3 橋本学園-3
「では二等空士、彼を宿舎棟へ案内してくれたまえ」
顔合わせと軽い自己紹介ののち、そう告げられた隅田二等空士が敬礼を交え拝命する。
時刻は12時を半分ほど過ぎ、昇りきった陽が、校舎4階のそこを照らさない。
「では中尉、ご案内致します」
「すまないね、隅田空士」
いえ、と否定が入り、こちらです、と促される。
「では橋本中佐、失礼致します」
「ああ、明日の朝礼での挨拶は考えておいてくれ」
「は」
敬礼ではなく会釈で返し、それでは、と下がる。
榛原空士の手で扉が閉められ、訓練生の肩の力がくつと抜けて、4人と1人で歩き出す。
階段の踊り場へと差し掛かったところで、暁が立ち止まった。当然、4人も立ち止まる。
「―――いつも、あの通りなのかな」
向けられた視線の先、執務室。
暁の知る橋本は、より柔らかい人間だった筈だ。
4人の前ではむしろ硬く、教育者然とした態度にも見えた。
「ええ、自由な校風を与えてくださる割りに、とっても厳しい学園長ですよ」
先に答えたのは岩倉香奈三等空士だった。
その物言いに、隅田が苦い顔をしている。
「改めまして、岩倉香奈です。よろしくおねがいします、先生」
「ああ、よろしく」
軍規とはかけ離れた素早い礼を仕掛ける岩倉に、軽い苦笑いが来る。
「そうか、それが"素"か」
「はい!堅っ苦しいのは苦手です!」
苦い顔が、これでもかと険しくなる。
「岩倉空士、中尉に失礼だぞ」
「そうだよ香奈ちゃん、先生じゃなくて、教官だよ」
「・・・吉野さん、そこじゃないと思う」
的を外した注意を掛けたのが、吉野愛美三等空士。
苦笑いでツッコミを入れるのが、榛原優三等空士。
暁の視線が二人に向く。気付いた二人が、慌てて向き直った。
「よ、吉野愛美です!」
「榛原優、三等空士です!」
「畏まらなくて構わないよ」
吉野と、榛原だな。確認を含めて名を呼び返し、一つ頷く。
「ではこちらも改めて、暁義也、階級は空軍中尉だ」
宜しく頼むよ。言って、頭を下げる。
尉官が士官に対して頭を下げたことに隅田が慌てるが、岩倉ははしゃぎながら礼を返す。
「良かったあ。中尉なんて階級の人が来るって聞いてたから、どんな恐ろしい人かと思ったけど!」
「岩倉空士!」
「良いじゃん、よーすけもホッとしてるんでしょ?」
「お前は―――!」
「隅田空士」
名を呼ばれた隅田が、詰め寄ろうとした姿勢を再び直立へ戻す。は、と来る言葉に備える。
「別に構わないから、私への態度は君も含めて自由にすれば良い」
その提案に、一瞬呆ける。
「で、ですが中尉」
「私は、君らに軍規を説きに来たわけではない」
言って、4人を見回した。一人を除き、ぽかんとしている。
一人は、にこにこしていた。
「率先して乱せと言っている訳でないことくらいは、わかっているだろう」
「は!」
「私が教えられるのは空戦技術、ただそれだけだ」
無言の頷きに、続ける。
「階級を気にして学ぶことを疎かにしてくれなければ、それで良い」
言っていることは判るな。言えば、4人分の肯定が来た。
「理解が早くて助かる」
「おどおどしてたら質問も出来ないってことですね!」
「その通りだ、岩倉空士」
唐突に歩き出して階段を降り始めた暁を4人が追い、前に出る。
「教導に関しては私も素人だから、判らない事があればすぐに言ってほしい」
「―――はい!」
4人分の大声。
「良い返事だ」
「ありがとう御座います!」
「とは言え、無理に変えろとは言わないからね。その裁量は、君らに任せる」
「了解しました!」
少しばかり真面目な表情を浮かべていた暁が、それを和らげる。
「話しておきたかったことは以上、じゃあ、改めて宿舎へ頼むよ」
「っとその前に!」
告げたのは再びの岩倉だった。
どうやら訓練外ののイニシアチブを握っているのは彼女らしい。
隊長は、頭を抱えている。
「どうした」
「先生、お腹すいてますよね!長旅明けですし!聞きたいこともありますし!」
「おい、岩倉」
「食堂で陣取ってますので、ご飯にしましょう!」
「いや、私は」
「よーすけは、先生連れてくるように!マナ、すぐるくん、1テーブル確保用意!」
ぐんと、二人分の手を引く。
「うわ、香奈ちゃん!」
「ちょっと、教官の意見は―――」
みるみる見えなくなる3人に、取り残される2人。
先にため息をついたのは隅田だった。
「申し訳御座いません、中尉」
「中々苦労しているな、空士」
労いに、僅かばかり頭を下げる。
「恐縮です。…アイツ、覚えてやがれ」
「ふむ、それが"素"か」
言えば、はっとしたような素振り。それも一瞬で、振り払うように首を二、三度振る。
緊張の解けただろう、軽い笑みを覗かせる。
「3人の手前、中々見せることは無いかと思いますが」
「自然体であれば、構わないよ」
は、と軽い返し。
「では遺憾ながら、訓練校食堂へとお連れ致します」
「ああ」
言いながら、隅田が歩き出して、暁も続く。
変わった人だと感想を抱きながら、中々に遠い食堂までの最短距離を割り出し始めた。
プロローグの流れはここまで、これ以降は少しずつ話を進めていきます。では。。。