15 訓練生の機種転換-1
斜め前を行く一番機の右翼周辺が小爆発を起こし、一瞬思考が停止する。突発的な事象には慣れていた筈が、事実を認識できないでいる。
きりもみ落下していく一番機を追い始めるのに、時間を要した。二番機、三番機が動いてから、ようやく追従する。それでも、思考が追いつかない。
『ナイト・ワンの右パイロンより出火、急降下開始!』
『おい、冗談じゃねえって!』
「大佐、ご無事ですか!」
自身の声が、似合わず悲鳴染みている。
高度2.5万フィート。数秒前までは、いつも通りだったのに。
デジタルの高度計の表示が追いつかない落下速度。
「大佐!」
『落ち着けリリー、問題無い』
抑揚の無い声で大佐が言えば、すぐに一番機がきりもみ状態から回復した。ふらつきながらも水平状態に戻し、しかし右翼からは黒煙を引いている。
二、三番機の安堵の声を、無線機越しに聞く。
『リリー、いつも言っているが、稀に冷静さを失うのが君の欠点だ』
何でこのタイミングでそんな指摘をされるのか。大丈夫だ、と大佐の声が響く。
『まだ操縦系は生きている』
『お怪我はありませんか、大佐』
『ああ、幸い無傷だ』
一旦安心するものの、一番機らしくないおぼつかない足取りに、やはり不安を覚える。
「ふらついていますが、右翼以外に不具合は」
『今のところ感じられない。推力も、問題無いな』
それでも旋回は難しそうで、ロールは切れない。
『破壊工作か?』
『可能性は高いな、前兆は何一つ無かった』
推力が生きているのが唯一の救いだと思う。散った破片を吸い込まないで、本当に良かった。
最悪でも、ラダーやエンジン二基の推力調整で、進路は変えられる。
『だとすると、他の兵装もまずいな』
「大佐、兵装の投機を提案します」
『却下する』
にべも無く告げられ、歯軋り。もし先の爆発が、仕組まれたものなら。まだパイロンには、無数の爆薬が設置されている。
『投機するなら洋上だろ、リリー。山岳地帯だが、万一山火事でも起こしたらどうすんだ』
少し落ち着け。ウェバー大尉からの指摘に、血が上っていることを自覚する。
不意に、耳が無線の繋がる雑音を拾う。
『管制機より、こちらでも大佐機の異常を確認しました、状況を報告してください』
AWACSからの、落ち着いた声色に少しばかり苛立ちを覚えてしまう。腹を立てても、仕方が無いとしても。
『右翼の中射程ミサイルが暴発し、姿勢回復に4千フィート要した』
『最寄航空基地までの航行は可能ですか』
『現時点では姿勢制御は問題無いが、ナイト・スリー、後はそちらから確認してほしい』
『了解』
その依頼に、三番機が手前下方に回り込む。数秒の間をおいて、舌打ちを無線越しに聞く。
『…良くないですね』
『おい、何が良くねえんだよ!』
『エルロンは逝ってるし、破片で穴だらけだ』
これでは長くは飛べないですよ。松本大尉の指摘に、管制機から了解が来る。
『ブラックナイト隊各機は作戦を中断し―――』
内容は最後まで聞き取れず、ジジジ、とノイズが走った。同時に、管制機とのデータリンクが途絶える。
これは。
「ECM、電波妨害!」
『―――やられたな、ここまでが罠か』
ミサイルの爆発が完全に工作だったと確信できると同時、苛立ちを超えて怒りが湧き上がってくる。
冷静さを欠くなと、それこそ先にも大佐から指摘されていたのに。それでも操縦桿への握力を止められない。
戦場において卑怯も何も、ないのに。ないけれど。それでも。
『こりゃあ、囲まれてるな』
『AWACSでも探知できなかったんだ、こりゃあ周到に仕組んでやがったな』
クソが。そう言うウェバー大尉を、宥めることが出来ない自分が居る。
空中管制機との協働を念頭に置かれた機体自身の、貧弱なレーダーでも捉えられる距離に多数の敵機。
それでもこの程度なら、切り抜けられるはずなのに。
『ナイト・ワンより各機、作戦中止』
大佐の声色は、本当に普段通りだ。
『各機、3万フィートまで上昇後、方位2-0-0へ最大戦速で離脱せよ』
『おい、それって見捨てろってんじゃねえだろうな!』
およそ上官への発言とは思えないそれに、同調する。
『大佐、道は拓きますから低空より離脱しましょう』
『無理だ、この状態では、いずれ墜ちる』
言った瞬間、今度は左翼で爆発が起きた。より大きな黒煙が、黒の機体を包んで墜ちていく。
「大佐!」
『ナイト・ワン、アン・コントローラブル。…ついて来なくて良い』
なぜこの状態で、そこまで落ち着いていられるんですか。
スピンしながら墜ちて行く機を必死で追いかける。少しだけ、泣きそうになった。
