17 訓練生の機種転換-3
「―――そうか」
全部、話してしまった。一昨日、センセーの外出に勝手に付き合ったこと、そこで知ったセンセーの過去、勝手に思い悩んでいる私。
黙って聞いてくれていたよーすけが一つだけ呟いて、白い息が昇っていく。
「本当に私、バカだね。今度はよーすけのこと、巻き込んじゃった」
「俺が教えろって言ったんだから、俺に対して悪く思うことは無いぞ」
「……うん、ありがと」
くしゃ、と彼の手の中の紙コップが潰される。
「中尉の話を聞いてさ、そうですか、じゃ終われなかったんだろ?」
「うん」
「結局お前は、何を悩んでるんだ」
やって来たのは質問だった。少しばかり、回答に悩んでしまう。
まとめきれない思考を、それでも必死にまとめてみる。ちょっと難しいんだけどと前置きすれば、当然のようにいいよ、と返ってきた。
「中尉は、飛ぶ理由を見つけるようにって、言ってたよね」
「休暇前のあれか?」
うん、と首肯。
「中尉―――ううん、やっぱり中尉なんて呼び方、やめる」
中尉なんて、もう言い辛かった。あれだけの勝手をした挙句そう思えた自分は、やっぱりどうかしてるんだと思う。
それでも、意識せずに今までどおりに接したいなと思う自分も居る。申し訳無さはあるし、謝って済むようなことでは無いのかも知れないけれど。
今の訓練小隊の雰囲気を、自分のせいで壊したくないって、身勝手に思っている。
思っているけど。
「センセーの守りたかったものって、きっと、大事な人でしょ」
「そうだろうな」
"私の何もかもを奪って行ったよ"。そう言ったセンセーはどこまでも無表情で、それでも今だって思い返せる。
とても、悲しそうだったんだ。
「多分センセーはさ、見つからない探し物の為にさ、飛び続けてるんじゃないかなって、思うの」
「どうしてそう思うんだ」
「なんとなくだけど、そう思うの」
いつもなら、何だそれ、くらい言われるだろうけれど、やってきたのは空白だった。少しだけ、静かな空白。
星が綺麗。
ねえ、そう呼びかければ、なんだ、そう返ってくる。
「よーすけは、お母さんの居る故郷を守るために飛ぶの?」
唐突の話題の転換にもすぐに、ああ、と返事が来る。
「それと、父親を追いかけたかったから」
「…そっか」
やっぱり、少しだけうらやましい。
「すぐる君は、奥さんを守りたいから」
「ああ」
「マナは、丘野大佐とあやねちゃん、だっけ。二人に会いたいから」
「"飛ぶ理由"?」
「うん」
空っぽの缶に、少しだけ力をこめる。ぺこ、と鳴って、間抜けな音が耳につく。
「私ね、そういうの、無いんだ」
結局また俯いてしまえば、もう綺麗な星も見えない。代わりにすぐそこの地面が見えて、引き込まれそうになる。
寒いなあ。
「昔テレビでアクロバットを観てね、こんな風に空飛べたら気持ち良さそうだなって、たったそれだけ」
バカだよね。溜息が色濃く響いて、消える。
「興味本位で適正試験受けて、ここまで来ちゃった」
よーすけは何も言わないで、ただ先を急かされてるみたいで。
目を閉じれば、バカな自分が映っている。
「センセーには、きっと飛ばなきゃいけない大きな理由がある」
大切なものを失ってなお、飛ぼうとする理由が。
私には無い。
「小隊のみんなにも、理由がちゃんとあるよね」
私には、何にも無い。
その理由ひとつでうらやましいって思ってしまうくらい、何も無い。
「私ね、命を賭けるだけの理由なんて、持ってなかった」
だから、だからね。
気付けば声が震えていた。
「ここに居て良いのかなって、そう思ったの」
「ここに居て良いのかなって、そう思ったの」
そこまで言って、相方が泣き出した。声が震えていて、俯いたその表情は伺えない。
この気の強い同級生が泣いているのを見るのは初めてで、狼狽しそうになるのをすんでで抑える。
「…そうか」
無意識に落ちていた声のトーンを自覚する。
少しばかりの沈黙の中に嗚咽が響いて、見上げる。星が綺麗だった。
「なあ」
呼びかければ、肩がぴくりと震えた。悪いことをしている気分にもなるが、抑える。
「お前さ、飛ぶの好きだよな」
「…好き」
尋ねれば、頷きと一緒に肯定が返ってきた。
それはそうだ。自習時間のほぼ全てをシミュレーター室で過ごすような人間だ。
「小隊のことも、好きだよな」
「大好きに決まってるよ」
即答だった。当然だ、隊のムードメーカーはこの同級生なのだから。
