムナット」

「はいはい」

 アードルフはそんな様子も気にすらしない。

 死の匂いの気配を感じれば貪欲にそれを追い求める。まさにハイエナ。

 アードルフの背中を見てそう思うのは何度目だろうか?

(思考を切り替えないと)

 パルムナットは首を振ってアードルフの後を追った。


 情報を集めるなら酒場が一番適している。

 そこは人が集まるし、酔いが回れば口も軽くなる。なにより、旅行者から酒の肴になる話を聞こうと向こうから話しかけてくるからだ。

「おう、お嬢ちゃん。可愛いな!」

「あら、御世辞がうまいんですねおじさん」

 パルムナットの容姿は人と会話するのに適している。見た目が優れていれば第一印象が良くなり、話しかけられやすい。特に酔いの回った男たちなら尚更だ。

 逆にいえばアードルフの容姿は聞き込みには向いていない。顔立ちこそ整っているものの死んだような目や人と会話するのが億劫だと隠そうともしない態度は相手に不快感や警戒心を抱かせる。

 だから、アードルフは酒場に来ても座って飲んでいるだけだ。

 まあ、パルムナットがアードルフのところに戻ればしつこい男達も居って来ないので役には立っているのだが。

「ふぅ…、毎度ながら酔っ払いの相手は疲れるわ…」

「そうか」

「もっと労ってくれてもいいのでは!?」

 素っ気ない態度にパルムナットは噴飯ものだと憤る。

 そんな様子に目もくれないアードルフ。

「適材適所って奴だ。お前はこういう時に役に立てばいい。俺が役に立てるのは今じゃない」

 アードルフの言っている事は正しい。正しいのだがもう少しいいかたというものがあるだろうとパルムナットは思うのだ。

「そんな疲れたアピールをする為に戻ってきたのか?ならサボってないでさっさと情報を仕入れろ」

「違いますよ!全く…。どうやら行方不明者の話は本当の様です」

「にしては活気があるが」

「ええ、どうやら行方不明者は夜にしか出ないようです。昼には絶対に出ない。だからこそ昼は大手を振って騒いでいるようですね。恐怖を忘れるためにやっている部分もあるんだろうけど」

「食人鬼の話はどうだ?」

「ええ、そっちもちゃんと聞いてきたわ。それは行方不明者が出た場所が原因みたい」

「というと?」

「行方不明になったと思われる場所には大きな血だまりが出来るの。そして肉片とナイフとフォークが残されてるみたい」

「おかしくないか?」

「ええ、おかしいわ」

 そう、行方不明者が出たとされる場所に残される血だまりと肉片。

 それを見たら普通は被害者と思わないか?

 食人鬼と言われているのに。

「まあ、まだわからないわ。実際にはその肉片も血も本人のものかわからないのだし」

「…」

 アードルフは黙り込む。無言で立ち上がると酒場を後にする。

 パルムナットは代金を店主に渡すと後を追いかけて店を出た。

「唐突に行動するのはやめてもらえませんか!」

「うるさいぞ」

 振り返りもせずアードルフは答える。

 パルムナットはそのいいようにむっとするがそれを堪える。

「夜になれなければ現れないんだろう?」

 アードルフは前を向いたまま喋る。

「なら、夜までは暇だ。酒場にいても疲れるだけだ。宿を取るぞ」

 一応、アードルフなりの気遣いなのだと遅れて気付く。

「はい」

 パルムナットは少しだけ嬉しいと感じていた。


 夜。

 人が寝静まる時間。太陽の光は失われ、狂気を誘う月の光が世界を照らす。

 異形達は自身の狂気を受け入れ月明かりの下を闊歩する。

 人が寝静まった街に、人の姿はない。

 こんな時間では人通りは元々少ない。さらに行方不明者の事件がそれに追い打ちをかけている。

 だが、眠った街に人影が見えた。

 まるでふらふらと明りに誘われる蟲のように、道を歩く男が一人。

 そのまま街の中心にある広場まで歩いて行く。

 はっと我に返ったように辺りを見渡す男。

「あれ、なんでこんなところに…?」

 男が疑問を口に出すや否や影よりも濃い闇が男の前に渦巻く。

 闇はそのまま蠢き続けやがて、人の形を成した。

「ひっ!」

 男は突然の事に腰を抜かす。

 それはそうだろう。男は異形を見たのは始めてだ。

 異形の存在を知りつつも、異形を実際に見ることは稀なのだから。

「ようこそ、我が客人」

 闇が作り出した人。ダークスーツに身を包んだ紳士然とした男。

 シルクハットとステッキを持っていたら様になるであろうその男は間違いなく人間ではない。

「や、やめろ…」

 男はそいつが食人鬼だと察した。逃げようとして立ち上がろうとするが体が動かない。

「今日は30代男性の肉ですか。どれ、どのような肉質なのでしょうか。味は?どのような調理法がいいのでしょうか?やはり肉の味を知るには生で食べるのが一番。生きたまま食べればそれだけで肉は語ってくれるのですからね。私の舌がそれを受け取り、私にひらめきを与えてくれる。貴方はその名誉を手に入れたのですよ。光栄に思いなさい」

