6 暁中尉と訓練小隊-3
飛び去っていくTA-7練習機。秋山整備主任は、腕を組み静かに見守っていた。
あの機体は好きだ。整備に力を入れた分、応えてくれる。そんな機だ。デジタル一辺倒の最新機種たちとはわけが違う。
あれを修理してくれと頼まれたときには、そりゃあ喜んでと応じるくらいに好きだ。もっとも、正規兵たちの作戦機の出番が、めっきり減ってしまっているのも応じた理由ではあるが。
それは良い。気になるのはやはり、その修理を持ち込んできたパイロットだ。
思考も巡らせるものの、辿り着けずに頭を掻く。
「わっかんねえなあ」
「何がですかな?」
独り言に返され、振り返る。恰幅の良い、人の良さそうな大柄の男が居た。
「おや、基地司令殿じゃないですか」
「今日は学長の気分なのですがね」
言いながら、肩を並べる。秋山は、いくらか小柄だ。
「いや、あのパイロット、暁と言う」
「ほう、暁中尉が何か?」
「いやね、何であんな男が教官などするのかと。教導隊のアグレッサーならまだしも」
苦笑が返ってきた。どうしました、と尋ねれば、失礼、と切り返す。
「本人も、赴任初日に似たようなことを言ってましてね」
「おや、心当たりが本人に無いんで?」
「それは、無いでしょうな」
ますます判らない。精神的に疲弊して教官を志願したり、そういった類かとも踏んでいたが。
いや、と、自身の考えを否定する。疲弊した男は、あのような眼をしない。
あの眼。
「・・・この基地の正規兵にも、あそこまで研がれた兵士は居りませんよ」
「ふむ、彼の男の戦績でも拝見されましたかな」
「いや、あの眼は戦争屋の眼だ」
そこまで言えば、橋本も理解したようだ。なるほど、と頷く。
「教官ってのは墜とすのが仕事じゃないから、どんな鬼教官でも前線兵とは眼の色が違うんですわ。どんなヤツでも、後方に下がったときから眼だけは変えてくる」
「秋山主任から見て、だからこそ暁中尉がわからないと」
「あの男は、後方に下がってきてはいけない連中の一人ですよ」
「前線こそが在るべき場所だと、彼も考えておりましてね」
橋本が空を見上げる。そこに、もう彼を乗せた練習機は居ない。
「まあ、今も一時のこと。あの男に休息と、あわよくば戦場以外のものを取り戻させてやりたい」
物言いは、まるでこう在る事を予想していたようで。
「まさか、橋本司令が引き抜いたんで?」
「そんな馬鹿な。一介の基地司令風情、そんな人事権は持ち合わせておりませんよ」
黒幕はこの男か。苦笑いを浮かべる橋本に、数瞬細い目を向ける。
とは言え、黒幕がここに居る以上、これ以上の情報は引き出せないだろう。一つため息をつき、同じく空を見上げる。
少しばかり、風が出てきた。
「ま、TA-7を好むヤツに、悪いヤツは居りませんので」
「ほう、それは技術面で、ですかな?それとも人物面で?」
「どちらもでしょうし、それは貴方もわかっているでしょうに」
ははは、と軽やかな笑い声が響く。
「人物面は、何とも評価しがたいですがね」
そこまで言って、踵を返した。
「技術面に関しては、もう間も無くうちのエース候補達が、自信喪失して帰ってくるでしょうな」
教官機が消えた。文字通り、気付いたら居なくなっていた。
2次元レーダー上には存在するその光点も、現実上に存在しない。何だ、新手のステルスか?馬鹿げた空想が思い浮かぶ。
『教官機発見、直下!』
吉野からの通信に、慌てて覗き込む。驚愕を覚えた。
―――パワーダイブ!
