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大空の黒騎士  作者: 雨晴
第一章
8/47

7 丘野誠大佐-1

 肺腑を殺して翻す。相手の短距離ミサイルは尾を引いて、海へと飲まれた。


『ナイト・ワンへ、敵増援を確認しました』


 管制機からの通信を、雑音としてカットする。排気を絞り、上を向く。急減速、重力に任せて速力を落とす。失速、雲を見下ろし、機銃の掃射。


『ナイスキル』

『タリホー、バンデット0-4-0、機数6』


 何機でもこれば良い。何機でも墜とせば良い。


『ナイト・フォー、交戦』

『隊長、先に始めますよ』

『俺らの分、とっとけよ』


 二番機がそちらをを向く。0-4-0。追従、左旋回。

 加速。アフターバーナーと、補助ブースターへ点火。


『ナイト・フォー、スプラッシュ』

『おいこら、とっとけって言っただろ』

『早い者勝ちです』


 6機なら、3番、4番で問題無く撃墜するだろう。

 それよりもこのタイミングでの、たった6機の増援ならば、それは。


『ナイト各機へ、更に敵増援を確認、方位は同じく0-4-0』

『何だ、6機は斥候かよ』


 それは、本隊とは違う。その読みに、軽く頷く。


『敵機16、ワン、ツー、先発の援護へ向かえますか』

『何だ、助けてほしいのか?』

『まあ、どちらでも―――スプラッシュ、エネミーダウン』

『畜生、かわいくねえな』


 インレンジ。


『ナイト・ワン、ツー、交戦を許可します』

『ナイト・ツー、FOX3』


 僚機のコールに合わせ、射出。撃墜、2。


『あと14、ブービー賞は俺の部屋掃除だぜ』

『では、大尉御自身で片付けられるのが宜しいかと―――お見事です、大佐』

『スプラッシュ・ダウン。ほら、お前の取り分、隊長に取られたぞ?』


 逃げていく敵機を追い詰めて、撃ち込む。撃墜、二番機の取り逃しをそのまま捕らえて、撃墜。


『うっわ酷え、このままじゃ俺ブービーじゃねえかよ。スプラッシュ』

『良かったですね、掃除の口実が出来て』

『うるせえよ』


 敵機が減っていく。こちらの数は4、相手はあと7。少しばかりペースは遅いが、許容範囲だろう。

 だが。


「各機、そろそろ終わらせろ。遅いぞ」

『了解。失礼しました、大佐』


 指摘すれば、僚機たちの機動が鋭くなる。


「180秒で片を付けろ」

『了解、各機、180秒』

『了解』


 先の戦闘と合わせ、もう15分が経過している。各員疲弊はしていないが、まだこの後の任も残っている。

 こんなところで踏みとどまっても仕方ない。一度息を吐き、乱戦の中へ潜り込んだ。














 2時間前、突発的な模擬戦で打ちのめされた訓練小隊の面子が、つい15分前までのデブリーフィングでこてんぱんにされて食堂で突っ伏している。


「冷めるよ」


 2分前に手に入れた、夕食のA定食である。

 暁の指摘に、むー、と岩倉が唸った。


「センセー、容赦無い」

「それは実戦のことか、それとも演習評価のことかな」

「香奈ちゃんが言っているのは、恐らくそのどちらもです」


 吉野が復活し、箸を手に取る。それを合図に、皆顔を上げた。


「先の模擬戦の件で、中尉には伺いたいことが多く―――って、早ぇ!」


 隅田がキャラを忘れてツッコミを入れる。白米二合と鮭の塩焼きと味噌汁が、ものの120秒で消滅していた。

 ふむ、と無表情で空いた椀と皿を見やる。


「早飯は戦場に於いて美徳だよ、隅田」

「……とは言え先生、それはお身体に障ります」

「忠告有難う、吉野」


 慣れているから大丈夫だ。そう言いながら、席を立つ。


「あれ、センセー、行っちゃうの?」

「いや、盆を返してくるだけだ」


 その言葉通り、数十秒で戻ってきた暁の手に、5人分の緑茶。缶のそれを、振り分ける。


「水では味気無いだろう」

「わ、センセー気が利く!」

「頂きます、有難うございます、中尉」


 もう5人のやり取りに、大きな階級差は感じない。

 そもそも本来、尉官相手に一緒に食事を取ろうなどと考えないはずだし、茶なぞ恵ませた日には土下座でも見せ付けなければ割に合わない。

 今までは、そうだった。

 プルタブを巧く引けない隅田の代わりに、榛原が尋ねる。


「中尉、先の模擬戦での機動についてですが」

「一番聞きたいのは最後のフックだよね!アレ、どうやってやったんですか?」


 フック。高度を変えずに機体姿勢を90度持ち上げ、急減速する機動技術。


「あの機動は、練習機などでは再現できない筈ですが」

「なぜ再現できないと思う?」


 その質問に、4人が考える。


「まず、あの大きなピッチアップを、あの速度では追えません」

「何よりあの速度では、機首が上がらないと思うのですけれど」

「推力偏向ノズルもついてないもんね、補える機動性もTA-7には無いし」

「失速後の姿勢保持も難しい機体ですよね」


 4人の考察を聞き終え、暁が一つ頷く。


「機首を上げるのは風に任せて、失速下機動は、慣れだよ」

「何それわっかんない」


 こう、気流を捕まえるような。空き缶でレクチャーする暁を、4人とんでもない物を見る眼で刺す。


「せめてあのTA-7は改造機だ、くらい言ってほしかったですね」

「空戦は経験ありきだからね、飛べば飛んだ分、技術として戻ってくる」

「さすが、実戦経験者は言うことが違うね!」

「先生は、北部戦線にいらっしゃったんですよね?」


 吉野の質問に肯定が来る。


「どうしてこの隊の教官をされることになったのですか?」


 それは、隊全員が聞きたかったことだ。岩倉が、興味深げに身を乗り出す。

 しかし当の本人が、首を傾げた。


「どうしてだろうね」
















 補給のために立ち寄った空軍基地から、熱烈な歓迎を受ける。

 滑走路脇にまで軍用車が止まるのは、彼らにとっては見慣れた光景だった。


『駐機許可が出ました、8番、9番ハンガーです』

『いやあ、良い天気でよかったぜ』

『暗くて見えなくてぶつけました、では洒落にならないからな』


 小隊搭乗員の顔は伏せられていた。暗殺防止、その他諸々のための措置で、皆バイザーを下げていた。


『1500まで休息でよろしいですか、大佐』


 4番機の女性の声に、丘野誠大佐が許可を出す。やったぜ、と2番機。


『無人機狩りに休みなしで働きっぱなし、もう少しで労基署に訴えるところだ』

『今日は十分お休みだったではないですか、大尉』

『うっせえよリリー、俺より2機多いだけじゃねえか』

『雑巾でも買っときますか、アンソニー・ウェバー大尉殿』


 仲間たちの声を聞きながら、大佐が軽く息をつく。

 今日も全員、無事降りて来られた。それは、誇るべきことだ。


『松本てめえ、ラスト一機横取りしやがって!』

『共同撃墜ってことで良いだろ』

『おいふざけんな、八割がた俺の取り分だ』


 今日も相手は無人機ばかりだった。恐らく、北部の敵主力攻勢部隊は転戦を考えている。


 ―――では、我々も異動となるか。


 思い、キャノピー越しの空を見上げる。敵機は居ない。

 友軍の輸送機と散らばった雲が、ゆっくりと流れていた。

新章突入、と見せかけてもう少し前話のひっぱりです。次回から少しだけ時間が進みます。。。

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