 いつの間にか悲鳴を上げることも出来ない。

 紳士は男に近づくと懐からナイフとフォークを取りだした。そして男の肌にそれを突き刺す。切り刻む。

「肉質はやはり若いものに比べると硬いですね。ですが仕事によって鍛えられた世代が多いこの歳の肉は悪くない」

 そして男の肉を一口サイズの肉片にする。それを口に入れ咀嚼する。男はそれを狂いそうな激痛と共に身させられる。

「ふむ、引き締まった肉は調理法を考えればいけそうだ。適度に熟成した肉は20代とはまた違う味がある」

 生きたまま体を切り刻まれそれを目の前で咀嚼される。何故か痛みで気絶することも出来ない。瞼も閉じられない。死を分かっていながら抵抗すらも出来ない。

 男は絶望を感じながら食人鬼に食われ続けるほかなかった。

 どれだけの時間が経っただろうか。

 骨と飛び散った血、少しの肉片がその場に残る。骨は紳士が影に収納する。一度使った食器は二度と使わない主義なのでその場に置いていく。

「さて、次は…」

 紳士は懐から肌色の塊を取りだす。不気味にうごめくそれを地面に投げる。

 するとそれはみるみると形を変えやがて先ほどの男の姿になる。そしてふらふらと元来た道を戻っていく。何事もなかったかのように。

 紳士は満足げな表情を浮かべ闇へと転じようとしたその時だった。

 ふと、気配を感じる。初めて感じる気配。人間の様でいて人間とは思えない気配。まるで狩人のような気配。本能的な恐怖がわき上がる。

「そこか」

 感じた恐怖に突き動かされるように懐からナイフを取り出し投げつける。

「逃げられたか…」

 気配は消えていた。だが、拭いようのない恐怖。人間を圧倒する化物が感じた恐怖。

「なるほど…来たか…」

 紳士は笑い声を上げる。静かな闇にその声はよく響いた。

「ハイエナァァァアアかぁぁぁ!!!」

 紳士は己の敵が来たことを察した。

 化物と狩人。闇に生きる者の戦いが幕を開こうとしていた。


「感づかれたわ」

「そうか」

 失態を犯したというのにアードルフの反応はいつもとかわらない。

「近いうちに戦いになるわ」

「なら、俺の番だ」

 死んだような目を虚空に向けて椅子に腰かけるアードルフ。

 パルムナットは腕に出来た傷を治療している。

「今回の相手はおそらく夜闇の民。行方不明者の不可解な点も分かったわ」

「ほう」

「やっぱり認識阻害が働いてるわ。死んだはずの人間が生きている。そして残された血だまりの謎。死んだはずの人間が生きている、生きているように見せかけられているせいで血だまりと肉片の謎が生れる。そしてあの夜闇の民の認識阻害、おそらく、血だまりを見たら死人がでたと思う、ではなく誰かが行方不明になったと思う、というものね」

「まあ、それがわかったとして俺には関係ない。相手が俺達に気付いたのなら謎を探る必要はないのだから」

「…そうね」

 パルムナットは俯く。

「助けられなかったことを悔やんでいるのか?」

 アードルフが声をかけてくる。こちらの心を読んだかのような問いに心臓が跳ね上がる。

「お前が悔やむことはない。お前に助けられるだけの力はあったか?ないだろう」

 アードルフの言うことはいつも真実だ。それゆえに、相手の心を傷つける刃となる。

「お前はお前の出来ることをやれ。他の事を気にして出来ることもできないのでは意味が無いだろう。お前はハゲタカ。死肉を上空から探し当てて執拗に追い続ければいい。狩りをし、獲物を引き裂くのはハイエナおれの仕事だ」

