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大空の黒騎士  作者: 雨晴
第一章
17/47

16 訓練生の機種転換-2

「この前とは、真逆だな」


 聞きなれた声に振り返れば、やんわりと投げつけられたコーヒー缶が空を舞っていた。手にすれば、暖かいそれ。

 よ、と左手を挙げている。


「よーすけ、帰ってたんだ」

「ああ、2時間くらい前に」

「そっか、おかえり」


 暗いベランダのなか、二等空士の制服姿が隣へともたれ掛かる。アルミの手すりがぎしりと鳴った。

 午後11時、消灯時間。


「補習はどうだった?」

「最悪だったよ、教師とマンツーマンだったんだから」

「有意義な余暇の過ごし方じゃないか」


 意地悪そうに笑う彼の手許には、紙コップ。昇って行く湯気に、やはり寒さを思い返す。


「追試には合格したのか?」

「さすがに二度も落ちないよ、馬鹿にしてる?」

「いや、お前ならやりかねないかな」

「ひっどいなあ」


 彼に倣って身体を手すりに預ければ、厚着越しにアルミ素材の冷たさが伝わってくる。先一昨日の、新興住宅地区。

 冷たいアスファルト。思い返したくなくて、ひとつ首を振る。


「みんな、帰ってきたかな」

「吉野も榛原も、中央基地からは同じ便に乗ってきたぞ」

「じゃあ、明日は一日休養日なんだ」

「長旅明けだから、一日はのんびり過ごしたいんだろうな」


 そう言う彼の目許にも、良く見ればクマがある。

 きっと、彼の義務感なりが、帰りの道中も寝させてはくれなかったのだろう。

 苦笑い。


「帰省便くらい、寝ちゃえば良かったのに」

「む、なんでわかるんだ」

「わかるよ、隊長のことだもんね」


 むう、と唸りながら、目許の辺りを撫でる彼を微笑ましく思う。


「あんまり、根詰めちゃ駄目だって」

「そんなつもりは無いけれど、努力はするよ」


 私服で帰ってこれば良いのに、わざわざビシッと二等空士の制服着て帰ってきて、"そんなつもり"は無いらしい。

 もうひとつ、苦笑い。紙コップに口をつけた彼が、なんだよと視線を向けてくる。ううん、と返す。


「よーすけは、どうだった?」


 楽しんできた?そんな質問に、そうだな、と思案顔。


「俺は、まあ母親と過ごしたかな」

「寂しいんだ、よーすけ」

「うるせ」


 けれど軽く困ったような笑みを浮かべる彼が、母親のことをとても大事に思っていることは知っている。ふと、顔を背けてしまう。


「そっか」


 遠方出身の、きっと数日しかない帰省期間を全て母親の為に捧げられるくらい、とてもとても大事に思っているんだ。

 私には、そんなもの、無い。


「―――なあ」


 掛けられた声に顔を向ければ、隊長顔の彼が居た。生真面目なそれ。


「何か、あったのか」

「……無いよ」

「嘘だな」


 即答され、切り返しに困る。俯いてしまえば、もう顔は上げ辛かった。


「そんなに、言い辛いことなのか」

「センセーの―――中尉のこともあるから、勝手に話しちゃいけないなって、思う」

「中尉に、何かされたのか」

「違う、私が勝手に知って、勝手に考えちゃってるだけ」


 本当に、最低だ。無理を言ってついていって、詮索して、知った内容で勝手に思い悩んでいる。

 本当に、どうかしてる。


「話せよ」


 一段低い命令口調に、肩が震えた。それは、空の上でないとあまり聞かないのに。


「隊員の精神状態の管理も、俺の役割だ」


 それは、嘘だ。

 これは彼の優しさだってわかる。頼りたいなって、そう思える、彼の優しさだ。

 良いのだろうか、センセーは、許してくれるだろうか。許すも何も、私が勝手に。

 本当に、最低だ。


「俺は、頼りにされてるんだろ?」

「……うん」


 卑怯者。内心そう毒吐いて、手すりを強く握り締めて、顔を上げた。


















 


「機種転換、ですか」


 休暇明け前々日に執務室へと召喚された暁が、訝しげな表情を投げかけた。

 投げかけられた橋本が一つ頷き、僅かながらの沈黙。その場に居合わせた給仕が、居心地の悪そうに視線をさまよわせる。


「彼らはまだ、訓練生ですが」

「TA-9の応用過程はとうに履修済みだろう」

「応用さえ習得すれば、実戦配備出来るというものではありません」

「実戦配備などとは言っていないぞ中尉、実戦環境により近付ける、それだけだ」


 橋本の性質がいつものものと異なり、しかしそれは、彼が佐官の制服を着込んでいるからだ。

 暁の眉が寄る。


「訓練成績優秀者への優先貸与が、少し早まっただけだろう」

「まだ戦闘機導入過程の訓練生に、優先貸与など考えられません」

「君が、それを言うのかね」


 デスクの上に、四人分の受領証が整然と並べられている。FC-204、バックフロウの文字列は、間違いなく空軍標準機。

 各人それにサインすれば、キャノピの脇に彼らの名が刻まれる。


「私は、反対です」

「だろうな」

「基礎が出来上がっていません」


 受領証までの距離は遠い。暁が数歩手前の位置で、微動だにしない。


「飛行時間は30時間にも満たない彼らに、何をさせようと言うのです」

「しかし空戦は経験在りきだと、君が言っていたのだぞ」

「それは、十分な段階を踏んでからの話です」

「踏むべき段階は、既に踏み終えたと思うが」


 言って、彼らの訓練成績が記された報告書を突き出した。評価は上々で、その評価は第三者によるものだ。TA-9練習機での成績ならば、西部基地の正規兵を食える。

 暁の表情は変わらない。


「早い段階から実戦機で訓練が行える、良い話ではないか」

「上辺だけ見れば、ですね」


 沈黙。

 それを合図にか給仕が一礼して、部屋を出て行った。改めて二人きりとなり、橋本中佐の表情も、暁の表情も変わらない。

 遠のいていく足音が掻き消えてから、口を開いた。


「―――訓練部隊の指揮権委譲の権利は、橋本学園長が持っているのでしたね」


 質問に、橋本が答えない。


「指揮権剥奪の権利もまた、貴方のものでしたね」

「だから、何かね」

「彼らに、何をさせるのですか」

「それを知った君に、何が出来るのか」


 威圧的な視線と同時に、異質な視線が来た。刺すようなそれに、どこか見定めるような意図。

 真っ向から受け止めた暁が、ひとつ俯いて、顔をあげてから、不意に歩みを進めた。


「最早、確定事項なのですね」


 一言呟いて、四枚を手に取る。隅田、岩倉、榛原、吉野。


「受領するのだな」

「私は、反対です」


 改めてそう告げて、強い視線で刺す。


「ですが不本意ながら現時点では、彼らは"そうなる前に"一秒でも長く慣熟を行うこと以外、道も無いようです」

「そうか」


 否定をしない橋本に踵を返し、扉を開く。去り際の礼も無く扉を閉め、手許の書類ががさりと鳴った。

 廊下は冷たく、どこか北の戦地を思い出させる。くだらない、一つ吐き捨てて、自室を目指した。

 大変お時間を頂きました、すみませんでした。。。ノロってました・・・

 ノロウィルスやばいっすよ、死ぬかと。しかもノロ→風邪のダブルパンチ、仕事行けねえって話しです。。。

 さて、少々短いですが、次回との兼ね合いでこの辺で。次回は機種転換後編と、一番機二番機の仲がちょこっとだけ進展します。。。

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