『高度5000でベイル・アウトする。ECM状況下で救援を呼ばれないのは困る』
『ですが大佐、せめて一機は空域に留まります!』
『駄目だ、相手の数が多い』
松本大尉の進言を拒否して、高度は落ちていく。
また、舌打ちが聞こえた。
『ナイト・ツーよりスリー、フォーへ』
急降下の中、ウェバー大尉の雰囲気が先までのそれとは違っていた。
『各機、ナイト・ワンの追従は中止、高度3万フィートへ上昇後、最大戦速で即時離脱、救援要請を行う』
副隊長の言葉には、迷いを感じない。二番機の機首が上がって、目の前から消える。
少し躊躇ったようにしてから、三番機も昇っていった。
「大尉!」
『リリー・カータレット中尉』
大佐の通信に、体が震える。呼ばれたフルネームは、まるで言い聞かせるようで。
『俺の予備機の調整を頼む』
その言葉は、まだ大佐は諦めていないということだろうか。まだ、私は諦めなくても良いのだろうか。
ふと我に返れば、高度は1万フィート。落下速度を考えれば、もうこちらが間に合わなくなる。
「―――大佐」
一度歯を食いしばってから、操縦桿を引いた。
「どうか、ご無事で」
『ああ』
専用機特有の鋭い機動が、一瞬で機を上昇へと切り返す。背後の一番機を、目で追うことが出来なくなる。
『君もな、リリー』
それを最後に、通信が途切れた。
12月も佳境に入り、一段と空気が冷え切っていく。
件の大型輸送機に一瞥くれるが、秋山整備主任の今日の相手はそちらではない。
一つ、大きく息を吸い込む。冷たい空気も、心地よかった。
「おいお前ら、訓練生が触れられる機材じゃねえんだ、心して臨めよ!」
激を入れれば、僅かに喜びの混じった三十人分の肯定が帰ってくる。
新標準機、バックフロウの部材が、ハンガーに所狭しと並べられている。食い入るように見つめるのは、訓練生達の好奇心だ。
ありふれた標準機に興味の無い整備兵は、その様子を遠目から眺めている。
「しかし、これもまた唐突ですね」
訓練生の監督を手伝わせている一人が、ぼそりと呟いた。
「CN-552と良い、このFC-204と良い、イレギュラーが多いです」
「今回のこれも、三日前に通達がきたばかりだからな」
中央基地より余剰機のFC-204 バックフロウを、橋本学園へ移譲する。
いくら余剰機とはいえ、大抵一ヶ月はその転向に時間を要する。書類上の処理も、技術的な作業も、三日で終わるようなものではない。
本来は。
「余剰機を押し付けられた、それにしては手際が良すぎます」
「パイロット不足でも、余剰になるのはまず旧世代機だろう」
「スカイダイバーですね、少しずつ置き換えられているようですが」
TA-7練習機時代の標準機、最早その時代が懐かしいとも言える機のペットネーム。
「しかも提供先が学園側の訓練飛行隊。西部基地の飛行隊も、完全に置き換えられているわけでもないのに」
「別に置き換えられても嬉しくないが、確かにな」
ふと、いつか暁中尉の言っていた内容を思い出す。
"TA-9も、それに与する標準機も良い機体ですが、やはり慣れた者ほど旧世代機を好みますね"。
秋山も、正直に言えば新標準機は好みではない。
とは言え、今はそれは問題ではない。
「何が起こってんだろうな」
「知りませんよ」
そうだ、こっちは何が起こっているか、その事象を知らない。それこそが問題だ。
輸送機の件然り、ニード・トゥ・ノウなのではあるが、如何せん、おかしすぎる。一介の整備兵風情でも認知できるこの状況は、明らかにイレギュラーだ。
もう此処までくれば、手を引いているのは、あの学園長兼指令官なのだろうが。
「何がしたいんだろうな、本当に」
秋山は、橋本がこの基地に掛ける執念を知っている。あの隠蔽された爆撃を悔やんでいることも知っている。
「良くないことに、巻き込まれなければそれで良いけどよ」
「まあ少なくとも、この基地に居る限り、戦争に巻き込まれることは無いでしょうね」
その返答に、無言で拳を入れる。いってえ、と喚いた整備兵を蹴り上げる。
「そんな下らねえ安心感、さっさと捨てて来い」
まるでかつての自分に言い聞かせるように、そう吐き捨てた。
毎度多くのご閲覧ありがとうございます・・・励みになります!また、感想まで頂きまして、本当にありがたいです・・・消されてしまったようですが・・・切ない・・・
可能な限り航空用語などマニアックな単語は排除しつつ、読みやすい戦闘機もの、と言うものを目指してここまで書いてきていますが、どうでしょう、伝えられていますでしょうか。。。今後もこの感じで書いていきたいと思いますので、どうか皆様、よろしくお願いいたします。。。