 それは見つかるという失態を犯した私に対しての慰めのようにも聞こえる。

「それに見つかったところでやることは変わらない。不意打ちでさっさと仕事が終わるか、真正面からぶつかって仕事が終わるかの違いだ、これもお前が気にする必要はない」

 何度も気にするな、と告げるアードルフの顔に慰めの気配は感じられなかった。だが、利かずにはいられない。

「…それは慰めているの?」

「そんなつもりはない。お前にうじうじされているのが鬱陶しいだけだ」

「そう…そうよね…」

 アードルフにそういうのを求めてはいけない。彼はからっぽなのだから。慰めだと感じたとは気のせいだ…。

 ハイエナ達の夜は更けて行く。


 夜が明ける。

 アードルフは昨日と寸分変わらぬ姿勢で椅子に腰かけていた。

「起きたか。今日は準備だけだ。お前がやることはないから好きにしていろ」

 それだけ言うとアードルフは立ち上がり鞄から仕事道具を取りだす。

 一丁の銃。

 それは異形に死を与える。肉を食いちぎり飲み干す獣。

 拳銃と呼ぶには巨大過ぎるそれはアードルフの手に収まってやっと拳銃らしさを手に入れる。

 一振りの剣。

 装飾など一切ないそれは輝きだけで切れるのではないかと思わせるほどの無垢な輝きを放つ。

 肉を切り裂き、骨をも裂く。異形に飢えた獣の刃だ。

 これらがアーノルドの持つ仕事道具。

 パルムナットはそれを見ているだけだ。

 パルムナットに戦う力はない。

 戦って傷つくのは決まってアードルフだ。

 アードルフは気にすることではないと言う。

 だが、パルムナットだって戦いたいのだ。

 化け物どもを駆逐したい。この怒りのやり場は、ずっと胸に燻っているのだから。


 そして夜が再び訪れる。

 夜闇の民の力か昼ごろから空を雲が覆い気温が下がっていた。

 さらには霧も発生し、住人も経験したことのない寒さが街を襲っている。

 氷霧が発生しているせいで視界は劣悪だ。

 その中をアードルフとパルムナットは突き進む。

 寒さに耐えるように体を抱くパルムナットとは対象的に、寒さを感じさせないアードルフ。

 二人の間には沈黙が流れる。

 その沈黙を打ち破ったのはアードルフだ。突如、アードルフ石畳を蹴る。

 そのままパルムナットを肩で突き飛ばす。

「きゃあ!」

 突如の事に反応できず手をついて転ぶ。

 身を起こして戦慄する。

 パルムナットが先ほどまで立っていた場所には赤い氷柱が突き刺さっていた。

「さっさと立て!」

 アードルフが叫ぶ。右手の剣が氷霧を裂いて飛来する赤氷柱を迎撃する。左手の銃が夜の街に轟音を轟かせる。

 パルムナットは立ち上がり身構える。額に意識を集中する。すると自分の肉体から少し離れたところに自分の意識があるように認識する。

 その自分から見る景色は氷霧など無いに等しいクリアな視界を確保する。それどころか、街全体を俯瞰してみることが出来る。

 勿論、それをしている間は頭に絶え間なく情報が流れ込むため脳に負荷がかかる。出来て5分が限界だ。

「そこから二時の方向に2体!!」

 手に入れた情報をアードルフに伝える。

 アードルフはその声を聞いた瞬間に銃をそちらに向ける。

 2発の轟音。

「次は十時の方向!!」

 阿吽の呼吸で一体一体、視界の先にいるなにかの命を刈り取る。

 攻防はすぐに終わりを告げる。

 敵が居た方に向かえば人間の形をした肉塊が転がっていた。

 死人。夜闇の民が生み出す眷属だ。

 程度は様々だが、これらは完成度が高い。本物の人間と見間違うほどに。

「全く、私の眷属を殺してくれるとはやってくれるじゃあないか」

 背後からの声にアードルフは振り返る。

 振り向きざまに剣を一閃、その剣はダークスーツに身を包んだ男の細剣を弾いた。

 アードルフの反応が遅れていればパルムナットはその剣に胸を貫かれていただろう。

「うそ、私の天眼に反応が無いなんて…」

「昨日感知系の技を使っていたのはそこの美しいお嬢さんでしたか。これはこれは美しいハイエナだ」

「そいつはハゲタカだ。ハイエナは俺だ」

 普段の死んだような眼からは考えられないくらい瞳に煌々と光を湛えたアードルフ。凄惨な笑みを浮かべて舞うように剣を繰り出す。

「野蛮な…。もっと上品な舞いを踊れないのか?」

「あいにく育ちが悪いからなッ!!」

 静と動のぶつかり合い。パルムナットはそれを見ているだけだ。

 袈裟、返し、蹴り、突き、払い。

 アードルフの猛烈な攻めを柳のように受け流す。

 隙をついた細剣の突きを爆発的な瞬発力で後方に下がることで避ける。

「素晴らしい!貴様は私が名乗るに相応しい相手だ、ハイエナよ!」

「そうかよ!」