『何なのあれ、有り得ない!』
その言葉に内心同意する。
パワーダイブ。出力を絞らない垂直降下。高度3000フィート、鈍重の訓練機で披露して良い技じゃない。
『ちょっとセンセー、それ大丈夫なんですか!』
岩倉の悲鳴に、問題無い、簡潔な回答が来た。
『全員、本気で捉えてみろ。事故に繋がるような機動なら、"下"が遠隔操縦でフォローする』
急降下中の暁中尉の声色は何ら変わらない。そんな馬鹿な、いつ操縦不能に陥るかもわからないのに。
『各機散開せよ』
「―――、各機散開!」
『了解!』
僚機たちが散らばっていく。降下していくそれは、当然出力を絞り、恐る恐る。当然、それに自身も続く。
『風が出始めました、注意して下さい!』
『対象補足、2マイル左下方、3番機より11時方向!』
そちらを向く。ひらひらと、待っているような。
加速を入れた2番機を追従する。
「岩倉、一人じゃ無理だ」
『わかってる、フォローして!』
岩倉が少し急いている。鋭く教官機真裏へ回り込もうとするも、見透かしたように軽い右旋回でかわされる。
『隊長、こっちに避けてきつつあるから、挟撃できる』
3番4番をレーダー上で確認し、頷き。今の教官機の位置をずらすことが出来れば。
レーダー上に、ポイントマーク。
「ポイントAに追い立てよう、岩倉、もう少し回りこめるか」
『了解、やってみるけど、手伝って!』
言われずとも。加速し、二機との距離を詰める。そんな複雑な回避行動で無いのに、何で捉えられないのか。
「岩倉、ちょっと動くなよ」
スロットルを最大まで開き、ぐんと加速圧を受ける。少しうめくが、無理やり自分を二人の間に組み込む。
迎え角90度、何とか相手の針路を阻もうと努力する。瞬間、相手の左翼が下がった。右翼が見えて、息を呑む。
左へ160度捻り、そのまま降下。
「う、お!」
相手から見て左上と左下に占位していた二機の間を、軽々と乗り越えて見せられる。
『ちょ、ちょっと、まだ高度下げる気ですかセンセー!』
『いや、高度を取るだけだ』
教官の声が聞こえた瞬間、左下方へ落ちていったはずの機が、今度は目の前を通り過ぎて高速で昇っていく。
確かに、降下しながらスロットル開ければ速度は付くけれども!
有り得ない、先の岩倉の言葉が浮かぶ。舌打ち。
「・・・榛原、ポイントAは破棄、二機でも無理だ、四機で追いかけよう」
『わかった、指定高度は?』
「2000フィートだ」
『了解』
畜生、策を呈せない。思い、唇を噛んだ。
頭を振り、思考を正す。
「岩倉、俺たちも上がろう」
『そうだね』
機頭を持ち上げ、位置エネルギーを取り戻す。まだまだ、雲は遠くにある。
空戦は位置取り合戦だと、橋本学長が言っていたことをふと思い出した。
『吉野、潜り込めるか!』
『む、無理です、香奈ちゃん、少し場所開けられる?』
『ううん、ここどいたら逃げられちゃう!』
皆、良いように教官に使われてる。少し遠い位置から榛原が思う。
「隊長、少し離れたほうが良い!」
4対1。狭い範囲に4機集まって、お互い身動きが取れていない。
取れないように、仕向けられてる。事実教官機は、数十秒前から緩微な右旋回しかしていない。
『気付いたな、榛原』
今度は鋭い旋回が来た。また一瞬で、皆が相手を見失う。
そして気付けばいつの間にか、高度が1000フィートも下がっている。
『追うぞ!』
『付いてくよ!』
1番と2番が食い下がろうと努力する。フォローに付くが、これもまた翻される。
皆疲れ始めているのか、先まで以上に追い縋れない。
『そろそろ、限界だな』
教官の抑揚のない声が響いたと同時、信じられないものを見た。エアブレーキ。
前を行くただの練習機が、空中で、高度も変えずに背中を見せて、急減速。
失速機動。オーバーシュート、相手を飛び越える。
『ちょっと、フックって!』
そんなの聞いてない!岩倉が叫ぶが、そんなのこっちだって聞いてない。
慌てている間に、レーダーロックの赤シグナルがコクピット内に響いた。
と、言うわけで初めての空戦回でした。いかがだったでしょうか。中々この手の書きなれないので手探り状態ですが、少しずつ成長できればと思います・・・ 次回、早めにお持ちします。。。