「ならそれだけじゃ、駄目なのか」
問えば、不意に上がった泣き顔に、自嘲の笑みが浮かんでいる。
「駄目だよ。私、空っぽなんだ」
そんな表情は見たくなかった。初めて見るその表情を掻き消したくて、自身の表情も強張るのがわかる。
「お前に居なくなられると、困る」
「よーすけの二番機なんて、他小隊の人から見たら、手を挙げて入りたがるよ」
「そんな問題じゃない」
言って、離れていた相方との距離を二歩分詰める。ほぼ真隣まで来て相手を真正面に捉えた。
一つ息を吐いて、意識を切り替えた。
近いよ、よーすけ。
たったそれだけなのに言えないで居て、泣き顔を見られるのが恥ずかしくて顔を背けた。
「この休暇で実家に帰って、久々に母親―――母さんと話したんだよ」
突然の彼の話題転換に、数拍目を閉じて応える。開ければ、やっぱり地面が広がっていた。
「父さんが戦死して、俺が寮生活だから、母さん一人暮らしでさ。俺が帰るの、楽しみにしてくれてるんだ」
「…うん」
「昼飯のスパゲティが妙に美味くてさ、あれがお袋の味ってやつだなって、そう思ったよ」
まあ、それは良いんだけどな。ふと、口調が柔らかいものになっている事に気がついた。
隊長じゃなくて、よーすけのそれが、少しだけ心地良い。
「俺ってさ、バカ息子なんだよ」
「そんなこと、無いでしょ」
「死んだ父親と、おんなじ道辿ってるんだぜ?親不孝って言われたって、文句言えないな」
顔を彼に向ければ、苦笑いのような表情の彼が居る。
何を考えているんだろう、そう思う
「でもさ、お前、俺に自信持てって言ってくれたよな」
それを言ったのは、前回この場でよーすけと話をしたときだ。
確かに覚えていて、一つ頷く。
「訓練部隊の隊長、上手くやれてるかって聞かれたんだ」
「うん」
「何とか頑張っているよって、答えられたよ」
「…それだけ?」
「それだけとは何だ、俺にとっては進歩なんだぞ」
わざと大げさに怒る彼は微かに笑っていて、つられて笑ってしまった。泣き顔と混じって、くしゃくしゃになっちゃってるだろう。
彼が、安心したようにひとつ息を吐く。
よかった、とぼそりと呟く彼に、どきりとした。
「でもさ、本当に母さん、嬉しそうにしてくれたんだよ。親不孝な息子だけど、あのときだけは初めて、誇らしく思えた。お前のフォローのおかげだよ」
ありがとな。直球のお礼が来て、何も言い返せない。
ふたつ、首を振る。
「お前に居なくなられると、困るんだよ」
「…だから、よーすけの二番機なんて―――」
「俺も、正規配属されても、二番機はお前が良い」
"俺も"。その言い方に、先のこの場でのやり取りを思い返す。
"私はね、正規配属されても、よーすけの下で飛びたいよ"。それを言ったのは、確かに私だ。
そう告げた彼の姿が更に大きくなって、視界が遮られた。
「ちょ、ちょっと、よーすけ」
「俺は、頼られても良いんだよな」
抱きとめられている。その状態を把握するのに数瞬掛かって、理解してから慌てた。
こう言う事をする人だとは思っていなかったから、尚更だ。
「俺は、頼っても良いんだよな」
「ね、ねえ、これって、ちょっと」
「飛ぶ理由だけどさ、こじ付けだけど」
これまでに無いほど近くでよーすけの声が聞こえて、更に言えば目のやり場に困る。
ふと見上げれば、星が綺麗に見えた。
「別の理由が見つかるまでは、俺のために飛んでくれないか」
「…え」
「何だかキザで、嫌な言い方だけどな」
多分、今の自分は目を丸くしてるだろう。先までの狼狽が嘘のようで、苦笑いで頭を掻く彼から目を離せない。
「駄目かな」
「だ、駄目じゃない!」
必死で首を振ろうとするものの、彼の胸の中で思うように身体が動かせない。
「で、でも、良いの?」
「何が」
何が、って。全部だ。そんなこと言って、取り下げられたらこっちが困る。
「そんなこと言ったら私、ストーカーみたいにずっと追いかけるよ?」
「ストーカーって、お前」
もう少し言い方があるだろ。言いながら、髪を撫でられた。
でも、と一拍置かれて、彼を見上げれば、優しい笑顔がそこに居た。
「いいよ」
言われた瞬間、また涙が止まらなくなる。遊んでいた両手で、彼を強く抱き締めた。
一番機と二番機、ゴールイン回です。小隊内に守りたい何かがある彼らと、外にあるあとの二人との違いだとかを出していきたいなあ何て思いつつ、次回に続きます。。。