 再び石畳を蹴り肉薄する。

「私の名前はピーター・ヘイグ・ハールマン!!ハイエナ!貴様も名乗れ!!」

 激しい攻防の最中であってもピーター・ヘイグ・ハールマンと名乗る夜闇の民は笑みをたたえる。

「アードルフだ!お前はここで死ぬから覚えなくていい!!」

 意外とノリのいいアードルフはその名乗りに付き合ってやる。

「アードルフか!まさしくハイエナに相応しい名前よ!」

 ピーターは体を霧状にしてアードルフの猛攻を凌ごうとする。

「馬鹿が!霧になったところで避けれるか!」

 アードルフの持つ剣が鋭く輝く。

 その輝きで切り裂こうとするかのように剣を振る。

「なんだと!!」

 光を帯びた剣は霧になったピーターの体を消滅させた。

「それは破邪性を帯びた魔剣か!!」

「ご名答!!」

 慌てて霧になった体を戻すピーター。だが消滅した一部は戻らない。

 腕を失ったピーターとアードルフの戦いは決着もついたも同然だ。

 ダメージにより攻撃を捌ききれなくなったピーターの胸に刺さるアードルフの剣。

「GYAAあああァぁアアアAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」

 夜闇の民の弱点である心臓を突き刺した破邪の魔剣。夜闇の民がこれを喰らえば死は確定する。

「夜にそんな風に叫ぶんじゃねえよ」

 アードルフは弾丸を頭部に打ち込む。

 銃を撃ちこまれる度にピーターの体は激しく痙攣し、3発目で頭部の原型は無くなった。痙攣も同時に治まる。

 ピーターの体はやがて砂のように空気に溶けて行く。死体すらも残らない、呆気ない最後。

「終わったぞ」

「…見てわかるわ」

 アードルフはいつもの死んだような目に戻る。

 彼は化物との戦いの時にだけ感情を昂らせる。

 それ以外はからっぽ。感情を何処かに置き忘れてしまったみたいに。

「それは私もか…」

 憎悪。化物に対しての激しい憎悪が私の身を焦がす。

(私は嫉妬しているんだわ…)

 パルムナットは化物に、闘う力を持たない自分に、アードルフに激しい怒りを持っている。

 明けない朝は無い。

 ハイエナと化物たちのの夜も例外なく。

 当事者達の気持ちを置き去りに、時間は無情にも流れて行く。



 お留守番よ、お留守番。

 いい子にいい子に待っててね。

 いい子にいい子に待ってます。

 何時まで経っても帰って来ない。

 あらあら不思議、あら不思議。

 お腹のすく音がなってるわ。

 まだまだ帰りは遅そうね。

 まだ『食人鬼』は帰らない。


 アードルフとパルムナットは未だ街に滞在していた。

 用が済めばさっさと街を後にする二人だ。なにも観光目的という訳ではない。

 理由は明白だ。

「いつまで滞在しなければならないんだ」

「私に文句を言ってもしかたないでしょ…」

 街を氷霧が覆っているのだ。この地方では氷霧は余り発生しない。しかもここまで大規模なものはなかなか見ることが出来ない。氷霧が出ている間は視界が劣悪である。危険すぎるので馬車はその中を走れないし、そもそも雪と同化した視界でまともに歩くことなど出来ないだろう。

「まるで俺達を外に出したくないみたいだな」

「まさか。ピーターとかいう夜闇の民は滅したじゃない」

「そうだな。ピーターは俺が滅した。それで仕事は終わったと思っていた。だがまだ終わっていないとしたら?」

「…もう一体化物が潜んでいるとでもいいたいの?」

「そうだ。この氷霧は出来過ぎているからな、そう考えればしっくりくる。いつも通りお前は探知しろ。見つけ次第俺が滅ぼす」

「…わかったわ」

 それが1週間前のこと。食人鬼の事件を起こした夜闇の民はアードルフの手で滅せられた次の日の話だった。


 パルムナットは単身調査に当たっている。

 アードルフは出てくる前に此方を振り向きもせずにアミュレットを投げ渡してきた。

「これは…?」

 気怠そうな背中に問いを投げる。

 今も氷霧は街を覆い太陽の光を遮っている。寒さはもはや防寒着越しに肌を刺す。街中を歩いている人は皆無であった。

「ん?」

 ハゲタカとして鍛えられた聴覚が何かの音を拾う。

「泣き声?」

 それも幼い少女の泣き声だ。

 頭に警戒音が鳴り響く。慎重にそちらに歩みを進める。

 踵が石畳を叩く音と泣き声。視界は白く染められている。

 この時間が永遠と続くのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 やがて霧の向こうに影が見えた。

「えっぐ、ひっく…」

 暖かそうな赤いコートに身を包んだ少女がそこにいた。

 ろくに歩けないような霧の中に何故このような少女が…?

「どうしたの?」

 頭に警戒音は鳴りっぱなしだ。なのにパルムナットは無防備に声をかける。

 おかしい。

 まるで誘蛾灯に誘われる蛾のように。

 食虫植物の香りに誘われる蟲のように。

「あのね…、帰って来ないの…。私、お腹すいてるのに…。ご飯持ってくるって言ったのに…。美味しく調理するから待っててねって言ったのに…。私、ちゃんとお留守番してたよ…?」

 危険だ!危険だ!危険だ!

 こいつは…、危険だ!!

 体を弾かれたかと思うくらいに勢いよく、それこそ石畳を踏み砕く勢いで蹴る。

 少女はゆっくりと立ち上がると、ゆらり、と此方を振り向いた。

 瞬間。

 体を駆け廻る電流。

 四肢の感覚は一瞬で吹き飛ぶ。

 目の前が歪み、自分が立っているのか倒れているのかもよくわからない状況になる。

 圧倒的なプレッシャー。

 呼吸が乱れる。

 息がうまく出来ない。

「ねえ…」

 その間にも少女は、少女の形をした化物は歩み寄ってくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 ひたひた、ひたひた、と石畳を歩く音がする。

「どうしてピーターは帰って来ないの…?」

 耳元でささやかれるような、怒鳴りつけられるような、相反した声が耳朶を震わす。

「貴方に聞けばわかるかしら…?」

 手が伸ばされる。小さいその手から感じる絶対的な死の気配。

 ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくるその手がパルムナットの胸に触れられた。

 服が引き裂かれ下着が露わになる。そして…。

「…ッ!?」

 その瞬間に少女は苦痛に顔を歪めて飛びずさる。同時に今まで狂っていた感覚が正常になる。

 全身を倦怠感が襲う。なによりも、死の淵から生還できたことに体が安堵しているのが分かる。

 アードルフから渡されたアミュレットが淡く赤い光を放ち熱を持っている。

「退魔の加護…!!」

 少女が憎々しげに毒を吐く。

 パルムナットはその隙に逃げ出す。

 戦う術を持たない自分は逃げるしかない。走りながら天眼を行使。気配が未だに動いていないのを確認する。

 必死で走っているさなか、聞こえないはずの呟きが直接耳に届く。

「覚えてなさい…」

 それは、大切な人を殺された者の呟きだった。


「そうか」

 息を切らして宿に戻ってきたのが少し前。

 アードルフに「どうした?」と聞かれたのでこれまでの経緯を話して帰ってきた言葉はたった一言だった。

「そうだ、一つ言っておくことがある」

「なによ?」

「そのままだと痴女扱いされるぞ」

 服が破けて露わになった下着を指差しながら言うアードルフ。

「な、な…!!」

 いうことは終わったと言わんばかりの態度。パルムナットは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「それは一番最初に言えッ!!」

 パルムナットの怒鳴り声が静かな街に轟いた。


 アードルフはパルムナットの話を聞いたあと、考え事をしていた。

(俺が渡したアミュレットが退魔の加護程度の扱いだと…)

 彼はハイエナである。

 それもベテランと言っても差し支えないレベルのハイエナだ。

 協会に所属しているハイエナに彼と同じくらい長い期間仕事をしている人間はほとんどいない。

 なぜなら、そのほとんどが死んでいるからだ。

 アードルフは余りにも強いハイエナ、もはや化物。そう同業者からも恐れられている。

 『化物喰いの化物』それがアードルフにつけられた呼び名だ。

 彼が持つ才能はそれだけに強いものだ。

 彼が持つ才能。

 それは卓越した戦闘技術ではない。破邪性を付与する血液だ。

 血液単体ではただの血と変わりない。だが、それは銀と混ぜ合わせることで強力な破邪性を付与する。

 そして、パルムナットに渡したアミュレットは戦闘用の武器ではなく魔性を退ける為のものなので硬度を気にしなくていいもの。

 だから純銀に彼の血をふんだんに混ぜた通常のものよりも遥かに強力な加護を与えるはずだ。

 眷属の眷属程度に血の薄まった魔性なら触れるだけで滅するレベルのものだ。

 このことからアードルフがパルムナットに対してなんらかの感情を抱いている事にパルムナットも、アードルフ自身も気付いていない。

 やはり、自身の感情に気付けないアードルフはそのまま思考を走らせる。

 不意打ちとはいえ退魔の加護程度の扱いをする少女。

 胸に走るこの高揚感がどこから来るのかも分からないまま彼は呟く。

「胸が躍るじゃないか…」

 唇を歪ませ、爛々と瞳を輝かせるアードルフ。それは化物を狩る修羅の目だった。


 少女は彷徨う。

 行く宛などどこにもない。

 捨てられたのだ。

 凍えるような寒さでも死ぬことはない。

 彼女を殺すことは出来ない。

「この化物がッ!!」

 村中の人々が私を殴った、蹴った、刺した、沈めた、埋めた、焼いた、刻んだ、曳いた、潰した、砕いた、抉った。

 でも私は死なない。

 少しすれば元通り。跡形もなく傷は消えて行く。

 だから私を恐れた人々は縛りつけて私をストレスの発散対象にした。その恐れをぶつけるために。

 私は犯された。かわるがわる。昼夜を問わず。処女膜も元通りになると言うことにこの時気付いた。

 与えられる食事は何時の間に置かれている粗末なスープとカチカチに固まったライ麦パン。

 食べなくても死ぬことはないが、動きが鈍くなるのを防ぐために芋虫のように這って近づき犬のように食す。

 そして、食事を終えれば死んだように眠る。朝がくればそれの繰り返しだ。

 私は化物。生きる価値はない。

 私は化物。皆の敵。

 私は化物。仲間などいない。

 私は化物。私は化物。私は化物。

 だが、仲間はいたのだ。

 彼は、紳士の格好をしていた。

「おや、どうして君はこんな風に縛られているのです?」

 さも不思議、といった風に聞いてくる。世間話をするような軽さだった。

「私が化物だから…」

 私は答えた。彼が恐れるように。離れるように。事実を告げた。

「ふむ、確かに君は人間とは異なる。化物の方に寄っているね。だが、君は人間でもある。中途半端に化物をしているからこそ君はそうやって縛られているし、されるがままなのではないのかい?」

「どういうこと?」

「君はさ仲間が欲しいのだろう?人間はこんなにも自分と異なる物に冷酷で残酷だ。だが、化物になっては仲間が居ない。君は人間に縋るしかなかったのだよ。じゃあ、ここで質問だ。君の目の前にいるのは何者だい?」

 そう言って紳士は体の輪郭を蠢かせた。

「ばけ…もの…?」

 私が答えると紳士は笑った。

「そう!私は化物だ!なら君の仲間はここにいる!いつまで人間に縋りついているんだい?」

「あ…」

 涙が溢れだす。私の仲間はここにいたのだと。頼ってもいい仲間がここにいたと!!

「わ、私の…家族に、なって…ください…」

 私は涙で顔を汚しながらも訊ねた。

 紳士はそれを気にもせず私を抱きしめた。

「勿論だとも。このピーター・ヘイグ・ハールマンは嘘をつかないからね。お嬢ちゃん。君のお名前を聞かせてくれるかな?」

「ラウラ…」

「これは素晴らしい!…君の母はミラルカという名前ではないかね!?」

「…うん」

「ハハハハッ!まさか、まさかまさか!我が最愛の女性の娘とここで巡り合うなんて!!なんという因果か!!ハハハハハ!!!」

 可笑しい可笑しいと手を叩きながら笑うピーター。

「…これは失礼した。ではラウラ。夜闇の民の血を受け継ぎし娘よ。夜闇の民は君を歓迎しよう」

 そして、ピーターとラウラは村を一日で滅ぼす。男も、女も、老人も、子供も、父親だった男も。

 ピーターは全てを殺した。分け隔てなく平等に。そこに理不尽は無く、全て等しい存在として死を与えた。

 ピーターは死体の肉を使って料理を振舞ってくれた。

「おいしい…」

 初めて食べた料理。それはおいしく、味わったことのないうまみ。

 塩を入れて温めただけのスープとガチガチに硬かったライ麦パンだけでは味わったことのない美味さ。

 精液はこの世の物とは思えない程に臭く、汚物を口に含まなければならないので泥を食べていた方がましなのであれは食べ物にカウントしたくない。

 これは、ラウラが初めて食べたちゃんとした料理だった。

 それが例え、人肉を用いた料理だとしても、温かい食事に暖かい言葉。

 ラウラは人間を止めてもいいと思うほどに切望していたものだ。

「まだまだ、調理になれてなくてね。まずいかもしれないが…」

「そんなことないよ!」

 食い気味に叫ぶ。

「それは良かった」

 にっこりと笑うピーター。それは何時までもラウラの脳裏に焼き付いて離れなかった。

 ラウラは涙を拭った。

 ピーターはあれっきり帰って来ない。

 この前あった女、あいつがきっとピーターを殺したに違いない。

 私の大好きなピーター。

 私を救ってくれたピーター。

 そんなピーターは殺された。

 だから、私はあの女を殺す。

 人間が私にしたように。

 狂気を湛えた笑み。それは間違いなく化物のものだった。


 アードルフとパルムナットは揃って宿を出た。

 氷霧は相変わらず、雲も出ているために夜と思うくらいに辺りは暗い。

「これを持っておけ」

 アードルフは持っているものをパルムナットの胸に押し付ける。

「これは…」

 アードルフが渡したのはナイフ。ただのナイフではない。刀身が普通の銀よりも輝いている。

 ミスリル。鋼よりも硬く、銀よりも強い破邪性を備えた希少金属。

「なんで私にこれを…?」

 そう思うのも無理はないだろう。パルムナットは戦う力が無い。戦闘技術を持ち合わせていないのだ。

 こんなものを持っていたところで意味が無い。

「無いよりはましだ。いいから持ってろ」

 そんなことは知らんとアードルフは改めない。

 渋々ナイフを懐にしまう。それを気配で確認していたようだ。

「これから殺り合う相手は強い。荷物を抱えたまま戦うのは無理だからな。それで刺せばそれこそ魔神でなければ耐えられん。幸いにもお前に戦闘力が無いと見破られているだろうから、不意をつけ。不意をつけば人間だろうが化物だろうが関係ないからな」

「そんな機会ないわ」

「だといいがな」

 それで会話は終わりだと背中が告げている。

 無言で歩く。パルムナットはあの気配を捉えている。

 この先に待っている少女の気配を。

「あら、今度はボディーガードを連れているの?」

 先に声をかけてきたのは少女の方だ。

「いいえ、彼はボディガードじゃないわ」

 パルムナットは恐怖を押し殺しつつも気丈に答える。

 少しでも気を抜けば先日の恐怖がぶり返しそうになる。

「彼は、ハイエナよ」

 そう言うやアードルフは黒い影のように少女に肉薄する。

 黒い影に銀色の影が混じっている。

 アードルフの持つ銀剣。それが空間に白い線を引く。

「きゃあ、危ないわね!」

 ちっとも危なげもなさそうに、まるでステップを踏むかのように一歩下がる少女。

 更に一歩、強く踏み込むことで追撃をかけるアードルフ。

「全くもう!貴方に用はないの!!私はあの女に用があるのよ!」

「そう言うな、俺はお前に用があるんだ!!」

 鋭く深紅に染まった爪が赤いラインを描き出す。

 白と赤、二つの線は混じり合い、弾き合う。

「あら、貴方本当に人間?」

「分類上はな!!」

 まるで軽口をたたき合うようだ。だが、実際は熾烈な殺し合い。爪と剣のぶつかり合い。

「あ、分かった。貴方は私なのね」

 少女は納得したかのように頷く。

 数度の打ち合いで確信を得たようだ。


「貴方は私

 私は貴方

 人でありながら人じゃない

 ばっけもの、ばっけもの近寄るな」


 アードルフとの打ち合いの最中ですら歌を歌う余裕を見せつける少女。

「黙れ!」

 アードルフは逆に怒りで冷静さを欠いているようだ。


「ばっけもの、ばっけもの気持ち悪い

 周りのみんなは敵ばかり

 周りに仲間はだれもいない」


 コロコロと笑うように、歌い続ける少女。

 パルムナットはそれを困惑してみている。

(どういうこと…!?)

 アードルフがあの少女と同じ?

 だが、アードルフはハイエナ。

 化物を狩るものだ。化物であれば協会の建物には入れない。


「お父さんは、お母さんを殺します

 この化物めが!騙したな!

 子供はぶるぶるふるえてます」


 アードルフの熾烈さは徐々に徐々に衰える。

 顔は苦痛に歪み、目にあれほどまでに宿っていた強い光は陰りを見せている。


「貴方はどうしてまだ人間をやっているの?」

 少女はアードルフの耳元で囁く。甘い毒を注ぐかのように。

「私は人間を止めたわ」

 少女は空を仰いで言った。昔を思い出しているようだ。


「あいつらは私を化物と言うの。貴方もそうではなくて?」


「仲間はいない、誰も助けてくれない」


「認めてくれない、私は化物と人間の狭間に揺れる天秤」


「今でも影で言われるのでしょう?化物って!」


「どうせ体のいい道具としか思われてないわよ」


「でも、私は違う。私は貴方の仲間。本当の意味での仲間」


「私は、ラウラは貴方を仲間として受け入れてあげてもいいわ」


 アードルフは顔を上げる。そこに戦っている時の猛々しさは感じられない。

「俺がピーターを殺したとしてもか?」


 少女は動きを止める。

「貴方が殺したの?」

「ああ」

 アードルフは頷く。

「そう、そうなの…。でも貴方は私と同類、仲間だわ」

 ラウラはパルムナットの方を振り向く。

「あの女を殺せばおあいこね。私は大事な大事なピーターを。貴方はあの女を失う。それで私達は本当の仲間」

 少女はアードルフに背を向けて歩き出す。

「二人で悲しみを舐め会いましょ?だから…お前は死んでね」

 少女がパルムナットの首に手を伸ばす。

「え、が、ガガアアアアァアアアアアアァァアAAAA!!!」

 パルムナットの手に握られたナイフがラウラの腹に差し込まれている。

「アードルフ!!」

 パルムナットが叫ぶ。

「ハァァァァッ!!!」

 アードルフは気合を込めて叫ぶ。

 先ほどまでの呪縛を振り払い立ち上がるとラウラへと走り出す。

「ラウラァ!!悪いが俺はお前にはついて行けないッ!!」

「く、なんで…!!なんでよぉ…!仲間じゃない…!同類じゃない!同じ化物じゃない!!」

 ラウラは苦痛に喘ぎながらもアードルフに悲痛な声で叫ぶ。

 逆にパルムナットには煮えたぎる憎悪を隠さずに睨みつけている。

「アードルフとあなたが同じ?ふざけないで!!運命を諦めていた奴が立ち向かっていた奴と同じな訳がないでしょう!!」

 パルムナットが叫ぶ。

 アードルフはきっと戦っていたのだ。運命と。自らの血に刻みつけられた罪と。

 彼は人間として生きた。

 でもこの少女は?

 逃げたのだ。

 辛いからというだけで。

 アードルフは逃げていない。

 誘いすらもはねのけて、彼は逃げずに立ち向かっている。

「じゃあな、もう一人の俺。出会うのがはやけりゃ、お前の手を取ることもあっただろうがな」

 振り下ろされる銀剣。

 剣はラウラを肩から切り裂きに分割する。

「なんで…」

「俺の傍にはこいつが居るからな。お前の場所はない」

 少女の最後の呟きにアードルフは答える。

「そう…。結局私の理解者はいないのね。ピーター、今いくわ。私の傍にいてくれるのは貴方だけ…。美味しい料理が、たべ…たい、わ…」

 それがラウラの最後の言葉だった。少女は塵となって消えて行く。

「アードルフ…」

 パルムナットはアードルフに声をかけた。

 何故か、彼が悲しんでいるのではないかと、そう思ったから。

「どうした?」

 彼はの顔はいつもと変わらない、死んだような目をした顔だった。

 でも、からっぽだとはもう思わなかった。


 翌日、氷霧は無事に晴れた。

 1週間以上も太陽の光を浴びていなかった住人達は歓喜の声を上げた。

「お前さんたちも災難だったなぁ」

 旅支度をする為に買いだしに出たところ、情報収集をした酒場にいた酔っ払いが居たのだ。というか店の店主であった。

「俺んとこの店は氷霧が晴れるまで商品を溜めこんでおいたのさ!他の店は氷霧の間に売り切っちまったからな!俺んとこが占売できるってわけよ!!ほれ、嬢ちゃん、可愛いからサービスしてやるよ」

「ありがとうございます」

 店主に礼を述べて店を後にする。荷物を馬車に積み込み、アードルフとパルムナットは乗り込む。

 御者が馬に合図を送り走り出す。

 相変わらずの悪路で気持ち悪くなりそうだがパルムナットは考えに没頭することで気にならなかった。

 食人鬼は無事退治された。

 ハイエナは次の街を目指す。

 アードルフ。

 彼は『化物喰いの化物ハームレスデーモン』。本当に化物喰いの化物だった。

 だが、恐れる必要はない。

 彼は彼であるということに変わりはない。

 あの、少女はそれに気付けなかったのだ。

 支えてくれる人が絶対いたはずなのだ。

 それに気付けなかった彼女は、心も化物になった。

 パルムナットはアードルフを見る。

 彼と出会い、彼とこれまで旅をしてきた。

 私は彼の支えになれているのだろうか?

 それは分からない。

 でも、彼は人間であることを選んでくれた。

 同じ境遇の仲間が居ても、手を取らなかった。

 それが、嬉しかった。

「アードルフ」

「なんだ?」

 ぶっきらぼうな返事が返ってくる。

 あの時、アードルフがラウラに何を言ったのかは聞こえなかった。

 でも、そんなことはどうでもいいのだ。

 彼は私と一緒に、人間のままで居てくれると言ったのだから。

「なんでもないわ」

 パルムナットは笑って言った。

 アードルフは鼻を鳴らした。


 ハイエナ達の乗る馬車は次の目的地を目指して進む。

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